> 私鉄屋雑記帳 2013年03月
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

ご意見、ご感想等々、管理人への連絡は下の「メールフォーム」からドウゾ…!!



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日比谷はなれる! #1
東横線が、副都心線と直通を始めてから2週間が経ちましたね。
田園都市のように、時間帯によっては”東武東横線”か、それとも”西武東横線”か!?みたいなことになるんじゃないかと思っていましたが、いざ蓋を開けてみれば、渋谷折り返しがそこそこあったり、西武や東武のクルマは10連しか居ないので、割と東急車も見かけるな…という印象。
まぁ「新宿三丁目」とか「和光市」「飯能」だなんて行先を見ると、毎日乗っていても未だに違和感は拭えないのですが(^-^;


そして行先と言えば北千住行きが無くなったのも大きな変化!


…いや、確かに東横線内での日比谷線直通は地味だったですけど、1000系が居なくなったのは”大きな変化”ですよ(笑)
というワケで今回は”渋谷つながる”に対して”日比谷はなれる”と題して、日比直から撤退した1000系の写真をアップしたいと思いますw



まずは地下鉄線内で。
南行きでは種別幕が黒表示だったので、東横線内とは少し違う表情が見られました。
東急も各停=無表示がデフォなのですが、東横線では特急が出来た頃から、各停も種別表示をするようになりましたね。


南千住で地上へ駆け上がる1000系。
北行きは「日比谷線直通」幕を使っていました。


中目黒で折り返し、地下鉄線内を往復する運用も…。
あまりにも東横線へ直通する便が少ないので、走行距離の調整には苦労したことでしょうw

そういえば、中目黒始発であっても「日比谷線直通」幕なのはナゼ…??


菊名~北千住間を往復するのが基本でしたが、朝晩には珍しい行先もありました。
朝ラッシュの直後に1日1本だけあった、日比谷線からの武蔵小杉行き。


1000系の千住行きと、9000系の武蔵小杉行き。
顔がそっくりな兄弟車ですが、こうやって並ぶと両車の違いが分かりますね。


目黒線の日吉延伸工事が本格化する前は、昼間の日比谷線直通といえば日吉行きでした。
今では目黒線が慌ただしく折り返している中線も当時は1本だけ、しかもダイヤによっては20分近くここに居座っていたりして、のんびりとしていました(笑)


菊名発→元住吉行きという、超短距離の区間列車も走っていました。
入庫のついでにお客さんを乗せていたようなものですが、これに乗ったところで後続の特急に抜かれてしまいますから、車内はガラッガラwww

元住吉駅が高架化されると、客扱いをやめて回送で入庫するようになってしまいました。


昼間は30分に1本、常に各駅停車、東横線のターミナル駅(渋谷とか、横浜とか)へ顔を出さないetc…イマイチ冴えない印象だった1000系ですが、そんな彼にとって一番の晴れ舞台は、2004年GWから行楽シーズンに運転された、みなとみらい線へ直通する臨時列車ではないでしょうか。



北千住から元町・中華街へ直通運転、しかも優等列車!
列車名は「横浜みらい号」から「みなとみらい号」に、種別表示は白地無表示から急行に、駅や車内の停車駅案内もいつの間にか対応するようになり、運転回数を重ねるごとに進化していきました。


2004年には、東横線~日比谷線直通40周年を記念したヘッドマークも取り付けられました。

嗚呼、あと1年で50周年だったのに…。゜。゜(ノД`)゜。゜。



元住吉車庫に集結した1000系たち。
震災直後にも見た、この異様な光景…まさか2年後、同じようなシーンをもう一度目にすることになろうとは。

緩急接続しないわ、横浜まで行かないわ…とにかく中途半端だった日比直ですが、だからこそ空いていて、特にラッシュ時には重宝しました。
遅刻しない程良い時間に日比直のK運用があって、朝は必ず1000系だったんですよ。
9000系にも何度も乗ったけれど、通学に限って言えばコイツの方がお世話になったんじゃないかな、と思います。

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京成赤電、ファイヤーオレンジも引退へ
青電3356編成の引退から1ヶ月、今度は赤電塗装の3324編成ファイヤーオレンジ塗装の3312編成が相次いで運行終了することになりました。
青電のときと同じく、それぞれ運行予定表が公式ページにアップされていますが、赤電最終日の今日はなんと特急として上野→成田間を走る特別ダイヤですよ!!
というワケで、定番ですが千住大橋のカーブへ行ってきましたー。


