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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
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三陸縦断 #2 気仙沼線BRT

柳津行きはノンステップバスでした。
BRT開通時に導入されたもので、まだまだ新車の匂いがしています。

ヲタシートも空いていましたが、ここでは気分を変えて最後部から眺めることにしました。
…というか、気仙沼から柳津までの所要時間は約2時間!あり、さすがに狭い一人席に座りっ放しではしんどいです(汗;


大船渡線もそうでしたが、専用道は基本的に一車線(鉄道風に言えば単線w)です。
対向車が近付くとアラームのようなものが鳴って、近くの退避所で上手いこと交換できるようになっています。


盛駅と同じく、ホームや跨線橋もそのままな陸前階上駅。
どうしても被害の大きかった土地しか報道されないワケですが、実際には津波に流されたところと、そうでないところ、本当にちょっとの標高差や地形の違いで全く風景が違っていることが印象に残りました。
そして被害の少なかった地域では、当たり前ですが普段通りの生活が営まれています。
そんな日常の足を支えているBRT。
三条的には、できれば鉄道で復旧して欲しいなぁというのが本音なのですが(そりゃあテツですから(^-^;)、高台へ移転した地区など既存の鉄道ルートではカバーしきれない地域もあり、鉄道時代よりも本数が多くて、ほぼ定刻通りにやってくるBRTも必要だと感じますね。


気仙沼線には専用道のトンネルもあります。
訪ねた当時、大船渡線は盛~大船渡の1区間と小友駅付近の3.2kmだけが専用道だったので、「なんだ路線バスと殆ど一緒じゃん…」と思ったのですが、気仙沼線では気仙沼~不動の沢、陸前階上、本吉付近など計11.6kmが専用道になっていました。
さらに今月5日には、その倍近くの距離が延伸されて、計21.7km(不通区間55.3kmの約4割)にまで拡大したそうです。


途切れた橋梁。
橋を渡り終えたところに陸前小泉駅があったそうなのですが、盛土ごと流されてしまったのか跡形もありません。


陸前湊~歌津間は、長いトンネルの部分だけ専用道になっていました。
トンネルを出てすぐ歌津駅構内へ入る手前で一般道へ出るのですが、これがいかにも急ごしらえで造ったという感じのデコボコ道で、狭い下り坂をそろそろっと最徐行で下りて来ました。

高台にあった歌津駅は、駅舎もホームも残っています。


歌津の次は清水浜駅。
こちらも駅舎とホームは見えますが、すぐ手前の盛土は崩れてしまい、コンクリートの枠だけが取り残された異様な光景が続いています…。

ここから少し鉄道ルートから外れて、高台へ移転した南三陸町の仮庁舎などが入っているベイサイドアリーナを経由、山を下りると町の中心部だったところへ出ます。


町の入口に、ぽっかりと口を開けたトンネルが…あの姿かたちは、紛れも無く気仙沼線のもの!
真新しい砂利は専用道化の為に敷かれていたようで、ここも今月5日のダイヤ改正より専用道として再スタート、現在ベイサイドアリーナを経由しない便は、このトンネルを利用しているようです。


町の中心部。
赤錆びた鉄骨だけの建物は、最後まで町民に避難を呼びかけ、殉職した女性職員の話で有名になった「南三陸町防災対策庁舎」です。
ここも保存が検討されていたものの、”小さな町には負担が大きすぎる”と、今年度内の解体が決まってしまいました。



南三陸町では中心部の標高が低い地区に、高台移転で削った山の土砂を利用して数メートル嵩上げする(!)計画があるそうです。
それだからと割り切っているのか、道も最低限の整備しかされていなかったりしてガタガタな箇所が。
そんな状態でもバスはお構いなしに、結構なスピードで突き進んで行きます。


陸前戸倉から内陸へ。
ここから景色が一変、長閑な田園地帯が広がってくると終点の柳津に到着です。

ふぅ…長かった(汗;


ここからやっと”鉄道”のお出まし。
今も気仙沼から前谷地までは同じ路線と言う扱いで、あくまでもBRTは仮復旧なのですが、これがとても同じ路線とは思えないほど接続が悪く、BRTは柳津10:53着、前谷地行きは11:33発、こんな辺鄙な駅で40分も待ち惚けを食らってしまいました…。
しかも時刻表には「BRTが遅延しても列車は待ちませんよ」と但し書き付き。
これならいっそDMVにでもして、小牛田まで乗り入れちゃえ!と思ってしまいます(妄想失礼w)

