> 私鉄屋雑記帳 2012年03月
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

ご意見、ご感想等々、管理人への連絡は下の「メールフォーム」からドウゾ…!!



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早春の信濃路へ #3 屋代線乗り納め








情緒溢れる松代駅のアイテムたち。
今でこそ支線格の屋代線ですが、長電の前身にあたる河東鉄道が、大正時代に最初の路線として開通させたのが屋代~須坂間でした。











2000系の返しは、松代で交換するところを狙ってみました。
客扱いは屋代からだったようで(朝の須坂→屋代は送り込み回送)須坂行きでは急行河東号として運転、車両のイラストが入った特製ヘッドマークも付いています。
…が、そのヘッドマークに書かれたイラストの車種選定がナゾで、OSカーや東急8500系まで書かれているのに、マッコウクジラが仲間ハズレなんですね(^-^;
屋代線といえばマッコウクジラなのに…。

さらに、この団体列車は途中駅で分割するようで、



最後尾は特急のざわ号 木島行きなんだそうです(笑)

もう何でもアリですなwww



須坂でも、参加者限定の撮影会が行われました。
ところが皆さん、何故かこちらにもカメラを向けていますね。
手前に何が止まっていたのかと言うと…



ED5001

長電に残る最後の電気機関車ですが、現在は機械扱いなので本線には出れません。
須坂構内の入換え用として余生を過ごしています。



さて再び屋代行きに乗って、大室へ戻って来ました~。
実は当初、この日の団臨は午前中1往復のみと聞いていたのですが、たまたま午前中ここの待合室で居合わせた方から「夕方に別の団体が乗るので、午後も松代まで一往復走る」という情報を頂いたのでした。

マジですか!

というワケで、午前中は雪が降っていたので諦めていた、大室の俯瞰を午後便でゲット。
もし1往復だけだったら、このカットは撮れなかったですよ。



続いて、夕方からリバイバル鯨も出庫してきました…!!

帯が無いと本当にテッカテカですね。
でも、デコに薄っすらと「NAGADEN」のロゴが残っているのは御愛嬌www



団臨の返しは、トンネルの向こう側から狙ってみました。
客扱いは松代行きのみだったようですが「急行 回送」って何だか見慣れない組み合わせだぞ(^-^;
そういえば回送幕は行先側に入るか、それとも種別側に入るか…会社によってまちまちですね。

後半戦はリバイバル鯨といい、まさかの団臨2往復目といい、予想外の大収穫でした!
特に2000系は、午前中2発しか撮れないというつもりだったので…。
待合室で2往復目の存在を教えてくださった方へ、この場を借りてお礼申し上げますm(_ _)m



もういっちょ山登って俯瞰。
そろそろ露出が厳しくなってきたので、折り返しのリバイバル鯨を撮ったら、さっさと下山して、



隣駅の信濃川田まで歩いてみました。
ここも立派な駅舎なのですが、お名残り乗車の皆さんは暗くなる前に帰ってしまって、怖いほど人気がありません。
廃止を告げる幟と、日焼けして殆ど読めなくなったままの駅名表が、よりいっそう寂しく感じられますね…。



リバイバル鯨に乗って、屋代線を後にしました。

この記事をupした今ごろ、定刻通りならば最終列車が屋代を出発したところでしょうか。
最終便は臨時の貸切列車で、同じく今日付けで引退する2000系がフィナーレを飾るようです。
屋代線も、2000系も、そして恐らく3500系O編成も、今日で全てが過去帳入りに…。
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想いは引き継がれる #2


3月24、25日の2日間に渡り海老名車庫で行われた、小田急5000形、HiSE、RSEの3形式同時お別れイベント。
三条は初日に参加、ノコノコと昼ごろに重役出勤したのですが、思っていたほど混雑しておらず、いつぞやの年みたく列に並ぶこともなくスムーズに入場でき、会場内も終始まったりという感じでした。
駿豆線のイベントと被っていたからでしょうかねー(んなこたないwww)



