> 私鉄屋雑記帳 広島地区の103系
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
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広島地区の103系
今年も大きな変化があった春のダイヤ改正。
JRネタでは、やはり個人的には上野東京ライン開通が身近でインパクトもあったのですが、その一方で、え!?引退したの?と驚いたのが…



広島地区の103系です。

2015年3月14日をもって最後まで残っていた3連3本が離脱、広島から103系が消滅しました。



2009年3月31日、海田市~矢野間の瀬野川橋梁にて。
この当時は3連、4連、集中クーラーから分散クーラーまで、バラエティー豊かな103系がじゃんじゃん走っていました。
広島には105系も居るし、もう暫くは活躍するんじゃないかな…と思っていたら、いつの間にか京阪神地区から状態の良い113系が転入して置き換えが進み、そしてトドメが今回の227系新製配置ですから隔世の感がありますね。
末期色真っ黄色の103系は、色も長さも鶴見線みたいで似合っていただけに、1枚は撮っておきたかったです…orz


40Nのような大規模修繕は行われていなかったので、殆どの編成で戸袋窓が埋められていることを除けば、オリジナルの姿を良く保っていました。
広島の場合、どちらかと言えば戸袋窓よりも、正面の方向幕と運番表示を埋めた方がいいんじゃないか…という気がしてならないですがw


最後まで戸袋窓付きだったB-09編成。
瀬野川橋梁でも撮影しましたが(というかB-09が目当てでした)、既に過去の記事で使っていたので別カットを。


また、JR東日本から渡って来たクハを両端に繋いでいたE-04編成は、広島地区で唯一の高運転台車で、見た目も経歴も異彩を放っていました。
こちらも戸袋窓こそ埋められていたものの、内装や座席のモケットがJR東のままだったので、車内から見ても隣のモハユニットとの差は一目瞭然でした。
首都圏から103系が引退した頃、JR西では東よりも古い103系がたくさん残っていたのですが、それでもこうした例が続かなかったのは、民営化後20年近くが経過して、同じ103系でもお互いに差が生まれてしまっていたからでしょうね。



ちなみにJR東時代はケヨ38編成でした。
2005年6月25日に走った「三鷹電車区75周年記念号」は同編成が抜擢され、その約2ヶ月後に西へ渡っています。
この臨時列車、今だったら旅行商品にして参加人数を絞るでしょうけど、当時は誰でも乗れる設定だったので車内は超満員、撮影会が行われた三鷹電車区も入場規制で延々中に入れず、大荒れだったことを思い出します(^-^;
広島では5年ほど活躍した後、2010年6月にひっそりと引退しています。
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