> 私鉄屋雑記帳 実は竜ヶ崎線の方が古かったりする関鉄。
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三条イツキ

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どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
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実は竜ヶ崎線の方が古かったりする関鉄。


今年は阪急や京阪など…大手私鉄が続々と100周年を迎えていますが、その一歩先ゆく110歳の誕生日を迎えた鉄道があります。

関東鉄道竜ヶ崎線

へぇ~関鉄さんってものすごく歴史のある鉄道会社だったんですね。さすが複線区間に高頻度運転を誇る、非電化私鉄最大手というだけのことはあるわ…ってそれ常総線だしwww
えぇっと。竜ヶ崎線というのは実質メインの常総線とは直接つながっていない飛び地で、常磐線の佐貫から分岐して竜ヶ崎までを結んでいます。途中駅は入地ただ一つ。交換設備も無く、普段は単行のキハ1本が行ったり来たり…なので、在籍しているクルマも予備を含めて3両だけ。
そんな超地味ぃな路線ですが、なんと歴史は常総線よりも古く、1900年に馬車鉄道として開通したそうです。当初から佐貫~竜ヶ崎4.5キロ、それ以来延伸や廃線はなく、110年間ずーっと変わることなく走り続けています。竜ヶ崎線、侮れません。





さて。そんなワケで、今月23日には100周年を記念したイベントが行われ、始発から竜ヶ崎13時着の便までをキハ2002+キハ532の2両編成で運転されました!
臨時列車は配線上走らせられないので、臨時増結というカタチにwww







今年の夏ごろから取り付けられたヘッドマーク。それぞれクルマによって絵柄の違う3種類が用意されています。



片開き扉にグロベンの重厚な旧型気動車+トリコロールカラーを纏った電車のような見た目の軽快気動車…この凸凹具合が最高ですvv



増結自体は朝のラッシュ時でも日常的に行われていますが、基本的にキハ2000同士。混結となると、キハ2000のどちらかが検査などでお休みしない限り、拝めない組み合わせです。



日中でも毎時2本は走る竜ヶ崎線。そこそこ本数が多いのと、ずーっと同じクルマが行ったり来たりしているので、いろんな角度から撮影できました。ついつい遊んでしまったり。
あともう少し欲を言えば…天気ですね。ちょうど増結している間だけ、小雨がぱらついてたという…確かに天気予報は午後から晴れって言ってたけれど。何も、そこだけ的中しなくてもorz



今回のために用意された竜ヶ崎線専用のフリーきっぷ。距離が短いとはいえ、安い!!







13時ちょうど。予定通り、2連→単行への減車が行われました。
折り返し時間はたったの5分しかないのに、一体全体どーやって減車するのか!?と思いきや、一旦キハ2002+キハ532を車庫へ引っ込めて、待機していたキハ2001をすぐに出庫させて折り返しに…というカラクリでした。さすがに5分では終わらず、数分遅れてしまったのはご愛嬌www





庫内で分割して、並べます。
このあと竜ヶ崎車庫の構内が開放され、キハ2002、キハ532を間近で見ることができました。



キハ2002。この子の特徴は、乗務員扉が片側にしか付いていないこと。竜ヶ崎線のホームは、竜ヶ崎方を向いて右側にしかないので、こちら側は必要ないんですねvv
お客さん用のドアは付いていますが…ちゃんとドアエンジンとか入ってるんだろうか(^-^;



キハ532。竜ヶ崎線唯一の旧型気動車…といっても昭和56年生まれなので、そこそこ新しいです。ただし足回りは国鉄キハ20の流用品だとか。常総線の0形に似ても似つかない雰囲気が売り。
普段は予備車扱いですが、週末の日中はファンサービス(?)で定期的に営業列車へ顔を出します。



キハ532は車内見学もできました。どことなーく京成系の香りがするのは気のせいか(笑)
新京成の800っぽいというかなんというか…でも。キハ532にも、竜ヶ崎線ならではの決定的な特徴があります。それは…



右ハンドル!!