ただ撮影会場では、車内見学用の階段が横付けされていたり、車両ギリギリまで近付けてしまったり…車両同士の間を通路にしていたので、並びを撮るにしても人が写り込んでしまう(汗;
途中雨が降ってきて車内で雨宿り、ゆっくりと寛ぐことは出来ましたが、編成写真を撮る人向けでは無かったですね。
ここにupしている写真は、閉場直前に撮ったものです。

…いや、時間的には閉場直後だったりしますが(笑)
皆さん考えることは同じで、人が捌けた後に撮ろうと終了間際にテツが押し寄せ、お開きになるまで20分ほど”遅延”していたのでした(^-^;





5000形は、懐かしのロゴマーク無し分割表示という出で立ちでした!
新松田の分割はしぶとく残っていましたが、今回の改正で通勤車両の分割運用も過去のものに…。





雨に洗われたナンバーと、そこに映る赤いロマンスカー。
この日は晴れたり雨が降ったりと、ころころ天気が変わる一日でした。


***
















#1ではロマンスカーをupしたので、今回は通勤車(5000、5200形)を。
例によって撮影時期はバラバラです。

通勤車たちはロマンスカーよりも身近な存在だけに、小田急顔が消える…ということの方が、個人的に感慨深かったりしますね。
大学から新宿へ出るとき、よく乗りましたよ。
末期は4連ばかり残っていたので、10連の急行に乗るときは、なるべく新宿方を狙ってました(笑)
今回のイベントで、あの独特のブロワー音を最後にもう一度聞きたかったのですが、残念ながら電源は入っておらず、車内に居ても振動一つしなくて寂しさが込み上げて来ました…。

***






先日から旧塗装に戻った7003編成が、イベントへ合わせるかのように運用入りしていたので、時間を見計らって沿線にも繰り出してみました。
今回は前面窓枠の銀縁まで再現しちゃった本気仕様!カッコイイですね~。
果たして7004編成にも波及するでしょうか…!?


神鉄粟生線、5月から大幅減便に。


以前から存続問題が取り沙汰されていた神戸電鉄粟生線ですが、遂にダイヤへのテコ入れが行われることになりました。

「ダイヤ変更の実施について」
http://www.shintetsu.co.jp/release/2011/120319.pdf

うわーorz
粟生線だけに青息吐息…いや、これはシャレにならんですな(汗;

pdfが見られない方向けにまとめると、5月中旬より

・日中に急行を新設する。
・一方、従来30分ヘッドだった新開地~粟生間の直通列車を1時間ヘッドに。
・毎時2本あった小野行きを志染行きに短縮。
・鈴蘭台~志染間は毎時4本を維持するものの、うち2本は急行になるので通過駅は減便。
・終電繰り上げ、ラッシュ時は据え置き。

という感じになります。
ある意味、今まで15分ヘッドを維持していたのは奇跡だったと言えるかもしれません。
急行運転でもってメリハリを付けたと言えば聞こえは良いのですが、正直これって志染から先は捨てたも同然なのでは…。
定期券を買い替える新年度の前に、まだ正式な改正日が決まっていない時期に先行発表したことなど、相当な配慮がなされているところを見るにつけ、苦渋の選択だった…ということが、ひしひしと伝わってきますね。

今回は、2008年8月に神鉄を訪ねたときの写真をアップします。
なかなか記事を書くタイミングが無くて、すっかりアップしそびれていました(^-^;





まずは、神鉄といえば1000系列です!
この昭和気質なデザイン、ずらりと並んだ2段窓と前パン、そして力強い足回りが堪りませんね!!
ここ最近は幌枠の撤去が進み、塗装の簡略化も行われて少し表情が変わりました。
ドア全体が赤い旧塗装は、いつの間にか消滅した模様…。



こんな中途半端な塗り分けをしたクルマも写っていました(あとから気付いたw)
ググってみると1357、1358号の2両が、ごく短期間だけこの塗装を纏っていたそうで、現在は普通の省略塗装になっているようです。



ウル○ラマン電車(笑)3000系の普通小野行き。
現行ダイヤでは日中の2本に1本が小野行きですが、改正後はグンと見る機会が減りますね。



有馬線で朝ラッシュ時に上り2本(土休日は1本)だけ運行されている特快速
なんだかヘンな響きの種別ですが、かつて設定されていた特急より遅く、快速より速いということで特快速なのだそうな。
2007年3月の有馬線快速廃止から、2009年3月の粟生線快速復活までの2年間は快速も無かったので、なおさらヘンでしたw



