> 私鉄屋雑記帳 2016年07月
プロフィール

三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

ご意見、ご感想等々、管理人への連絡は下の「メールフォーム」からドウゾ…!!



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6E求めて常陸の国へ #2
#1の続きです。

午後は水郡線で常陸太田へ。
適当に乗ったバスで辿り着いた水戸駅、適当なタイミングで改札へ向かうと、あと3分ほどで郡山行きが発車するところでした。
次を待てば常陸太田行きがあったりするのかなー、と時刻表を見ると次の列車は何と1時間後!
水戸近郊は日中でも30分ヘッドくらい走っているだろうと思っていたのですが…。
急いでホームへと向かいました(^-^;


思えば、こっち方面って2005年に日立電鉄を訪ねて以来なもんで。
常陸太田行きの乗り換えも「どの菅谷だっけ?」っていうレベルでしたwww
※上菅谷で乗り換えです。


そして常陸太田も全く新しい駅になっていて、軽く浦島太郎状態です。


確か、この通りを渡った先に日立電鉄の常北太田駅があったはず…。



これが前回訪問時(2005年1月8日)の常陸太田駅。
歴史を感じさせる木造駅舎でした。
JRと日立電鉄の常北太田駅を結んでいた跨線橋も無くなり、当時の面影はまるでありません。

さて、常陸太田を訪ねたのは日立電鉄の廃線跡をバスで辿ってみよう…と思い付いたこともありましたが、もう一つの目的は、茨交の太田営業所に1台だけ残っている6Eを撮影することでした。
しかし営業所を覗いてみると、残念ながら留守のようで。
太田の路線バスは距離が長く、まぁ居たらラッキー程度のつもりだったので、さっぱり諦め駅前のバスターミナルへ。


日立電鉄交通サービスの8系統、多賀駅前行きに乗車。
お、少し古めのキュービックだ♪
このバスが、ほぼ日立電鉄の沿線をトレースするように運行されています。

余談ですが、大甕の「甕」の字は常用漢字ではないので、バス停や方向幕ではひらがな表記になっています。
こんな画数の多い字、人生ここでしか見る機会なんてないだろう…と思っていたら、なんと名字に「甕」の字が入っている方が母親の知り合いに居てびっくりしましたw


日立電鉄の面白いところは、整理券がICカードになっていること。
繰り返し使えるのでエコですが、券自体に番号が書かれていないのが少し不便ですね。

川中子、大橋、南高野…そうそう、そんな名前の駅あったなぁと思い出しながら、揺られること約30分、曲松団地入口というバス停で下車しました。
日立電鉄にも6Eが残っているらしいので、まずは日立南営業所を覗いてみることに。
すると…、



これまた随分と個性的なクルマが出庫してきましたw
西武総合企画という特定輸送を行っている事業者から渡って来たもので、6Bと呼ばれる6Eの貸切向けバージョンです。
それが何故か日立電鉄へとやって来て、路線バスとして活躍しています。
路線らしくない顔、おまけに大きなLED表示器を付けていて、なんとも言えない姿ですね。
慌てて撮ったので、あまり良いアングルではないですが、1台のみの稀少車ですから、とりあえず遭遇出来ただけでもヨシでしょう。


営業所の方に許可を頂いて撮影開始。
6Eは1台だけ残っていて「もう15分くらいしたら戻って来るよ」とのことで、それまで休んでいるクルマを観察して待ちます。


92年式のジャーニーK。
薄緑色ベースの旧塗装がレトロでいいですねー。
営業所には同じジャーニーKがもう1台居ましたが、そちらは新塗装でした。


側面にラッピング広告が入った、92年式のレインボーRJ。
広告主は、この~木、何の木♪な大手総合電機メーカーで、日立電鉄の親会社です。
件のユニークなIC整理券も、そこの関連メーカーが開発したもの、ということで実験を兼ねているのでしょう。


ナンバーが外された6E…。
つい最近まで現役だった最後の旧塗装6Eだそうで、一歩遅かったですね(-_-;


でもって現役の6Eが戻って来ましたー!!!