日本のごく普通の鉄道車両は左側に運転台が付いていて、上から見ると前後の位置が点対称になりますが。例によって竜ヶ崎線にはホームが片側にしかないので、竜ヶ崎方の運転台は右側に付いてるんですね。



キハ532の車内から…こう、何気ないカットでも、普段1台のクルマが往復するだけの竜ヶ崎線では、なかなか撮れない視点だったりしますwww





竜ヶ崎車庫…というより小屋。牛舎のような、特徴的なカタチをしていて、遠目にもタダならぬオーラを放っています。近づいて見ると、これまたスゴいwww

全てが小ぢんまりとまとまっていて、模型みたいな竜ヶ崎線。
今回のイベントも、そんな小さな鉄道に相応しく(?)参加者もそれほど多くなく、のんびりとキハたちを眺めることができました。都心から1時間ちょっとというロケーションなのに、沿線で撮っていても、これほど同業者さんと会わないイベントも珍しいかと(笑)
…ただ少し残念だったのが、入地~竜ヶ崎間で撮影しているとき。住民から苦情が入ったとかで、関鉄の社員さんが見回りに来たことでした。どうもクルマで撮影にやってきた方の路駐が原因だったそうですが、社員さんが駆け付けたときには既に居らず…。
まぁ、普段はテツなんて殆ど見かけない路線ですもんね。沿線の方が吃驚するのも無理はないですが…まてまて。総延長4.5kmの竜ヶ崎線にクルマで来るってどういうこと!?いや、その…岩泉線の沿線で撮影したいとか、カホン峠でマイルトレインを撮りたいとかなら分かります。歩いて行けなんて言いません。というか、言えません。でも…竜ヶ崎線なら全然徒歩でもまわれるし(^-^; 頼むから乗ったげてください!!
せめて佐貫か竜ヶ崎からパークアンドライドで…
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この記事に対するコメント

渋いキハが行ったり来たりな竜ヶ崎線、イイですねえ(笑)

僕が訪れた今春の平日にはキハ532は運用を外れていたんですが、
終点・竜ヶ崎駅の渋い車庫(確かに小屋ですよね 笑)を見れただけでも
寒い中凍えながらここまで来てみて良かったなぁとシミジミ思いました。

しかし110年もの長い歴史をもっていたとは知りませんでしたよ、ホント。
【2010/11/24 18:57】 URL | pepe #UcusC/tg [ 編集]


龍ヶ崎線(紅玉にはこの旧正字の方が性に合う)は、地方有力民鉄(断じて“ローカル私鉄”に非ず、とFANは主張する……)たる関鉄の“ミニ路線”と思われ勝ちですが、
あと僅かのトコロで常磐線から外れた歴史ある街・龍ヶ崎の“意地”で誕生し、
762mm軌間軽便からの改軌、常総筑波鉄道→関東鉄道への合併、内燃化、車両の近代化……と、一筋縄では測れない歴史的経緯を持つ路線であります。
しかも非電化のまま、現役。
実に侮れません。

龍ヶ崎車庫の雰囲気、良いですね~。隣にバス車庫も見えているのがGood!
~地鉄では、上市か電鉄黒部……と云うところでしょうが、
長大路線の一部である以上、今一つ、重みが感じられず。
(現在の扱いは駐泊所みたいなものですし……)

これで機関車や貨車が居れば、古き良き小私鉄の原風景ソノモノ、と云う事になるんですがねぇ(感涙・血涙)。
模型心のある方には垂涎モノ、と云うところでしょうか~。
【2010/11/24 20:20】 URL | 紅玉国光(富山県) #xTjF.3u6 [ 編集]

Re: タイトルなし
どうも~みなさんコメントありがとうございます!!

pepeさん>
竜ヶ崎の小屋は実に魅力的ですよね~。トタンの芸術です。

三条は、逆にキハ532が走っている日にしか行ったことがなくて…。
今回のイベントでもって、初めて車庫とボロキハの組み合わせを拝めました。

キハ532は公式ページにも運行日が載っているので、ゼヒpepeさんもリベンジしてみてくださいvv


紅玉国光さん>
”龍ヶ崎”ですか~。自治体名は、未だに旧漢字を使っていますね。この辺りにも龍ヶ崎市民のこだわりとパワーを感じ取れたり(?)します。

竜ヶ崎駅、車庫、それにバス営業所のセットは、何だか模型の世界をそっくりそのまま1/1にしてしまったような空間ですね。
この独特のコンパクトさ、三条には紀州鉄道とイメージが重なります。
【2010/11/25 22:19】 URL | 三条イツキ #- [ 編集]


実は、龍ヶ崎線と云うと、今でもまだ、米国ポーター社製のサドル・タンク蒸機、俗称“亀ノ子”が、車庫の片隅に埋もれてやしないか~?と勝手に妄想したりするのですよ。
(龍ヶ崎市民の皆様、ごめんなさい……。もし本当に残っていたら、それこそ本当に“超絶大変なお宝”だったでしょうが~。)
【2010/11/28 15:38】 URL | 紅玉国光 #xTjF.3u6 [ 編集]