最新型車両、6000系による特快速!
撮影当時はデビューしたばかりの頃で、まだ1編成4両しか居ませんでした。
まぁ、今でも2編成6両なのでレアなことには変わりないのですが。



幕回し中に現れた特急表示。
特急を走らせるとパターンダイヤを乱してしまうので、1998年3月の改正で廃止されたようです。





一方、非冷房車のボロも5両(1050形2両、1070形3両)残っていて、朝ラッシュ時に2往復あった5連運用の増結車として活躍していました。
上手いこと、非冷房車だけの列車が出来ないように工夫していたんですね。
しかし繰り返しになりますが、この写真を撮ったのは2008年8月、窓も全開ですよ。
当たり前ですが、非冷房車には見事にお客さんが乗ってませんwww

これじゃあ実質4連や3連と大して変わらないワケで、2009年3月の改正で5連運用が消滅、非冷房車も廃車になりました(^-^;



新開地12:31発、準急粟生行き。
この写真は、さらに遡って2006年12月の撮影で、まだ日中にも準急が走っていました。
2007年3月の改正で日中の準急が格下げされて以来、10時~14時台は全線で普通列車のみの運行となっているのですが、今回の改正で5年ぶりに日中の優等列車が復活することになりますね。



はぃ、というワケで神鉄の写真を引っぱり出してきたのですが…有馬・三田線の写真ばっかり(^-^;
思えば粟生線、電化前の加古川線を訪ねた帰りに乗ったきりでした。
騒ぎになる前に…というのも失礼ですが、三条お気に入りの1000系たちが元気なうちに再訪しなきゃなぁ、と思います。

三田の木街中央方面(笑)は未乗ですしwww
早春の信濃路へ #2 屋代線乗り納め
長電の長野駅は、地方私鉄としては珍しく地下にあります。
厳密には地下鉄ではないけれど、大都市の妙に小ぎれいな駅とは違って、よっぽど昭和の地下鉄という感じ。
役者も、東京の地下鉄を走っていた中古電車ですからね。

そんな、薄暗くて湿気ったホームへ降りると…



T6ー!!!

朝っぱらゲテモノを引き当ててもうたwww
これまた幸先の良い(?)スタートです。



屋代線へ向かう前に、ちょっと寄り道。
まずは定番ポイントの朝日~付属中学校前で、成田エクスプレス改めスノーモンキーと初対面です。

長野へ来ても見た目はロゴが変わった程度、もともと3連で走っていたこともあって、HiSEのときのような違和感は全くありませんね。
なんだかコイツに乗っちゃえば、今でも空港へ行けてしまいそうです。



2000系!!

はぃ、これを狙ってましたw
3月18日までの指定日に、朝の須坂~長野間1往復を2000系で走らせています。
普通なのですが、急行灯がついているのはファンサービスでしょうか!?





返しは朝日で駅撮り、そのまま2000系に乗って須坂へ向かいます。
短い区間ですが、乗り納め。





普段ならここで入庫してしまうであろう2000系、この日は屋代線で2000系を使った団体列車が走るので、到着後すぐに入換えが行われました。



その間に、屋代行きマッコウクジラに乗って先回り、大室へ。



送り込み回送を、駅南側にあるトンネルと絡めて一枚。
ぶっちゃけ、この絵を撮るために長野へ来たと言っても過言ではないです(^-^;

長電には全部で3ヶ所トンネルがあるのですが、その全てが屋代線のもの。
つまり屋代線が廃止されると、長電からトンネルが無くなってしまうワケです。



大きなカーブ上にある大室駅は、駅撮りでもサマになりますね。

この列車を待つあいだ、とにかく寒いので駅の待合室で暖をとっていたのですが、そこで同じく列車を待っていた同業者さんから、この後のスケジュールを変えてしまうほどの貴重な情報を頂きました。
それは、また次回で。









