> 私鉄屋雑記帳 フェニックスのPCCカーはトロント生まれだった!!
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三条イツキ

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どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
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フェニックスのPCCカーはトロント生まれだった!!
ちょうど1年前の今頃にupしたアメリカ、アリゾナ州フェニックスのLRT。
アリゾナというと、ここ最近は隣接するメキシコからの移民問題で、日本のメディアでも時々登場するようになりましたが…まぁアメリカ国民でもない三条が、あーだこーだ言ったところ全くもって不毛なので、色々と思うところはあるものの、ここではノーコメントとさせて頂きます(^-^;
とりあえずフェニックスの街頭インタビューで、背後に全面ラッピング広告を纏ったLRTが通り過ぎて行くのが写っていて、へぇ~最近はラッピング電車も走ってるんだ…と、日本のテレビニュースからValley Metroの近況を知った次第です(どこ見てんだwww)

さて本題。
フェニックスの記事の一番最後に、ダウンタウンで展示されているPCCカーをupしました。



”1930~40年代のトロリーカー”という以外、これといった説明も無く、ただバスターミナル前にドンと鎮座しているPCCカー。
かつてフェニックスにも小規模ながら路面電車が走っていたそうなので、コイツもフェニックスの街を走ってたんだろうなぁー…と思っていました。
ところが…先日「これはカナダのトロント市電ではないか?」という情報を読者さんから頂きました。

で、さっそくググってみたところ…

http://www.azrail.org/trains/precedent/
「フェニックス市では、1990年代にトロントからPCCカー4617号車※を購入し、所有しています」
…アリゾナ鉄道旅客協会

※車番が現在と異なっていますが、これは最盛期に700両以上所有していた(!)PCCカーの大半が引退したので、トロント時代に番号整理を行った為。
ということで…間違いなくトロントの市電でした…!!



うしろ姿。
周りを柵で覆われているので、屋外展示にしてはまぁまぁキレイな状態を保っていますが、北国トロントからやって来たPCCカーにとって、砂漠の町フェニックスは苛酷な環境。現役時代に比べ、随分と色褪せてしまっています。



厳重な柵。
これを交わしつつ、全体を撮ろうとすると広角レンズでも一苦労です。
…が、どうやら現地のファンサイトを漁っていると、コイツ、今はこの場所を離れたそうで!?

http://www.trainweb.org/Tomsrailtravels/PCC%20Quest.htm
「4607号は、2010年にフェニックスの郊外のアリゾナ鉄道博物館に移転されました」

はぃ、アリゾナ鉄道博物館の公式サイトへすっ飛んで行ったところ、今年6月26日に行われたという搬入風景や現役時代の写真がupされていましたー!!詳しくはhttp://www.azrymuseum.org/roster/roster.html#PCC Trolleyへ。
相変わらずアリゾナの空は青いなぁwww
 
…というワケで、今は現地へ行ってもPCCカーは拝めませんのでご注意を。
それにしても1台空いた分のスペースは、今どーなってるのかが逆に気になる…。

でもって先ほどのファンサイトには、こんな興味深い記事も!!
なんと、あの京都市電が走っているオールド・プエブロ・トロリーが、同じトロント市電のPCCカー4608号を購入したそうで…アリゾナには2台のトロント市電が居る、ということに。
えぇ?そんなの見かけなかったぞ!?

…って、思えばツーソンの路面電車は、一方の終点にループ線が無いのでPCCカーは走らせられないんですね。
どうもツーソン市内の別の場所にジャンクヤードがあるらしく、そこで保管されているようです。
またヒマなときにグーグルマップでもって空から探してみたいと思います(笑)

