>> ホームへ戻る
プロフィール

三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
何かありましたら右下のメールフォームからご一報ください。  

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

広島地区の103系
今年も大きな変化があった春のダイヤ改正。
JRネタでは、やはり個人的には上野東京ライン開通が身近でインパクトもあったのですが、その一方で、え!?引退したの?と驚いたのが…



広島地区の103系です。

2015年3月14日をもって最後まで残っていた3連3本が離脱、広島から103系が消滅しました。



2009年3月31日、海田市~矢野間の瀬野川橋梁にて。
この当時は3連、4連、集中クーラーから分散クーラーまで、バラエティー豊かな103系がじゃんじゃん走っていました。
広島には105系も居るし、もう暫くは活躍するんじゃないかな…と思っていたら、いつの間にか京阪神地区から状態の良い113系が転入して置き換えが進み、そしてトドメが今回の227系新製配置ですから隔世の感がありますね。
末期色真っ黄色の103系は、色も長さも鶴見線みたいで似合っていただけに、1枚は撮っておきたかったです…orz


40Nのような大規模修繕は行われていなかったので、殆どの編成で戸袋窓が埋められていることを除けば、オリジナルの姿を良く保っていました。
広島の場合、どちらかと言えば戸袋窓よりも、正面の方向幕と運番表示を埋めた方がいいんじゃないか…という気がしてならないですがw


最後まで戸袋窓付きだったB-09編成。
瀬野川橋梁でも撮影しましたが(というかB-09が目当てでした)、既に過去の記事で使っていたので別カットを。


また、JR東日本から渡って来たクハを両端に繋いでいたE-04編成は、広島地区で唯一の高運転台車で、見た目も経歴も異彩を放っていました。
こちらも戸袋窓こそ埋められていたものの、内装や座席のモケットがJR東のままだったので、車内から見ても隣のモハユニットとの差は一目瞭然でした。
首都圏から103系が引退した頃、JR西では東よりも古い103系がたくさん残っていたのですが、それでもこうした例が続かなかったのは、民営化後20年近くが経過して、同じ103系でもお互いに差が生まれてしまっていたからでしょうね。



ちなみにJR東時代はケヨ38編成でした。
2005年6月25日に走った「三鷹電車区75周年記念号」は同編成が抜擢され、その約2ヶ月後に西へ渡っています。
この臨時列車、今だったら旅行商品にして参加人数を絞るでしょうけど、当時は誰でも乗れる設定だったので車内は超満員、撮影会が行われた三鷹電車区も入場規制で延々中に入れず、大荒れだったことを思い出します(^-^;
広島では5年ほど活躍した後、2010年6月にひっそりと引退しています。

スポンサーサイト
JR西日本 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/03/28(土) 23:00 ]

東の7260形、西の2300系
北総から7260形が消えた3月22日は、関西でも昭和の名車が引退しました。


阪急2300系です!
2月20日より1ヶ月間、2313編成にヘッドマークを付けて定期列車に充当、そして3月22日の貸切イベント列車をもって引退となりました。
車両自体は、過去に思う存分撮っていたことと、個人的には板車が消えた時点で、もう2300系の時代は終わったと思っていて(笑)、あえて撮りに行くつもりはありませんでしたが…
先日は突発的に近江へ行ったので、それならばと大阪まで足を延ばして軽く駅撮りすることにしました。



阪急で駅撮りと言えば、泣く子も黙る梅田駅w
ヘッドマークの他、現コーポレートマーク撤去と旧社章の復元まで行われています。


京都方には、かつての特急看板を模したヘッドマーク。
この日は、普通運用で京都線を機織りしていたので後続の特急で追っかけ、なるべく光源のあるところで撮ろうとした結果、コンビニのネオンが写り込んでしまいました…orz
さらに追っかけも可能だったのですが、早朝から近江で動き回っていたことと、まぁこの調子なら翌日も走っているだろう、という甘い考えもあって、この日は京都線を離れました。
結局、翌日は朝にちょこっと走っただけで入庫、撮影は叶わなかったのですが。