まずは上野への送り込み回送を。
どう足掻いても逆光になってしまうので、それならばと交番に掲げられた日の丸と絡めてみました。
一人、変な立ち位置でカメラを構えていたのが三条ですw
ちと強引ですが、大勢集まったテツの皆さんがミラーに写っていて、最終日だということも辛うじて分かるかなーと(^-^;


本チャンは定番アングルで。
今回の特急は上野→成田の片道のみ、そのまま宗吾参道へ入庫してしまうので追っかけも効かず、チャンスは一回キリ…しかも危うく被られる寸前!
久しぶりに緊張しましたー(^-^;




一方、今月24日引退予定のファイヤーオレンジは、金町線を行ったり来たり…。
こちらは何度も撮影チャンスがあるんですが、赤電特急から流れてきた皆さんで沿線はどこもテツだらけ(笑)


今年は、早くも浄水場の桜が咲き始めていました。
ここのところ東京は暖かいですからねー。
もう少しすれば見ごろな感じですが、その頃には…。


ついリバイバルカラーにばかり目が行ってしまいますが、他の3300形たちも残り4編成(うち1編成は「こち亀」ラッピング)と、もう風前の灯です。
現状8連6連のクルマは運用数に対して余裕があるそうで、その気になればポンと置き換えられてしまうのでしょう…。
まぁぶっちゃけ2008年から5年間、1編成も廃車が出ていなかったことの方が奇跡ですけども(^-^;
この辺は、京成らしいっちゃ京成らしいなぁと思いますw
渋谷つながる! #2


アップする順序が逆になってしまいましたが、一夜にして激変してしまった東横線、地上の渋谷駅と共に消えたのが9000系です。
トップナンバーの9001編成には、引退する約1ヶ月前から特製ヘッドマークを付けて定期運用に入っていましたので、休日はもちろん、仕事前や帰りにも暇を見つけては運用をチェックして撮り溜めていましたー。



ヘッドマークは、元町方9101号車がシールタイプ、渋谷方9001号車が円形の板タイプで前後2種類ありました。

でもって2枚目の写真、何やら急行灯が点灯していますが…!?


マークだけではなく、優等運用に入ると急行灯が点灯するというギミック付きでした!
これがつくだけで、グッと印象が引き締まりますね~。
8000リバイバルのときもそうでしたが、東急さんの急行灯に対するこだわりが半端ないですwww


デビュー当初から、ずっと東横線で活躍していた9001編成。
その間、特急が出来たり、みなとみらい線が開通したり…田園調布~日吉ではメトロや都営と並走するようになったりと環境は大きく変わりました。
当初は、いまの目黒線で走らせることも視野に入れていたそうで、同時期のメトロ9000や都営にも、お揃いのボックスシートがあったりしますが(と書いていて気付いたのですが、東急とメトロで車番がダダ被り…)、こちらも9000へATOを積むよりか、新たに造り直した方が良いということになって、お流れに…。
思えば9000系はホームドアに翻弄されていますよね(^-^;


「8CARS」のステッカーを貼った5050系と。
まわりでは着々と直通運転開始へ向けた準備が進められていました。


地上の渋谷駅で出発を待つ9001編成。
1番線には、先行営業していたメトロ7000系も停まっています。


そしてダイヤ改正前日、3月15日の朝の様子…。
なんと9001編成は前日に故障(!?)し、ついに最終日は一度も運用へ入らず、長津田へ疎開されてしまいました(汗;
残りの9005、9010編成も朝ラッシュ時の運用を終えて入庫、その日のうちに長津田へ…orz
桜木町のときは最終電車が9001編成だったので、今回も…と期待していたのですが、ちょっと寂しい最期となってしまいました(当初は、その予定だったのかもしれませんね)


以下しょうもない余談といいますか、こないだ夢に9000が出てきたので書き留めておこうと思いますw

それは渋谷へ遊びに行った帰りのようで、高校の頃の友人と9000系に乗っているところから始まります。
お互い母校の制服を着ているので、高校時代でしょう。
学芸大学辺りと思しき高架を走っていて、ふと隣の車両を見ると、なんと5050系が増結されているではありませんか!?
どうやら9000系に5050系の中間車2両を組み込んで10連化したらしいのです。
すげぇーすげぇー言いながら隣の車両へ移ると、今までの5050とは違い内装が凝っていて、LED照明のおかげなのか、妙に煌びやかで透明感がありました(この辺、ヒカリエ号の影響かw)
ところが車内に感動していると、無情にも地元の駅を通過してしまいます。
あれ通勤特急に乗ったハズなのに!?とLCDへ目をやると、通勤特急と同じ配色、同じフォントで快速急行と書かれていてw
そこで何故かテツではない友人から「直通先の西武の要望で、特急を快急に改称した」という説明が入り、菊名で乗り換えなきゃなーめんどくせぇ!というところで目が覚めました(笑)

