> 私鉄屋雑記帳 2016年11月
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

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続・台湾で鉄路迷2016 #7 ~三貂嶺トンネル前~
#6の続きです。
雨が止んだので、少しラッチの外へ出てみましょう。


これが三貂嶺の駅前ですwww
駅舎の写真を撮ろうと思ったのですが、駅前の道が狭すぎて正面から撮れませんでした(左の建物が駅舎の一部です)


そして、こちらが駅前の一等地(笑)
アーティスティックに朽ちた、素敵な廃墟が並んでいます。


線路際の小道を歩いていると、台北方面からEMU500がやってきました。


駅から約5分、素掘りのような狭い地下道を潜った先に、有名な撮影ポイントがあります。
トンネルを出て基隆河を渡る鉄橋のアウトカーブ、ちょうど振り子式の太魯閣号が駆け抜けて行きました。
駅近でこのロケーションは素晴らしいのですが、今日は川向こうに置かれている黄色い重機が少し気になりますね…。




続いて台北方面から、手動扉の客車を連ねたキョ光号が現れました。
相変わらずドア全開ですなぁ。
雨が降ってきたら大変?いやいや、実は幌も日本のように密閉されるタイプではなく、大雨が降ると貫通路が滝のようになっていたりするので、そんなのはお構いなしです(福隆からの帰りに乗ったキョ光で体験w)



今度は反対方向からもキョ光号。
同じく手動扉のボロ客車ですが、逆行列車(反時計回り)の場合は貫通扉が付いていて、開放デッキにはなりません。


この場所は、宜蘭線と平渓線が八の字に分かれていく真ん中あたりなので、数歩移動すると平渓線も撮れます。


宜蘭線に戻って、今度はスネ夫の区間車。
この列車が去った後、件の重機が置いてある場所から工具を持った作業員の皆さんが、ぞろぞろと線路際の保線用通路を伝ってこちらへ歩いてきました。
どうやら、あの場所は三貂嶺駅のホームで行われている工事の資材置き場になっているようです。
駅から外界に繋がる道は、あのハイパー狭い路地しかないんで、川向こうで車両から降ろして、あとは人力で運ぶかしかないのでしょうね。
ちなみに駅から一番近い集落も川の対岸にあり、なんと地元の皆さんが駅に向かうときも、列車が来ないタイミングを見計らって通路伝いに川を渡っているそうです…。


平渓線へと転線するDR1000。


さて、そろそろ次の駅へ移動しましょうか。

#8に続きます。
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続・台湾で鉄路迷2016 #6 ~三貂嶺駅~
#5の続きです。
こちらの記事でも軽く触れましたが、3日目は京急色の区間車に乗車、宜蘭線の三貂嶺駅で途中下車しました。


三貂嶺は、狭い谷の崖にへばりつくようにして建つローカル駅で、ウィキぺによると一日の平均乗車人員は僅か23人だそうです。
そんな小さな駅ですが、駅の前後がS字カーブになっていて、台北方面へ向かう列車を駅舎の軒下から撮ることができます。
ここなら雨が降っても安心です。


第2ホーム(台北方面行き)を利用する場合、この遮断機も警報機もない構内踏切を渡る必要があります。
またホームの真ん中あたりに設置されているので、4両編成の電車が来ると踏切を跨いで停車してしまい、どう頑張っても渡れませんw
物理的に駆け込み乗車が出来ない安全設計(?)ですね。
とにかく平地が皆無なので、跨線橋を設置することもできないのでしょう。


早速、貨物列車が来ましたよ!!
しかも補機付きのセメント列車です。
ここから先は「牡丹坡」と呼ばれる難所で、急な勾配が続くので、セメントなど重量のある貨物列車には補機または重連で運転されています。



三貂嶺で一旦停車。
なんと本線上で補機の切り離しが行われ、すぐに発車して行きました。
この補機を切り離すタイミングは列車によって異なっていて、このあと遭遇したセメント列車の場合は、補機を付けたまま三貂嶺を通過して台北方面へと去って行きました。(駅前に移動したタイミングで来たので写真は撮れず…(-_-;)


平渓線からやってきた、カラフルなDR1000の3連。
三貂嶺は平渓線の分岐駅でもあります。


平渓線といえばタブレット
こういった扱いも必要なので、お客さんは極僅かな三貂嶺ですが、数人の駅員さんが常駐しています。



はい、すっかりお馴染みの荷物列車6901次…ですが、いつものE300型ではなくディーゼル機関車のR100型が牽引していますね。
ここ最近は電機が不足しているらしく、七堵までDLが牽引するようになりました。