91年式の6E。
新塗装に黒サッシ、ライト類も角型なので、歳の割に若く見えますね。
この仕様、もしかして…と思って調べてみたら、案の定、鶴見臨港からの譲渡車でしたwww
同社は特徴があるので、何となくオーラで分かりますなぁ(最近のノンステとかになるとよく分かりませんがw)
ちなみに、太田駅前から乗ったキュービックも同じく元鶴見臨港のクルマです。

さてさて、6Eも6Bも撮れて目標達成!というわけで、再び廃線跡を辿りながら大甕駅へ。
…と言っても、あまり面白いものは残っていません。
敷地の大半は道路の拡張や、遊歩道になっていて、常磐線との交差付近にあったトンネルも埋められていました。
あとで知ったのですが、日立電鉄の設備は老朽化していて危険、ということで徹底的に撤去を進めたのだそうです。


そんななかで、おや!?と思ったのが、久慈浜駅跡に出来た南部図書館。
ここから大甕駅の手前まではBRTとして整備されているのですが、そのバス停に面した壁の一部には見覚えのあるオレンジとクリーム色が…そう、あれは紛れも無く日立電鉄のツートンカラーですよ!


さらに日立電鉄の歴史や地図が書かれたパネルや、久慈浜のイラスト入り駅名板、レールなども展示されています。
ここまで鉄道が走っていたと分かるものが何一つ見つからず、鉄道なんて無かったものとして扱われているのかなぁ…ちょっと寂しいぞ、と思っていたので、こういう展示があるだけでも嬉しいですね。


久慈浜の駅名板、確か昔撮った記憶があるなぁ…とフォルダを漁ったら、向きは逆ですが、ありました!


こちらがBRT車両と専用道。
大船渡や気仙沼のBRTと似た単線方式で、ところどころに交換スペースが設置されています。
本数はあまり多くはなく、大甕行きを20分ほど待つと、やってきたのは「おさかなセンター」まで行って戻ってきた↑のバスでした。

※営業所内での写真については、許可を得て撮影しています。
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6E求めて常陸の国へ #1
湊線の撮影に行くと、いつも変わらず那珂湊駅のまわりをうろうろしている、茨城交通のトリコロールなバスたち。
古いクルマが多いなぁと思いながら、ついでにカメラを向けていましたが、ネットを徘徊してますと、少しずつ置き換えが進んでいるようで…。
特に、私の大好きな富士重6Eに関しては風前の灯だということで、遂に先日、バス目当てで水戸まで行ってしまいました。


はい、水戸駅前に降り立って、のっけからこの光景ですよ(笑)


2段窓は当たり前!
自社発注から中古車まで、メーカーや仕様もまちまちなので眺めていて飽きません。


丸目3連発!!
ググってみると、前から93年式レインボーRJ、91年式ブルリHT、93年式ブルリHTだそうです。
東京からそんなに離れていないのに、これほど90年代前半のクルマが元気に走り回っている街は、水戸くらいではないでしょうか。


関鉄バスも負けていません(年季的な意味で)
ちなみに右の赤いバスも茨交です。
2010年6月1日に茨城オートが路線バス事業から撤退し、茨交に統合されたときに引き継いだクルマで、現在も塗装はそのままになっています。


こちらは90年式のRJ。
茨交には一つ目レインボーも残っているそうですが、まだ一度も見掛けたことがありません…。


たまにやってくるJRバスも年代物が多いですね。
水戸地区では城東車庫~水戸駅~赤塚駅の実質1路線しか運行されていないのですが、路線の大半が茨交と重複していて、本数も圧倒的に茨交の方が多いという、イマイチ影の薄い会社です。
JRバスのメリットと言えば、スイカが使えて運賃も割引になることくらいでしょうか。
これ、「いばっぴ」って何ぞ!?な他所者には凄くありがたいですw

でもって、ふと後ろを振り向くと…



6E!!

