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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
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奥が深いぞ山陽電車 #2

山陽電車と言えば、ゼヒ見ておきたかったのが大塩のドアカットです。
大塩は特急も停まるそこそこ大きな駅で、待避線付きの2面4線、2つのホームと駅舎は構内踏切で繋がっています。
とても萌える配線なのですが、この構内踏切と姫路方にある踏切に挟まれているので、上り明石方面ホーム(1、2番のりば)は6両編成の場合、1両分はみ出してしまいます。


一番外側の4番のりばだけは、明石方へ延伸して強引に6連対応化。
ただ待避線に特急を入線させることになるので、ホント苦肉の策という感じですねw


ドアカット中はこんな感じ。
東急や江ノ電みたく停車中に踏切を支障しているワケではないので、ちょっと頑張れば1両分くらい延伸できそうな雰囲気です。
特急系統の6連化から長らく放置されているところを見ると、それをするほどの費用対効果も無いのでしょうけどね。


ホームからのアングルがなかなか良さげだったので、1本待ってみると…現れたのは、1編成しか居ない5000系の4連!!
つい最近まで5000編成も4連だったんですが、例の事故で6連に組み替えられてしまい、現在は写真の5002編成がボロばかりな普通車のなかで唯一の”当たり車両”となっています。
この顔=特急で梅田まで行くイメージなので、逆に違和感が…(^-^;


今回は、姫路の某廃墟物件(バレバレやがなw)がメインだったので「三宮・姫路1dayチケット」を利用したのですが、これの効力は単に三宮~姫路間だけではなくて、山陽電車と神戸高速線の全線全区間が含まれています。
そこで帰りしなに、未踏だった網干線を乗り潰してみることにしました。


網干線は、姫路の手前にある飾磨から山陽網干までの8.5kmを結んでいます。
もともとは沿線にある工場への通勤輸送がメインだったそうですが、今では姫路のベットタウンとして宅地化も進んでいて、三条が乗った夕方の網干行きも飾磨を出て暫くは座席が埋まっていました。
何だか、関東の京急大師線と性格が似ていますね。
本線への直通列車は無く、全て線内で完結しているところもそっくりです。


しかし驚いたのは、飾磨から夢前川まで立派な高架だということ。
普通車が15分おきに行ったり来たりしているだけの支線ですから、もっとショボい感じのを予想していたのですが(^-^;


飾磨から15分ほどで、終点の山陽網干に到着~。
JRの網干駅からは3kmほど離れていて、特に見どころも無いので、同じ電車に乗ってとんぼ返りしました。


この写真を見て古い!と気が付いた方は、鋭いですね。
2004年12月に山陽姫路で撮影した写真なのですが、注目したいのは5000系の側面に付いているロゴマークでして、2007年ごろまでは路線図をデフォルメしたデザインでした。今のは、何やら猫に引っ掻かれたようなデザ(ry
右が西代、分岐した左上が姫路、そして左が網干。
この図を見ると姫路の方が支線格のように見えますが、実際に飾磨駅の配線も網干方面が直線だったりします。
実は網干線、かつては相生や赤穂、さらに岡山へと延伸させる計画があったとか。
そういえば社名も”山陽”電鉄ですから、西へ西へと進出して、広く山陽地方を征する巨大電鉄会社になるぞ!と意気込んでいたのかもしれませんね。

次回は、同じく姫路から北を目指し、鳥取までを結ぶという壮大な夢を描いた”小さな鉄道”をアップしたいと思います。
お楽しみに~。
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近畿地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/07/31(水) 20:48 ]

奥が深いぞ山陽電車 #1
伊丹線を撮った後は、塚口から阪急神戸線、神戸高速線を抜けて、久しぶりに山陽電鉄へ!
かれこれ4年ほどご無沙汰していた山陽電車、それも朝ラッシュ時の阪神大石で、3連or4連の回送を撮って以来でしたから、実際に乗ったのはもっと久しぶりです。


そこで、まずは東二見で降りて、これまでじっくりと眺める機会が無かった東二見車庫を覗いてみることにしました。


似たような顔ばかりと思われがちな山陽電車ですが、実はどの形式もとてもバリエーション豊か。
3000系の中でも、銀色に細い赤帯を巻いた1次車(写真左側の編成)は3両編成2本しか居ない少数派で、来年50歳を迎える山陽電車最古参の編成です。