***

以下、2014年5月撮影分です。
当時は7連3本が健在で、日中でも最低1本は稼働していました。






順光側ということもありますが、見事に梅田方の前パンばかりwww
この大きな菱形2丁パンタが堪らなく好きだったんです。


こちらはもう少し前の写真、ライトアップされた嵐山駅に停車中の2300系。
6300系が入る前の嵐山線は、2300系の天下でした。



やっぱり2300系と言えば、この顔です!
阪急 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/03/26(木) 00:50 ]

本家の後を追って…
京成3300形が引退した後も、北総台地から遠く羽田空港まで、それも優等列車で行き来する日々を過ごしていた7260形ですが、ついに3月22日をもって引退することになり、さよなら運転が行われました。
当初からアナウンスされていた、北総線内で完結する事前応募制のイベントに加えて、午前中に印西牧の原~上野(!)間を1往復する臨時列車も、数日前に追加されました。
というワケで、まずは…



堀切菖蒲園~関屋間の荒川橋梁へ。
ちょうど、すぐ下の河川敷ではマラソン大会が行われていました。



上野をとんぼ返りして来るので、上下2本とも荒川橋梁で撮影しました。
普段なら四ツ木~八広間で荒川を渡っている北総車ですが、今日は少し上流です。

去りゆくあなたへ~♪
贈る言葉~♪

まさに今日の7260形に相応しい舞台ではないでしょうかw
それにしてもこの臨時列車、午後とは違って事前応募の必要はなく、誰でも乗れる「特急」ということで、よくぞ京成が許可を出しましたよね…(^-^;


続いて千葉ニュータウン中央で下車して、沿線へ。
相変わらず、空間が広くて日本離れした景色ですね。
撮影場所が選び放題なので、激パとは無縁で助かりますが(笑)


本数はそれほど多くないものの、いろいろな車両が来るので退屈しません。


京急も来ます。
しかも、今や貴重な”歌う電車”1009編成でした!

さて、肝心の臨時列車は印西牧の原~矢切間を1往復するんですが、車庫での撮影会とセットになっている為、予想していた時間よりもだいぶ遅くなることが判明…。
そこで、光線を考えて少し移動することにしました。


似たような構図ですがw
ここなら夕方まで側面に日が当たります。


またまた京急車。
今度はアクセス特急で爆走中の銀1000でした。


そして本チャン!
午前中の臨時列車と同じシールと、貫通扉の窓にも円型のヘッドマークが付いていて賑やかですね。



今日は広角のカットばかりだったので、復路は望遠で。
種別表示に「臨」の一文字が、これぞ古き良き京成!という感じがします。



印西牧の原で少し停車した後、車庫へと引き上げて行きました…。


久々に我孫子の唐揚げそばを食べたくなったので、帰りは印西牧の原から北総交通バスに乗って、成田線の小林駅へ行ってみることに。
すると、こんな真っ白い車体のバスが現れました。
この北総交通に自社の塗装というものは無いんでしょうか(^-^;
設備もシンプルで、運転席の横には銀色の運賃箱(本当にただの箱)がでんと置かれているという懐かしいスタイルです。
車体が今どきのノンステなので、パスモくらい使えるだろう…と思って乗り込んで驚きましたw

ちなみに小林駅経由、時間はかかりますが、バス代を含めても北総線経由とほぼ同額で都内まで出ることができたりします。


我孫子に到着すると、隣のホームに185系が入線して来ました!?
時刻表を見て納得、上野東京ラインが開通して、「踊り子」号のうち週末の1往復が我孫子まで延長になったんですね。



そんなワケで、上野東京ラインに乗り初め。
おぉ品川駅に常磐線が停まってるよ…。
ワープでもして来たような気分で、とにかく新鮮でした。

北総・千葉NT・芝山 | トラックバック:0 | コメント:2
[ 2015/03/22(日) 23:57 ]

キメラ電車の卒業式 ~アンコール編~
こちらの続きです。
定期運用は午前中で終了してしまいましたが、午後にはアンコール号という臨時列車が彦根~米原間で1往復設定されていました。
彦根14時30分発、まだ時間もあるので、もう少し沿線をうろうろすることに。