折り返しのキハ110が早めに来たので、なんとなく路線バスでは気まずくて手を付けていなかった、おにぎりを車内で食べながら待ち時間を過ごしました。



JR東が急ピッチで進めているBRT化。
ここから先、果たしてレールに光が戻る日が来るのでしょうか。
戻ってきて欲しいなぁ…。

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JR東日本 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/09/30(月) 23:18 ]

三陸縦断 #1 大船渡線BRT
すっかり間があいてしまいましたが、砂漠の国からの贈り物の続きです(2013年5月24日撮影)


鉄道としては孤立してしまった大船渡ですが、BRTという乗り物が町をつないでいます。
これに乗って三陸の海岸沿いを縦断、仙台まで行ってみることにしました。


BRTは鉄道ほど時刻に正確ではないので、リアルタイムの運行情報を流して弱点をカバー。
途中の道路事情もあって、こんな風に複数の系統に分かれています。
今回は速達便では無く、より鉄道のルートに近い、盛7:05発(※)小友経由の気仙沼行きに乗ることにしました。
※上の写真2枚は前日に撮ったものなので、時刻の写り込みとかは無視しちゃってください(^-^;



盛駅はJR線のホームだった場所を、そっくりそのままバスのりばに。
跨線橋やホキとのギャップがwww


年式の古めな、いすゞキュービックがやってきました!
三鉄がクウェートならば、このバスは川崎市からの贈り物。
うちの近所の井田営業所からやって来たそうで、もしかしたら川崎で同じクルマに乗っていたかもしれないと思うと、親近感が湧いてきます(笑)


いわゆるヲタシートをゲット。
車内へ一歩踏み入れると、そこは川崎市バスの世界が広がっています(座席の柄とかそのまんまw)が、車窓へ目をやるとバスに対して踏切があったりして、あぁやっぱりここはBRTなんだなと…。


しかし立派な専用道も、一つ先の大船渡駅まで。
専用のバス停を出発すると、すぐに右折して一般道へ出ます。


ホームや標識がそのまま残っている下船渡駅。
この辺りは、これから専用道に整備されるのでしょうか。


キュービック同士のすれ違い。
あちらも年式の古そうなクルマなので、どこからかの譲渡車かもしれません(親玉の国際興業?)

BRTは被災した海側を経由せず、狭い山道をガタガタと抜けて陸前高田へ。


仮設の庁舎や商店が並ぶ陸前高田バス停を出て暫くすると、眼下に広い更地が見えてきました。
2年前のあの日まで市街地だった場所です。
空き地は草に覆われてしまい、残っていた建物も解体が進んでいるので、ここに街があったと言われても何だかピンと来ません…。


そんななか遠目にも目立つ建物が、保存されることが決まった気仙中学校。
3階まで窓ガラスが無く、あの高さまで津波が来たのかと、ただただ驚くばかり…。


気仙沼市内に入ると、コンクリートの基礎だけが残っている場所も。
確かに、ここには街があったのです。


鹿折唐桑駅のすぐ前に鎮座する「第18共徳丸」
ニュースで何度も見た漁船ですが、こんな駅前だったとは!
ここから海は遠く、これだけの距離を流されて来たのかと思うと、実物を前に改めて津波の恐ろしさを感じますね…。

保存か?解体か?で意見が割れていたそうですが、最終的に解体が決まり、今月9日より撤去作業が始まってしまいました。
震災の教訓としてホンモノに勝るものは無いですから、これは残念でなりません。


盛から1時間ちょっとで気仙沼に到着。
所要時間は震災前の時刻表を見ると鉄道時代とほぼ同じ(!)なようで、陸前高田からショートカットしているとは言え、かなり頑張って走っていると思います。

このあと柳津行きまで30分以上待ち時間があるのですが、その前に鉄道で復旧している一関行きと接続するそうなので、線路沿いへ出て撮影出来そうな場所を探すと…



近くに跨線橋を発見!
気仙沼は、大船渡線と気仙沼線が分岐するターミナル駅でしたが、現在この駅へ乗り入れる”鉄道”は一関方面のみ。
広い構内は今もガランとしたままです。

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JR東日本 | トラックバック:0 | コメント:3
[ 2013/09/22(日) 23:23 ]