車庫といえば、怪しい車両が付き物!
コイツは日本初のアルミカー2000系2012編成で、3両編成1本まるごと(!)保存されています。
鈍く光るアルミ車体に大きな片開き扉が堪らなくカッコイイのですが、公道からでは海側を柵に、山側を資材に囲まれていて、残念ながらちゃんとした写真は撮れず…orz
年に1回の一般公開で展示されることもあるようなので、それを狙うしかないですかねぇ。


倉庫になっている2506号と救援車の1500号。
この救援車は元3000系3550号を改造したものなのですが、2000系からの編入組みという複雑な経歴の持ち主で、元々は手前の倉庫電車や保存車の仲間です。
川崎重工(2000系を製造した当時は川崎車輛)が近いこともあってか、山陽電車は恰好の実験用モルモットと化していて、車体の素材も鋼製からアルミ、ステンレスまで何でもござれ。
それでいて同じ形式だったりするので、とても奥が深いのです。


新型車両5030系…が、何やら気動車みたいな編成を組んで、車庫の最奥へ押し込まれていました。
コイツは、今年2月12日に荒井駅付近で踏切事故に遭った編成のうち、姫路方の先頭車だった5631号です。


2000系保存車のすぐ近くには、中間車5230号の姿も。
この事故で、被害の少なかった中間車の5231、5250号は4連の5000編成に組み込んで6連化、残りの2両は修理中のようで、外からではそれらしきクルマを見つけられませんでした。

それにしても…2編成しか居ない5030系のうちの1本が被害に遭うとは、何と運が悪いのでしょう(汗;


車庫のすぐ近くにある踏切では、カチっと手堅く編成写真が撮れます。

まずは直通特急。
この5106編成もなかなか個性的で、3連→4連→6連と徐々に編成を伸ばしたのですが、それぞれ製造時期によって微妙に仕様が違うので、年輪みたいになっています(笑)


続いて普通車。
3000系では一番良く見かけるな~と感じる、鋼製車グループです。
前面の表示幕ユニットが出っ張っているのは2次車で、


3次車以降になると、生まれた時から表示幕が付いているので埋め込み型になります。

と、いいたいところですが、写真のクルマはリニューアル時に埋め込みタイプへ再改造された2次車でした…。
ややこしい(^-^;
最近はリニューアルも進んでいたりと、とにかくカオスで興味が尽きません。


3000系の最終形態。
再びアルミに戻ったのですが、さすがに約15年のブランクを経ていて、デザインも大きく変わりました。


近畿地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:4
[ 2013/07/27(土) 22:53 ]

伊丹線の回送板を撮る!
遂に箕面線から消滅、伊丹線の2編成を残すのみとなった阪急の板車。
伊丹線用のクルマは4編成あり「板」と「幕」の比率は半々ですが、予備が無く、時々5100系が代走したりしているので、実際の確率はもう少し下がります。
それで平日の日中や土休日ダイヤでは、2編成が行ったり来たりしていますから、時間帯によっては運用中のクルマが全て”幕車”なんて、最悪な状況も充分あり得るワケで…。


はぃ…まさに三条が訪ねた時、その最悪な状況だったんですねorz

しかし、それでもいいんです。
というか、その方がいいんです。

何故なら今回最大の目的は…




この回送を撮ること、だったからです!!!

運用中のクルマが幕車であればあるほど、回送は板車である可能性が高くなります。


伊丹線では、西宮北口への出入庫に伴う回送が何本か設定されていますが、そのうち朝ラッシュが終わると伊丹駅1号線で暫く留置、13時になると突然目を覚まして西北へ向かう運用があります。
撮り易い時間帯で、しかも塚口では無く伊丹から回送というところがポイントです。


そこで撮影チャンスが2回ある塚口へ。
まずは定番のR60カーブを最徐行で通過するところを撮影し、



すぐに隣に移動して、本線側の長~いホームへ滑り込む姿も撮影!
1号線(本線ホーム)へは、一旦梅田方に引き上げてスイッチバック&転線するのですが、これが定期列車の合間を縫っているので、なかなかタイトだったりします。
3号線到着→1号線発車まで、所要時間は5分もかかっていません。


走り去る板車。
たった一区間ですが、本線を回送…いや、快走する姿はカッコイイですね!
阪急 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/07/22(月) 18:50 ]

能勢電”開業”100周年

今年、開業100周年を迎えた能勢電。

…あれ?
数年前にも100周年と言って、マルーンツートンとフルーツ牛乳色が復活しなかったっけ??

