> 私鉄屋雑記帳 2015年05月
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

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213系C12編成に出会う

興除営業所で下電バスを撮影後、茶屋町から岡山へ。
この辺りはマリンライナーでしか乗ったことが無かったので、あえて「末期色」な113系に乗車。


岡山では線路を挟んで向こう側のホームに、213系が止まっているのが見えました。
これが、ただの213系ならば気にも留めないでしょうし、わざわざ記事にもしないと思いますが(笑)
何やら”奇妙な編成”を組んでいるように見えたので、真相を確かめるべく、その213系が止まっているホームへ渡ってみました。
すると…



なんじゃこりゃwww


←姫路 [クモハ213-10+クハ212-7]+クハ212-8]+[クモハ213-4+サハ213-4+クハ212-4] 三原→
6両編成のうち実に5両が制御車、しかも中間に挟まっているクハ212-8の強引に繋げました感が、もの凄いオーラを発しています。
まるで気動車のような編成ですwww


実は、姫路方の3連はC12編成と呼ばれていて、他の3両編成が検査などで不足してるときだけ3連になる予備編成なのだそうです。
普段はクハ212-7を抜いた2両編成で走っていて、クモハ213-10、クハ212-8のみワンマン運転にも対応しています。
こういう細かい組み替えは、1M電車だからこそ成せる技ですね。


そして、この時は夕ラッシュ時だったので、C12編成の三原方に3連を増結した6連になっていて、さらにカオス度が増していたというワケです。
通常なら、ごく一般的な3+3の6両編成になるところ、なかなか珍しいものを見ることができました♪



ちなみにJR西では安全対策として、先頭車同士の連結部でもヘッドライトを点灯させているのですが、このクハ212-7ももれなく点灯していて、隣のクハ212-8に付いている銘板を煌々と照らし続けていますwww

***



これはマリンライナーで活躍していた頃の写真です。
高松方に連結されていた白くてかっちょいいクルマも、クロ212形と言って213系の仲間でした。
そういえば、クロはマリン撤退後もジョイフルトレイン「スーパーサルーンゆめじ」として残っていたなぁ…と思って、調べたら2010年に引退していたんですね(^-^;
これまで四国には何度も渡っていますが、当時は高知、松山ならムーンライト、うどん県ならジャンボフェリーというパターンが定着していたので、2002年7月の琴電詣で自由席の方に乗ったのが最初で最後でした。

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下津井電鉄#2 ユニークなバスたち
#1の続きです。
鉄道部門は廃止になってしまった下津井電鉄ですが、同社は今も岡山県南部でバスを走らせています。


児島駅前にて。
この日は競艇の開催日だったようで、児島ボート行きの無料シャトルバスが待機していました。
ちなみに、後の大きな建物は家電量販店のコジマ…ならドンピシャだったんですが、残念ながらヤマダなんです(笑)


こんなラッピングバスも。
児島は国産ジーンズ発祥の地だそうですが…コイツ、ただのラッピングバスではなく、




車内もジーンズだらけwww

「どうぞ車内も見学して行ってください」と、一服されていた運転手さんの御言葉に甘えて、撮影させて頂きました。
ちょうどGWのド真ん中、バスターミナルには観光客も多く、皆さん車内を覗いて驚いていましたよw



下津井駅跡までは、こちらの下津井循環バス「とこはい号」に乗車しました。
児島駅8:30~17:30発まで毎時1本、時計回りの片道運転というシンプルなダイヤと、日本では珍しく自転車ラックを装備しているのが大きな特徴です。
まだあまり浸透していないのか、実際に載せているところは見られませんでしたが、こういう新しいものを積極的に取り入れるところがメリーベル号と重なりますね。
下電マインドは今も残っていますよ!


続いて、児島からマリンライナーに乗って1駅の茶屋町で下車。
駅前からバスで10分ほどのところにある興除(こうじょ)営業所に、5Eが予備車として1台残っているらしいので訪ねてみました。
受付の方に伺うと「奥の方に止まっている」とのことで、見渡してみますが…え?どこに??



!?



いたー!!!