まぁ所詮は夢の中ですから、時間軸めちゃくちゃのパラレルワールドだったのですが、なんだかんだ人生のなかで東横沿線民として過ごした時間が一番長くなり、高校から大学、そして今と数え切れないくらい9000系に乗ったなぁー…なんて、これをきっかけに思い耽ってみたりしました(^-^;
お疲れ様!そして大井町線では、末長く活躍できることを願っています。
秩父鉄道7800系デビュー!
ご存知のとおり、一昨日は東横線渋谷駅が副都心線直通開始に伴い85年の歴史に幕を閉じました。
三条も帰り掛けに友人らと合流、祭に参加してきたのですが…まぁ人がものすんごいんですわ(当たり前だw)
もともと終電まで渋谷に居るつもりはなく、予定どおり地元の駅で臨時の中目黒行きを見送ってお開きとしました。

さて東横を追われた9000系は大井町線へ転属、そのあおりで8090系が廃車に、改造を施して地方へ渡ることとなりましたが…奇しくも9000が東横から撤退した翌日、秩父鉄道ではついに”ヤツ”が動き出しました…。



7800系www

東急8090の中間車を先頭化、2両固定編成としたものなんですが…この顔2丁パンタですよ!?もう東急テクノから出てきた写真が某サイトにアップされているのを見て以来、まだかまだかと営業開始を待ち焦がれていましたw


初日は熊谷→羽生→三峰口の定期列車を7800系に置き換えて運転とのことだったので、上下2本とも手堅く武州荒木で撮影。
デビュー記念のヘッドマークが、平べったい顔に華を添えました(笑)


次の電車で三峰口へ。
心地よいMT46サウンドを聞きながら揺られること約2時間もはやただの苦行


こういう”何かある日”にはファンサービスを欠かさない秩鉄さん。
残り3編成となった1000系が全て運用入りしていましたよ!




三峰口では試運転中のC58の姿も。
基本的に試運転のダイヤは非公開なのですが、この日は事前告知がありまして、ヘッドマークも付きました!
派手なマークが多い秩鉄としては珍しく、落ち着いたデザインですね。


一方7800はというと側線に入っていて、今日の運用はこれで終了か…と思いきや、駅員さん曰く午後から再び羽生行きで出庫するとのこと。
緑豊かな秩父の猛烈な花粉攻撃に耐えながら(汗; 暫く待っていると、入換えが始まりました。


輝く切り妻!
もうホント、見れば見るほど不思議な顔をしていますよねー。
オーストラリアとかで走ってそうですw

秩鉄には7002編成という”先輩”も居るのですが、あちらのが随分まともに見えるほどの破壊力。
というか7002と同じ窓割りにしてやれば、もう少しオリジナルに近付けたような気もしますが…。


長いホームにちょこんと止まる2連。
ホームのワンマン用ミラーが3連に合わせたもの一つしかないので、2連だと停車位置がかなり前の方になってしまうんですね。
それなので、後ろ側で待っていたお客さんが慌てて前の方へ移動していたり…。
平日は影森以西の区間列車がメインになるでしょうけれど、土休日は通し運転のままですから、3連に混ぜて走らせるのであれば、何かしら案内が欲しいところです。


正面から撮ると怪しさ倍増www


夕暮バックで〆
どんなクルマも夕日が当たるとカッコ良く見えるステンレスマジック。
特にコイツは前パンかつ2丁パンタなので、シルエットだけは無茶苦茶カッコイイのです(笑)

渋谷つながる! #1











東急電鉄最大のターミナル駅、渋谷。
歴史を重ね、増築を重ねて、まるで九龍城のような姿をした駅ビルは、常に活気に満ちていました。
カマボコ屋根の下、東横線が出発を待つ風景も、あと1日でお別れです。
あれから1年…長野電鉄の今 #2

代行バスは、今どきのノンステップバス…しかもヲタシートが無いという超残念仕様でしたorz
仕方なく、一番後ろの席を陣取ります。
お客さんは誰も乗っていなかったので、このまま貸し切りかと思いきや、発車間際に一人、それもスーツ姿の男性が乗ってきました!?