2008年は能勢電鉄の前身、能勢電気軌道の会社設立から100年、今年は妙見線の開業から100年なんですねw
それで、また山下以北が面白いことになっています。




1550編成がリバイバルカラーに!!

…って、まーたいつの塗装やねん!とツッコミを入れたくなるほど、ずいぶん古いネタを引っ張り出してきましたねぇwww
100年前の開業当初に走っていた1形という電車が、こんな色を纏っていたそうで。



所詮、新しい電車(?)がコスプレしてるだけだと侮るなかれ!
車体の色を変えてハイ終り…ではなくて、足回りも黒く塗ったり、「ワンマン」表示も黒地の目立たないものに交換されていたりと、あちこちに能勢電さんのこだわりが感じられます。


車内は網棚を取っ払い、何やら能勢の「ゆるキャラ」ギャラリーに(笑)
内装も、木目の色合いが今までよりも濃いものに張り替えられていて、印象が変わりました。


このケバいオレンジ色を見て、妙な懐かしさを感じました。
1形塗装は緑色の面積が大きいだけで、使っている色自体は、かつて1700系がデビューした頃の旧塗装と同じなんですね。

余った塗料で…なんて期待してしまいますが、まぁわざわざ黒歴史を再現することは無いだろうなと。



山下俯瞰で一枚。
しかしこの塗装は緑深い妙見線で、それも俯瞰で撮ってしまうと、まわりの景色に溶け込み過ぎてイマイチ冴えないですねw


でもって2両編成ツインズのもう一方、1560編成もリバイバルカラーに!!

これは、昭和56年まで今は亡き川西能勢口~川西国鉄前間を走っていた50形の塗装です。
今のところ能勢電最後の自社発注車(ただし足回りは阪急の旧型車からの流用品ですがw)で、昔っから阪急のお下がりばかりだったこともあって気合いが入っていたのか、こんなツートンカラーをしていました。
何だか阪神の青胴車みたいですが、まさか能勢電は阪急阪神が一緒になることを当時から予測していたとか!?んなこたーない(^-^;


側面には旧社紋も再現。
これは妙見山を開いた能勢頼次公の家紋「矢筈紋章」に、電気鉄道を表す稲妻を象ったものだそうです。
今のバレリーナみたいな安っぽいロゴよりも、こちらの方が歴史もあって全然カッコいいですね。


山下名物のスイッチバックでは、100周年ヘッドマーク付き4連と並走するシーンも。


コイツも飾り帯の撤去や、ワンマン表示の大型化(もともと1560編成のみ、ワンマン表示が通常よりも小ぶりでした)など、塗装変更とともに変化がありました。

それにしても、このツートンカラーは似合い過ぎだろう!
なぜ、あれだけ試験塗装のバリエーションがあったのに、このデザインを試さなかったのだろうかと。
田園風景に良く似合う、適度な野暮ったさがいいのになぁ(原因はそれだwww)

今度は、妙見線に入ったところを狙いたいですね。


おまけ。
100周年ヘッドマークは4連の一部編成に付いています。
近畿地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2013/07/21(日) 22:25 ]

東急8590系が富山地鉄へ!
去年の暮れに8692編成が、今年の2月に8693編成が大井町線から運用を離脱。
その後、どこかへ譲渡されるような素振りを見せつつ、長らく恩田に留置されていたのですが、ついに今日、長津田を発ちました。
行先は、南砺なんと富山地鉄です!


というワケで、某所から長津田へ向かおうと田園都市線に乗ったところ、やって来たのは8590系で…!!
下車後、ちょっと強引に甲種と絡めて1枚。

東横線の陰に隠れていましたが、3月の改正ではサークルK運用が地味に増えていたりします。
副直が一段落したところで、今度は田都のテコ入れが始まるでしょうから、こちらの記録も今のうちです。


14時半頃、いつもの跨線橋へ辿り着くと、ちょうど8693編成を授受線へ押し込んでいる最中でした。
DEのお迎えが来るのは15時前ですから、今回は随分と遅いパターンですね。


颯爽と定時に現れたDE10国鉄色!
まだY000は授受線に入ったままですよ…!?