長津田界隈近況 13年9月21日版

今日は某醤油電鉄へ行こうかと思っていたのですが、お目当てのクルマにはヘッドマークが付いてしまうらしく、できればマーク無しで撮りたい、そして何よりも午前中は家でだらだらしていたい気分だったのでw
午後から買物ついでに恩田の様子を見に行って来ました。



いましたよー秩父の問題児(笑)7900系の第2編成!
第1編成のときは、屋外へ出て来ると数日でトレーラーへと載せられ陸送されたのですが、今回は先週から目撃情報が挙がり続けていたので、まだ同じ場所に居るだろうと踏んでいたら案の定ですね。
もしかすると、本当はすぐに陸送する予定だったところ、熊谷では今月16日に大規模な竜巻が発生していて、特に被害の大きかった地域に車庫のある広瀬付近が含まれていることから、新車搬入どころではなくなったのかもしれません。


どっちも2両編成で可愛らしいですねw
こどもの国線を通勤化したとき、一歩間違えばこんな改造車が用意されたかも…??(そんなケチではないか…(^-^;)



一方、旧デヤは相変わらず。
ここへ来たのは去年の夏でしたから、遂に季節が一周してしまいましたw


その後ろには、最後までスカートが付いていなかった1005編成と、今年6月に離脱した大井町線8691編成の姿も。
8090系の2編成にはマークが付きましたが、8590系は田園都市線に、それも原型の赤帯で残っているので、大井町線では特にこれといった装飾も無く、ひっそりと消えてしまいました。




在りし日の8691編成。
8693編成が離脱した今年2月以降、大井町線の8590系は、この1編成が孤軍奮闘していました。



天気が良かったので、ついでにY000も。

ここは、長津田駅前に出来たタワーマンションが目立つようになりましたね。
でも手前に広がる田園風景は変わらず、まさに”田園”と”都市”のコラボレーションですwww

東急 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/09/21(土) 21:19 ]

のと鉄道の痛いディーゼルカーに乗る
キハ2005の次は単行ディーゼルカー繋がり…と言うとちょっと苦しいところですが、先月のと鉄道へ行ってきたのでアップしたいと思います。


今回はテツではない友人らと、とりあえず温泉旅行!とだけ決めて、行ったことのない場所を挙げていったら和倉温泉になった次第。
というワケで七尾駅からスタートです。


赤くなった七尾線。
JR西の一色塗りシリーズでは、コイツが一番まともな気がしますね。
緑の117とか化けもんですから…(汗;


でもって、こちらがのと鉄道ですが…何か物凄く派手www

「花咲くいろは」というアニメのラッピング車両です。
計画を立てていた時から、ここがいわゆる”聖地”だよという話題になって、どんな物語なんだろうと友人らと予習(笑)したんですが、これがただの萌アニメと侮るなかれ、普通にドラマしてて面白かったですよw
主人公が旅館の仲居さんをやることから始まるストーリーは、上手いこと温泉街という地域の特性を生かしていますし、のと鉄道の駅や車両も登場します(これがまたリアルなんです!)


車内もキャラ物一色で…。
極めつけはアナウンスまでキャラクターが喋るようになっていて、駅名を言う前に寸劇が入ったりと、もうやりたい放題www
これ、大勢のお客さんが乗る都会では絶対にできないでしょうから、ここまでやれてしまうのもローカル線ならでは、ですね。


七尾から隣駅の和倉温泉まではJRと共用区間。
同じ線路を特急サンダーバードが走るので、この1駅間だけ電化されています。


田鶴浜で標準塗装のNT200形と交換。


40分ほどで終点の穴水に到着~。
この駅は、かつて輪島、蛸島へと分岐する一大ターミナル駅だったのですが、いずれも廃止に…。
今では行き止まりの終着駅になってしまいました。
谷汲、本揖斐方面が無くなった一時期の名鉄黒野のようですね。



そんなワケで、構内は2面4線もあってムダに広いのですが、実際に使われているのは1番のりば1本のみ。
0番のりばには、引退したNT100形、NT800形が保存されています。


輪島出身の漫画家、永井豪にちなんで「デビルマン」や「マジンガーZ」が描かれたラッピング車両も!



