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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
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うちなーのバス #2
#1の続きです。

モノレールが開通した今でも、沖縄の乗り物といえばバスが主役。
ナナサンマル車以外にも魅力的なバスをたくさん見かけました♪


まずは、首里城公園へ向かう途中に見かけたバスたち。
那覇バスの観光マスクなU-代キュービック。
大きな一枚ガラスが、日本離れしていてカッコイイですよねー。


那覇市内の観光周遊バス「ゆいゆい号」
U-代のいすゞジャーニーKで、元京急バスのようです。
こういった周遊タイプの路線へ、経年車を入れてしまうところに高知のMY遊バス的なノリを感じますw

首里城を一通り見てまわった後は、モノレールで牧志へ。
すると、こんなバスに遭遇しました。



中扉がwww

このP-代のブルリは、元横浜市営バスだそうです。
沖縄のバスは那覇市内線を除いて基本的に前乗り前降りなので、本土からやってきた中古車は中扉を締切にしているのですが、その処理方法は外見上変化がないものから、コイツみたく適当な部品で埋めたものまで、個体差がかなりあります(笑)


牧志から国際通りをうろうろ。
那覇随一の繁華街なだけあって、バスも次々やって来ます。


観光マスクのキュービック。
首里で見掛けたクルマと同型ながら、こちらは前面の窓まわりが黒く塗られていて、よりイケメンに!


これは高速バス…かと思いきや、25番は普通に一般道経由の路線バスでした。
代走か何かでしょうか?乗り得ですね。


こちらは標準的なキュービック、元京急バスのKC-代です。
同じ那覇バスでも市内線と郊外線で2種類の塗装があり、写真の白地に水色帯が入ったクルマは市内線塗装。
市内線は前乗り後降り(10、12番のみ後乗り前降り)で、中扉もちゃんと機能していますw


さて、次はバスに乗って旧海軍司令部壕を見に行こうと、沖縄最大のバスターミナル、那覇バスターミナルへと向かいました。
モノレール旭橋駅を降りてすぐの場所にあります…が、あれ何やら様子が変だぞ??



なんと再開発の為、4月6日からバスターミナルが閉鎖されていました(汗;
構内はスッカラカンですよ。


ターミナルの片隅には、こんな巨大な岩と祠のようなものが。
この時は近付けなかったのですが、調べてみると「仲島の大石(なかしまのうふいし)」という沖縄県指定の天然記念物のようです。
乗り場は、この岩を避けるようにして造られています。
きっと新しいバスターミナルになっても、この場所でバスの発着を見守っていることでしょう。

#3に続きます。
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[ 2015/04/30(木) 22:00 ]

うちなーのバス #1
那覇を走る東陽バスでは、全国的にも貴重なモノコックバスが、今も毎週日曜日に馬天営業所~城間(ぐすくま)を結ぶ191系統で3往復、定期運行されています。
この191系統は那覇の中心部こそ経由しないのですが、モノレールの儀保か首里駅で乗り換えることが出来るので、今回は首里駅から近い鳥堀というバス停から、朝の1便で馬天営業所まで乗ってみることにしました。


おぉ本当にモノコックバスですよ!
生憎の雨の中、定刻よりも数分早くバス停に滑り込んで来ました。

このクルマは昭和53年7月30日に、沖縄の道路が左側通行へと変更されたとき導入された日野RE101で、ナナサンマル車と呼ばれています。
沖縄では本土へ復帰した後も、暫くはアメリカ式で右側通行のままだったんですね。
一夜にして道路上のありとあらゆるものが切り替えられたのですが、普通のクルマやトラックなら未だしも、バスは改造が難しい為、当時このタイプの新車が大量投入されました。
それから37年が過ぎた今では、同車が東陽バスで最後の1台となっています。


日曜の朝なだけに、車内は乗客も疎ら。
一番後ろの席を陣取りました。

乗ってびっくりしたのは、クーラーがガンガンに入っていたこと。
こちらの気候に慣れていないせいか、どうも他のバスやモノレールに乗ってもクーラーがイマイチ効いてない感じで、ずっと暑いー暑いーと言っていたんですよね(^-^;
というか、この世代のクルマは非冷房が当たり前だと思っていたので、なおさら驚きですw


