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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
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消えゆく信濃川田の保存車たち
こちらの続きです。


長野駅前から46系統保科温泉行きに乗車。
この路線はなんと長電バスとアルピコ交通と共同運行(!)でして、ライバル同士が手を組んでいることに驚いたのですが、もともと似たような路線を別々で運行していたら、このままではどちらも赤字で共倒れしてしまう…ということで、3年前に現在の運行形態になったそうです。
乗車した長野駅13:45発の便はアルピコ交通のクルマでした。


2つの路線を一本化した影響か、長野駅を出ていきなり市役所の方まで北上したり、同じバス停を2度通ったりとなかなか複雑なルートで信濃川田駅に到着。
ここまで約50分、運賃は620円でした。


6年ぶりの信濃川田
駅舎は以前と変わず、今もバスの待合室として活用されています…が、




以前は丁寧にブルーシートが掛けられていた2000系A編成は、雨ざらしでぼろぼろに…(-_-;


ホーム側の車体は駅舎に守られているせいか、比較的きれいな状態を保っていました。
駅名票などのアイテムもそのまま残っていて、今にも電車が動き出しそう。


しかし、もう二度と動くことはないのです。


構内の外れにはモハ1003号の姿も。
こちらもブルーシートがなくなり、見るに堪えない状態ですね…。



「さようなら」
「ありがとう」



「保存熱望」
「解体禁止」

車体には様々なメッセージが刻まれていました。
そう、これらの車両は年度内に解体されることが決定してしまったのです。


もともと信濃川田駅跡は「屋代線トレインメモリアルパーク」として整備する予定で、当初9両の電車や機関車がここへ集められていました。


ところが計画は頓挫。
9両のうちデハニ201(モハニ131)号、モハ604号の2両は安曇野ちひろ美術館で、ED502号は長野市内の商社で保存されることになりこの地を離れ、暫くして3500系O1編成は解体、残りの2000系A編成とモハ1003号が放置されたままになっていました。


既に解体の準備は着々と進めらており…このあと1週間ほどで2000系A編成は成仏しました。


一方モハ1003号は非貫通側がカットされて残っているそうです。
残念ではありますが、顔だけでも保存されるのはありがたいことです。


写真を撮っていると、あっと言う間に時間が過ぎてしまいましたが、そろそろ撤収しましょう。
帰りは長野行きのバスがいい時間帯にないので、屋代須坂線で一旦須坂へ出ます。


信濃川田を発車した時点で、乗客は私の他にもう1名乗っていましたが、そのお客さんは途中で降りてしまい、終点の須坂駅までご覧の通り貸切状態でした。
鉄道時代もガラガラでしたけど、これはバスでも厳しいのでは…。


須坂から長電で長野へ。
車庫にはT1編成がパン上げして待機していましたが、これを待っていると帰りが遅くなるので今回はスルー(^-^;



長野では…なんと向かいのホームにL2編成が!
久しぶりに地下ホームで見るマッコウクジラ、特にL2編成は中間車に塗りドアが残っていて最高ですなぁ。
最後にいいものが見られました。
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甲信越地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2019/03/17(日) 22:12 ]

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