併設された車庫には、もう1両、デザインの違う「いろは」ラッピング車両が眠っていました。

現在のと鉄道に在籍するクルマはNT200形7両のみ。
そのうち「デビルマン」と、「いろは」が2種類ありますから、実に3/7両がキャラ物のラッピングをしていることになります。


帰りは、湯乃鷺という駅で途中下車してみました。
年季の入った駅名標が出迎えてくれますが、この駅は時刻表をめくっても絶対に載っていません。
それもそのはず、これは「いろは」の作中で登場する架空の駅名だからです(^-^;
モデルとなった西岸駅には、なんと駅名標まで用意されているのですが、これまたウェザリングまで施してあるこだわりっぷり!


最後に駅名標ネタでもう一つ。
和倉温泉で泊った宿に、和倉駅の駅名標が飾ってありました。
かつて和倉温泉駅は”和倉”駅と名乗っていたので、これは実在の駅ですよw
何故ここにあるのかは旅館の方に伺ってみても分からず仕舞いでしたが、改称したのは昭和55年だそうで、それ以前のものということになりますね。
北陸地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:4
[ 2013/09/15(日) 22:52 ]

キハ2005に”ヒゲ”が生えた!?


「キハ2005が島原鉄道風に」
http://www.hitachinaka-rail.co.jp/journal/2013/09/08/%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E9%89%84%E9%81%93%E9%A2%A8%E3%82%AD%E3%83%8F2005/

…といっても島鉄のキハ2000形は、既に南目線とともに過去帳入り。
では一体全体ドコの話かと言えば、九州から遠く離れた茨城はひたちなか海浜鉄道のキハ2005でした!
勿体ぶらんでも、リンク先のアドレスでネタバレしていますねw


2009年12月から国鉄急行風の塗装を纏っていた湊線キハ2005。
公式ブログによると、今月7日に貸切利用された団体さんがヒゲを付けてみたところ、これが妙にしっくり来てしまったのか、海浜鉄道さんの粋な計らいで、何と暫くそのままにしておくことになったそうです!\バンザーイ/
南目線の廃止前に一度訪ねたとき、あのヒゲはカッコイイな…と思っていたのですが、まさか湊線で復活するとは嬉しいですね。
もともと一日限りの装飾だったので、あまり長持ちはしないかもしれません。
剥がれてしまう前に!早いとこ湊線へ行きたいと(公式ページの「週末列車」を見ながら)ウズウズしていますw

ちなみに今回のカテゴリー分け、かなり迷ったのですが…エントリーの少ない九州カテゴリーを活性化しようキャンペーンの一環として、勝手ながら「地方私鉄(九州)」としました(笑)
思えば九州へは2007年12月以来、一度も訪ねていないですからねぇー…。
九州・沖縄地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:2
[ 2013/09/13(金) 23:32 ]

3代目「なの花」(?)流鉄へ
流鉄5000形もいよいよ5本目!
本日、黄色に黄緑の帯を巻いた3代目「なの花」になると思われる編成が、小手指→流山まで甲種輸送されました。



ところが今日は厄日だったのか馬橋まで散々たる結果で、電機は私の凡ミス、ディーゼルは早発で撮り逃し、見事に二発とも撃沈してしまいましたorz
前者はデジタルの力を使って、ブログ用サイズなら何とか誤魔化せる程度までレタッチできましたが、後者の方は30分近い早発(!)で、馬橋支線へ向かっている途中で無情にも目の前を通過してしまいましたから、こればかりは最新のデジタル技術を以てしてもどうにもなりませんorzorz
前回、前々回は某〇ヤ情どおりだったので今回も、と思いきや甘かったです…(汗;

ま、カマは両方とも更新色だったし、メインは社線内の5000形重連だから痛くも痒くもないですけどね!と負け惜しみを言ってみる。



気を取り直して…本命を撮る為に小金城趾へ。
今日の流鉄は「あかぎ」号と「流馬」号の2本が運用入りしていました。
今年の4月時点で検査を受けていた「流馬」は、まだ足回りも綺麗です。



そして5000形「流星」+「なの花(仮)」!!!