時代を感じる四角い降車ボタン。


一日橋や与那原など、かつて軽便鉄道が走っていた町を経由して、それも終わると景色はローカルな感じに。
お客さんも途中のバス停で全員降りてしまい、貸切状態です。


約40分で、終点の馬天営業所に到着~。
さっそく許可を頂いて撮影開始…したいところですが、雨が強くなって来ましたorz



折り返しまで時間があるので、焦らず営業所の軒下で待機。



少し雨足が弱まってきたところを見計らって撮りまくり。



レトロな日野のエンブレムに、”沖”一文字のナンバープレート!
系統番号の板…は、ナナサンマル車に限らず沖縄では標準装備なアイテムですが、これもまた良いアクセントになっていますね。


ナナサンマル車には敵いませんが、まわりも結構年式の高いクルマたちが集まっていました。


そして再び出庫!
折り返し10:50発の城間行きです。


改めて車内も撮らせて頂きました。
この頃の路線バスにしては豪華な仕様で、座席は準ハイバックシート(?)と言いますか、大きく余裕のある設計になっています。
床は木製ではなくリノリウム敷き、新製当初から冷房も付いているなど、てっきりナナサンマル車というのは当時の世相を反映して簡素化されているのかと思いきや、意外にも丁寧に造られていたのですね。


また運賃箱などは、4月27日から利用が開始されるICカード「OKICA」の導入に伴って、最新式のものに更新されています。
モノコック世代にLCD運賃表示器というミスマッチ感が何ともwww


帰りも鳥堀で下車。
週一とは言え、こうしてモノコック車が走っていて、普通に乗れてしまうだなんて、なんと贅沢なことでしょう!
南部や土佐電ドリーム亡き今、こんな素敵な街ももう、日本全国探しても那覇ぐらいしか無いんじゃないかと思います。

さらに那覇では、沖縄バスにもナナサンマル車が1台残っていて、同じく毎週日曜日に特定ダイヤで運行されているそうですが、この日は残念ながら車検で出払っていたので、営業所を訪ねても実車を拝むことはできませんでした。
しかしまぁ大切にされていることが分かって一安心でもあります。
また近いうちリベンジですね。

#2に続きます。

※営業所内では許可を得て撮影しています。

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[ 2015/04/29(水) 21:18 ]

うちなーの鉄道

先週末は1泊2日で那覇をうろうろして来ました。
人生、初沖縄。
これで一度も足を踏み入れていない都道府県は、鹿児島と宮崎の2県だけに。
カテゴリーも作ってなかったのですが、今後あまり伸びることもなさそうなので、「九州地方の鉄道」へ沖縄を追加しちゃいました(笑)


沖縄の鉄道と言えば、那覇空港~首里間の「ゆいレール」と呼ばれる沖縄都市モノレール線、この1路線しかありません。
モノレールが開通したのは2003年のことで、それ以前は日本で唯一鉄道の無い都道府県でした。
もちろん離島なので、他の鉄道路線とは一切接続が無く、日本の鉄道網からポンと離れた特異な存在です。
趣味的に見て面白いなーと思いつつ、乗り潰しをやっていると頭を抱える存在だったりもしますw


那覇空港駅からスタート。
何てことない空港直結の始発駅ですが、ここは本島の西の端、日本で一番西にある駅です。
もうこの先は滑走路と海しかないので、駅の手前にあるポイントレールも、延伸を考慮していない割り切った構造になっています。


そして那覇空港から一駅乗るだけで、日本最南端の駅も制覇できてしまうというwww
ちなみに最北端は稚内、最東端は東根室ですが、そういえばどっちも行ったことが無いですねぇ…。


車両は1000形1形式のみ、2連13編成が在籍しています。
とてもコンパクトで、丸みを帯びたデザインが可愛らしいですね。
ただ週末ということもあってか、どの時間帯に乗っても混んでいたのには驚きました。
2両編成なので、グループのお客さんが乗ってきたりすると、たちまち大混雑してしまいます。

それから1000形の特徴としては、車両側に行先表示が1つも設置されていないという大胆な一面も。
まぁ途中駅止まりも無いですし、要らないんでしょうけどw


イオンモールのラッピング車も走っていました。
ぶっちゃけ沖縄まで来てイオンというのも萎えますが…(-_-;
デザイン自体は白地に赤紫のラインがシンプルで、文字を消せば標準塗装にしても通用するんじゃないかと思うほど似合っています。


那覇の街は結構アップダウンが激しくて、特に首里方面ではジェットコースターのようになっている区間も。


首里城公園から俯瞰。


首里駅ホームより。
後ろに見えている赤い屋根の建物が、首里城です。


それで首里駅の先を見ると、こんな風に軌道がカーブの途中でプツンと途切れています。
これは将来の延伸を見越したもので、2019年度に首里~てだこ浦西までの区間が開業する予定だそうです。