下電に残る最後の5E、N529号車です。
観光バスとスクールバスの影に隠れていて、しかもド逆光という、残念ながら撮影条件としては超ハードモード…orz



リアは順光(^-^;
午前中は薄曇りだったんですけどねぇ…


フロントガラスから車内を覗くと、ずらーっとハイバックシートが並んでいるのが見えました。
85年式ですが、あまり古さを感じさせない、なかなかグレードの高いクルマです。


駐機場の最奥にもう一台、N528と書かれた5Eが眠っていました。
コイツは残念ながらナンバープレートが無く、既に引退済みのようです。


まだ引退から日が浅いのか、ぱっと見それほど傷んでない感じ。
目立つ所では車掌台の横引き窓の片方が板で塞がれているのですが、No.529の部品取り用でもないらしく、中扉に「車内・車外 部品の取外 厳禁」という張り紙がされています。


フェンス擦れ擦れのところに止まっているので、リアは敷地外から撮影。


回送を主張しまくる、U-代レインボーの皆さん。

※営業所内では許可を得て撮影しています。
今度は京急×台鉄 夢のコラボ!!


京急ファミリー鉄道フェスタ2015で「台鉄弁当」を販売!!
http://www.keikyu.co.jp/company/news/2015/20150514HP_15018KA.html

西武に続き、今度は台鉄とコラボを始めた京急さん。
なんとあの台鉄が誇る、安くて美味い最強の駅弁、台鉄弁当を販売するんだそうで!
これは食べたい…!!と思ったんですが、5月24日の鉄道フェスタ会場、またはウィング久里浜での限定販売につき、残念ながら当日都合が悪い三条は買いに行けませんorz
うーん、やはり台湾へ来いという台鉄の神…いや、媽祖様のお告げかもしれませんね(笑)

また弁当の他に、台鉄フォーマットの京急乗車券セットも発売するそうで、本当に今年は参加できないのが悔やまれます。
乗車券セットに「富岡」が入っているのはさすがですw


そんな京急、3月9日から2100形のうち2173編成1本が、友好提携記念ラッピング車として活躍中です。
少し前になりますが、品川へ行ったとき同編成に遭遇しました。



京急2100形と台鉄TEMU1000形「タロコ号」が夢の共演!
元京急沿線民の台鉄ファンとしては、非常に感慨深いものがありますw


そしてポスターには、お馴染の台鉄マーク
まさか日本、それも京急の駅で、このマークが見られる日が来るとは。

ちなみに台鉄さん、京急とほぼ同じタイミングで西武とも姉妹提携を結んでいて、西武と台鉄の乗車券セットや、西武京急にJR東を加えた4社合同!という壮大なスケールの日台横断スタンプラリーも行われる予定だそうです。
一応、歴史的な繋がりのあるJRや、羽田空港から台湾へ行ける京急に対して、まったく繋がりのない西武が何故に!?という感じですが、



…あ、似てる。

下津井電鉄#1 港町に眠る軽便鉄道


5月4日、朝に少しだけ琴電を撮影した後は、快速マリンライナーの客に。
瀬戸大橋を渡って最初の停車駅、児島で途中下車して、こんなところへ寄り道してみました。


1991年まで運行されていた下津井電鉄の下津井駅跡です。
下電は軌間762mmのナローゲージで、北勢線や内部・八王子線みたいな近代的な電車が走っていました。
今もホームの一部や車両などが、有志によって保存されています。


まず一番手前、児島方に止まっていたのは、鮮やかな赤いディーゼルカー、ホジ3号
1971年に廃止された井笠鉄道から、下電へとやって来ました。
下電の電化は1949年のことで、それよりも後に何故ディーゼルカー?という不思議なクルマなのですが、どうやら1972年に茶屋町~児島間が部分廃止となった際、資材運搬用として購入したようです。
しかし、実際にはエンジンが不調で殆ど使えなかったというオチ付き。

このホジ3号、雨ざらしの割に状態は良く見えますが…


反対側は窓ガラスが割れてしまったのか、こんな姿でした(汗;


そのすぐ後ろには、クハ5号
前カゴ付きの典型的なガソリンカーという感じですが、もともとガソリンカーだったものを改造した、れっきとした電車です。
まぁ電車と言っても制御車ですから、大した改造でもない気もしますがw