まずは彦根のジャンクヤード…もとい近江鉄道ミュージアムから。
一時期を思えば、だいぶ整理されましたねw


所狭しと並べられた機関車たち。


新型コンビ、900形と100形。
900形は車端部がクロスシートに改造されているとのことで、乗ってみたかったのですが、残念ながらこの日はお休みでした。


800形のお面!?
まぁこのパーツがないと、”西武401系キット”から800形が作れないですからね(笑)


500形が福笑いみたいな姿に…(泣;;
近江鉄道が経営している保育園の遊び場として、余生を過ごしているそうです。


こちらは、役目を終えた220形たち。
全6両のうち、モハ224、モハ225の2両はラッピング車でした。
たまたま最後まで状態の良かったクルマが225だったのか、最後が標準塗装のライオンズカラーでないのは、ちょっと残念かな…なんて思ったのですが。
そんなラッピング車を上手く利用して、なんとホームでは、



お~いお茶を売ってましたwww

しかも当日限定の225号シール付きという抜かりない企画、さすが近江商人です。
釣りかけCDとセットで買ってしまいました(笑)


西武3000系を撮りに、再び高宮へ!
2014年12月16日と2015年2月10日の2回に分けて彦根入り、その後、高宮駅の東側にある留置線へ移動しました。
かつては、西武401系や貨車の廃車体が転がっていた場所です。



6連2本が綺麗に並んで留置されています。
国分寺線時代と同じ6両編成、しかも車番や西武のステッカーまでもそのままなので、何だか西武のどこかの駅に居るような気分ですね。


でも、確かにここは近江です!

この後はアンコール号を撮る為、鳥居本へ戻ったんですが、またまた彦根で15分停車…(^-^;
米原と彦根で律義にJRと接続させようとしているらしく、時刻表を見るとどの列車も軒並み10分~20分停していました。


まぁお陰さまで、出発準備中の220形を撮れたのですがw
3月14日以降は、日中に関しては待ち時間が10分以内になるよう改善されています。


佐和山トンネル付近の築堤で撮影。
臨時列車だからと言っても、特に装飾はありませんでした。



折り返しはトンネルの向こう側へ移動して、縦構図で。


彦根到着後「卒業証書授与式」が行われて入庫しました。


側窓には寄せ書きがたくさん!

今回のイベントは、220形の定期運用終了を「卒業」に見立てたもので、これが凄く上手い表現だなぁと感じました。
まだまだ機関車の代わりとして活躍する場が残されているから、定期運用を卒業しても、決して”さよなら”ではないんですよね。
キメラだ魔改造だと散々ネタにしてきましたが、思えば旅客列車から工臨、入換えまで、一台で何役もこなす彼はとても優秀で、ローレル賞…は難しいとしても、もし鉄道界にイグノーベル賞があったなら、きっと受賞していたことでしょうw
近畿地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/03/21(土) 21:59 ]

キメラ電車の卒業式 ~定期列車編~
3月14日、毎春恒例のダイヤ改正が今年も行われました。
北陸新幹線の開業をはじめ、追うもの追われるもの…あの列車この列車と、今の時期は皆さんテツ活動に大忙しかと思います。
かく言う三条も、改正前日の3月13日に彦根へと降り立ちました。
お目当ては近江鉄道のキメラ電車こと220形です。


デビュー仕立てで、まだまだ青い(笑)元西武新101系の100形に揺られること数分、高宮駅で下車。
すると…居ました、居ました。
大きくカーブした3番のりばに、ちょこんと小さな電車が発車を待っています。



車体は小さいけれど、一度走り出せば故障かよ!?ってレベルで、相変わらず最高にやかましい220形www
少しでも長く乗っていたいところですが、まずは1駅先のスクリーンで下車して沿線撮りから。
とにかく車体が短いので、架線柱の間にすっぽりと収まります。
門型でも余裕ですw


一駅歩いて、多賀大社前から米原行きに乗車。
以前は米原~貴生川間のロングラン運用なんてのもありましたが、2014年3月のダイヤ改正以降、平日の朝から多賀線と米原~彦根間を機織りして、12時前には入庫する僅か1運用のみに。


