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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
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支線の先の貨物専業鉄道


高山線のキハ40系を撮った後は、岐阜、大垣で乗り換え、”東海道線の終着駅”美濃赤坂へ。


だだっ広い構内に2両のワンマン電車。
大垣からひょろっと伸びた小さな支線の終点、美濃赤坂駅は、とても天下の東海道線とは思えない心寂しい場所にあります。
しかし、これでも立派な東海道線の一員なので、東京~神戸を結んでいるメインの方を何度乗り通していても、今日まで完乗になっていませんでした(笑)
さて、今回のお目当ては乗り潰し…ではなく、その支線の先に延びている西濃鉄道市橋線という貨物専業の私鉄です。


まず駅南側にある機関庫の様子を見に行くと、DE10-501号がスタンバイしていました。
西濃鉄道には、この他にも茶色い凸型ディーゼル機関車DD402、DD403が在籍していて、どの機関車が出て来るかは運次第です。


すぐに踏切が鳴り出し、入れ換えが始まりました。
予め調べておいた発車時刻まで、まだ30分ほど余裕があるんですが、こういう鉄道はアバウトなので、撮り逃さないよう早めに撮影ポイントへ移動しましょう。


西濃鉄道のハイライトといえば、この石引神社前。
歩いても苦にはならない距離ですが、美濃赤坂駅を降りたときにレンタサイクルを見つけたので、後々の移動を考えて借りてきました。


11:30頃、下調べしたダイヤとほぼ同じ時刻に通過しました。
朱色の鳥居と、お揃いの色をした小ぶりなディーゼル機関車、これぞ日本!という風景ですね。




すぐに荷役設備がある乙女坂駅まで追っかけると、入換えが行われていました。
乙女坂で積み込まれた石灰石を1.3km先の美濃赤坂まで運ぶ、これが現在の西濃鉄道の全てです。


しかし市橋線の終点は乙女坂ではなく、レールは工場の敷地内を突っ切った先まで延びているので、迂回しながら進んでみます。
それにしても、こんな無機質で粉塵まみれな場所が乙女だなんて、いったい誰が名付けたんでしょうw


積み込みを待つ赤ホキ。
この貨車たちは石灰石を積んで東海道線を南下、笠寺から名古屋臨海鉄道へ継走して、名古屋南貨物駅近くの製鐵所に向かいます。
白昼堂々、白い粉を撒き散らしながら、大都会のド真ん中を通過する姿は圧巻で、コンテナ列車だらけの現代日本では貴重な存在ですね。


さらに数百メートル進むと、車止めが出現しました。
ここが本当の終着駅、猿岩です、多分(笑)
ウィキペによれば、2008年まで二硫化炭素を取り扱っていたことになっているのですが、それは沿道を経由していたタンクローリー車から荷役運賃を取るためだけの”名ばかり”だったそうでwww
近くに駅を示すようなものは何もなく、言われなければ乙女坂駅の機回線と見紛うレベルです。
なお、かつては猿岩から600m先の市橋まで延びていましたが、こちらは2006年に廃止されています。



折り返し美濃赤坂行きを撮るべくロケハンしていると、こんなホームのようなものが…。
実は西濃鉄道、昭和5年から15年間だけ、当時最新鋭だったガソリンカーでもって、省線直通の旅客列車を走らせていたことがあり、赤坂の中心に位置するこの場所に赤坂本町という駅が設置されていたそうです。
町外れにある美濃赤坂駅よりも、こちらの方が地元民には便利だったんでしょうね。
古い民家が密集した街並みに、非電化のへろへろな単線軌道、なんとなく紀州鉄道の西御坊付近とイメージが重なります。


近くの踏切には、こんな手書きの貼り紙が。
ここに告知されない限り、日曜日は基本的に運休ということのようです。
昼の便、鳥居前で撮った返空はダイヤ通り、13時10分頃も予め調べた乙女坂の発車時刻と重なるので、これなら時間通り来るだろうと信じて、お茶屋さん専用(!)の第4種踏切前でスタンバイ。
ところが、発車時刻を過ぎても列車は来ません…