続いて台鉄のスター、普悠瑪様のお通りだー!
のろのろ荷物列車の後を追っていたので、自慢の俊足を活かせず、もどかしそうに通過して行きました。
電車特急からDL牽引の貨物まで、眺める分にはバラエティ豊かで楽しい路線ですが、ダイヤを組むのは大変でしょう…(^-^;


架線下ディーゼルの自強407次。
これが普悠瑪号と同じ運賃だなんて詐欺だ!というわけで、 祝日を除く月~木曜日に乗車する場合は3%引きになりますw


突然やって来た復興号。
行先表示は復興号/往花蓮になっていましたが、時刻表にはなく、乗客も見当たらないので回送と思われます。
なお先頭はスネ夫に被られてしまったので、後追いのみ…。



今度は台北方面からも貨物列車がやって来ました。
幸福セメント印の灰色ホキ(水泥斗車)2車に、黒いセキ(石斗車)3車、台湾ではレアなコキ(平車)11車、そして〆はワフ(篷守車)。
台鉄にコンテナ用の貨車はないので、汎用の平車に海コンを載せています。


再び平渓線。
ああ、もう1時間経ったんだ(日中の平渓線は、きっちり1時間ヘッド)、いろんな列車が来るから、あっという間だなぁと思いながら眺めていると、反対方向から車のクラクションのような汽笛が聞こえてきました。
なんだろうと振り返ると…




なんですかこれwww

まさかの保線用モーターカーが、何食わぬ顔で本線上を通過して行きましたwwwww
ホント台鉄さん何でもありですね。


約10分後には、普悠瑪号が平然と通過…。
あんまりスピードを出すと、前のモーターカーに追い付いちゃいますよ(笑)

#7に続きます。
続・台湾で鉄路迷2016 #5 ~過渡期の台中駅と荷物車~
#4の続きです。


高架化工事が進む台中駅
私が訪ねた6日後の10月16日に切り換えが行われ、后里~台中~烏日の21.7kmが高架になりました。
当初は9月末に切り換えが行われる予定で、出発前に撮影プランを考えていたときは間に合わないなーと思っていたのですが、まぁ台湾ですので工事は予定どおり遅れていて(笑)
おかげさまで地上ホームの方へ降り立つことができました。


レトロなホームの背後に迫る、真新しい高架駅。


例によって鉄路迷の皆さんも大勢いらっしゃいましたw


日本統治時代の1917年に建設された台中駅舎。
重厚なレンガ造りで、歴史を感じさせますね。
この駅舎は高架になった後も保存されるとのことです。



古風な駅舎のすぐ前から、こんな洒落たデザインの連接バスが発着しています。
専用のバス停には改札機やホームドアのようなものまで付いていて、さながら新交通システム!なのですが、よく見ると改札もドアも稼働していません。
実はこれ、2014年7月に開業して僅か1年足らずで廃止になった「台中BRT藍線」の遺物なのだそうです。
連接車両やバス停は既存の路線バスに転用されたものの、改札機はBRT開業後1年間は無料だったので1度も使われず放置されているという、なかなかのトホホ物件…。


地下道をくぐって駅舎の裏手へ出ると、すぐ近くに新しい台中駅が見えました。


こちらは台中後站
後站(後駅)とは、正面の駅舎から線路を挟んで反対側にある改札口のことで、高雄や台南など台湾の大きな駅では、こうした裏口が設置されています。
立派な正面口に対して、小さな木造駅舎がひっそりと佇む台中後站は、どこかのローカル線にある駅って感じ。
この駅舎は、もともと台中駅に乗り入れていた台湾糖業鉄道が使っていたそうです。



構内に戻るとDR3000型が発車を待っていました。
朝夕1本ずつ設定されていた台中発→台東行きディーゼル自強号です。
ダイヤ改正後は、夕方の便が彰化始発に縮小されています。


3両ユニットを4本繋いだ堂々の12連



帰りは客レに乗りたいので、次のキョ光号まで1時間ほど撮影しながら待ちます。


3連休の最終日ということでホームは大混雑。
これから乗るキョ光554次も切符を買おうとしたら満席だったので、果たしてどれほどカオスな状態で到着するのだろうか…とちょっぴり不安だったのですが、これが無座だったおかげで、とんでもない車両に乗れてしまったのでした。


無動力のカマを繋いだ重連に、荷物車付きの豪華な編成で到着したキョ光554次。
ライトアップされた真新しい高架駅の下で、薄暗い昔ながらの荷物車から淡々と積荷が降されてゆく…新旧が交錯する何とも不思議な光景に、思わず夢中でシャッターを切ってしまいましたが、この列車に乗らねばなりません。
急いで客車の方へ向かうと、やはり相当混雑していて、帰省ラッシュの自由席のような状態になっていました。
通路は鈴なり、荷物車のデッキにまでお客さんが乗っています…


ん?荷物車(°д°)!?