そして今回のダイヤ改正で、遂に定期運用から離脱することになりました。


いつ頃までだったか「快速」もありました。
このサンバイザーのような種別表示も、西武の発生品でしょうかねw


次はフジテック前で下車。
沿線のランドマーク、フジテックのエレベータ研究塔をバックに一枚。


折り返しも近江鉄道らしい風景ということで、新幹線の高架橋と絡めてみました。
220形が来る直前に新幹線が通過しましたが、さすがに相手が速過ぎてタイミングは合いません(^-^;


最後の一ヤマで、再び多賀大社前行きに。
懐かしの「多賀」幕です。
そういえば、いつの間にか800形、820形は全車LEDになっていて、今や幕車はコイツとあかね号しか残っていません…。


ここでもまた一駅分歩いたので、帰りは鳥居本から乗車。
赤い瓦屋根がオシャレな木造駅舎です。


後続の多賀大社前行きは820形。
彦根で26分停車(通し利用は全く考慮されていませんね…)するのでラッチ外へ、発車シーンを前パン、ド順光で頂きました!


そして220形も彦根へ戻って来ました。




これで220形の定期運行は、全て終了しました。
ほぼ同じ頃、琵琶湖の向こう側では札幌から来た最後のトワイライトエクスプレスが通過して、えらいこっちゃなっていたそうですが、こちらは数十名のファンが見守るなか、ささやかな最期でしたね。

アンコール編に続きます。
近畿地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2015/03/15(日) 19:22 ]

中京地区の凸型ディーゼル機関車たち
こちらの続きです。


知多半島でマルヨして、翌朝は衣浦臨海鉄道のKE重連からスタート。
KE65形は総括制御が出来ない為、重連となる碧南線の下り列車では機関士が前後2人乗務しています。
銚電1000形の片割れが引退した今、日本で見られる最後の協調運転ではないでしょうか。
通過の直前に若干曇ってしまったのは残念でしたが、4年前のダイヤ乱れ+悪天候で撮影地へ到達できなかったことに比べれば、撮れただけでも充分です(^-^;


終点の碧南市駅。
ここで編成を組み替えて、折り返しは2本の列車に分かれて大府へ向かいます。


衣浦生え抜きのKE65-1号。
KE65形は4両在籍していますが、そのうち2、5号は国鉄から譲り受けた機関車だったりします。
もともとの自社発注車がDE10そっくりなので、そういえば煙突カバーの処理とか、手すりの形状が微妙に違うかなー、と写真を見比べて初めて気付くレベルの差しかありません。



構内の片隅にはタブレットキャッチャーが!
どうやら、かつて碧南線が権現崎という駅まで延びていた頃に、碧南市を通過する列車があったので、このキャッチャーを使用していたようです。
通過授受こそ廃止になってしまいましたが、衣浦では今もタブレットが使われています。


こんな広告も。
旅客輸送をやっていない衣浦さん、まずグッズを作っても知ってもらうのに一苦労…という感じが、ひしひし伝わってきますねw
ここなら碧南市駅を訪ねてきたテツが気付くので、なかなか上手い宣伝方法だなと思いました。


次は伊勢湾岸道でもってワープ、DD51の走る関西線の有名撮影地へ。
鉄道を使うと一旦名古屋駅を通ることになるので、遠い感じのする碧南→四日市への移動も、クルマだとあっという間です。
早速、コンテナを連ねた2087レが通過しました。


続いて、三岐鉄道からの継走列車5365レ。
黒タキで統一されていて美しいですね。
これでカマが国鉄色だったらなお良いのですが、愛知機関区に在籍する18両のうち、国鉄色は5両(稼働機は4両?)しか居ないそうです。


お待ちかねの重連79レ!
国鉄色が2両目なのは残念ですが、まぁ18両中5両ですから走っているだけでもヨシ、追っかけましょう。


79レは四日市で50分ほど停車したのち、173レと名を変えて塩浜へと南下します。
順光の良さげなストレートを見つけて待機、ここなら長いタキでも収まりそうだなぁ…なんて思っていたら、なんと、やって来たのは重単でした(汗;
この辺りは支線や専用線が複数分岐していて、川崎の塩浜と同じく運用も複雑なのですねぇ。