結局13:40頃、定刻より30分近くも遅れて通過しました!
全然”いつもの時間”じゃないしwww


振り返って、もう1枚。
この踏切、昔はワイヤー式だったようで、四隅に支柱が残っています。
中部地方でワイヤー式といえば名鉄の神宮前が有名でしたが、あちらは歩道橋が出来て踏切自体が廃止されてしまいましたね…。

ちなみに赤坂本町駅跡は、写真の右側DE10が通過しているあたりで、踏切の側には記念碑も建っています。


急いで美濃赤坂へ向かうと、カマを付け替えている最中でした。


ホイッスルが鳴り響く、支線の小さな終着駅。
寂れた構内も、貨物列車が到着すると少しだけ活気付きますね。


これは同じく美濃赤坂から分岐していた、西濃鉄道昼飯線(”ひるめし”ではなく”ひるい”と読みますw)の廃線跡です。
2006年に廃止されたものの、レールなどはそのまま残っているとのことでしたが、なんと今頃になって撤去作業が進められていました…。


さて、そろそろ”東海道線”を上って名古屋へ戻りましょう。
しかし自転車を返して時刻表を見ると…何と次の発車は2時間後ではありませんか!?
繰り返しますが、これでも立派な東海道線…なんですよ一応w

そういえば、さっき赤坂本町駅跡の踏切で待っていた時にバスが通っていたよなぁ、と思い出して引き返すと、赤坂丸本前というバス停を発見。
15分ほど待つと大垣駅行きがやって来て、無事に帰還できました。

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東海地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:3
[ 2015/06/27(土) 22:41 ]

石巻では一足先に…

前回は高山線のキハ40がそろそろ…という記事をアップしましたが、少し北へと目を移して宮城県の石巻線では、5月30日を以ってキハ40系の運用が終了しました。
実は、つい先日ネットを徘徊していて気が付いたという情弱な三条ですw

え?石巻線に新型車両なんて入ってたっけ…??

と、一瞬流れを理解できなかったのですが、仙石東北ライン開通と、仙石線石巻口の電化設備が復活してキハ110に余剰が生まれたので、それらを石巻線に転属させて置き換えたのだそうです。
そうか、ごっそり置き換えてしまうほど居たのかキハ110…


石巻線のキハ40たちは、側面にも方向幕が付いていたり、連結面の幌がキノコ型になっていて車内の見通しを良くしてあったり、といった特徴がありました。
以上2枚は2013年5月24日に瓦礫輸送を撮影したときのカットから、掲載していなかった写真をピックアップしました。


これは2008年6月21日に、キハ58系「おもいで湯けむり号」を撮りに行こうとしたときのもの。
ちょうど1週間前に起きた岩手宮城内陸地震の影響と、この日は朝から濃い霧も発生していて、ダイヤはグダグダでした。
写真は、30分近く遅延してやってきた古川行きです。


肝心の修学旅行色は、小牛田で寝ているところを撮ることはできましたが…(以下お察し下さい)
まぁ今にして思えば、修学旅行色から東北色、こがねまで、色とりどりなキハ58系が小牛田に集結しているところを撮れたので、いい記録にはなったと思います。



さらに遡って2007年2月12日、三連休パスで豪遊したときの写真です(笑)
高校卒業を前に、破格だった中高生用のパスを使って、花輪線や山田線などに残っていた国鉄型気動車を追っかけ、最後に新幹線で東京へ戻る前に仙台駅でバルブしたのが、当時キハ110への置き換えが間近に迫っていた「快速南三陸号」でした。

同じJR東日本の八戸線でも公募により新車を募っており、新潟、秋田地区と北海道では新型の電気式ディーゼルカーの導入が決定、東海は言わずもがな、四国も数を減らしてきました(九州は…わからん(^-^;)
かつてのキハ58系がそうだったように、今は全国どこへ行っても当たり前に走っているキハ40系たちも、そろそろ意識して撮ったり乗ったりする時期が来ているのかもしれませんね。
JR東日本 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/06/19(金) 23:57 ]

高山線キハ40最終章
こちらの続きです。
那加駅近くの宿でマルヨ、翌朝は高山線を撮影しました。


今年3月のダイヤ改正でキハ11形が美濃太田区から撤退、代わりにキハ25、キハ75形が幅を利かせるようになりました。
キハ75には、こんな3両編成も…!!