水戸に着いてから僅か20分ちょっと、あっさりと遭遇できました。


バスターミナルをぐるっと回って駐機エリアへ。
ちょうどよい位置に停まってくれたので、撮り放題です~。


5分ほど休むと、再びぐるっと回って乗り場へ。



水戸駅をあとにしました~。
いやぁこの丸っこいデザイン、堪りませんねぇ♪

現在このタイプの6Eは2台残っていて、どちらも浜田営業所に所属しているとのこと。
浜田営業所は水戸駅からバスで10分程度の距離なので、ちょっくら行ってみたところ…



6E!!!

なんと営業所前のバス停で降りたと同時に、もう1台の6Eが営業所から出庫してきました!
これまたグッドタイミング。


信号待ちで、もう1発撮れました。

さらに、この2系統「台渡里」行きですが、実は台渡里という場所はバスの進行方向とは逆に位置していて、一旦この先にある若宮団地を回った後、またすぐに同じ道を戻って来ます。
が、そんな細かいところまで知らなかった三条は、まんまと撮り逃してしまいました…orz
こういうのがバスの難しいところであり、面白いところでもありますね(^-^;


公道から、ちらっと浜田営業所を覗いてみると…おや!?


こんな廃車体が置かれていました。
観光タイプのクルマですが、かつては路線用だったらしく、前面には方向幕、側面には「一般乗合」の文字が薄っすらと残っています。


少し強引ですが、復刻塗装車(手前)との並び。


帰りのバスは、今朝、水戸駅で撮影した90年式のレインボーRJと同じ車両に当たりました!
木製の床、緑色のモケットに…なぜかシートベルト付き。
このクルマ、以前は常陸那珂火力発電所の特定車だったようで、恐らくその時にシートベルトが必要だったのではないか?と思うのですが、どうでしょう。

#2に続きます。
トーマス人気に沸く大井川鉄道 #2
#1の続きです。


千頭でのんびりしていたら、上りトーマスの発車まで残り1分とかそんな状態だったのでw
笹間渡、家山の停車時間を利用して追い抜き、やって来たのは福用カーブ。


でたー、新入りの7200系!!
これ撮りたかったんですよねー。
相変わらず7000の紛いもんみたいな顔に前パンという、超絶怪しい姿をしていますw


神尾交換で、反対方向からも普通電車が。
ダイヤを見てびっくりしたんですが、この福用15:33発の普通電車の前は12:41発で、2時間50分ほど間隔が空いてるんですね。
しかも福用12:41発は今年3月の改正で増発されたスジで、これでも2014年の大幅減便ダイヤよりは改善されているという(汗;


続いてノーマルなC11。
曇るだろうと踏んでの福用カーブでしたが、晴れて来た&煙スカでイマイチな結果に…orz


新金谷の車庫を覗いてみると、大鉄の黒歴史になりつつある元西武のE31形が止まっていました。
こいつ、2010年に大鉄へ渡って以来6年間ずっと放置プレイ…だと思っていたのですが、ウィキペによれば新金谷での入換えに使用されているそうです。
確かに車庫の手前の方に居たので、まぁ一応動いてるんでしょう(^-^;
新金谷に2台と、下泉にも1台疎開しているのを見かけました。


さきほどの7200系が回送で戻って来ました。
千頭方は原型のダイヤモンドカットです。


でもって、今のところ先頭に出ることは無いモハ7305号の原型顔は…赤帯無し
そういえば十鉄の頃に赤帯を外したんでしたねー。
ただ十鉄時代は稼働率が低くて、七百の車庫で寝ているところしか撮れませんでした。
いずれ大鉄でリベンジ出来たらいいなぁ。


C11との並びも新鮮です。
そもそも7200系、蒸機と顔を合わせる機会もそんなになかったんじゃないか…と思って、各線の無煙化時期をググってみたら、D51が高島貨物線で1970年10月まで残っていたそうで。
この無煙化の歴史が面白くて、首都圏の路線がだいたい1970年までに無煙化を達成しているのに対して、北海道は5年ほど後になるんですね。
そういえば「北海道が聖地だった」なんて話を聞いたことがありますが、なるほどと。
もしその時代に私が生まれていたら、やっぱり北海道まで遠征に行ったのかなぁ、なんてwww