運賃表もご覧の通り、首里から先に余白があります。


そして凄くユニークだなと思ったのがこれ。
ゆいレールでは完全IC化されていて、券売機で買った乗車券も、なんとQRコード(!?)をかざして改札口を通るシステムになっています。
ちょっとタッチする時にコツが要る感じですが、これなら券売機で買った磁気券では通れない改札機があったりして、右往左往するようなこともありません。
まぁ、他の路線と一切繋がっていないからこそ成せるワザですね。

ちなみに1日乗車券、2日乗車券もあるんですが、これまたゆいレール独自ルールでして、発券した時間からそれぞれ24時間、48時間有効という風になっています。
使い方次第では、かなりお得に乗ることが出来ますよ。



戦後、長らく鉄道が無かった沖縄”本島”ですが、戦前には軽便鉄道や路面電車などが那覇を中心に路線を伸ばしていました。
そのうち、沖縄県営鉄道与那原線の廃線跡上にある壺川東公園(ゆいレール壺川駅から徒歩10分ほど)に、機関車が2両、静態保存されています。

…はい、L型DLの後ろに佇んでいる貨車のようなものは、なんと蒸気機関車の足回りだそうでw
それから水色のDLも戦前にしては妙に近代的ですが、それもそのハズで、この車両たちの正体は1984年まで南大東島で活躍していたクルマを、本島へ持って来たものだったのです。
実は沖縄県、”本島”に限らなければ、戦後も鉄道が走っていたことになるんですね。
九州・沖縄地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/04/25(土) 23:58 ]

方向板付き14720形を追っかける #1

黒部峡谷鉄道に続いてもう一つ、未アップだった富山ネタを。
こちらは去年4月に地鉄を訪ねた時のもので…なんと丸1年寝かせてしまいました(汗;
時系列は二塚貨物を撮りに行った後になります。


まぁ季節が一巡したので、今の時期にアップしても恥ずかしくないですね(開き直り)
桜満開の越中荏原駅で下車、後続のダブルデッカーエキスプレスを狙います。
すると、まずは最古参の14720形がやって来ました!
撮った後に気が付いたのですが、何やらヘッドマークの様なものが先頭に付いているようです。
サイド気味に撮ったので、柄までは分からなかったのですが…


お目当てのダブルデッカーエキスプレス。
こいつを撮ったのは、3連化される前の2012年7月以来でした。
当時は、まさかダブルデッカーを組み込んでしまうとは思いもしませんでしたね。


続いて地鉄屈指の撮影ポイント、常願寺川橋梁へ。
そろそろ14720形が戻って来る時間だなーと、逆光承知で川に背を向けカメラを構えると…
あれあれ?マークは付いていません??

…が、振り返ってブッたまげました!!!!



!?

なんと、ヘッドマークらしきものの正体は往年の方向板だったのです!
本来の方向幕は故障してしまったのか、行先表示の部分が目隠しされています。
もう心臓ばっくばくですよ。
すぐ戻って来るだろうと思われる上市行きなので、折り返しもここで撮ることにしましょう。


次は10030形…え、コイツも方向板!?
かと思いきや、拡大してみると”ゆるキャラ”のイラストが描かれた、ただのヘッドマークでした。
もー驚かせるなよー(^-^;


雷鳥カラーの14760形。


地鉄最新鋭の17480形…ですが、今度は方向幕が白幕www
運転席窓にプレートで「中滑川」と表示されています。
この中滑川行きは、2013年12月のダイヤ改正まで設定が無かったそうで、同年11月にデビューした17480形には幕の追加が間に合わなかったんでしょうかね。
そういえば先月のダイヤ改正では、新黒部駅が開業したことで舌山行きという区間列車が新たに誕生したのですが、こちらもプレートで対応しているようです。


そして、お待ちかね14720形!
いやぁーカッコイイですねぇ、カメラを持つ手が震えました!!

さらに時刻表を追って行くと、再び電鉄富山から上市行きで戻って来きて、寺田ではダブルデッカーと交換するようです。
マーク付き同士の並びが撮れるんじゃね!?
というワケで、寺田へ移動することにしました。


”荏原”から乗ったのは8590系…ではなくて17480形(笑)
グラデ帯も内装も大井町線時代と一緒、でもすれ違う電車は元京阪だったりして、何だか不思議な気分です。



寺田駅構内を見渡せる場所でスタンバイ。
20分ほど待つと予定通り14720形は上市行きで戻って来て…



はい、見事に並びました!!!