30分ほどで信濃川田に到着~。



駅舎はバスの待合室として使われています。
掲示物もそのまま…というか目隠しを剥がされて木島線の運賃表や、縦書き漢数字の時刻表など、廃止当時よりも時代が遡っていますよ(笑)


待合室からホームを眺めると、そこには見覚えのあるマルーン色の車体が…!?
構内は立ち入り禁止の張り紙があるので、外から近付いてみましょうか。


丸いフォルムに一灯ライト、クーラーの室外機…コイツは紛れも無く2000系A編成!!
屋代線が廃止された2012年3月31日の深夜に、こちらへ運ばれて来たそうなので、屋代線を走った本当に本当の最期のクルマはコイツだったということになりますねw


駅の須坂方にある側線にも、ブルーシートに覆われた車両がたくさん!
長電で廃車になったクルマはここへ運ばれ解体されていたので、”電車の墓場”として知られていた場所でした。


曰く付きな場所だけに、最悪のパターンが頭を過りましたが…
このキレイに化粧直しされた車体を見て、そんな不安も吹っ飛びました。
川造型の美しいこと!




屋代方から順にモハ604、モハ1003、ED502、モハニ131(表記は新製時のデハニ201)の4両が”墓場”に保管されています。
いずれも小布施に居た頃よりキレイになっていますが、ここへ来て早くも季節が一周、ブルーシートがボロボロに…(汗;



さらに駅の裏手へ出てみるとマッコウクジラの姿も。
コイツはステンレスだから錆びないという判断なのか、そのまま留置してあります。

少し古いソースなのですが、地元紙によるとここを「屋代線トレインメモリアルパーク」として整備する計画だそうで、完成したらもう一度訪ねてみたいですね。


総勢9両もの保存車両たちを見てまわっていたら、あっと言う間に1時間が過ぎてしまいました~。
次の松代行きは、少し年季の入ったワンステップバス!
このバスは終点で屋代行きに接続していて、さらに屋代で行われる169系の撮影会(!)にもちょうど良い時間に着くので、既に同志さんが1名乗っていましたよw

…というワケで、この時点で地元のお客さんは0人です!(汗;
休日の昼間とはいえ、これでは鉄道どころか代行バスでも存続が危ういのではないかと思います。
しかも旧屋代線の代行バスですから、なるべく駅前へ乗り入れようとするので、ところどころ対向車が軽でも擦れ違うのがやっと…という恐ろしく狭い道を突き進んだりします。
これはこれで狭隘路線ファンには堪りませんが、こうなってしまうと屋代線なんか要らないよ!と言っていたマイカー族な地元の皆さんも、鉄道の必要性に気付くのではないでしょうかね…。



今にも列車がやって来そうな松代駅。
構内踏切の近くにあった、大きな松の木も現役時代のまま。
しかし抜き取られた遮断機や、無造作に垂れ下がった架線が、既に廃線であることを物語っています。
一度鉄路を手放してしまったら、もう余程のことが無い限り列車は戻って来てくれません。

***



でもって、保存車が小布施に居たときの写真を…と思ったら、こんなのしかありませんでした(^-^;
ちょうど今から10年前、OS10系さよなら運転に合わせて一般公開されたときのもので、車内へ入ることもできました。
今この場所には2000系D編成が眠っています。
あれから1年…長野電鉄の今 #1
消え行く国鉄「改造」型 #2は、しなの鉄道の…っとその前に、長電へ寄り道して来ました~w
この3月で屋代線が廃止されてから丸1年、リバイバルクジラや信濃川田に運ばれた小布施の保存車などなど、その後どうなったのかが気になり…
というか、宿が権堂駅のすぐ近くだったもんで、乗りたい衝動に駆られたんです(笑)

時刻表を確認すると、もうあと30分ほどでスノーモンキーが上って来るとのこと。
あわよくば2100系の新塗装が撮れるかも!というワケで、まずは信濃吉田へ。
すると一本前の普通が…



T6!!!

またお前かwww
去年、屋代線を乗り納めしたときも初っ端がコイツでした。


スノーモンキーは、残念ながら旧塗装の方で…orz

しかし、再び8500系に乗って須坂へ向かう途中…なんとマッコウクジラの3連とすれ違いました!?


