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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
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三陸縦断 #4 石巻港線と仙石線
気が付けば2013年も残すところあと2日…!!
昨年10月より運転されていた石巻線の瓦礫輸送も、どうやら今年中を目処に完了する(した?)とのこと。
というワケで、5月の訪問時から半年以上が経過してしまいましたが、三陸縦断#3の続きをアップします(なんとか年内に完結させたかったんですよwww)



石巻駅から歩くこと20分ほど、石巻港線を俯瞰できる某所へ。
通称「石巻港線」は、正式には仙石線の支線で、陸前山下駅から伸びる全長1.8kmの貨物線です。
石巻線を通る貨物列車は全て石巻港駅を発着しているので、一日に最大8往復もの定期列車が設定されています。


石巻港駅を望遠で切り取ってみました。
工場らしいゴテゴテした施設ですが、この辺りも震災で大きな被害を受けたそうで、建て替えたのか新しい感じがします。
側線には青いスイッチャーの姿も。


いよいよ瓦礫輸送列車が現れました!!
赤いカマに真っ白いコンテナが良く映えますね。



この当時は陸前高田の瓦礫を輸送していて、石巻港へ運び込まれた瓦礫を積み込んで10:15に発車、16:41に戻って来るダイヤでした。


さて撮影を済ませたら、急いで石巻駅へ戻って仙石線に乗ります。
なぜ急ぐか!?と言うと、石巻17:15発が陸前小野行きの最終列車だからです(汗;


仙石線は震災の影響で、今も陸前小野~高城町間が運休になったまま。
しかし陸前小野駅はロータリーが狭い(?)からか、代行バスは二つ手前の矢本から発着していて、列車も一日5往復を除いて矢本までとなっています。
なので、石巻を発車した時点では学生さんで満員でしたが、終点まで乗り通したお客さんは僅かでした。



そして石巻~陸前小野間では変電所も被災してしまったので、架線はあっても電車は走れず、陸羽西線のキハ110が代走しています。
車体に「奥の細道」とか「Mogami-Gawa Line」とか書かれていて違和感が…(^-^;


駅舎は復旧時に建て替えられたらしく、切符販売を兼ねた小さな売店も入っています。
一日に5本しか列車が来ないので、果たして売れるのかと余計な心配をしてしまいますが、どうなんでしょうね。



駅から国道沿いへ出たところに、代行バスの停留所があります。
こちらはBRTではなく純粋な鉄道代行バスです。
ポールに”満席の場合は乗れない”旨の注意書きがあって、そういえば矢本で結構降りたよな…と嫌な予感が過りましたが、2台続行運転だったので半分以上は空席でした。


構内の架線柱がなぎ倒されたままになっている野蒜駅。


ホームと監視モニター以外、何も残っていない東名駅。

不通区間には野蒜、東名、陸前大塚、陸前富山、手樽の5駅あるのですが、印象的だったのは東名と陸前大塚を境にして被害に大きな差があること。
これは地図を見て納得しました。
陸前大塚から先は、宮戸島や浦戸諸島などの島たちが松島湾を囲っていて自然の堤防になっているのです。
だから、湾の内側にある松島の景観は保たれたワケですが、湾の外の街や、周りの島々は今も津波の傷跡が残ったまま。
この辺は、三陸や福島の浜通りばかりがピックアップされがちで、あまり報道されない部分ですね。
例え石巻線の瓦礫輸送は完了しても、まだまだそれは復興への一歩に過ぎないのです。

さて、仙台側は高城町まで復旧していますが、こちらも代行バスが駅前に乗り入れできないようで、一つ先の松島海岸駅まで行きます。
でも、やっぱり鉄道に乗りたいので高城町で下車w



ここから先は、震災前に一度乗ったことのある区間。
小ぢんまりとした駅舎もホームも当時から変わらず、唯一変わったのは駅名表の「手樽」が目隠しされていたことでした。

この日は仙台まで出てマルヨ、翌朝は仙台地下鉄の記事へと繋がります。


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JR東日本 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/12/29(日) 22:15 ]