そうそう北海道と言えば、先月大鉄入りした元はまなす用の14系客車も居ましたよ。


入線した4両のうち、3両が大代川側線の入口に留置してありました。
北海道へ行くときよく利用したはまなす号の自由席車両、いやぁーまさかこんなところで再会できるとは。


静岡で引戸な14系というのも違和感がw
北の厳しい気候を物語るボロボロな車体もそのままですが、これから整備されるのでしょう。

さて、最後にビール列車の撮影へと向かいます。
大鉄のビール列車は過去2回挑戦しているのですが、いずれも天気が悪くて惨敗orz
でも今日は気付けば天気も回復、こりゃいい写真が撮れそうだと順光になる五和~神尾へ、すると…


うぉぉ見事な青空と、夕陽に鈍く光る茶色い電機!
この日、最後の最後で、しかもリベンジすること三度目の正直でゲットした1枚…!!
これは嬉しいですなぁ。
そういえば前回、前々回の牽引機はE102号でしたが、今回はE101号ですね。
E101は2011年頃から運用を離脱していたのですが、例の西武から来た機関車がアレだったので、2014年に検査を通して本線復帰しています。
ただ個人的には、ヒサシ付きのE102の方が好きなんですよねーなどと贅沢を言ってみる(^-^;

トーマス人気に沸く大井川鉄道 #1
一昨日は友人たちと大井川鉄道へ行ってきました。


と、その前に石橋鉄橋へ寄り道して、東京メトロ16000系の甲種を撮影♪
これで万六も29編成目、どんどん増殖していますなぁ…。
6000系の廃車も進み、田の字窓や、車体裾が長い6101Fは既に過去のものになっています。


今回はクルマ移動だったので、静岡市内から山道を通り一気に千頭までワープ。
千頭駅裏の駐車場から構内を眺めると、以前は廃車体だらけだった側線を、ちょこまかと可愛らしい機関車が行ったり来たりしていました。
2年前から行われている「きかんしゃトーマス」とのコラボ、最近は蒸機だけではなく、DLにも飛び火しているのですね。
コイツは川根両国で入換え用として活躍しているDB1形で、トーマスの世界に登場するラスティーというディーゼル機関車風に改装したものです。
作中でもエンドキャブ式の小さな機関車だそうで、まさにDB1にピッタリな役!なのですが、


DB1改めラスティー君は無動力でして、実際は後ろのDD20形が牽引していましたw
まぁこの辺は大人の事情ですかねー。


千頭駅の近くに、こんな超絶怪しい窓配置をしたエアロスターが止まっていましたwww
ググってみると元の事業者は都営バスで、譲渡に際して四枚折戸の中扉を埋めた結果、こんな姿になったのだそうですが…どうしてこうなった。


SL急行1本目の1003レは、トーマス号(C11-227)でした。
こんなのお子ちゃま向けだ!と悪態を付いて、これまでスルーして来た三条でしたが、いやーまぁ実車を見てしまったら、これはこれでいいんじゃない?と気が変わっちゃいました(笑)
やっぱり元がホンモノなので、迫力が違いますね。




千頭到着後、暫くすると入換えが始まりました。
まずはトーマスが逆を向いたまま金谷方へ、客車を移動させるようですが、本線を塞いでしまうので、先に普通電車の到着を待ちます。


普通電車は南海ズームカーでした。
何か表情が変わったなぁと思ったら、ヘッドマークが新しいものに交換されたんですね。
以前は六角形のところに行先が書かれていて、新金谷止まりでも「金谷⇔千頭」表示のままでしたが、数年前のダイヤ改正で家山行きが出来たので、さすがにそのままじゃマズいってなったのでしょうか(^-^;


続いてトーマスが出て来ました~。
この”後ろ姿”は入換えでしか見られませんね。


客車を1番線へ転線させた後、転車台へ。
間近で見学できるスペースには溢れんばかりの人人人!!
ここ最近はSL急行の低迷で懐事情が厳しいと言われているだけに、このトーマス人気を見ていると嬉しい限りですね。



そして、いいなぁーと思ったのが、この組み合わせ。
トーマスに合わせてオレンジ色に塗り替えられた旧客は、それほどケバケバしいものではなく、適度に落ち着いた色合いなので、むしろ何だか朱色1号のゲタ電みたいで渋カッコイイんですよ!