荷物車のデッキに乗れてしまいましたwww

なんと客車側から乗り移れるデッキまでは、普通に入れるんですね。
写真の向かって左側が客車との連結部、右側のドアを開けると荷物車の車内なので、すりガラスの部分に「行李車」と殴り書きがあります(決して落書きではありませんw)


デッキまわりの造りは、南廻線で走っているスハ風の旧客とほぼ同じですが、床は木製になっています(スハ風はリノリウム敷き)
ドアやら幌やら隙間だらけ、おまけにフラットが酷い車両に当たってしまったので、凄まじい乗り心地。
これで台北まで約3時間の旅ですか、いやー最高ですなぁ(笑)


台北にも旧客が走っていた時代にタイムスリップ!?
といっても2005年頃までは、台北を発着する普快車や冷気平快車が残っていたようで、そんなに昔のことでもなかったり。
まだ当時は台鉄沼に堕ちる前だったので、その時代には残念ながら間に合いませんでしたが、まさかこんな風に疑似体験できるとはw


台北に到着~。
はい、もう楽しすぎて3時間があっという間に過ぎてしまいました。
この荷物車付きキョ光号は海線経由に変更されて今も健在なので、デッキだけとは言え、南廻線まで行かなくても旧客(っぽい車両)に乗れますね。

#6に続きます。
800形にも蘇った太帯ツートン
2000形2011編成に続き、遂に800形にも太帯ツートンカラーが蘇りました!

http://www.keikyu.co.jp/information/cp/keikyu800/

初日の今日は事前応募のお披露目ツアーが実施され、久里浜工場で撮影会の後、リバイバルカラーとなった823編成を使用した貸切列車が久里工→品川間で運転されました。

行き掛けの駄賃で、西武40000系の甲種を撮ってから久里浜へ行こうと早起きしたのですが、横須賀線が人身事故、東海道線も道連れという残念なパターンで…orz
いや実は貨物線の方は大丈夫だったらしいのですけどね。
これで本命の823編成を撮り逃したくないので、貸切列車の時間にはまだ早いのですが、とりあえず久里浜へ向かってみることにしました。
すると…


おおお!!823編成の隣は2011編成ですかー。
さすが京急さん、分かってらっしゃるw
2000形とは違い、800形の太帯は実車を見たことがないので新鮮ですなぁ。


久里工への送迎列車は1800形4連でした。


久里浜駅の上り時刻表。
日中は8連の快特しか走っていない久里浜線では、普通車は一日に僅か6本、そのうち800形の運用は6:35発の1本のみ
これに823編成が運よく入ったとしても、時間的に家から撮影に向かうのは困難です…。
なので今回の貸切列車は、まず「久里浜線内で撮る」ことを目標にしました。


というわけで北久里浜。
あまり久里浜線らしい場所って思い付かなかったので、無難に駅撮りです。
風光明媚な三崎口まで乗り入れれば、いろいろと選択は広がったのですが…。


後続の快特で追っかけると、富岡で追い抜きました。
昼の上り、どこへ行っても光線は良くないので、それならばと思い切って高架下になる蒲田をチョイス。
急行灯を輝かせて爆走する800形!かっこいいですなー!!


さらに、品川へ先回りして軽くスナップ。
そして折り返しの回送を撮りに新馬場へ向かうと…



!?

被られた…かと思いきや、なんとタイミングよく800形同士で並びました!!!!!
これは幸先の良いスタートですねぇ。
暫くリバイバル塗装のまま運用に入る予定の823編成、さて明日以降どんな素敵なシーンに出会えるでしょうか。
銀座線イレギュラー尽くしの週末
銀座線では渋谷駅移設工事に伴い、11月5、6日の2日間に渡って一部区間で終日運休となりました。
これほど大規模な工事は滅多になく、どんなものかと気になっていたので、6日に原宿へ行くついで見物してきました。