そして辛うじて(笑)屋根の下に保存されているのは、末期まで活躍したモハ1001号と、悲運の名車メリーベル号こと2000形!
部分廃止以降、他の鉄道路線と一切接続していない陸の孤島と化していた下電が、瀬戸大橋の開業を機に観光路線へ転換しようと、1988年に社運を賭けてデビューしたのがメリーベル号でした。
とりあえずメルヘンチックにして、夢の国を目指しました!という、ありがちな感じのデザインですが、これをナローゲージでやってしまったところが最大のポイント。
もともとおもちゃっぽい電車だったので、これが意外と似合っているんですよね。
またメリーベル号に合わせて、児島駅は飾り物だらけの派手な駅舎にリニューアルされ、乗務員の制服も”キャスト”みたいな上下とも白いデザインのものへ変更されたそうです。
しかし思うように観光客を誘致することは出来ず、たった2年で夢は幻に…。


モハ2001+サハ2201+クハ2101の3両、フル編成で現存しています。
ただ実際には目論みがコケてしまったので、中間のサハを抜いた2両編成で走っていることの方が多かったそうです。
結局フル編成で活躍したのは、皮肉にも廃止間際のお名残りラッシュの時だったとか…。

ちなみに車体の側面に見えるルーバーは、床置式の冷房装置です。
メリーベル号は、ナローゲージとしては日本初、そして北勢線の冷房化改造が行われるまでは日本で唯一の冷房車でもありました。


反対側へまわってみると、モハ103+クハ24の姿も。
この2両は、引退したときフジカラーのラッピング車だったのですが、後に標準色へ塗り直されています。
過去に訪問された方の写真を見ていると、他の車両たちも割と頻繁に塗り替えや移動が行われているようですが、こんないつ崩落してしまうか分からない屋根の下では、落ち着いて作業もできないんじゃないかと余計な心配をしてしまいます(^-^;



下津井駅跡から遠くに瀬戸大橋が見えていたので、橋に向かって10分ほど歩いてみると、こんな風に一望できる場所へ辿り着きました!

下津井には児島駅からバスが毎時1本、きれいな等間隔で走っています。
1時間したら帰ろうかと思っていたのですが、この景色を見たら少しのんびりしたくなって、乗るバスを1本遅らせることにしました。


おまけ。
港で見つけた鉄道っぽいものw

#2に続きます。
うちなーのバス #3
#2の続きです。


ターミナルは閉鎖されていましたが、その周辺には仮の停留所が点在していて、四方八方からバスがやって来ます。

おや!?
あいつは初めて見る塗装だぞ…


って、え゛えー???行先表示がフルカラーLEDなんですけどwww

琉球バス交通のU-代ブルリで、元東武バスとのこと。
調べてみるとバス用のフルカラーLEDは、昨年末から製品化されていたのですね。
本土でも見掛けたことが無いですし、まだまだ試用段階ということなのでしょうけど、まぁよりによって、こんなボロに搭載しなくても(^-^;


モノレール沿いの大通りを歩いていると、またまた違う塗装のバスが。
こいつは、かつて琉球バス交通が運行していた米軍のスクールバス用車両です。
スクールバスは新車で揃えられていたので、2000年に撤退したとき一般路線へ転用されて老朽車を置き換えました。
塗装が米軍時代そのままで、ナンバープレートが正面向かって右寄りに付いていたり、車内には英語表記も残っているそうです。
チャンスがあれば、ゼヒ乗ってみたいですね。

でもって、その後ろに並んでいるクルマは…



スーパーワイドドア車じゃないですか!!

京急バス大森営業所のみに存在した伝説の特注車両です。
電車は遅くまで片開きだったクセに、バスでは唯一無二の両開き車両を導入していたという、グループ揃って個性的な京急さん。
1996年以降、一般的な4枚折戸タイプになってしまったので、本家では2008年に姿を消しています。
なお、こいつは郊外線なので、当然スーパーワイドドアは使われていませんwww
なんという宝の持ち腐れ!


系統番号のみですが、東陽バスにもフルカラーLED化されたクルマが居ました。
これまた、そこそこの経年車ですが…。


バスターミナルから数百メートル離れた場所に、仮設の駐機場がありました。


東陽バスの皆さん。
この丸目ライト、地方へ行ってもなかなか見かけなくなってきましたが、沖縄では当たり前のように居ますね。


で、このバス溜まりでも中扉を埋めたクルマを見付けてしまいましたw
こちらは窓の高さが揃っているので、牧志で見た個体よりかは多少スマート(?)です。


同じ敷地内に、沖縄バスや那覇バスも留置しています。
軍用地の広告に沖縄らしさを感じますねー(^-^;



また沖縄バスでは、ちゃんと中扉の部分にも座席を増設するのが基本仕様となっているようでw
上が元川崎市営、下が元横浜市営、どちらも神奈川出身なP-代エアロスターです。


バスターミナルのすぐ近くにある沖縄バスの那覇営業所。
ターミナル内で待機できなくなった分、こちらに押し込んでいる…のかどうかは分かりませんが、所狭しとバスが止まっていました。


でもって旧海軍司令部壕まで乗ったバスは、こちらの46番。
行きも帰りも偶然同じクルマで、元東武バスのU-代ブルリ、しかもなんと3扉車ですよ!