屋代での撮影会!
ツアー参加者でないと線路へ降りて撮ることはできないのですが、ホームや跨線橋からおこぼれを頂戴しました(笑)

それにしても、しなの鉄道と長電はとても仲良しで、屋代線関連のきっぷをしなの鉄道で売っていたり、今回のようなコラボイベントでもって我々ファンを楽しませてくれます。
この両社の側線も、まるで展示してくれ!と言わんばかりの絶妙な位置で、かつてのように乗り入れはできなくても、まるで一緒に走っているかのように見えますね。

比奈から貨車が消えた日


初代のぞみ型の引退を伝えるニュースが流れるなか、今朝は三条も東海道線を下り、静岡方面へ。
吉原で下車し、向かった先は東海道新幹線の…すぐ高架下を走る岳南鉄道でした。











最終日の今日も、嬉しいことに”比奈のヌシ”が突放作業に活躍していました。

…でも、何だかいつもと動きが違います。
既に周辺の専用線から貨車の姿は消え、構内に残っていたワムも、突放を繰り返すことでみるみるうちに一つの編成に。
旅立ちの準備が、刻々と進められていたのです。



ただナゼだか富士岡方の側線に、ワムが2両だけポツンと残されていました。
岳南が引き取って、倉庫にでもするんでしょうかね…?



比奈駅の窓口には、貨物列車の時刻が書かれたメモが。
返しは全て単機、もう貨車たちは戻って来ません。



硬券。
貨物扱い廃止に伴って比奈駅も無人化されるので、この日は切符コレクターの皆さんが”大人買い”をされていましたw

あの無線飛び交う賑やかな待合室も、今日で最後なのか…。



704レを定番の左富士で。
富士山と絡めて撮れる水路側は大勢のテツでごった返していましたが、この季節の富士は晴れていても霞んでしまうので、順光側で一枚。
これで、紙の街からワムが消えてしまいました。



折り返しの単機。



ところでED402のヘッドマークですが、前後で微妙にデザインが違っていたりします。
先週土曜のイベント時には、また違った柄のマークが取り付けられていたようなので、これは恐らく最終日バージョン。
デフォルメされたED501と青&茶ワムのイラストが泣けますね…。



一方ホンモノのED501は、コキとともにスタンバイ。
それにしても、近代的なコンテナ車の似合わないこと(笑)
そんな姿も現代に生きる老兵機関車ならでは、だったのですが。



708レ。
最後に残ったコキを送り届けて、岳南の貨物列車の歴史に幕を閉じました。
あぁ、頼りの綱の貨物が消えてしまっては、あの引き込み線のような岳南鉄道に一体何が残ると言うのでしょうか…。

JR貨物としては、富士、吉原、沼津と隣接する貨物扱いを一まとめにする、という狙いがあるのだそうですが、これまで工場から直接オンレールで運んでいたものを、いちいちトラックで駅まで運ぶ必要が出てくるワケで、いまいちメリットが見出せません。
むしろ荷主離れに繋がるのではないか、と。
素人の一ファンがあれこれ言ってもどうしようもないんですが…何か、こう、もやもや感の抜けない感じがしてならないのです。



ガランとした比奈駅など見たくもないので、そのまま夕暮れの吉原駅へ戻ると、各地から回収してきたと思しきワム42両(!)を従えたEF66が出発を待っていました。
このなかに、昼の704レで運ばれてきたワムも混ざっていたことでしょう。
早春の信濃路へ #1 しなの鉄道169系


久しぶりに18キッパーして来ました。
社会人になってから…というか「ながら」や「えちご」が臨時化したあたりから、夜行バスの方が便利過ぎて、とんと使わなくなっていた18切符。
テツな人間なので当然夜行列車が好きだし、多少不便であっても鉄道を使いたい、というのが本心なのですが、そもそも設定が無いシーズンじゃ選びようがないんですorz
今回も一人では使い切れないので、友人の警笛さんから「余ったんだけれども…」という話が無ければ、新幹線か高速バスを選んでいたかと思います。