SL急行2本目の101レ。
今度はC11-190にぶどう色の旧客という、正しき国鉄の蒸気編成です。


↑の場所からダッシュして跨線橋へ。
実は1本目のトーマスのとき、友人が同じようにダッシュして後追いをゲットしていたので、その手があったか!というわけで真似してみましたw


この時代に旧客の列車が2本並ぶ、というのも何とも贅沢な光景ですなぁ。

#2へ続きます。
消えゆく西鉄8000形
こないだ久々にマジかよ!?ってなる記事を見つけてしまいました。



「原色(赤白塗装)の8000形は7月10日を以って運行終了」
(ソースは西鉄公式FB)

6編成いた8000形のうち、既に8031F、8041Fの2本は廃車に、3本はそれぞれ「旅人」「水都」「明治日本の産業革命遺産」のラッピング車となった結果、原色で残る編成は8021Fのみになっていたとか。゜。゜(ノД`)゜。゜。
いやご存知の方からすれば、何を今さらという感じでしょうけど、情弱な三条は廃車が出ていたことすら知らなかったので、それはもう驚きました…。
というか、置き換え計画自体は2015年3月5日付けの新聞記事に載っていたんですね。


というわけで、まだ掲載していなかった西鉄の写真をアップしたいと思います。
これは去年、貝塚線の313形を撮影したついでに大牟田線へ行った時のもの…なので、まだ置き換えが発表される前のことです。
いやはや、こういうのは撮っておくもんですねー。

どーでもいいですが、これを撮る直前、誤って標準レンズを鞄からコンクリの地面に落とす、という大失態を犯していまして、お亡くなりになったレンズを片手に、テンションだだ下がりのなか撮影した写真となります…(-_-;
55mm以上の望遠レンズしか使えない縛りで、良さげな撮影ポイントを探したところ、辿り着いたのは雑餉隈~井尻にある小さな踏切でした。


5000形の急行小郡行き。
大牟田線系統では最古参ですが、まだまだ優等列車でも活躍しています。


続いて、最新鋭の3000形。
撮影当時、日中の花畑急行は3000形ばかりで、このあと小一時間で同じ種別、同じ行先の写真が3枚も撮れてしまいましたw
現在は、8000形に代わって3000形が日中の特急運用に投入されているそうで、コイツが実質的に8000形の後継車なのだとか。
こんな安っぽいクルマが西鉄の看板列車だなんて、なんと夢がない!と思ったのですが、ふと他の大手私鉄を見渡すと、阪急とか名鉄とか、同じように3扉へシフトした会社がたくさん…。
うーん、やっぱり特別料金無しの2扉優等列車って無理があるのかなぁ。
3000形も見た目はアレですが、車内は一応転クロで最低限のサービスは維持されてますもんねー。


こちらは6000形の…普通大宰府行き!
天神から二日市でスイッチバックして、大宰府へ直通する普通列車なんてあるんですね。
特に狙っていたワケでは無いんですが、平日3本、土休日2本のみのレアな列車のようです。


そしてこの日のお目当てだった、8000形「旅人」が来ましたー。
日中は太宰府線を行ったり来たりしている「旅人」ですが、朝の1本目だけは天神まで顔を出します。


反対方向からも8000形が…って普通!? 
送り込みの関係でしょうか、随分とゴージャスな普通列車ですw


また随分と派手な8000形も現れましたwww
2014年12月1日から約4カ月間行われた「妖怪ウォッチ」のラッピング車です。
このあと大牟田へ行くときコイツに当たったのですが、車内もキャラクターが散りばめられていて賑やかでしたよ(^-^;