まずは現場の渋谷駅をヒカリエから。
渋谷方面行きのレールが、向かって左へと移動しています。


偶然やってきたE235系と。
この工事が完了する頃には、山手線もE235だらけになっているでしょうか。


工事期間中は表参道~青山一丁目間と、溜池山王~浅草間で折り返し運転が行われていました。




定期列車では設定のない溜池山王行き


残り少なくなった01系も、01-122編成が運用に入っていました。





そしてユニークな運行形態だったのが、青山一丁目~表参道の折り返し運転です。
青山一丁目行きも、表参道行きも、普段は設定がない行先なので表示自体レアなのですが、


それ以上にスゴいのが、こちら。
なんと複線を単線並列として使用し、逆走するシーンが終日見られました!!
溜池山王~渋谷の間には渡り線がなく、かと言って同区間を全て運休させてしまうと、銀座線しか停車しない外苑前が陸の孤島となってしまうので、このような形態となったそうです。
なるべく影響が大きくならないよう上手く考えられていますよね。
実施日もハロウィンや野球の試合と重ならない日を選んだとのこと。
Trackworkとか言って、毎週末のように運休する某所の鉄道も見習って欲しいものですなw


ただ誤乗防止の為?なのか、渋谷方面行きホームを発着する電車は青山一丁目→表参道のみ、浅草方面行きホームは表参道→青山一丁目のみ客扱いを行っていて、逆走する際は回送となっていました。
なので青山一丁目駅の2番ホームと、


表参道駅の4番ホームは降車専用です。


片道あたり実質1編成でやり繰りしているわけで、運行本数はどんなに頑張っても12分ヘッド、通常の半分以下でした。


表参道→青山一丁目便は1037編成。


青山一丁目→表参道便は1035編成。
この2本は前日5日も同じだったそうです。


1035編成では、車内の自動放送やLCDもちゃんと作動していましたが、なぜか1037編成は肉声放送、LCDもメトロのロゴマーク表示で固定でした。
青山一丁目行きは大丈夫だけれど、表参道行きには対応していないのでしょうかね??


運休区間の両端には、仮設の車止めが設置されていました。

なお、この渋谷駅移設工事に伴う運休は、再来週の11月19、20日にも実施される予定です。


これは余談なのですが、青山一丁目行きって聞くと、昔の半蔵門線みたいですよね。
そういえば今の半蔵門線に青山一丁目行きはあるのかなぁと、ふと思い付いてググってみたところ…土休日ダイヤに1本のみ、それも終電で中央林間発→青山一丁目行き、というのを発見してしまいました(笑)

続・台湾で鉄路迷2016 #4 ~追分の木造駅舎と成追線~
#3の続きです。


台中港駅から再び区間車に乗って、5駅先の追分で下車。



側線には、毎度お馴染みの保線用の黒貨車と旧客が止まっていました。
日本とそっくりな車両たちですが、逆に今の日本国内では、こういう風景ってなかなかお目にかかれないですよね…。


構内踏切を渡ると、これまた日本のどこかで見たような、素敵な木造駅舎が出迎えてくれます。
あれ?おかしいなぁ、確かにパスポートを持って出国したはずなのにw


それもそのはず、この駅舎は日本統治時代に建てられたものなんです。
名前の由来も、日本語で分岐を意味する「オイワケ」から、漢字をそのまま中国語読みにして「ジュイフェン」となって、今に至っています。


手入れの行き届いている駅舎内。
小さな駅ですが、ちゃんと窓口も開いていて、


硬券も売っています♪
ただし隣駅の成功まで、片道または往復の2種類のみ。
この追分成功は、中国語で「よい成績を収めることができる」という意味になり、縁起のよい切符として人気があるのだそうです。


では御利益にあやかって…それと成追線の乗り潰しも兼ねて、隣の成功駅へ。
追分は海岸線(海線経由)、成功は台中線(山線経由)にある駅で、2つの路線は彰化駅の手前にある大肚渓南信号場というところで合流しているのですが、その信号場を経由せずに追分と成功を直接結ぶ成追線という短絡線があります。
デルタ型になっているうち2辺は優等列車が行き交う幹線なのに対して、成追線は単線で区間車のみ、列車本数も少ないので、今まで一度も乗ったことがありませんでした。



成功駅のすぐ側には、小さな荷役ホームが!
扉を開けた有蓋車へ、袋のようなものを大量に乗せたパレットを積み込んでいくのが見えました。
しかし、もう少し近付いてみようとホームの前方へ移動すると…遠く駅舎の方からピピーッと笛の音、駅員さんがこちらに向かって何か叫んでいます。
使われていないホームなので、そっちへ行くな!ということでしょうか、写真を撮りたいとジェスチャーするもダメ(-_-;
仕方なく撤収、次の区間車で台中へと向かいました。

#5に続きます。