が、例によって前乗り前降りなので…



後ろ2枚のドアは締切なんですwww


車内は、こんな風にステップが塞がれているので、どんなに混雑していても物理的に開けることはできませんw
乗るときは、お客さんが降り終わるまで待つ。
のんびりとしていて、なんとも沖縄らしいではありませんか。

蘇る”コトデン”時代の記憶 #2
#1の続きです。


羽床~滝宮の築堤で撮影。
写真を確認していて気が付いたのですが、この4両編成は上手いこと考えられていて、どちら側も前パンになっているんですね。
なんと撮り鉄フレンドリーな編成でしょう!


続いて1070形。
どうも雲行きが怪しくなって来ました…。



旧型4連は琴平到着後23号を切り離し、500+300+120号の3連で琴平~滝宮間を1往復しました。
滝宮での折り返しが割とタイトだったので、どちらも手堅く羽床付近で撮影~。


旧型3連の後続列車に乗ると、1203編成「ことちゃんひやく号」でした。
一人(一匹?)ぽつんと発車を待つことちゃんが、ものっそシュールですwww


イルカなのか鯉なのか!



再び23号を増結して、4連で築港へと上りますが、折り返しまで1時間半ほどあります。
ここで遂に小雨が降り出してしまったので、乗り鉄にシフトしようかなと一瞬揺らぎましたが…。
空の様子を窺いながら、先行列車が出る頃には止んだのを確認して、


結局は予定通り、岡田~羽間のインカーブへ。
なんとか曇りキープでした。


後続の築港行は1070形
この”差す”タイプの方向板を使っている車両も、1070形が最後になってしまいましたね(旧型車両は”掛ける”タイプに変更されています)


瓦町で下車。
旧型4連は、築港を何と30秒で折り返して来るので、片原町まで行ってしまうと間に合いません。
琴電って、実は都会顔負けの過密ダイヤなんですよw



小雨が降る中、本日ラストの仏生山行きが滑り込んで来ました。


仏生山まで乗り鉄。
前回は旧型車両が走っていなかったので、最後に乗ったのは2007年8月の315号が引退したとき…ということは実に8年ぶりですか!!
長尾線で、志度線で、旧型電車たちを夢中で追っかけていたあの頃と同じように、今日は琴平線で浸りっぱなしの一日でした。
こうして、今も動態保存されていることに感謝ですね。



仏生山到着後は500号、300号が順に切り離されて入庫。
長い一日が終わりました。

***


片原町付近でマルヨして、翌朝も少しだけ琴電を撮影。
ちょうど踏切が鳴ったのでカメラを構えると、うどんの国!?と書かれた1300形がやって来ました。
つ、ついに…うどん県が独立を勝ち取り、国家に昇格したようです(笑)
※注:香川県を舞台にした漫画のタイトルです。
作中、琴電をはじめ香川ネタ満載らしいので、こんど読んでみようかと思いますw




次の長尾線は600形でした!
こんなの数年前だったらオマケ程度に撮るようなクルマでしたが、今では2両編成2本しかいませんからねー記録大事です(^-^;
蘇る”コトデン”時代の記憶 #1

卒寿を迎えるにあたって昨年行われたアンケートの結果から、かつてのファンタゴンレッドへと塗り替えられることになった琴電23号。
5月3日にお披露目運転が行われたので、5年ぶりにうどん県へ行ってきました。


まずは仏生山からの回送を撮るべく、三条~太田へ。
朝一番の臨時列車が築港7:39発なので、逆算して7時前に撮影地入りしました。
イベントと言っても、琴電の朝は早いのです。


回送は7:25頃に現れました!
いやぁー久々に見たファンタゴンレッド茶色ツートンの2連!!
23号は志度線、120号は長尾線所属でしたので形式は違えど、旧型車末期のあの頃を思い出しますねー。
直前まで晴れていたので、順光かつ住宅の影が落ちない場所を選んだんですが、結果は薄曇り…でも、もうそんなのはどうでもよろしい(笑)
賑やかだった”コトデン”時代といえば、この塗装です♪


先行列車で、次の撮影地へ先回り。
途中の仏生山では、この後の増結に向けて500号+300号がスタンバイしていました。
今日は、これから夕方まで増解結を繰り返しながら、さまざまな編成で琴平線を駆け回ります。
この圧倒的なボリューム、さすが琴電です!