DEを待たせつつ、そそくさと撤収…。


さぁ準備万端です。




富山まで2日間の旅が始まりました~。


ハマ線と並走!
205系ももうじき置き換えが始まるし、いい記録になった…なんて悠長なことは、こちら側に居たから言えることで、もしホームで撮影していたら…(^-^;
通常ここで被ることは無いんですが、今回は入換え開始が遅かったので、ハマ線とタイミングが合ってしまったようですね。



地鉄仕様の8590系…。
一体どんな姿をして出てくるのかと思いきや、車番や社紋、大井町線ステッカーが剥がされた程度で、見た目に大きな変化はありません。
これから稲荷町でいじるのでしょうか。


走行シーンは成瀬カーブで撮る予定だったんですが、うだるような暑さに負けて橋本で駅撮りしました…(汗;


***


以下、しょうもないオマケ。


これは以前、8590の譲渡先が判明したときに、某所へアップした完成予想図(理想)ですw
やっぱり地鉄といえば雷鳥カラーだろう!というワケで、ステンレス向けにアレンジしてみたのですが、まぁ今さら旧塗装の雷鳥カラーにすることも無いでしょうから、妄想乙ということで。


転載と思われてもアレなので、念のため元画像も貼っておきましょうwww

思えば地鉄の譲渡組って、レッドアローの塗装はそのままですし、京阪も入線当初は鳩マークを隠しただけだったので、案外8590もグラデ帯のままになるかもしれませんね。

北陸地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:6
[ 2013/07/10(水) 00:34 ]

砂漠の国からの贈り物

岩手開発鉄道の後は、今年4月3日に一部復旧したばかりの三陸鉄道南リアス線へ乗ってみることにしました。


なんだかとっても派手な三鉄盛駅。
駅舎内にも所狭しとキャラクターやグッズ、ポスターが散りばめられていて圧倒されてしまいます(笑)
隣に並んで建っているJRの駅舎がさっぱりしたデザインなので、JRがチェーンのカフェならば、三鉄は地元の喫茶店という感じ。

ちなみに自転車の貸出も、こちらで受付けています。


復旧したのは、盛~吉浜まで21.6kmの区間のみ。
その先は今も寸断されたままで、運賃表も寂しいことに…。


でもって、三条が買った切符は即席往復券www
自転車を返す時に、窓口で吉浜まで往復したい旨伝えると「それじゃあ券売機で盛→吉浜を2枚買ってください」とのことで?
すると、そのうちの1枚に「かえり」のスタンプを押して、往復切符に大変身!


16時15分発吉浜行き。
一部復旧に合わせて導入された新型車両36-700形です。
鮮やかなトリコロールカラーはそのまま受け継いでいますが、車体には何やら見慣れないマークが…



実は、日本から遠く離れた砂漠の国クウェートから石油を無償で頂いたので、それを売ったお金で、この新型車両を買ったんですね。
クウェートは世界有数の石油輸出国、自国の得意分野を活かして復興支援とは、何とも粋なことではありませんか!

南リアス線では現在、震災当日に運用中で奇跡的に被害を受けなかった36-100形1両を合わせた、計4両が活躍しています。


がたごと進むよクウェート号。

車内は盛を発車した時点で、地元の学生さんと旅行者風の方、そして同業者さんで、まずまずの乗車率。
ボックスには必ず1人座っている状態でした。


吉浜の一つ手前、三陸で5分ほど停車。

南リアス線は1編成が行ったり来たりしているだけですから、列車の交換はありません。
終点まであとちょっと!というところで、一体何の為の停車時間かと言うと…



タブレット!!

単線で1列車しか入れない三陸~吉浜間では、暫定的に「指導式」と呼ばれる閉塞方式を使っているようです。
この受け渡しを三陸でやるので、停車時間が長めに設定されているというワケです。


盛から約40分で吉浜に到着!
今はここが終点…といっても、駅名標には既に休止中の隣駅が書いてあったりします。


列車から見た吉浜の街並み。
遠く海の方、標高の低い場所が尽く更地になっていたのでゾッとしたのですが、そこにはもともと住居はありませんでした。
昔々、明治三陸地震の津波で甚大な被害が出た吉浜では、村を再建するときに、少しでも安全な丘の上へと移住させたそうです。
今から100年以上も前の教訓が、吉浜の人々を守ったんですね。


17時9分発で折り返し。
この時間に盛へ行く人も居ないだろう…と思っていたら、地元の方が1人乗って来ました。


ふと山側の車窓へ目をやると、建設が進む復興道路の橋脚が見えました。
狭く複雑に入り組んだリアスの街を結ぶ、希望の橋です。


海に近く、特に被害が大きかったという甫嶺駅付近。
真新しいレールが続いているのを見ると、これはもう復旧ではなく新線と言って良いほど…。

2014年4月、南リアス線は釜石まで全線”開通”する予定です。
北海道・東北地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:2
[ 2013/07/03(水) 22:06 ]


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