5000形の普通小郡行き。
なんと特急よりも長い7両編成です。
途中の津古、三沢ではホームが5両分しか無い為、ドアカットが行われます。


6050形、普通筑紫行き。
6000形のVVVFバージョンで平成生まれなんですが、前面窓のHゴムは灰色で、妙にレトロかっこいいです。


そしてオリジナル塗装の8000形!
このときは、まさか1年ちょっとで見られなくなるとは思いもしませんでした…。
平成元年生まれ、まだまだ新しく見える8000形ですが、連日の特急運用で、車齢以上に老朽化しているのだとか。


大橋へ移動して少し駅撮り。
なーんだ、また3000形かよと思ったのですが…なんと前パン!
こいつ行先表示も幕だし、そんな言うほど悪いクルマでもないかなーという気がしてきました。単純…w


でも、やっぱり西鉄と言えば、この非対称顔ですね!
初めのうちは変わったデザインだなーと思っていましたが、見慣れて来るとカッコイイです。


せっかくなので「旅人」へ乗りに太宰府線へ。


車内は編成中程にカウンターが設けられた以外、基本的にオリジナルのままです。



二日市から僅か5分で終点の大宰府に到着しました。
太宰府線は総延長2.4km、この間を行ったり来たりするだけというのも何か勿体無い気もしますが、特急運用に疲れた8000形にとっては、この程度がちょうど良いのかもしれません。



少し遡って…上2枚は2007年12月、廃止まで残り数ヶ月となっていた島原鉄道南目線へ行くため、大牟田から島鉄フェリーへ乗る前に、軽く駅撮りしたときの写真です。
花畑での今は亡き2000形との新旧特急車同士の並びと、大善寺の緩急接続。
撮影当時、いずれは8000形も3扉に改造されて余生を過ごすことになるのかなぁ、なんて思ったものですが…。

台湾で鉄路迷2016 #9 ~彰化扇形車庫~
#8の続きです。

嘉義から、今度はPP自強号に乗って彰化へ。
彰化駅にある扇形車庫を見学しに行こうと思っていたのですが、ここで思わぬ誘惑が…。
道中、車窓をぼーっと眺めていると、なんと途中の二水という駅にスハフ43形とそっくりなシルヘッダー付きの藍色客車が留置されているではないですか!?
側線に1両だけポツンと停まっていたので、恐らく宿営車ではないかと思われますが、シルヘッダー付きは今まで見たことがありません。
しかし乗っていた自強号は無情にも通過、次の停車駅員林から戻る列車は無いかと時刻表をめくるも、ちょうどいい時間に列車は無く、行って帰って来ると車庫の見学はできなくなってしまう…というわけで、諦めることにしました。
またいつか、どこかで出会えるでしょう…。


彰化で降りると、おや!?いい場所にEMU300が停まっていますね。
実はEM300、今のダイヤでは基隆~彰化間を1日1往復しか走らない隠居モードになっていて、自強109次で10:50に彰化へ着くと、そのまま16:14(日曜のみ17:14)発の折り返しまで、ここでずっとお昼寝しているようです。
EMU1200以上に勿体無い使われ方ですなぁ…。


駅から15分ほど歩いて、扇形車庫の入口に到着。
事前情報では、外国人はパスポートが必要という風なことが書かれていたのですが、特に提示を求められることは無く、窓口で名前と連絡先を記帳するだけでOKでした。
それで電話番号を書くときに、そういえば空港で買ったSIMカードは通話もできるやつだったなーと思い出して、番号を調べようとしたら、守衛さんから「日本ノ電話番号ダイジョブヨー」と日本語で言われましたwww


そんなゆるい感じの受付でしたが、この扇形車庫は今でも普通に使われている現役の機関庫!
適度に汚れた設備、機械油の匂い、博物館にはない”生きている”空気を感じますね。