最後の3扉車


久しぶりのバスネタです。
関東バス最後の「3扉車」として武蔵野営業所に残っているB3008号車は、路線を鷹04系統(三鷹駅~多摩六都科学館)に限定して休日に運行されていました。


ところが鷹04系統は11月24日をもって特定日運行に格下げされてしまいました。
しかも12月中の運行日は22、23日たったの2日間だけ!で、来年以降の運行は未定。
路線も車両も、もう先は長くないのかも…。
というワケで、今年最後の運転日となった23日に関東バスを訪ねてみました。
(当日は183系の団臨と掛け持ちしようかと目論んでいましたが、時間帯が被っていたのでスルーw)


まずは”乗りバス”から。
バスは移り変わりが早いので、平成7年生まれと言ってももう懐かしい感じがします、特に匂いw
昆布を干したような(?)という表現をどこかで聞いたような気がするのですが、あの昭和末期から平成一桁にかけてのバス特有の匂い、あれは何でしょうね。
東京近郊ではめっきり減ってしまったので、久々に嗅いだ気がします。
※プライバシー保護の為、画像の一部を加工しています、ご了承くださいm(_ _)m


30分ほどで終点の多摩六都科学館に到着。


折り返しまでに時間があるので、車内を撮らせて頂きました。


中扉と後扉。
ドア間はロングシートになっていて、上手いことタイヤハウスを隠してあります。
しかしこの構造では床を下げることが難しいので、次世代の3扉車が現れることはありませんでした。


「この扉は終点のみ開きます」

他サイトさんによると、3扉車で後扉を常用している事業者は珍しいのだとか。
そういえば、こないだ五位堂車庫で撮影した奈良交通のクルマを見返してみると、中扉=出入口、後扉=出口のシールが貼ってありますね。
後扉を使った方が詰め込みが効くので、関東バスの方が3扉車のパワーを遺憾なく発揮できます。
今でこそノンステップ全盛時代で中扉が主流になっていますが、昔は関西方面に後扉車が多く、なんで東京の方が混むのに中扉ばっかりなんだろう…と不思議に思ったものでした。


暫くすると、隣に停まっていた「はなバス」が発車。
公式側を遮るものが無くなり、まるで写真を撮る為に用意されていたかのようなベストコンディションに!
この日は多くのファンが訪れていたので(というか乗り通したお客さんは、ほぼ全員同業者さんw)ちょっとした撮影会が自然発生しました。


リア側に回り込んで、もう一枚。


続いて”撮り”です。
コイツの場合、やっぱり特徴ある公式側で撮りたい!というワケで、行きの乗車中に目を付けていた北裏へ。
ここなら丁字路の交差点を右折するので、クルマに被られず確実に撮れます。


関東バスは正面のロゴがかっちょいいですね。
塗装も凝っていて好ましいですし、日章旗が良く似合います。


三鷹~六都科学館間を4往復すると、三鷹駅14:45発の鷹10系統「武蔵野営業所」行きで早くも入庫してしまいます。
午後に走らせないのは、家路に向かうお客さんは駅からドッと乗って来て、住宅地の停留所で徐々に降りて行くから3扉の必要が無い、という事なのかもしれません。
まぁ何にしても休日ですから、全員着席出来る程度しか乗っていませんでしたし、完全な隠居生活という感じですね(^-^;



営業所で給油を済ませると、再び出庫。
こちら側から見ると普通のバス…ですが、今や銀サッシの2段窓がずらっと並ぶクルマも、都内では殆ど見掛けなくなりました。


第五小バス停近くにある”飛び地”の車庫へ移動して、眠りに就きました。

B3008号車が関東バスで最後、そして都内でも最後の現役3扉車と言われています。
日本で初めて3扉のバスを導入したのも関東バスだったので、もうまもなく一つの時代が終わろうとしている、といっても過言ではないでしょう。
バス | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/12/28(土) 13:11 ]