今までの牽引車は必ず2000形「なの花」だったので、5000形で揃った4連は今回が初めて。
流鉄の置き換えも(今度こそw)一段落すると思われることから、これが最初で最後になるかもしれません。


相変わらず女性専用車のシールはそのまま。
もし2連の流鉄でやったら大ブーイングだろうなと(^-^;



でもって…とても今更な話なのですが、安中貨物の牽引機がEH500に変わってから一度も撮っていないことを思い出したので、帰りに北小金へ寄り道。
結局、EF510の安中貨物は短命に終わってしまいましたね。
ちょうどタキが新型へ置き換わる時期だったので、それ目当てでそこそこ記録はしていたのですが、当時は「これで81だったら最高なのになぁ」とか思いながら撮ってましたスイマセンw

流鉄 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/09/09(月) 23:08 ]

”本家”の混色編成たち
秩父鉄道で、2日間だけ復活した101系国鉄色の混色6連
さすがに本家の101系は南武支線でしか見たことが無いのですが、103系の混色編成なら記録していたハズ!と思い、フォルダを漁ってみたところ…

ありましたよ!


2010年10月31日に大正で撮影した、オレンジを基本にウグイス色のモハユニットが1組入った編成です。
色もそうですが、更新の内容も見事にばらっばらw
大阪環状線の103系は、どの編成もこんな調子なので興味が尽きません。


さらに遡って2003年12月30日、王寺で遭遇したクハだけスカイブルーなウグイス色編成。

現在、これらの組み合わせは見ることが出来ませんが、ここ最近は奈良線にスカイブルーの4連が1本居るようで、運が良ければ平日朝にスカイブルー+ウグイスの8連が見られますね。


最後は変化球で、播但線の標準色+ラッピング…

これは反則ですか(笑)
JR西日本 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/09/04(水) 00:44 ]

2色6連 #2

毎度イベントでお馴染の「中央線特快もどき」「さよなら国電」ヘッドマーク。
さよなら国電の方は、今日と前回の日付が入っているので、なんとこの撮影会の為だけ(!)に製作されたものと思われます。

三峰口での撮影会はツアー参加者のみ対象でしたが、真正面からの構図にこだわらなければ、沿線撮影組みでも、すぐそばの鉄道公園から撮ることができました。



特別ゲストは西武4000(ただ昼寝してるだけw)
「急行池袋」表示はネタか…と思いきや、このあと帰りに乗ってビックリ、副直開始の影で秩鉄からの快急が急行へ格下げされていたんですね(汗;
秩鉄線内も急行表示なので、急行券の必要な「秩父路号」と2種類走っていることになってしまい、紛らわしいことに…。


返しは混色を強調したかったので、サイド寄りでも撮れる白久のカーブへ。
秩父鉄道の熊谷以西は、なかなか周囲が開けた撮影地って無いんですよね…(有名な親鼻橋梁も6連は収まらないですし)
この立ち位置は午後逆光なのですが、ちょうど曇ってきたこともあって、総勢30人くらい(!?)のテツでごった返していました。


やっぱり6連は長い!!

往復とも先頭に立ったスカイブルー編成は、既に今年10月12日の引退が決まっています。
まさに最期の夏に実現した、奇跡の国鉄色6連なのです!


もう30分ほど待って、ついでにパレオも撮ってみましたが…見事に晴れてド逆光orz

まぁ、これが国鉄色6連の時でなくて良かったなと(^-^;
思えば午前晴れ、午後曇りだった今日の天気運は神がかっていますね。
復路は、どんなに頑張っても順光にはならないので。


まだ西武線直通の快急→急行まで、少し時間が余っていたので…
こんなところへ寄り道してみましたwww
秩父駅から旧秩父セメント第一工場へ伸びていた、引込線の廃線跡です。


大きな地図で見る

ここの特徴は、何と言っても綺麗なデルタ形をしていたことで、グーグルの衛星写真でも跡がハッキリと見て取れます。
ツタの餌食になっている(笑)架線柱があるとおり、電化もされていた立派な引込線だったようです。
その先に繋がっていた第一工場は廃墟ヲタの間でも有名な物件で、ヤードには有蓋貨車も放置されていたそうですが、現在は解体されて更地になっていました…。

ちなみに武州原谷にあるアレが、旧秩父セメント”第二”工場だったりします。


さて、帰りは件の急行池袋行きです。
横瀬で三峰口からの列車を増結するパターンは快急時代と同じですが、


飯能で始発の快速急行 元町・中華街行きと接続して、その快急を先行させるダイヤになりました。
気が付けば同じ4000番台同士ですが、ホント違和感しかありません(^-^;
しかも、この日の接続相手はヒカリエ号!


※白久から廃墟ウォークまでご一緒させて頂いたお二方には、大変お世話になりましたm(_ _)m

秩父鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/09/02(月) 23:41 ]


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