台湾版DE10、DHL100形。
現役の機関庫なので、もちろん新しい罐も居ます。


これまた凄く昭和な雰囲気ですねー。
黒い2軸貨車にはトラ模様と「彰検」の文字(彰化検車区?)が入っているので、日本で言うところの救援車でしょうか。
木造の詰所がよく似合います。



そして扇形車庫!!
日本統治時代に建てられたというだけあって、梅小路津山のものと瓜二つです。
しれっとDD51とかが紛れ込んでいても違和感ないでしょう(笑)


動態保存されているCK120形(CK124号)とDT650形(DT668号)、それぞれC12形とD51形の同型車です。
こちらも日本時代の製造で、厳ついカウキャッチャーを付けていること以外、日本の蒸機とほぼ同じ姿をしています。


撮り易い位置にS300形が停まっていました。
こいつは高雄のS200形よりも新しい機関車なのですが、現役で残っているのはこのS318号1両のみの稀少車です。


その隣には、毎度おなじみR100形


転車台の近くには3階建ての展望デッキも設置されていて、高い位置から眺められるようになっています。
ここで出入庫する機関車が現れれば面白いだろうなぁーと思ったのですが、この日は残念ながら日曜日だったせいか、1台も動きませんでした…orz


展望デッキから本線側を望む(アーチ型の跨線橋がある辺りが彰化駅です)
転車台の直前まで電化されていて、電機たちが休んでいる姿も見えます。
ふと、このまま電化区間の”環島化”が進めば、非電化で残るのは支線の一部区間だけ、しかもディーゼル機関車が必要な線区はもっと限られている…すると、この扇形車庫も近い将来「現役」ではなくなってしまうのかなぁ、なんて考えてしまいました。
もちろん蒸機の保存拠点として、限りなく現役に近い姿で残されるはずですが。
転車台リベンジ、近いうちにしなければ(^-^;


屋内は基本的に立ち入り禁止ですが、開いていた窓から、こんな写真も撮れました。


さて、まだまだ自強132次まで時間があるので、アーチ型の跨線橋から彰化駅の裏側へ。
側線には黒貨車が沢山~♪
台湾は地方の駅も活気があっていいですなぁ。


活気と言えば、駅前のバスターミナルも庶民的で良い感じ。
今は「バスタ」が出来て無くなってしまいましたが、新宿ヨドバシ裏のバスのりばを思い出しますねー。


EMU300が入線してきたのを確認してラッチ内へ。
自強132次、海線経由の七堵行き、前回は山線経由だったので、こちらは初めて乗る区間です。


車内はガラガラ。
これは発車15分前くらいに撮ったのですが、結局4~5人増えただけで彰化を発車しました。
3日前の時点で「没有」と言われた自強132次、どこかで乗って来るんだろうと思いながら、M車の適当な座席に座って吊り掛けモーターを堪能します(こういうとき台鉄式の制度は便利ですw)
すると…30分ほど走った大甲という駅で、ドドっとお客さんが乗って来ましたー。
皆さんお揃いの破魔矢のようなものを持っているので、何か近くで行事でもあったのでしょうかね。
私が座っていた席にも指定の持ち主が現れたので、座席が1列分無い非常口前のスペースに移動しましたが、その後の各駅でも少しずつお客さんを拾って行き(しかも、その殆どが無座)、山線と合流する頃には通路やデッキは鈴なり、フットレストに座る人もw
そんな満員電車に揺られること3時間で、夜の台北に到着しました。
うんざり?いやいや、3時間も吊り掛けモーターの唸りを愉めるだなんて最高ではありませんか(笑)

#10に続きます。
台湾で鉄路迷2016 #8 ~阿里山森林鉄道嘉義車庫~
#7の続きです。


台湾3日目。
この日は、彰化17:14発のEMU300形を使用した自強132次に乗る以外、全くノープランでした。
…それも、ぶっちゃけ自強132次の切符が没有だったので、マストではないですが(^-^;
とりあえず高雄駅から先発の区間車に乗り込み、のんびりと途中下車しながら北上します。