龍頭蛇尾?な補足
紅玉は先日、ネコパブリッシンング社・刊のRMライブラリー168・169「関東鉄道竜ヶ崎線~龍崎鉄道・鹿島参宮鉄道竜ヶ崎線~(上)(下)」を読みまして、
この「小さな鉄道の偉大な歴史」に触れさせて頂きました。
著者は大ヴェテランで碩学の白土貞夫さんですので重みが違います。

まず、龍ヶ崎或いは竜ヶ崎の表記について。
実は……街の名、鉄道路線名、共に、「考え得るあらゆる組合せ」があった様なのですね(上巻29頁)。
むしろ、書き言葉としての日本語の柔軟性(これを「曖昧な」と言って貶すのは狭量な発想であって、昔の庶民の「耳で聞いたそのままに表記」が元であってみれば、幅や揺れがあるのは、むしろ当然の事)を再認識させられる事案でした。(そりゃそうだ、我が国号にしてからが「にほん」と「にっぽん」の二つの読み方があって、どちらが正しくどちらが間違っている、と一方に決め付けようとはしない、政府も絶対的な裁定は下していない……のですから。我々は自国文化の多様性と受容性をもっと誇って良いのである)

それに、俗説としての鉄道忌避伝説を明快に否定されている。
龍ヶ崎の人々は鉄道忌避どころか、常磐線開業前(何故、茨城県南部の要衝であり、古くから商業の中心、農産物の集散地であった龍ヶ崎を通らなかったかについても、具体的な証拠を挙げて考証されております)から鉄軌道の重要性に着目し、様々に「町民鉄道」の実現へ向けて模索し、行動していた。……見て取れるのは、むしろ当時の人々の「現実に足を着けた進歩性」ではないでしょうか。

ただ、当初の予定通り、佐貫(因みに佐貫駅が開業したのは旧・龍崎鉄道開業と同時である)ではなく藤代で連絡(距離の短縮、橋梁建設費用の節約を図って佐貫接続に変更された)して建設されていたら……
ひょっとすると、戦時買収で「国鉄龍ヶ崎線」になり、今頃は交流電化されて上野直通の常磐線中距離電車が乗入れ(当然、土浦方面への列車とは藤代で分割・併合が行われたであろう)していたかも知れませんね。

多士済々な歴代車両も興味深いものですが、紅玉が特に面白く感じたのは、旧・高野登山鉄道(現・南海高野線)から東武鉄道を経て転入した客車5号(下巻11~12頁)の遍歴。
元々、二等・三等合造車であった為、転入(大正10年6月)時に当時の重役陣が半室二等を復活させようとしたところ、監督官庁より
「貴社の如き短距離鉄道に在りては客車は之を単級制と為し置く方、適当と認められ候」
と却下されたとか。重役は面子の為にも二等が欲しかった様だが、商用で訪れる一握りの金持ちの利用を重視するよりも、広く一般大衆の為の公共交通機関へと変わりつつあった、当時の鉄道を取り巻く趨勢を正しく認識していたのは、お役所の方だった、と云うオチが良い。で、結局この5号、戦争直前の昭和15年1月には貫通扉設置、ロングシート化で全くの通勤型客車になってしまったのだから、皮肉と言うやら何やら……。
ついでに、この客車が高野線から東武に来た経緯と云うのは、多分、東武の偉大な創業者、初代・根津嘉一郎社長と南海側との、高野線を巡る攻防に関連しているものと思われます。これも面白い(東武fanには痛快だが、南海fanには些か悔しい)エピソードなのですが……。

あと、この本は龍ヶ崎駅での背景として写っている時代時代のバスの姿も大変面白いので、未読でいらっしゃるならば是非、御一読を賜りたく。
【2014/04/13 00:05】 URL | 紅玉国光(富山市) #xTjF.3u6 [ 編集]


こちらも、コメントありがとうございます。

地名で、表記が違っていたり、表記は一緒だけれど読み方が人によって違っていたりして、どちらが正しいのか分からない…という例は、全国各地で見受けられますね。
東急では、駅名を読み間違い、書き間違い防止の観点から「梶が谷」「溝の口」のように、地名の表記を無視して、ひらがなで統一していますし。
これは、なかなか外国の方に上手いこと説明できない部分です。

RMライブラリー、機会がありましたら読みたいと思います。
【2014/04/16 22:29】 URL | 三条イツキ #wgmg.h4A [ 編集]


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