【再構成版】キハ2000形が走っていた頃の島鉄 #2
#1の続きです。


有馬吉川から、終点の加津佐までは残り5駅。
テツとしては全線乗り潰さなければ気が済まないワケで(笑)次の加津佐行きに乗って完乗しました。


10分ほどで加津佐に到着。
ここまで来たのには”乗り潰し”ももちろんですが、他にもう一つ目的がありまして…


駅のすぐ後ろにそびえる小高い山。
あの山の展望台から加津佐駅周辺を一望できるそうで、そこから午後のキハ2008(首都圏色)を狙う予定でした。
ところが、麓の登山口へ行ってみますと「落石のため通行禁止」の張り紙と、ロープのバリケードが…
仕方がないので駅前のコンビニで昼飯を調達、折り返しのキハ2500に乗って、どこか撮影できそうな場所を探すことに。


加津佐を出発してすぐのところで、少し開けた場所を発見!
次の停車駅、白浜海水浴場前で下車したところ、まさにその名の通り海水浴場が眼下に広がる良スポットでした。
下調べもせずに良い撮影地が見つかると嬉しいですね。
欲を言えば真夏のシーズンに訪ねたかったところですが、時既に遅しです…。


海水浴場前駅へ戻ると、近くに学校があるのか、列車の時刻が近づくにつれ学生さん達が集まってきました。
そのうちの一人がカメラに気付いてピースサイン。
車内は学生さんで賑わい、車掌は大忙し。
キハ2008は特別運転で、車掌が乗っているのも期間限定なのですが、まるで普段から走っているかのように馴染んでいます(笑)
去年のちょうど今ごろ、鹿島鉄道では週末になると同業者さんでごった返していましたから、あと3ヶ月で廃止になってしまうだなんて、とても信じられません…。
そういえば廃止の告知とかも見掛けなかったし、沿線に廃止前特有の寂しさをあまり感じなかったのも印象的でした。
※プライバシー保護の為、画像の一部を加工しています、ご了承くださいm(_ _)m


満員だった車内も、途中駅で徐々に減り、落ち着いてきた頃…南島原で前にキハ2006を増結
本来はキハ2500の単行で、ここでキハ2000の2連に車交するスジですから、これで普段どおり…ということは分かっちゃいるけど、オィオィ今頃かよ!ってツッコミを入れたくなりますね(^-^;


車庫を覗いてみると「島鉄ハッピートレイン」用のトロッコ車両が見えました。
トラ701、702と言うそうで、現在は北九州市の門司港レトロ観光線で活躍しています。


車庫の片隅には「救援車」とスプレーで殴り書きしてある怪しげな黒貨車が。
これらも今は解体されてしまい、現存しないようです。


さて、まだ少し時間が余っているので、もう一度南目線に入って瀬野深江駅まで行ってみました。
島鉄の無人駅は、どこもトタン張りの待合室で、似たような造りをしていますね。


この辺りは雲仙普賢岳を間近で見ることが出来るのですが、今日は残念ながら天気が悪くて影もカタチも見えません…orz
仕方がないので駅撮りです。


次の列車で島原に戻り、名物の「六兵衛」なる”さつまいも”で出来たうどん(?)を食べて、再び島原駅へ入場すると急行しまばら号が止まっていました。
国鉄型っぽい車両が走っていることもあって、急行と聞くと急行券が必要なイメージですが、あくまでも島鉄は私鉄なので、特別料金は不要です。
当時は上り2本、下り1本のみの運転でしたが、久しぶりに島鉄の時刻表を見てみたら大幅に増発されていてビックリしました!


今度は入換えを見に、またまた昨日と同じ時間に南島原へ。
今日はキハ2006が3番線に止まっていました。


昨日はキハ2003+キハ2008の2連だった18:40発諫早行きですが、今日は土曜日ダイヤなのでキハ2016(国鉄一般色)の単行でした。


洗車台に停まるキハ2008、これも昨日には見られなかった動きですね。
増結が無い分、今日はココで停泊でしょうか。


そうそう、今朝、南島原駅に荷物を預けたので忘れずに回収せねば。
南島原では、コインロッカーの代わりに一時預かりサービスがあって、荷物と引き換えにこんな切符が発行されました。
荷物は駅の事務室に入って持っていく…というのも、なんとも長閑です。
でもって、ちゃっかり事務室内ではグッズが売られていたので、思わずお買い上げ(笑)