岡本駅前の奈良須池にて。


少しだけ停車時間があったので岡本駅の方へ近付いてみると、1080形と交換しました。
京急旧1000形も、久しぶりに実車を見ましたね。
大好きなクルマでしたが、あれから5年…そういえば本家から消滅して以来、今回が初めての琴電詣だったんだなぁ。
どうりで、これまで以上に懐かしさを感じたワケです。


そして本日の裏メニュー、1070形4連!!
普段は平日朝ラッシュ時のみ稼働するクルマですが、今日は日中の定期列車を1070形4連に車交して運転されました。
1075編成が引退して2連2本体制になった2011年10月以降、1070形同士の4連も通常は見られないそうです。
5年前に訪ねた時は、1080形が故障した影響で、そんな1070形が大活躍していたっけ。
隠居生活とは言え、京急旧1000形よりも古い旧600形が現役というのも、思えば凄いことです。


続いて、円座~一宮の香東川橋梁へ。
ここは編成が短いと、背後の老人ホームが目立ってしまうので、


23+120号は少しサイド寄りで撮影してみました。



駆け足で一宮駅へ向かうと、ちょうど23+120が発車するところだったので、改札越しに一枚。
行灯式の乗り場案内も、今ではなかなか見掛けないアイテムですね。


後続列車で仏生山へ。
すると琴平線へ転属した600形が止まっていました。
これで3路線コンプリートしてしまった600形、どうも琴平線に小型車というのは違和感が…(^-^;


違和感と言えば、車庫前にはこんなのも(笑)
1255編成の片割れ1256号ですが、これは塗装の最中かと思いきや、どうやら2010年10月頃から単色で営業運転に入っていたようです。


23号は増結作業の為、小休止。


入換えを狙って、太田方の踏切でスタンバイしていると…日が差してきて、見事なド順光に!!
今日一番の見せ場である旧型4連、日が当たったのは、この時が最初で最後でした。


一旦1番線へスイッチバックしてから、築港へ向けて発車。
仏生山→築港は回送なのですが、なんと「急」マーク付きですwww


4連の返しを狙うべく、再び琴平方面へ。
今朝から追っかけで何度も乗っている1080形、改めて車内を眺めていると、薄い青緑色の内装に青いモケットも京急時代のままで、本当に懐かしいですね。
ここは遠く離れた四国なのに、なんだか久しぶりに地元へ帰って来たような、そんな不思議な気分になります。

#2に続きます。
マニアックなヘッドマーク

3月23日から1ヶ月間、東京メトロ8000系8010編成に、こんなヘッドマークが付いていました。
※撮るだけ撮っといて放置してました。まったく新鮮味の無いネタでスイマセン(^-^;



!?

これ一般の方どころか、テツでもライト層だと何のこっちゃという感じではないでしょうかw
三条も仮に質問されたとして、分かりやすく説明できる自信は無いです(笑)



しかも電機子チョッパ装置が付いている8210、8410、8810号の側面にのみ、シールを貼ってあるという徹底っぷり。


車内では、8000系が電機子チョッパについて詳しく解説してくれます。


排熱に悩まされていた東京メトロにとって画期的なシステムだったので、その記念すべき最後の1編成を華やかに送ってやりたい!ということなのでしょうね。
あの加減速する度に鳴る”ブーン”という音は、爆弾ドアとともにメトロ…というか営団独特のもので、これを聞くと東京の地下鉄だなぁーと感じる音でもありました。
ちなみに8010編成自体は「2015年7月、VVVF制御車として新たにお目にかかります!」とのこと。
まだまだ走る気満々のようです。


8010の後に現れた8009編成。
先頭の手摺り部分に、何やら黒い箱の様なものが取り付けられていたのですが、これは一体…!?