キハ25の4連に乗って、隣の長森駅へ。


今回のお目当ては、ラッシュ時を中心に残っているキハ40系
ダイヤ改正以降キハ47形は消滅したものの、引き続きキハ40形と48形の約半数が美濃太田に残っており、平日朝には上り706D、1704Dの2本が、キハ40の3連で運用されています。
まずは706D。


続いて1704D。
この2本は続行で運転されていて短時間で効率よく撮れるだけでなく、現状3連を組むキハ40系は2本とも国鉄色もどきが1両含まれた状態で固定されているので、今なら必ず国鉄色風が付いてきます。
2月に坂祝で撮ったときもそうでしたが、高山方面へ行ってしまうと、なかなか帰って来なかったりして撮れなかったので、運用範囲が狭まった分、ダイヤ改正前よりも狙いやすくなりました。




そして、これも撮っておきたかった新旧交換。
しかしまぁキハ25は、キハ40と並ぶと余計に電車っぽく見えますねw

岐阜へ向かった3連2本は、ラッシュが落ち着くまで1時間ほど待機した後、回781Dとして6両まとめて美濃太田に回送されます。
というワケで、彼らが戻って来るまでは…



すぐ近くを並走する、名鉄各務原線で暇つぶし。


こちらもラッシュ時になると6連が現れます。


新品のステンレス車体に、パノラマSuperの足回り、そして架線柱は木製!
このチグハグ感が名鉄してますねー(笑)


ところで6連ですが、高田橋駅ではホームが4両分しかない為、名鉄の御家芸ドアカットが行われています。
さらに次の新加納駅もホームが4両分しかなく、しかも写真の様な4+2編成では車内の通り抜けもできないので、2つ手前の駅で車両を乗り移らないと物理的に降りられないという連鎖トラップまで発生してしまいますw
ホント、相変わらず名鉄さんは初見殺しですね。


でもってキハ40の6連回送。
各務原線で新那加へ移動して、JR那加駅の手前で撮ってみましたが…ちょっと目測を誤って、6両目が標識に掛ってしまいました…。
大人しく駅撮りすればよかったです、はい(-_-;

高山線の北部を含めると、そこそこ運用が残っているキハ40系ですが、これもキハ75、25の転用改造が終わるまでの暫定的な処置と言われています。
こんな過渡期の光景も、もうまもなく見納めになるでしょう。

JR東海 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/06/17(水) 22:48 ]

山スカ、スカ線へ
昨日(6月13日)は「よこすかYYのりものフェスタ」開催に合わせて、長ナノの115系C1編成が横須賀まで山を下りて来ました。
まずは、東京→横須賀行きの団臨を横浜付近の某所で撮影…したんですが、京浜東北線に被られて見事撃沈(汗;
すぐに京急でもって追っかけて、安針塚で下車。



歩いて10分ほどのところにある踏切でスタンバイしていると、こんなのが来ました。
去年12月にグレードアップあずさ色へ戻った189系M52編成ですね。
快速「鎌倉あじさい号」という臨時列車で、鎌倉で客扱いを終えた後、横須賀へ疎開するところだったようです。
前々から撮ってみたいクルマだったんですが、思わぬところで遭遇できました♪



でもって山スカ。
例によって113系じゃないんかい!という野暮なツッコミは置いといて、115系が横須賀まで入線するのは、過去を含めて相当レアなんじゃないかと思います。
確かホリデー快速の回送も逗子で折り返しだったハズですし…。


後追いでもう一枚。
横須賀線らしい煉瓦造りの貫録あるトンネル…と言いたいところですが、中央東線にも、こんな感じのトンネルが残っていますよね。



折り返し大船行き回送。
横須賀線のハイライト、長浦俯瞰で撮影しました。
この日は、後ろに写っている護衛艦いずもが一般公開されていたので、甲板は大勢のお客さんで溢れ、難民船状態にwww


続いて田浦駅の跨線橋へ。
ここはホームの両側をトンネルに阻まれていて、編成が長いとトンネルに突っ込んで停車する名物駅ですw
E217系11両編成の場合、先頭車1両と2両目の前寄りのドア1枚が締切になります。
※この写真のみ、動画からのキャプチャーにつき画質悪いですm(_ _)m


通過のアナウンスが流れました。
まだまだ山スカが戻るには早過ぎるので、何が来るのかと思いきや…
え?スーパーひたち!?!?
早朝いわきを発ち、上野東京ラインを経由して鎌倉へ向かう、急行「ぶらり横浜・鎌倉」号という臨時列車だったようです。
いやー、こんな列車もあるとは…これまたノーマークでした。
前に我孫子で185系が入ってきて驚いたり、上野東京ラインのおかげで車両の流れが大きく変わりましたねー。
それにしても、ナゼに急行なんでしょう?