キハ2016の車内。
島鉄のキハ2000は横引きカーテンなのと…超年代物なトイレが付いていることが特徴ですw
水島や湊線に現存する仲間は、いずれも運用距離が短いのでトイレは撤去されているんですよね。
上段が内側に開くトイレ窓も、恐らく稼働車では島鉄のクルマが最後だったのではないでしょうか。


1時間ほどキハ2016に揺られて、諫早へ。
この日は諫早市内のホテルでマルヨしました(写真は停車時間があった本諫早で撮影)


翌朝12月30日は、始発列車から撮影開始!
まずは諫早6:45発、キハ2016の加津佐行き(南島原で車両交換)です。
まだまだ夜が明けていないので、駅近くの駐車場から停車中を狙いますが…これがヤバいほど寒いんです!!
小雨が降っているだけなら未だしも、この日は強い風が吹き荒れていて、早朝の眠気も一瞬で吹き飛びました(汗;


続いて諫早7:22発はキハ2006でした。
このキハ2000たちは本諫早の留置線に停泊していたようで、2本とも本諫早始発、たった一駅だけ営業して諫早へやって来ました。
本諫早~諫早の区間列車は、今のダイヤでも設定されている…どころか当時よりも増えていて、ざっと1日に10本以上運転されています。
本諫早の方が街の中心なので、この1区間を利用するお客さんも多いのかもしれません。

この後は、諫早からJRに乗って長崎へと向かいました。

※この記事は、2007年12月28~30日に島原鉄道を訪ねたときの内容より、大幅に加筆し、再構成したものです。

九州・沖縄地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/12/20(金) 23:55 ]

豪華すぎる常総線100周年記念ツアー
非電化私鉄ネタが続いていますが、今回もキハの話題を。
昨日、関東鉄道常総線で「100周年記念乗車会&撮影会」が行われました。
車両や詳しいダイヤは当日のお楽しみでしたが、ポスターの写真はキハ101号、募集人数から単行ではないようで、しかも2年前の9月に走った3両編成の団臨と集合、解散時間がそっくり…
いつもサプライズを仕込んでくる関鉄さんですから、今回も何かある!と踏んで、まずは取手の切り通しへ。
すると、



キハ314+313+101!!

もうこれだから関鉄さん大好きですwww
「特急しもだて」のシールもまた渋くて、ツートンカラーと絶妙にマッチしていますね。

いやぁ…実は常磐線が架線トラブルで遅れていて、乗っていた快速取手行きが我孫子で打ち切りに、15分ほど待ち惚けを喰らって、ここへ辿り着いたのはかなりギリギリだったこともあり、無事に撮れて喜びもひとしおです。


折り返しはド逆光になるのでパスして、後続の普通列車に乗車。
すると100周年記念マーク付きのキハ5000で、水海道では団臨に追いついて並びました!
これまた狙って入れてますよね(笑)


団臨は10分ほど停車して、下館へ向けて出発しました。


天気が良かったので、毎度お世話になっている水海道駅の自転車を借りて、中妻バイパスの俯瞰へ。
列車も筑波山も”バッチリ”ですが、残念ながら草がバッチリではありません(笑)
最寄りの農協で買いましょう。


これはキハ102による定期列車。
以前はキハ101と数日交代で水海道~下館間を毎日1往復していましたが、久々に公式ページを覗いてみたら、キハ102のみ水、木、土、日曜日運行になったんですね。
101はどうした…(汗;



少し気分を変えて、望遠に切り替えてみました。
あの遠くに見える大きなお城、妙に新しい感じなので前々から巨大なラ○ホか何かかと思っていたのですが(笑)ググってみたところ「豊田城」という地域交流センターなのだそうです。
平成4年完成、地上7階建てで展望室付きという、これはこれでアレな感じのお城ですw


そしてメイン。
ヘッドマークが「急行つくばね」に変わり、偶然にも筑波山とのコラボに!
気動車らしい凸凹な編成美も堪りません。



水海道車庫の様子も見に行ってみました。
100周年記念マーク付きのキハ102をドアップで一枚。


暫くすると、何やらナゾの入換えが始まりました。



あれれ?いつの間にかキハ101のサボが「快速 守谷-水海道」になっていますよ。 
ま、まさか…


なんとなんと!車庫からの帰宅列車としてキハ101+102の2連を抜擢!!