はい、朝日で即効下車(笑)
長野からの折り返しをゲットしましたー。

3500系のL編成なんて、もう滅多に動かないだろうと思っていたんですが、どうやらラッシュ時を中心に出番があり、予備の無い特急車のピンチヒッターとしても重宝されているようですよ!
ただし現在も稼働できるクルマは、このL2編成1本だけです。


そのままロングクジラに乗って須坂へ。
ふと路線図を見ると…まぁ当たり前ですが屋代線が無いんですよねぇー。
北信地方に複数の路線を広げていた長電も、遂に1路線だけになってしまいました…。


この列車、終点の須坂では始発の臨時B特急に接続するダイヤが組まれていて、観光客と思しきグループのお客さんも乗っていました。
だから休日の朝っぱらから3連だったのかもしれません。


朝の仕業を終えて入庫するロングクジラ。

ところで須坂駅、屋代線廃止で余ったマッコウクジラたちで溢れ返っていまして…



リバイバルクジラも撮り易い位置で眠っていました!

8500系には抑速が付いていないので、これまでなら湯田中行きの普通を狙えば、必ずマッコウクジラに当たりました。
ところが現在のダイヤを眺めると、長野~湯田中へ直通する普通列車は無くなってしまい、須坂からの送り込みを除いて信州中野で分断されているので、クジラが長野口へ入線する機会は相当減っているようです。
マッコウクジラは地下が似合うのに…。



そんなクジラだらけの構内に、紅一点OS10系が!
今までは屋代線側に居たんですが、いつの間にか移動していますね。
まさかウワサの動態保存化に向けた前兆か…!?


さてと。
写真を撮りまくっていると、そろそろ代行バスの発車時間が迫って来ましたよ!
消え行く国鉄「改造」型 #1 123系
華の寝台特急が1本また1本…ここのところダイヤ改正の度に消えていましたが、今年はもう削れる列車も無くなってしまい、世間的に注目を浴びるとすれば200系新幹線の引退ぐらいでしょうか。
一方そうしたネームドトレインとは無縁の、地味ぃーなクルマたちが今回の改正で相次いで見納めに!
その一つが…


123系!

というワケで、先週末は一日中”ミニエコー”を追っかけてました~。

まずは塩尻~小野にある善知鳥トンネルから。
ここはネットに載っていた写真から見当を付けていた場所で、あっさりと撮影地への入り口が見つかり早く着いてしまったのですが、既に先客さんが数名いらっしゃいました。
そのうち近所に住むと言う同業者さんから、どこから来たのかと尋ねられたので「横浜」と答えたところ、あれ予想外といった様子…?
どうやら前日に、ここで撮影された写真が地方紙に載ったそうで、それで撮影に来たのかと思われたようです(^-^;
新聞効果か(?)この日は最終的に10人ほどのテツが集まりました。


↑のポイントから振り返ったところ。
ここはかつて東塩尻信号場があった場所で、当時のものと思しき小屋や、不自然な空き地が広がっています。
今でこそ中央線の塩尻~辰野は支線扱いですが、みどり湖経由の新線が出来るまでは立派な本線でした。


でもって、そのみどり湖駅は東塩尻信号場から歩いて15分程度の距離にあります。
近くに旧線の駅はありませんから、ここから岡谷を経由して、


午後順光になる辰野~信濃川島へ。
この日は大荒れで吹雪くとまで言われていたのに、珍しく天気予報が良い方向にハズレw
天気に恵まれた一日でした。


単行なので、こんな小さな鉄橋でも収まってしまいますwww


この世に1台しか無いミニエコー、検査のときは115系が代走します。

それにしてもこのお知らせ、果たして123115という数字だけで一般のお客さんに伝わるんでしょうか(笑)
”単行ロングシート”が”3両ボックスシート”になるので、利用する分にはむしろグレードアップですが。


最後に塩尻で駅撮り。
思えばこの103系顔も、すっかり見掛けなくなりましたね。
JR東の営業用車両ではコイツが最後の1台なのでは…?


荷物電車クモニ143として生まれ、その後幾度となく改造され現在に至るミニエコー。
松本方の前面には銘板がびっしり!