そして651系のちょうど1時間後に山スカ通過~。
この列車は乗車体験会として運行されていて、これに伴う回送や朝夕の団臨を含めると、横須賀~大船間を計6往復走ることになり、撮る方としても撮影チャンスが多くて好都合でした。



というワケで、本日2か所目の大俯瞰。
この辺りは地形が複雑に入り組んでいて、探せば俯瞰できる場所が結構見つかります。


運が良ければ、京急と交差しているところも撮れるんですが…。
なかなかタイミングが合いません。


お、青いヤツ!
以前は全日空でしたが、羽田からシドニーへの直行便が就航するのに合わせて、今はカンタス航空のラッピングになっているんですね。
カンタス航空といえば赤なので…標準塗装の編成にラッピングした方が、似合うんじゃなかろうかとw



でもって本命。
やっぱり京急と揃うことはありませんでしたー残念!
京急の方が、圧倒的に本数は多いんですけどねー。


すぐに下山して、折り返し横須賀行き回送を撮影。

このあとは、田浦の平面交差でも見物して帰ろうかと思っていたんですが、さすがに蒸し暑い中、短時間で俯瞰2連発してもう歩きたくない…(^-^;
というのと、やっぱり天下の東海道を行く姿を撮れていないのが心残りなので、ここはまた京急さんの力を借りて先回りすることに。



手っ取り早く六郷土手駅の上りホームから。
東京到着後は、品川~渋谷~新宿と都内の南側を外周して豊田へと帰ったそうですが、これにて〆としました。

JR東日本 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/06/14(日) 23:41 ]

01系熊電譲渡記念ヘッドマーク

熊本電鉄で衝撃の再デビューを果たした01系。
これを記念して、熊電へ渡った01-136編成と譲渡予定の01-135編成に、5月23日から6月7日までヘッドマークを同時に取り付けて運行されました。



というワケで、いつもの渋谷駅でサクッと撮影。
東急百貨店の解体工事もたけなわで、天井を覆う仮囲いの設置が着々と進められています。
01系とともに、レトロなアーチ型の支柱も、まもなく見納めですね。


熊電では、これと色違いで「熊本電鉄」と書かれたヘッドマークを付けていたそうです。
さすがにマークの為だけに熊本まで飛ぶなんてことはしませんでしたが、熊電を訪ねたのは01系が走り始める2ヶ月前、この時の帰りに寄り道して以来なので、また青ガエルと共存しているうちに行きたいですね。
スイマセン、まだ記事にしていませんでした…(^-^;


この日は、ブルーリボン賞受賞記念マークを付けた、1000系のトップナンバーも走っていました。


現在01系は残り18編成、対して1000系は22編成とのことで、遂に勢力が逆転しました。
幕車はまだまだ見掛けるなーという印象ですが、


もともと少数派だったLED車は、今や熊電行きが決定した01-135編成と、写真の01-137編成のみに。
01-101編成(試作車)なら未だしも、97年の溜池山王駅開業に伴って増備された01-138編成が、あっさり廃車→解体されてしまったのは何とも勿体無いですね。
まぁ単純に新しいからと言って、1本だけ微妙に仕様が異なるクルマを熊本へ持って行っても、扱い辛いだけなんでしょうけど…(-_-;


幕車(01-130編成)とLED車(01-137編成)。


同じ幕車でも、01-123編成までの非冷房でデビューしたグループは、屋根まわりの造りに違いがあります。
また非冷房グループのうち、冷房化で塞がれたルーバーの数もクルマによってまちまちで、写真の01-117編成は-217、-317号車の2両(前から4両目と5両目)だけ、車端部以外のルーバーが全て健在なのが特徴だったりしますが、


一方、冷房化改造の試作車だった01-116編成では、片側に2箇所ずつしかルーバーが残っていませんね。
こんな個体差が楽しめるのも今のうちです。

東京メトロ | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/06/10(水) 23:15 ]

キメラ電車、お別れ巡業 #2
#1の続きです。


高宮で下車、使われていない1番のりばの彦根方でスタンバイしていると、900形がやって来ましたー。
2丁パンタがカッコイイですね!