しかもサボが示すとおり、水海道で折り返し守谷まで快速運転するというオマケ付き!!!
相変わらず、とんでもない隠し玉を投下してきますなぁw

さらに守谷からの入庫回送もありましたが、このあと都内某所で忘年会という不要不急のイベントがあるので、ここいらで退散しました(^-^;
関東鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/12/15(日) 11:08 ]

【再構成版】キハ2000形が走っていた頃の島鉄 #1
湊線キハ2005の島鉄風リバイバル!にあやかって、今回は2007年12月28~30日に島原鉄道を訪ねたときの記事より、内容を大幅に加筆、再構成してアップしたいと思います。
当時は南目線廃止の3ヶ月前で、普段は北目線のラッシュ時のみ運用に入っているキハ2000形たちが、年末三日間限定で、南目線の加津佐まで特別運転していました。


2007年12月28日。
午前中は、くろがね線や西鉄を撮影していたので、大牟田から島鉄フェリーで島原入りしました。


島原外港駅。
今の終着駅ですが、写真の駅舎は2010年に焼失してしまい現存しません…。


この日の宿は外港駅のすぐ近くでしたが、キハ2000が入庫するところを撮りたかったので、1区間だけ乗って南島原へ。
すると、ちょうど今乗って来たキハ2500の前へ、諫早からキハ2000の2連が到着して縦列停車に!
接続を受けたキハ2500は、折り返し南島原18:14発の加津佐行きになります。


2両編成のうち加津佐方のキハ2016(国鉄一般色)を先に切り離し3番線へ。
続いて、諫早方のキハ2018(新島鉄色)が車庫へと移動中…。


入庫したキハ2018。
そのすぐ隣では、出庫準備をしているキハ2003(旧島鉄色)+キハ2008(首都圏色)が!


暫らくすると動き出し、18:40発の諫早行きとして出庫してきました。
キハ2000形は、国鉄キハ20を真似た自社発注車と、国鉄から渡ってきた純粋なキハ20が混在していて、このキハ2003は現存する唯一の自社発注車です。
見た目は殆ど変わりませんが、さりげなく車番が切り抜き文字で少し豪華になっているのが、オリジナルの証だったりしますw


翌朝、まずは島原外港駅で島原半島遊湯券(島鉄の一日乗車券、3000円也)を買って、南島原~島鉄本社前の撮影ポイントへ。
この時間帯は、普段からキハ2000で運転されている列車が2本あります。
1本目、南島原8:04着の105レは、前日の夜に南島原で撮影した編成と同じキハ2003+キハ2008でした。


105レは加津佐行ですが、南島原で車両交換をするので入れ替えシーンも見ることができます。


続いて2本目、南島原839着の107レ。
国鉄色の単行だと、なんだかJRのローカル線で撮影しているような感じがしますね(^-^)


同じく入換え。
ここは島原らしい港町の雰囲気と絡めて撮れるので絵になりますし、振り返れば南島原駅構内と車庫も一望できて一度で二度美味しい撮影ポイントですね。


さて、いよいよ本日のメインイベント!キハ2000形の加津佐行きです。
ホームページの告知どおり、今日の第1便は3本ヒゲの入ったキハ2006号島鉄旧塗装でした。


途中の原城では交換待ちで数分停車。


有馬吉川で下車、駅からすぐ近くの場所からキハ2006の折り返しを撮影!
普段はキハ2000は定期列車で入線しない南目線ですが…うーん、似合いますね。
私が普段の南目線を知らないというコトもあるかもしれませんが、沿線には同業者も疎らで、これが年末限定の特別運転だということを忘れてしまうほど違和感ナシ。
実に長閑です…


でも、唯一違うのはドアです。
なんとキハ2000のドアは手動(!)なんですねwww

お客さんも事情を知らず、車掌さんが「あぁ、これ手動なんですよ~」と開けに行く…なんて光景が見られました(笑)