まず初めに降りたのは台南。
この先で、EMU1200形で運行の自強103次とすれ違うようなので、手前で降りて駅撮りしようという魂胆です。
すると、向かいのホームにキョ光号が停車していたのですが、


でた!痛食堂車www
しかも2年前に七堵機務段で撮影したクルマとは違う、オレンジ(秋?)色バージョンでした。
これ、一度乗ってみたいんですよねー。


でもって本命のEMU1200形チキンラーメン号!!
コイツは2011年3月に嘉義→高雄で乗って以来ですね。
当時は夕方に高雄へ着く列車でしたが、現在は早朝 に七堵を発って、正午に潮州へ着く自強103次と、その折り返しで深夜に七堵へ戻る自強146次の1日1往復のみとなっていて、なかなか狙わないと乗れない車両です。
今や台湾でも貴重な吊り掛け電車、せっかくなので出発シーンは動画で…と思っていたのですが、今度はこちら側のホームにEMU800の区間快が入線…(;´д`)
被られたー!と思いきや、なんとかEMU800が停車した後にEMU1200が発車して、もろ被りは回避できました。
さらにEMU800も停車時間があったので、そのまま乗り込んで、


今度は嘉義で下車。
嘉義といえば阿里山森林鉄道で、2011年に訪ねたときは竹崎から先が不通となっていましたが、その後、森林鉄道名物のスパイラルループを含む奮起湖までの区間が復旧しました。
当初は奮起湖まで乗り鉄するのもいいかなーなんて考えていたんですが、時刻表を見ると片道2時間半コース、しかも嘉義10時発の奮起湖行きが最終…はい潔く諦めましたw
まぁどうせなら阿里山まで行きたいですしね。
全線復旧したら乗りに行くとして、今回は森林鉄道のホームには見向きもせず駅の外へ。


駅前から北の方へ、歩くこと約20分…向かった先は、森林鉄道の嘉義車庫です!


嘉義車庫は「車庫園区」として一般に開放されていて、園内には沢山の保存車両たちが眠っています。


入ってすぐ目に飛び込んできたのは、このゴツい蒸気機関車!
シェイ型と呼ばれる、急勾配用に特化した特殊仕様のカマです。
蒸機は専門外な私でも、すぐそれと分かる特徴的な外観をしていますねー。
25号機は動態保存車で、軽油で走れるように改造されているそうです。


こちらは静態保存のシェイ型、23号機。
デッキ付きのマッチ箱客車と編成を組んだ状態で展示されていて、


これまた不思議なかたちをしたディーゼル機関車とプッシュプルになっていました。
そして、その手前には…



DPC型「中興号」!

かつては阿里山のスターだった、日車製ディーゼルカーです。
機関車のような風貌に、バス窓がずらり!いやぁ、かっこいいですなぁ。
ナロー向けの気動車としては、とても高性能なクルマだったとか。
台湾の軽便鉄道って、こういうユニークな車両が多くて面白いですよねー。


中国大陸が描かれたヘッドマークも、当時の世相が反映されていて大変よろしいw
DPC型も動態で保存されていて、イベントなどの際には本線で走ることもあるそうです。



すぐ隣は現役の車庫…なんですが、どう見ても現役ではなさそうな怪しいクルマも(笑)
台形のキャブを持つディーゼル機関車はドイツ製のDL35型で、


少し離れたところに、同形の車両が静態保存されていました。
ヨーロピアンスタイルが異彩を放っていますが、それゆえ扱い辛かったのか短命に終わった模様。



現役の冷房客車たちも、間近で観察することができます。
同じように見えて、結構個体差があるんですねー。


姉妹鉄道の大井川と黒部のシールが付いた車両も。


最後に、嘉義駅へ戻る途中で沿線撮り!
山を登ってナンボの阿里山森林鉄道ですが、こんな風に街中をそろそろと走る姿も堪りません♪
この路地裏を走る区間、前回は車窓から眺めていて撮ってみたいなーと思っていたんです。

#9に続きます。