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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
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支線の先の貨物専業鉄道


高山線のキハ40系を撮った後は、岐阜、大垣で乗り換え、”東海道線の終着駅”美濃赤坂へ。


だだっ広い構内に2両のワンマン電車。
大垣からひょろっと伸びた小さな支線の終点、美濃赤坂駅は、とても天下の東海道線とは思えない心寂しい場所にあります。
しかし、これでも立派な東海道線の一員なので、東京~神戸を結んでいるメインの方を何度乗り通していても、今日まで完乗になっていませんでした(笑)
さて、今回のお目当ては乗り潰し…ではなく、その支線の先に延びている西濃鉄道市橋線という貨物専業の私鉄です。


まず駅南側にある機関庫の様子を見に行くと、DE10-501号がスタンバイしていました。
西濃鉄道には、この他にも茶色い凸型ディーゼル機関車DD402、DD403が在籍していて、どの機関車が出て来るかは運次第です。


すぐに踏切が鳴り出し、入れ換えが始まりました。
予め調べておいた発車時刻まで、まだ30分ほど余裕があるんですが、こういう鉄道はアバウトなので、撮り逃さないよう早めに撮影ポイントへ移動しましょう。


西濃鉄道のハイライトといえば、この石引神社前。
歩いても苦にはならない距離ですが、美濃赤坂駅を降りたときにレンタサイクルを見つけたので、後々の移動を考えて借りてきました。


11:30頃、下調べしたダイヤとほぼ同じ時刻に通過しました。
朱色の鳥居と、お揃いの色をした小ぶりなディーゼル機関車、これぞ日本!という風景ですね。




すぐに荷役設備がある乙女坂駅まで追っかけると、入換えが行われていました。
乙女坂で積み込まれた石灰石を1.3km先の美濃赤坂まで運ぶ、これが現在の西濃鉄道の全てです。


しかし市橋線の終点は乙女坂ではなく、レールは工場の敷地内を突っ切った先まで延びているので、迂回しながら進んでみます。
それにしても、こんな無機質で粉塵まみれな場所が乙女だなんて、いったい誰が名付けたんでしょうw


積み込みを待つ赤ホキ。
この貨車たちは石灰石を積んで東海道線を南下、笠寺から名古屋臨海鉄道へ継走して、名古屋南貨物駅近くの製鐵所に向かいます。
白昼堂々、白い粉を撒き散らしながら、大都会のド真ん中を通過する姿は圧巻で、コンテナ列車だらけの現代日本では貴重な存在ですね。


さらに数百メートル進むと、車止めが出現しました。
ここが本当の終着駅、猿岩です、多分(笑)
ウィキペによれば、2008年まで二硫化炭素を取り扱っていたことになっているのですが、それは沿道を経由していたタンクローリー車から荷役運賃を取るためだけの”名ばかり”だったそうでwww
近くに駅を示すようなものは何もなく、言われなければ乙女坂駅の機回線と見紛うレベルです。
なお、かつては猿岩から600m先の市橋まで延びていましたが、こちらは2006年に廃止されています。



折り返し美濃赤坂行きを撮るべくロケハンしていると、こんなホームのようなものが…。
実は西濃鉄道、昭和5年から15年間だけ、当時最新鋭だったガソリンカーでもって、省線直通の旅客列車を走らせていたことがあり、赤坂の中心に位置するこの場所に赤坂本町という駅が設置されていたそうです。
町外れにある美濃赤坂駅よりも、こちらの方が地元民には便利だったんでしょうね。
古い民家が密集した街並みに、非電化のへろへろな単線軌道、なんとなく紀州鉄道の西御坊付近とイメージが重なります。


近くの踏切には、こんな手書きの貼り紙が。
ここに告知されない限り、日曜日は基本的に運休ということのようです。
昼の便、鳥居前で撮った返空はダイヤ通り、13時10分頃も予め調べた乙女坂の発車時刻と重なるので、これなら時間通り来るだろうと信じて、お茶屋さん専用(!)の第4種踏切前でスタンバイ。
ところが、発車時刻を過ぎても列車は来ません…


結局13:40頃、定刻より30分近くも遅れて通過しました!
全然”いつもの時間”じゃないしwww


振り返って、もう1枚。
この踏切、昔はワイヤー式だったようで、四隅に支柱が残っています。
中部地方でワイヤー式といえば名鉄の神宮前が有名でしたが、あちらは歩道橋が出来て踏切自体が廃止されてしまいましたね…。

ちなみに赤坂本町駅跡は、写真の右側DE10が通過しているあたりで、踏切の側には記念碑も建っています。


急いで美濃赤坂へ向かうと、カマを付け替えている最中でした。


ホイッスルが鳴り響く、支線の小さな終着駅。
寂れた構内も、貨物列車が到着すると少しだけ活気付きますね。


これは同じく美濃赤坂から分岐していた、西濃鉄道昼飯線(”ひるめし”ではなく”ひるい”と読みますw)の廃線跡です。
2006年に廃止されたものの、レールなどはそのまま残っているとのことでしたが、なんと今頃になって撤去作業が進められていました…。


さて、そろそろ”東海道線”を上って名古屋へ戻りましょう。
しかし自転車を返して時刻表を見ると…何と次の発車は2時間後ではありませんか!?
繰り返しますが、これでも立派な東海道線…なんですよ一応w

そういえば、さっき赤坂本町駅跡の踏切で待っていた時にバスが通っていたよなぁ、と思い出して引き返すと、赤坂丸本前というバス停を発見。
15分ほど待つと大垣駅行きがやって来て、無事に帰還できました。
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この記事に対するコメント

三条イツキ様おはようございます
東海道本線完乗おめでとうございます
西濃鉄道はDE10501でしたか。私はしばらく訪問しておりませんが昼飯線の線路が撤去されたのは残念です。2008年頃は信号機も点灯していたのですが…。
DD402が動くならまた訪れたいと思っているところです。

ところで、ご存知かもしれませんが、乙女という地名は日本中にあって、小海線にもそういう駅がありますが、乙女地(おとめち)が語源です。乙女地とは御止地の当て字で、読んで字の如く幕府やその地域の権威が立入を禁止した土地のことです。
蛇足失礼致しました。
【2015/06/29 08:33】 URL | 社長 #NkOZRVVI [ 編集]


社長様、こんばんは!
いつもコメントありがとうございますm(_ _)m

昼飯線ですが、一番美濃赤坂寄りにある信号機のみ他と連動しているのか、
訪問時も、来るはずのない列車に向けて、赤信号を点し続けていました(^-^;

DD402も渋くて絵になりますよねー。
私も、次回はDDの方を撮りたいところですが…
DEの検査時を狙うしかないでしょうか。

なるほど「乙女」は当て字でしたか!
江戸時代から続く宿場町なだけに、地名の由来にも長い歴史を感じさせますね。
勉強になります。
【2015/07/01 22:02】 URL | 三条イツキ #EVRdtjTk [ 編集]

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【2016/03/12 13:55】 | # [ 編集]


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