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九州・沖縄地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/12/13(金) 22:41 ]

十”車”十色!FラインのPCCカー

アメリカ全土から海外まで各都市の路面電車を購入、レストアして走らせている、サンフランシスコ市交通局(MUNI)のFライン
その数は稼働車だけでも総勢40両以上、その殆どが1両ごとにデザインが違い、しかも年代物で貴重なクルマばかり!という夢のような路線です。
かれこれFラインの撮影は3回目なのですが、走っている車両は多いときでも一度に20台程度、時期によっては全く運用に入らないクルマも居るので、何度訪ねても楽しめますw


と言うワケで、まずはサンフランシスコ一の繁華街、マーケットと5thの交差点あたりで電車を待っていると、デトロイト色をした1079号がやってきました。
ここは広島の紙屋町交差点みたいなところで、電車とバスが引っ切り無しに走っているのですが、凄いのはFラインの安全島がバスと共用になっていること。
しかもトロリーバスまでも平気で乗り入れて来ちゃうんですよ!
よく架線がごっちゃにならないもんだ…と、いつも感心してしまいます。


反対方向から、鮮やかな黄色が眩しいシンシナティ(Cincinnati)色の1057号が到着。
コイツに乗って、前回乗り残していたカストロ(Castro)のループ線へ。


ぐるっと一周して16thへ戻ると、今度はシカゴ(Chicago)色の1058号がループ線へ右折して来ました。


続いてコイトタワーに登って俯瞰撮り。
あのオレンジ色をした車両はイタリアのミラノ市電ですね。

ミラノ市電も結構な数が活躍していて、製造時のオリジナル塗装2両、1930~70年代の旧塗装3両、そしてオレンジ色の新塗装5両で合計10両居るのですが、この日はPCC率が高く、走っていたのは写真の1両だけでした。



これは地元サンフランシスコの1960年代塗装を纏った1051号です。
サンフランシスコ色は年代別に4種類あります。


定番観光地、フィッシャーマンズワーフ前を行くフィラデルフィア色の1055号。


フィラデルフィア・サバーバン(Philadelphia Suburban)色の1007号。
このクルマはバス窓ではないですが、それは「サンフランシスコ生まれ」だからです!?

実はFラインのPCCカーたち、大きく分けてサンフランシスコ生え抜きグループと、1992年にフィラデルフィアのSEPTAからやって来たグループ、そして2002年にニュージャージー・トランジット(New Jersey Transit)からやって来たグループの3種類あり、それらが各都市”風”の塗装を身に纏っているんです。
この1007号の場合、生まれも育ちもサンフランシスコなのに、フィラデルフィアの”コスプレ”をしているということになりますw
秩父鉄道1000系が元々総武線や武蔵野線で活躍していたのに、一度も走ったことのない関西線色に塗られていたのと同じですね。


ちょうど夕ラッシュだからか、詰まりまくっていましたwww
前から順に、お隣の国カナダはトロント色の1074号と、クリーヴランド(Cleveland)色の1075号、そして一番後ろは…


ウェスタン鉄道博物館でも見かけた、オーストラリアのメルボルンからやって来たW2形(496号)
これはゼヒ乗ってみたい!と思ったら、残念ながら回送車でした…orz


最後にMUNI直営のお土産屋さんへ寄る為、エンバカデロ(Embarcadero)へ。
右手の遠くに見える円筒形の塔が、さっき登ったコイト・タワーです。


ミラノ市電が戻って来ました。
コイツは路面電車らしい軽快な吊り掛け音がしますが、ここに居ると充分やかましく感じます。
まわりのPCCたちが静か過ぎるのです(笑)


バーミングハム電鉄(Birmingham Electric)色の1077号(手前)と、ボストン高架鉄道(Boston Elevated Railway)色の1059号。
エンバカデロにもループ線があり、PCCカーの溜り場になっています。