いずれは大学前にもループ線を作る予定だそうなので、完成の暁には京都市電とトロント市電、日加夢の共演がツーソンで実現するのかもしれませんねvv


最後に、コメントを下さった紅玉国光さんに、この場を借りて御礼申し上げますm(_ _)m
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この記事に対するコメント
管理人様へ:お礼とお詫び
ふらりと立ち寄って落書き様のモノを書き込んだだけの小生(紅玉)の拙文から、丁寧なお礼まで頂き恐縮の至りであります。
トロント市電の旧カラーは、何処となく大阪市電に似ている雰囲気で、印象に残っておりましたもので……。
P.C.C.は大阪市電なら丁度、3000・3001形に対応する訳ですし。
4000番台で700両以上、と云うのも凄い(廃業したり縮小したりした他都市からの移籍車も相当数に上る筈です。トロント市電は標準軌間ではなく広軌なので、改軌する手間があった筈なのに。そこが徹底的に標準化されたP.C.C.の強味と云う事だったのでしょうか?)……。関西なら確実に忌番で欠番か、事業用車に当てる4000番台を……。
まぁ、欧米は別に4を忌む訳ではありませんし、構わないのですが、日本人的には「ギョッ」とする番号ですねぇ……。
(そう言えば、No.13や1300番台を欠番にする事業者はあるのだろうか?PEの1200番台は、1300番台まで入っていた様な気が……)

再度の乱筆乱文、平に御容赦下さいませ。
【2010/11/04 19:57】 URL | 紅玉国光(富山県) #xTjF.3u6 [ 編集]


追記 すみません、PEの1200番台は移籍車も含めて100両まではなかったそうで……。やはり1300番台は欠番にされた模様です(その先は1500番台まで飛んでいる)。
LA市電には電車の霊柩車があったのは有名な話ですが、そんな土地柄、敢えて不吉な番号を付けるまでもないと思われたのでしょうか?
【2010/11/08 19:04】 URL | 紅玉国光 #xTjF.3u6 [ 編集]


いえいえ、まずトロントの路面電車がこれほど充実していた、ということも初めて知った次第でして。
現地ファンサイトの写真や、全盛期時代の路線図を眺めては、見知らぬ土地の電車たちに思いを馳せていました…どうも、楽しませていただきました!

忌番というのは国や地域によって異なりますが、会社によっても考え方の違いがあるようですね。
関東では西武や小田急が「4000」を平気で使っていたり、かと思えば富山地鉄のデ7000は、わざわざ7004号を欠番としていたり…。
アメリカの13といえば、鉄道ネタではないものの、20階建てくらいのビルで13階が無い…という例を見たことがあります(^-^;
【2010/11/09 21:46】 URL | 三条イツキ #wgmg.h4A [ 編集]


我等が地鉄(富山県人は普通こう呼びます)では、長く「末尾4は欠番」の原則がありましたが、最近は薄れた様で、10030系なぞは平気で10034を付けています。
4000番台を忌番とするのは、どうも「西高東低」であるらしく、関東では平気(かつて東京市電の木造4000系が4201~4280を平気で使った)、関西では4・42・1564等を欠番としたり、近鉄の様に事故復旧を機に改番したりしております。
国鉄は「迷信は無意味」とばかりに、42形や42000形を量産しておりますが、昭和15年の安治川口事故で横転・炎上、死傷者多数を出した「キハ42056」号が、「死に・丸殺し」と読める、と云う、一寸ゾッとさせられる話もありました……。

しかし、「西成線」と云う名前も、ユニヴァーサル・スタヂオ・ヂャパンの時代になっては、限りなく「死語」に近いのでしょうね……。
【2010/11/10 19:28】 URL | 紅玉国光 #xTjF.3u6 [ 編集]

本当にお久しぶりです
取り急ぎ一筆、訂正とお詫びです。
昨年、TMS誌に連載されたパシフィック・エレクトリック木造車の記事によりますと、PEの1300番台は、郵便・荷物(合造)車を纏めて押し込んでいたことが判明。
忌番として欠番にした訳ではありませんでした。ごめんなさい!!

当地便り。10030系の京阪色復元編成には再びTVが付いたのですが、ガタガタ揺れると画面は砂嵐……(泣TT;
【2013/02/23 16:05】 URL | 紅玉国光(富山市) #xTjF.3u6 [ 編集]


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