続いて本命の226号、多賀大社行き。
220形といえば多賀線を行ったり来たりしていることが多く、最後の定期運用も平日の午前中に多賀線を6往復していました。
通い慣れた場所を一番最後に持ってくるとは、泣かせるじゃあありませんか!



この日、多賀線の機織り運用に入っていたのは820形でした。
コイツはオリジナルに近い顔をしていますが、飾り帯が無いので何かマヌケw



そしてラストの彦根行き。
車内は午前中にも増してスシ詰めで、まぁ乗れないだろう…と思いつつ、ダメ元でホームへ向かうと、なんと整理券は残っていて乗れちゃいました。
220形の乗車定員は102名だそうで、仮に整理券150枚を配り切ったとしても混雑率は約150%になるワケですが、体感的には200%近いんじゃないかと思うレベルでしたよ…(^-^;


そんなこんなで彦根に到着。
久々の長旅を終えた226号は、同僚の221、222号に見守られながらトコトコと入換えを始めて…



近江鉄道ミュージアムに到着。
ここで部品即売会という名のマグロの解体ショーが行われました(笑)


ミュージアム内には他にも223号と、


こないだ卒業式に抜擢された225号、


青い塗装が印象的な、224号も展示されていました。
塗装もそうですが、1両1両ハンドメイドな220形には細かな違いがあり、スノープラウ付きの226号をはじめ、連結器の形状など1両たりとも同じものはありません。
またモーター音にも個体差があり、今日走った226号は低速から中速域の伸びがスムーズで、比較的大人しめな感じがしました(あくまでも、やかましい220形のなかではマシってだけですよw)
ちなみに写真の224号は、元を辿ると大正3年製の院電デロハ6138号で、日本一古い現役の電車だったりします、もちろん書類上は、ですがwww
実際は小田急1600形の台枠に、いろいろ切ったり貼ったりして、今の姿になったそうです。


暫くするとヘッドマークはオークションに出品され、隠れていたレオマークが姿を現しました。
226号のレオマークは最近になって化粧直しが行われたようで、レオカラーを纏う4両のなかでは、コイツが一番キレイですね(221号なんか、いつの間にか行方不明に…)


終了間際には、行先表示が快速桜川に!

さて、この日は各務原でマルヨする予定だったので、そろそろ撤収…しようかと思ったんですが、終了後に入換えが行われるらしく、もう一粘りすることにしました。


まずは本日の主役、226号が移動開始。


続いて224、225号もパン上げしました。
まぁここまでは予想通りだったのですが…



!?


なんと225号には、ED14-4号がオマケで付いてきました!
低速で慎重に牽引していましたが、ちょっと動くだけで車体のあちこちからミシミシ言ってましたよwww

さらに、このデンジャラスな入れ換えショーは続きます。



301系が目を覚ましました!!

コイツは彦根車庫の片隅に居たので、いつもどおり放置してあるだけかと思いきや、どうやら今日は大先輩の為に、そっと場所を譲っていたようです。


しかもこの301系、4+4の8連と言われれば違和感は無いのですが、後ろ(米原方)の4両はこんな状態なので無動力だったりしますwww
これで動かしちゃうところに近江鉄道クオリティを感じました。


米原方4連をミュージアムの側線へ押し込んで切り離し、前の4連が再び手前に出て来ました。


西武時代そのままのロゴマーク、所沢のような広い構内と高層マンション…でも、隣を走るのは新快速です。

身軽になった4連は、また彦根車庫の方へと引き上げて、入れ換えショーは終演となりました。
まさかまさかの展開と、夏至のおかげもあって時間を忘れてチャッターを切っていましたが、気が付けばもう19時を回っています。
藍色の空の下、関ヶ原を越えて宿を目指しました。
近畿地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/06/08(月) 19:01 ]