そんな改造によって誕生した”怪しい”サイドビュー。
運転席すぐ横の、取って付けたような窓が気になって仕方が無いwww


車内の吊革が茶色なのも特徴的です。
最近は吊革もカラフルになりましたが、もし旅客化したときからのモノだとしたら、なかなか時代を先取りしていますよ。


専用の乗車位置案内までありました。
車体に付いている愛称表示も光るようになっていますし、ミニエコー、たった1両だけなのに愛されていますねw

ただ、その1両だけという特殊さが、寿命を短くしてしまったようです。
JR東に単行で走れる旅客用電車はコイツ以外に居ませんから、案外長生きするんじゃないかなー、と思っていたのですが、今回の改正で長野地区に211系を投入、そこから流れてきた115系、E127系でもって、あっけなく置き換えられてしまうことに…。
E127なんかだと新しいクルマなので、2連でも単行のミニエコーと経費的に大して変わらないのかもしれませんが、マニア心をくすぐる珍車だっただけに残念です。
北国から届いた新型車両
2月25日、関鉄では約3年半ぶりにキハ5000形が増備されることになり、新潟の黒山から水海道まで甲種輸送が行われました。



ちょっと遠征してたので前日は宇都宮でマルヨ、小山で小休止しているところから参戦ですw
両毛線の115系と並ばないかなと、暫く待っていると…国鉄色のEF64が上って来て、跨線橋の下で停車しました。
甲種はここまでEF65の更新色が、ここから水戸線内はDE10が牽引するので、コイツは一体何しに来たのか…。


新潟からやって来たので雪まみれです。
24日には山形新幹線が大雪で立ち往生したりと、北の方は大荒れだったそうで、まさか甲種もウヤるのではないかと冷や冷やモノでした(汗;


下館へ先回りして、駅近くの跨線橋から撮影。
ここはちょうど下館に集まる鉄道が三方向に分岐する地点で、写真には写っていませんが左手前に関鉄、右奥に真岡鉄道の線路があります。


それにしても、キハの足回りにはびっしりと雪が付着してますな。
昼間は気温が上がって来るので、そこらじゅうに雪をボトボト落としまくりんぐです。
通りすがりな地元の皆さんも、珍しい車両より雪の方に興味津々というw
まぁ車両の方は、既に同じタイプのものが走っていますからね。



水戸線のダイヤの合間を見計らって、一旦本線を数百メートルほど友部方へ進んで折り返し、授受線に押し込みます。
この部分が非電化なので、JR側もDEで連れて来たんですね。


でもって関鉄側のお迎えは…なんと新塗装のキハ2201!



塗装だけでこれだけ印象が変わるのか…と思ったものですが、こうやって混ざるとホント5000にそっくりですねw

関鉄側の牽引車は2連で合計4連になるよ、という話を聞いていたので、この組み合わせは予想外でした。
まさか、たった1両で無動力の5000たちを水海道まで運ぶだなんて…!?


と思いきや、ちょっと移動させただけで2201を切り離してしまいました。
「○○分頃に牽引車が来るから」と社員さん同士のやり取りが聞こえてきたので、それに従いさっきの跨線橋へ戻ってスタンバイ。


おぉ今度こそ2連…だけど、なんかまた似たようなのが来ましたよwww
この塗装、いつの間にかキハ2100にまで波及していたとは…。


ティッシュ箱(笑)キハ102が梅雨払い。
久留里線のキハ30が引退してしまったので、北海道以外の全国で走り回っていたこの系列も、今やコイツと101号の2両だけですね…。
貴重なクルマですが、常総線では今日も1日1往復こつこつ走っています。


そして本チャン、この日一番のサプライズだったのがヘッドマーク!!!
甲種の為に特製ヘッドマークまで用意して頂けるとは、さすが関鉄さん…!!
牽引に同じ新塗装のクルマを持って来たのも、編成美を揃える為にわざわざ選びましたねv

前日の疲れも残っていたので、これを撮った後はささっと湘南新宿でもって帰ったのですが、武蔵小杉から目黒線に乗り換えたところで地震を感知して抑止。
震源が栃木だと聞いて焦りました…;

***

お知らせです!
こっそり今回の記事から、画像をクリックすると拡大できるようになりました。
これまではブログの容量制限もあって”質より量”だったのですが、数年前から上限がアップしていたこと、サムネイルを簡単に作れる機能も追加されていたので、せっかくですから活用したいと思います。
ぶっちゃけ、このサムネを別に用意するのがメンドくて、今まで拡大をやってなかっただけだったりw
ただし、人物がハッキリ写り込んでいて肖像権的にアウトっぽいもの(編成写真でもロマンスカーとかパノラマカーとかは写り込みが…)や、昔に撮ったフィルムのスキャンで拡大に耐えられないほどショボい写真など、一部は拡大させない予定ですのでご了承くださいm(_ _)m