地鉄オリジナルの方向板と鳩マークの共演、いやぁ堪りません!
偶然によって実現した超激レアなシーンです。


そんな夢の様な並びも、僅か1分足らずの出来事で。
14720形、ダブルデッカーの順に、それぞれの目的地へと出発していきました。

撮影時はぎりぎり閑散期ダイヤだったので、ダブルデッカーは電鉄富山~宇奈月温泉を1往復すると1日の運用は終わり、入庫してしまいます。
当初の目的はダブルデッカーの撮影でしたから、入庫後は市内線へ移ってレトロ電車でも撮ろうかと考えていたのですが、こうなりゃ、ひたすら夜まで14720形を追っかけるしかないですね!

#2に続きます。
北陸地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/04/15(水) 23:10 ]

ナローの聖地、黒部峡谷鉄道
前々回こんな記事を書いたので、今回は同じニブロクゲージ(762mm)業界の最大手、黒部峡谷鉄道をアップしたいと思います。
去年8月、非鉄な友人たちと観光に行ってきたのですが、なかなか記事にするタイミングが無かったんです(^-^;


まず大量の黒貨車たちで溢れ返っている宇奈月駅構内。
のっけから、この光景ですよ!ワクワクしないわけがありません。


EDR26+EDR27の重連が、慌ただしく入換えを始めました。
富山観光の目玉となっている黒部峡谷鉄道ですが、決して観光用に造られたアトラクションではなく、もともと黒部峡谷の電源開発を目的に建設されたもので、今も関西電力の職員や資材の運搬用として使われている、”ホンモノ”の鉄道なのです。
公式ページによると車両総数は320両で、そのうち機関車29両、客車134両、貨車155両、特殊車2両という保有数は、いずれも中小民鉄第1位とのこと。
中小民鉄だなんて少し控えめに書かれていますが、動力分散式天下な日本では、これだけ機関車や貨車を保有する会社なんて、JRを除けば他にないんじゃないかと思います。


宇奈月14:14発、欅平行きが入線して来ました。
午前中は黒部川でラフティングをしていたので、午後からスタートです。


運動をして昼食の後、という最高のコンディション(笑)
車内では睡魔との戦いでしたが、沿線の美しい景色はもちろん…


こんな怪しげな貨車が留置されていたりして、休む暇もありませんw
このクルマは出平駅に止まっていた大物車で、右がオシ3号、左がシ106号、それぞれの積載量は20t、5tだそうです。
オシ3でも国鉄式に当てはめれば”サ”級レベルなワケで、大物車というのもヘンな感じですが、小さな黒部の貨車たちのなかではコイツが最大です。


猫又駅の手前には、怪しげな引込線も。
関西電力の黒部川第2発電所へと繋がっています。


さらに面白いのが鐘釣駅で、この駅は編成が長いと敷地が狭いので入り切れず、一旦安全側線へ突っ込んで停車して、対向列車と交換し終えるとスイッチバックして出発するという、特殊な運転方法になっています。
向こうからやって来た機関車は、角型ライトが特徴の新型車両EDV形で、2両しか居ない少数派です。


1時間半ほどで終点の欅平に到着。
すぐに入換えが始まり…



こんな貨車をぶら下げた、貨客混合列車が出て来ました!


阿里山森林鉄道との姉妹提携を記念したヘッドマーク。
そういえば欅平の駅前では中国人の団体客が多く、そこらじゅうから、いー、あー、さん、ちぇず!という掛け声が聞こえて来ましたw

のんびり散策していると、帰りの列車は終電1本前の17:04発宇奈月行きになってしまいました。
また1時間半の道のりを引き返すことになるので、宇奈月へ戻る頃には結構いい時間です。
車内もガラガラ…ですが、この終電間際に乗ったのは大当たりでした。


欅平方面は旅客列車のスジが空いた分、貨物列車のラッシュアワーだったのです!
まず小屋平駅で交換したのは「峡谷美人号」という、ゴミ運搬列車。


後ろには職員用の客車も繋がっていました。
古風な客扉と1段降下窓で、好ましいスタイルをしていますね。
この2軸客車はハ形と呼ばれていて、もともとは無蓋車だったものを客車に改造、開放型のC車と密閉型のK車があるとのこと。


続いて猫又駅では、ディーゼル機関車のDD24形と交換。
非電化の黒薙支線向けだそうですが、なんでこんなところに居たんでしょう??