さて、そろそろマーケットへ戻ろうかと電車を待っていると、今日何度か見かけた”バス窓じゃないPCCカー”がやって来ました。
ところが、方向幕には「SHUTTLE(シャトル)」系統の「FERRIES(フェリーズ)」行きと書かれていて、運転手さん曰くマーケットには行かないとのこと!?
電停で待っていた他のお客さんも、誰一人乗ろうとはせず…。
Fラインはフィッシャーマンズワーフ~カストロの通し運転が基本で、他に出入庫の関係でバルボア・パーク(Balboa Park)発着があるのですが、このシャトルは臨時便でしょうか。
この日は土曜でしたし、もしかすると週末など多客時には、エンバカデロ以北で区間便を出しているのかもしれません。


次の便を待つと、すぐにロサンゼルス交通局(Los Angeles Transit Lines)色の1080号が到着しましたが、これが激混みで…orz


運転席真横で超かぶりつき
ケーブルカーじゃあるまいし、こんな混んだ電車に遭遇したのは初めてでしたが、ここに立つことは普段ないので、ある意味新鮮な眺め。
これはこれで面白いですねw
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[ 2013/12/11(水) 22:16 ]

東京から100kmちょっとの”島原”へ


6年ぶりに島原鉄道へ行ってきました!

…はい、窓が北国仕様だからバレバレですね(笑)

撮影場所はひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅でしたw
今年9月7日から”ヒゲが生えた”キハ2005号、10月27日の湊線100周年記念祭で走る予定だったようですが、台風でイベント自体がおじゃんに…
いつヒゲが消えるかもワカランし、早めに行かなきゃなぁと思っていた矢先、12月7、8、21日の3日間、代替イベントとして撮影会が行われることになったのでした。


撮影会と言っても「南島原」のサボが付いただけの質素なもの。
順光になる午前中にさくっと頂きました。


こんな風に切り取ってやると、まるで南島原の車庫に居るかのよう!?


でもミキと並んで現実(というか茨城)に戻りますwww


キハ205(100周年マーク付き)+キハ2004。
キハ205は、旧型キハのなかでも稼働率の高いクルマですが、かなり色褪せた気が…。


一方キハ2004は検査明けなのかピッカピカ!


さてキハ2005は動きませんでしたが、なんと今日はキハ222が運用入り!
コイツが単行で走っている姿を見たのは、今回が初めてなんじゃないかと思います。
なかなかイベントなどで2~3連をやる日でないと出て来ないクルマなので、単行は結構レアですよ。

ちなみに今月は「100周年記念月間」として、毎週末は旧型キハのいずれかが運用に入ることになっていて、ウェブで車種を確認できます。



一旦、殿山の陸橋まで行ってみたのですが、この季節は影が伸びていて全然ダメ。
結局キハ222に乗って、いつもの中根へ移動しました。
車内に入ると、ふっと香る油を引いた木の匂いが堪りません!!
”北国組”の魅力は、何と言ってもこの匂いです。


定番の築堤。
震災で一度崩れてしまったので、復旧直後の頃はまるで新線のようでしたが、だいぶ落ち着きましたね。


あれ、だんだん雲行きが怪しくなってきたぞ…


キハ222が戻って来る頃にはドン曇りに(汗;
シャッタースピードが稼げないので、紅葉をバックに軽く流してみました。

これを撮った後、いよいよ小雨まで降って来て…。
ずっとキハ222が行ったり来たりするだけなら、これにて退散!でもよかったのですが、このあと15時台に那珂湊~勝田を1往復する便(知らないうちに土休日ダイヤにも区間列車が走るようになっていました(^-^;)がキハ2004の予定なので、もう少し粘ります。



暫くすると少しだけ天気が回復。
雨も上がったので、近くの丘から俯瞰してみました。


返しは金上で撮影~。
金上では2010年9月から交換設備が復活しましたが、土休日ダイヤでは使っていなかった(と思う)ので、交換するところは撮れていなかったんですよね。
対向列車はキハ222のスジですが、残念ながら那珂湊で車交されミキでした。