キメラ電車、お別れ巡業 #1
3月14日のダイヤ改正をもって定期運用から離脱した、キメラ電車こと近江鉄道220形。
5月31日にメモリアル列車と題して、近江鉄道全線をくまなく走破するお別れ巡業が行われることになり、「卒業式」以来2ヶ月半ぶりの近江行きとなりました。
まずは出庫前の様子を見に彦根へ。



おお、今回はスノープラウ付きの226号ですか!
さすがにラストランも”お~いお茶”なんてことはなかったですw

メモリアル列車の第1便は、彦根9:55発の近江八幡行き。
まずは先行電車で先回りして沿線撮り…の予定だったのですが、なんと彦根で電車を乗り間違えて米原に来てしまいました(滝汗;
ガチャコンヲタとしては、あるまじき大失態!
いやー…言い訳をしますと、通常は八日市方面行きが発車する1番のりばに電車が止まっていたので、まぁ八日市方面に行くだろうと、ろくに行先も確認せずに乗ったところ、逆方向に進み始めて気が付いた次第でして。
何事も慣れてきた頃が一番危ない、ということを肌で実感しましたです、はい(-_-;

しかしまぁ、近江鉄道には新快速という駿足ランナーが並走しているので、それほど慌てることもなかったりします。
とりあえず時刻を調べてみたところ、米原9:50発の新快速があり、彦根は9:55着でメモリアル列車と同時発車、近江八幡まで行くと10:09着で、さらに近江八幡10:12発の八日市行きに乗れれば、八日市まで先回りできることも判明!
そんなこんなで、彦根~芹川間では超満員なメモリアル列車との並走を車窓から愉しみ、


近江八幡の乗り換えにも成功し、


無事に八日市まで先回りできました!
ホント、新快速パワー様々ですねw


さらに八日市では14分停車するので、もう一発撮れました。


後追い。
ここから先の数百メートルは単線並列になっていて、手前の線路が本線の貴生川方面、奥が八日市線の近江八幡方面。
ドル箱の八日市線に220形が入線することは滅多になく、とてもレアなシーンです。


それにしても今日は雨予報だったんですが、珍しく天気予報が良い方向にハズレましたw
午前中の近江八幡行きは、八日市線へ入ると向きが変わって正面に光が回らなくなるので、そういう意味でもここまで先回りできて本当にラッキーだったなと思います。


1時間ほどで、近江八幡から帰って来ました。
折り返しは貴生川行き(方向幕は日野表示ですが…)になるので、今度は途中の日野まで乗り鉄です。
メモリアル列車には乗車券のみで乗ることができますが、問い合わせが殺到したことから、乗車時に整理券(通し番号が書かれたネームタグ)を受け取って、降車時に返却する案配で人数をカウントしていました。
整理券は150枚用意されていたそうで、配り切ったら乗車できないのですが、まぁそこは何とかなってしまうのが地方私鉄の良いところで、近江八幡発車時点で50枚前後は余っていたとのこと。


日野では18分停車。
ファンサービスなのか、ここまで日野行きとなっていた方向幕を回して、終点の貴生川表示になりました。


右手に見える車庫のような設備は、かつてLE10形が使っていた給油施設です。
車体が小さすぎて短命に終わってしまったLE10形でしたが、この失敗が無ければ220形は誕生していなかったかもしれません。


日野、発車!


ほぼ同じ場所から、振り返ってもう一枚。

次の折り返し米原行きは、貴生川~八日市間で通過駅が設定されています。
そこで、かつて走っていた「快速」表示をやるんじゃないかと期待して、真正面から狙ってみたところ…



快速 桜 川

なぜに桜川行きwww
公式サイトには一切告知が無かった快速運転。
急がないとダイヤが組めないというワケでもなさそうなので、もしかすると本当に快速表示をする為だけに設定したのかもしれませんね(笑)


帰りも日野の停車時間を利用して乗車。
快速なので(?)心なしか貴生川行きよりも乗車率が高い気がw


桜川では、近江鉄道のスターあかね号と交換!
どちらも彦根工場の技術力が光る、魔改造コンビです。


でもって、いつの間にか種別標が実態に即した「区間快速」になっていましたwww

#2に続きます。
近畿地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/06/02(火) 22:44 ]


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