近くの陸橋へ上って、折り返しの72レ。
面潰れですが、なんとか国鉄色先頭をゲットできました。


ちなみに、右奥に写っている木造の上屋が素敵な駅は、近鉄の海山道(みやまど)駅です。
これまたド逆光ですが、編成写真も撮れます。

そういえば近鉄さん、遂に今月末をもって大手私鉄最後の釣り掛け車両が”書類上は”消えることになりますねw


〆は、四日市駅の側線(通称、四日市港線)に架かる末広橋梁へ。
日本で最後の鉄道可動橋として有名で、前から行ってみたいなぁと思っていた場所の一つでした。


ここを通過する列車は1日5往復。
近くの踏切小屋に貼ってあった時刻表には、最終便が17:06着、17:18発と書かれています。
というワケで小1時間ほど列車を待ってみると…17時ちょっと前、自転車に乗った係員が登場!
けたたましいブザー音と共に、可動橋が降り始めました!!
これが結構な迫力で、実際に動いている姿を目の当たりにすると感動しますよ。

…ところが、肝心の列車は待てど暮らせどやって来ません。
17:30くらいまで待ってみたものの、本当に日が暮れてしまい時間切れ。
後で調べたところ、朝と夕方の2便は臨時列車で、運転しない日もあるようです。
もう、橋を下げるから列車が来るもんだと期待しちゃったじゃないですか(笑)
夜間は常に降ろしておく決まりなのかもしれませんねー。

まぁまた来る口実が出来たと言うことで、近いうちリベンジしたいと思います。

JR貨物 | トラックバック:0 | コメント:2
[ 2015/03/08(日) 23:34 ]

赤電末期の頃


赤電の引退に寄せて、あまり多くは記録できていませんでしたが、ここ最近に撮った3300形の写真をアップしたいと思います。


最後まで残っていたのは、トップナンバーを含む3304編成と、3344編成の4連2本。
優等列車を先に通しながら、のんびりと余生を過ごしていました。
この55番運用は、2014年11月8日のダイヤ改正から行路に普通大和田行きが含まれていることで、京成ファンの間では密かに注目を浴びていたのですが、いかんせん朝ラッシュ時に1本のみで三条の自宅から出向くには朝が早過ぎたこと、しかも3300形が入るかどうかは運次第で、結局捕獲できず仕舞いでした(^-^;



津田沼の中線で待機する3300形。
未だに違和感しかない(笑)ピンク色な新京成との共演は、ごく僅かな期間だけでしたね。


2010年3月27日、幕張本郷にて。
隣の幕張車両センターには113系が停車しています。
凄く”昭和”している写真ですが、何てことはない、つい5年前まではこれが日常だったんですよね。
昭和の千葉を支えた車両たちも、次々と過去帳入りして行きます…。


もう少し遡って、2005年7月19日に撮影した6両編成の3348編成。
2008年3月までに全編成が4連化され、同時に浅草線への乗り入れも消滅しています。


その3348編成、2010年7月から2014年3月までは「こち亀」のラッピングを纏って走りました。
こち亀で京成…というと、博物館動物園をネタにした話がありましたねw


3320編成には「寅さん」のラッピングも。
こちらは2013年2月に終了、そのまま廃車となっています。




沿線を賑わせたリバイバルカラーたち。
青電塗装は“なんちゃって”でしたが、これもよく似合っていたと思います。



そして赤電といえば忘れてはならないのが、北総へのリース車7260形です。
4連を常時2本を繋いだ8両編成として運用され、浅草線へ直通したり、京急線内では優等列車として爆走したりと、本家よりも超アグレッシブでしたが(笑)
こちらも残念ながら、先月の24日をもって運用から離脱しています。

京成 | トラックバック:0 | コメント:2
[ 2015/03/03(火) 22:07 ]


copyright © 2017 私鉄屋雑記帳 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / NetMania
まとめ