最後に那珂湊まで乗車、キハ2004の入庫を見届けて〆
日は短いですが、夕暮は今の季節が一番綺麗ですね。


***



おまけ。
帰りは利根川橋梁の架け替え工事の関係で、常磐線の取手~我孫子間が運休になっていました。
常磐線の取手行きはたくさん走っていますが、中電なのがミソです。


取手駅では構内にも切り替え箇所があり、間近で見物できました!
並行する緩行線は、普段なら朝晩に15往復しか走っていない区間なんですが、工事期間中だけは快速線の振替の為に大増発していましたよ(笑)


もう一つおまけ。
我孫子で快速へ乗り換えずに、そのまま緩行線に乗り続けて馬橋で下車。
今月6日から走り始めた流鉄なの花号を、バルブで初物食いしてみました。
ヘッドマークにも書かれていましたが、これで流鉄は5000形(元西武N101系)1形式に統一されたことになりますね。
湊線 | トラックバック:0 | コメント:2
[ 2013/12/08(日) 22:12 ]

フジサン特急がPEA色に! #2
#1の続きです。


リバイバルカラーは「富士急電車まつり2013」に合わせてお披露目されました。
イベント自体は沿線3ヶ所で開催され、その一つとして下吉田会場では”ブルートレイン体験乗車”なるものが行われていたのですが…まさかのモーターカー牽引でしたwww



二つ目の会場は河口湖駅。
実は三条、紆余曲折を経て富士急ハイランド~河口湖の一駅間だけ未乗でした(笑)
河口湖駅に降り立ったのも初なので、まずは駅前に保存されているモ1形を見に行ってみました。


本日のメインイベント、PEAカラー撮影会!!!
この塗装は何かに似ているな…と思ったのですが、そうだ、江ノ電のサンライン号にそっくりですね。
軽快な色合いと大胆なデザインですが、今見ると物凄く昭和末期していて、デビュー当時のイケイケな感じが伝わってきます(なんじゃそりゃw)


富士急さん曰く、可能な限りPEA時代に近付けたということで、車番もしっかりクロ165-4に!


ゲストはホリデー快速の皆さん。
さり気なく183系たちも凄いメンバー揃いでして、これまた富士急さんの解説によると「幕張の31編成(あずさ色)は、12月に引退予定なので当社へ乗り入れるのは今日で最後、豊田のM52編成(国鉄色)は当社への乗り入れは初めてで、社線内では最初で最後の顔合わせ」なのだそうです。
帰ってググってみたら、また廃回乗車ツアーをやるんですかJRさんw

この青い183系は、あずさ、かいじ号から撤退することになったとき、わざわざ撮りに行った記憶があるのですが、どっこい長生きしましたね。



そして三つ目の会場は富士山駅。
併設の車庫が一般公開されたので、普段は撮れない場所から一枚。


2000形の部品取り用として残るクモハ169-27。
この少しJR西チックな(?)感じのする塗装が懐かしいですね。
かつて「ホリデー快速ピクニック号」として富士急にも乗り入れていて、大月駅では河口湖行きと甲府行きを分割していました。



電車と綱引きイベントに駆り出されていた京王色。

さて、そろそろPEAが走り始める時間になってきました。


最後は大月まで戻って、


2000形同士の並びを狙ってみました。
PEAカラーは来年2月上旬頃まで走る予定なのですが、一方12月2日~来年2月7日まで2001編成(フジサン柄の方)は検査入場することが告知されているので、この並びは貴重になるかもしれません。



この顔に急行表示はホント似合いますね。
ジョイフルトレインの類に疎い三条は、ぶっちゃけるとPEAカラーに思い入れはなく、10年前に富士急へ譲渡されることになったとき、へぇそんな車両あったんだ…と初めて知ったレベルでしたw
しかし普通列車や波動用として残っていた直流急行型にどっぷりとハマっていた時期があったので、今回は田町区に居た167系のアコモ改造車を彷彿とさせる、こっち側の顔見たさに来たようなもんです。
全盛期を知らない中坊のクセに、当時は毎週末のように走るリバイバル急行を追っかけていましたよwww


165、115、183…色や形は原型と違っていたりもしますが、思えば大月界隈って国鉄型最後の聖地と言っても過言ではないですね。
帰りは183系のホリデー快速富士山号に揺られて、新宿まで戻りました。
甲信越地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/12/01(日) 23:55 ]


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