後ろは、見るからに古そうなハ形C車が1両ポツンと繋がっていました。
車番のハフ4を頼りにググってみたところ、タネ車は大正14年生まれ(!)だとか。


さらに柳橋駅では…なんと重機を載せてますよwww
黒部峡谷では沿線に通じる道も無いので、こうやって鉄道で運ぶ以外に手段が無いんでしょうね。


ハ形C車も繋がっていましたが、こちらのクルマは少し新しい感じ。
車番はハフ19とハフ31でした。
こりゃハ形だけでも奥が深いですな…。

そして極めつけは、宇奈月駅に戻って来たときに遭遇した、



EDS13形!

いやぁーこの丸みを帯びた優雅なデザイン!
国内に数多ある凸型電機のなかでも、特に美しいクルマだと思います。
基本的に宇奈月駅常駐の入換え用なのですが、なんと本線の貨物列車を牽引することもあるとか。


ここまで乗って来た客車と連結、推進運転で車庫の方へと消えて行きました。

とても1往復しただけでは全貌が掴みきれないほど、バラエティー豊かな黒部峡谷鉄道の車両たち。
貨物列車のダイヤは謎に包まれていて、一筋縄ではいかないところもまた魅力。
次回は鉄目的で、1日中じっくりと観察したいところですね。
北陸地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/04/11(土) 20:37 ]

銚電2002編成が旧塗装で復活!

2014年1月に脱線事故を起こして以来、長らく運用から外れていた2002編成が、今月4日から復活しました。
初日は出発式が行われるということで、いつもの仲ノ町へ向かうと…何やら、見慣れない色をした電車が止まっていますよ!?



!?


なんと、修復と同時に旧塗装になっちゃいましたw
これは昭和40年代から醤油ツートン化するまでの標準塗装で、当然2002編成が纏ったことはないんですが、いやぁビックリするほど違和感がありません!


出発式には、クラウドファンディング(ネット募金)を活用して修復費の一部を支援した、地元の高校生の皆さんが招待されていました。
このクラウドファンディングですが、北海道では711系の静態保存へ向けて活用されていたり、広島では三次市内に保存されているハチロクの修繕費を募っていたりと、鉄道関連でも広まって来ているのですね。
そういえば数年前の濡れせんべいブームも、きっかけは銚電の公式ページでしたし、実は銚電って時代の先端を行く鉄道なのかもしれません。


出発式の後、臨時列車として仲ノ町~外川間を1往復しました。
当日は生憎の空模様、しかも走るのは1往復だけ…ということで、実は行こうかかなり迷ったのですが、普段は何が運用に入っているか行ってみないと分からないこと、18切符が1枚余っていたこと、そしてネットで塗り替え終わった2002編成の写真を見てしまい、あまりのカッコ良さに取るもの手に付かず(笑)
今年は早くも2回目の銚子行きとなりました。


後輩の晴れ姿を見守る、今年1月に引退した1002号
本物の旧塗装は、2502号側のような直線の塗り分けだったそうですが、こちら側は車両自体のデザインに合わせて、上手いこと金太郎塗りにアレンジされています。
この色に湘南2枚窓って…昔の西武ですよねwww



出発式が終わると、2002号側にもヘッドマークが取り付けられました。



臨時列車往路は、仲ノ町の外川方で撮影。
ちなみに2502号のヘッドマークも、修復費用を支援した東京のミニカーショップがデザインしたものになっています。


復路は笠上黒生へ。
ヘロヘロのレール、木製架線柱に、旧塗装ツートンの似合うこと!




この日の定期列車は2001編成だったので、2000形同士が並びました。



仲ノ町に戻ると、入庫した2002編成に”レタッチ”が行われていました。
確かに午前中の写真を見返してみると、車体のローズピンクがちょいちょいグレーの部分にはみ出してますもんね…。
って、それは出発式の前にやるべきだったのでは(笑)


撮りやすい位置でパン上げしていた1001号。


せっかくなので季節モノと絡めて…と思ったのですが、銚電沿線に桜の木が少なくて、良いアングルを探し回ることに。
結局、銚子駅近くの神社で撮ったのが一番それらしい感じになりました。


2002編成六変化!

1.銚電入線直後(伊予鉄塗装) 2009年11月17日
2.クリーム一色塗り+イオン広告 2010年8月5日
3.臙脂帯追加 2012年7月7日
4.イオン広告解除(+洗車www) 2012年12月22日
5.前面だけ醤油ツートン 2014年9月27日
6.昭和40年代塗装 2015年4月4日

僅か5年ちょっとで、これだけの変化がありましたw
銚子電鉄 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/04/05(日) 23:08 ]

武蔵白岩鉱山、閉山へ
埼玉県は飯能市の山奥で走っていた”小さな鉄道”が、3月31日をもって、ひっそりと姿を消しました。



廃止前日の3月30日、まずは飯能駅のバスターミナルへ。
すると、1台しかない国際興業の旧塗装復刻車が止まっていました。
国際興業といえばキュービックでしたが、どうやら今では旧塗装のコイツが最後の一台になってしまったようです。


湯の沢行きのバスに揺られること約1時間(!)名郷というバス停で下車。
ここから、さらに山道を歩くこと40分ほどで…



到着ー!!!

こちらが今回の目的地、JFEミネラル武蔵野鉱業所です。
同鉱業所では、1kmほど離れた場所にある武蔵白岩鉱山で採掘された石灰石を運搬する為に、鉱山鉄道が活躍しているのですが、電車、バスを乗り継いで、最後は徒歩という、まぁホント絵に描いたような辺境の地であります。
久しぶりに心地よい達成感を味わいました、まだレールすら拝んでいないのに(笑)

とりあえず事務所で撮影許可を…と思ったら、ちょうど3名の同業者さんが事務所から出てきました。
そのうちの2人は、行きのバスからずっと一緒だった方ですwww
スマホの電波すら通じない場所なだけに、同志が居ると心強いですね。


さて、無事に撮影許可を頂いたので登頂開始!
え?ここって工場の敷地内なんじゃ…??
いえいえ、これでも「立入り禁止」のバリケードより手前はハイキングコース。
今は廃村になってしまったそうですが、山上の集落へと続いている立派な生活道路でもあるのです。


つづら折りになっている作業員通路ハイキングコースを上って行くと、いきなり軌道が現れました。


そしてトロッコも発見!


凸型のバッテリーロコに、グランビー鉱車と呼ばれる貨車が9両繋がっています。
石灰石で白く染まった車体は、観光用ではない現役の鉱山鉄道の証です。



奥には、予備機?部品取り用??の怪しげな機関車も…。
手前に見えているのが本線で、分岐を右手へ進むと、採掘場へと続くトンネルに繋がっています。



道なりに進んで行くと、工場全体を見渡せる俯瞰ポイントへ辿り着きました。
斜面の僅かなスペースに敷かれたレールは、まるでHOナローのレイアウトのようです!

さきほどの同業者さん曰く、土日は運休、31日は閉山式で動かない、可能性があるのは今日だけ、とのこと。
もう閉山間際でしたから、車両が止まっているところでも撮れたら万々歳!という気持ちで訪ねたのですが、これは期待できそう…?というワケで暫く様子を見ていると、時折工場の方が姿を現しますが、どうやら閉山式の準備をしているだけで機関車には乗りません。
走るかどうかわからないトロッコを待つこと10分…


背後からモノレールが出現www
このモノレールは、採掘場近くの詰所へと繋がっています。

さらに30分ほど待つと、またしても動きが。
工場の方が1名出て来て、なんと機関車にヒョイと乗車するではありませんか!
パトランプが光り始めるとすぐに走り出して、トンネルへと吸い込まれて行きました!!
遂に動いたのです!!!



折り返しを撮る為に工場近くまで下ると、いつの間にか同業者さんが増えていました。
いやぁ、こんな山奥まで撮影に来られるとは…皆さんバイタリティがありますね(お前が言うなw)
10名ほど待機するなか、トロッコはちょうど1時間で帰って来ました。
閉山式を前に、整えられた祠のそばを通過して、ラストスパートです。



原始的だけど凄いなぁと感心したのが、この装置。
鉱車の側面に付いている車輪が、レール横に設置されたジェットコースターの様なガイドに当たることで傾いて、積荷を落とす仕組みになっています。
しかし何故か空車のまま帰って来たので、ただ傾くだけ。
一体何のために採掘場まで往復したのかナゾですが、お陰さまで一連の流れを見ることができました。



上屋がある部分を通過して、鉱車が切り離されました。
とにかく平地が少ないので、この区間はアメリカの高架鉄道みたいになっています。



身軽になったバテロコ君、コトコトと構内を走り…


名残を惜しむかのように再びトンネルの前まで移動。
小休止した後、屋根の下まで戻って来て、二度と覚めることはないであろう深い眠りに就きました…。
首都圏の専用線 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/04/03(金) 23:47 ]


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