行先は、最後にもう一度屋代線に乗っておきたい!というワケで長野へ。
ついでに、しなの鉄道の169系を撮るため、横軽経由で長野入りしました。






途中下車した平原駅は、駅舎が車掌車でした!
なんだか八景島にでも行けちゃいそうなカラーリングですが(笑)これはしなの鉄道のロゴマークを意識した色なんですね。
どうも車両のメタリック塗装が強烈なので、しなの鉄道=赤というイメージが離れません。



廃車体な駅舎に対して、もともと東京と長野を結ぶ幹線だっただけにホームは2面3線、有効長も随分ゆったりと取ってあります。
…と言っても、今では無用の長物と化していて、中線へのポイントは撤去済み、ホームも半分くらいしか使われていませんが(汗;
北海道のローカル線ならいざ知らず、これだけの規模がある(あった)駅で、車掌車が駅舎というのも珍しいかもしれません。

ちなみに、まるで駅舎のように鎮座している右側の白くて真新しい建物は、近付いて見るとただの農業施設でしたw
さて、本当の駅舎はドコにあるでしょう(笑)





お目当ての169系湘南色!
以前は朝夕の快速列車をメインに堂々9連で走っていたのですが、保安装置の問題で篠ノ井線へ入線できなくなってしまい、今では軽井沢~小諸間で細々と余生を過ごしています。
ただ、運用範囲が限定されたことで撮りやすくなったのも事実。
しかも有難いことに、毎月の運転日が公式サイトに掲載されるので、とても捕まえやすいクルマです。

ところでその公式サイトによると、3月17日のダイヤ改正から169系の運用にも変化があって、戸倉発着の出入庫を兼ねた営業列車が復活するようです。
実は現行ダイヤでも、戸倉から回送で軽井沢へ持ってきて車交してるっぽいんですが、それじゃあ効率が悪いですからね。
思えば長野発着が基本のしなの鉄道にとって、JRへ入れない169系はとても扱い辛い子になってしまいました…。



平原から南西へ15分ほど歩くと、JR小海線の三岡駅があります。
こちらの方が栄えていて、駅の裏手にはコンビニも…というか、ぶっちゃけ寒いわ小腹が減ったわで、コンビニの為にわざわざ歩いてきましたwww

ところが、その間に雪が降り出してしまい…





僅か1時間ほどで一面真っ白、まるで別世界に!
雪って、こうも短時間で積もるものなのか…。

まぁ、さっきの俯瞰で撮ってるタイミングで降られなくて良かったかなぁ…と思います。
視界不良で何の写真だか分からなくなってたところですよw



次第に強さを増す雪のなか、169系が軽井沢から帰って来ました。
コイツに1区間だけ乗って小諸へ。



小諸で長野行きに乗り換え。
乗り換えた電車はJR所属の115系で、スカイブルーの信濃色も悪くは無いんですが、やっぱり国鉄色の魅力には勝てません。
国鉄急行型は、停車しているだけで絵になりますね。



長野に着くと、反対側のホームにはHB-E300系が停まっていました。
”キハ”でもなければ”モハ”でもない、「ハイブリッド気動車」なる未来の乗り物です。
ちょうど発車するところで、動き出せば本当にディーゼルエンジンとVVVFの音が両方聞こえてきて驚き…と同時に、ちょっと笑ってしまいました。
だってさ、その通り電気とディーゼルを併用しました、って感じの音なんだもんなぁwww



長野ではトレインビューに魅かれて、長野駅前のバックパッカー宿に泊ってみました。
”トレインビュー”だなんて言うと聞こえは良いのですが、一般的には騒音の酷いハズレ部屋なので、一番安い相部屋になっています。
でも、このあたりの普通列車と言えば115系だらけで、一部の酔狂な人間にとっては、あのブロワー音を子守唄にできるなんて最高のゼイタクなのです(笑)

ちなみに同室の方は、オーストラリアから来られた旅人さんでした。
なんだか遠征を始めたばかりの頃に、よくお世話になったユースを思い出しますね。
18切符とともに、今回は原点回帰した感じです。

あの日から1年… 震災前の常磐線




常磐線と言えば、この顔!懐かしの415系たち。
上野口から撤退して暫くのあいだ、高萩や勿来の側線へ疎開していました。



「スーパーひたち」の切り離し作業。
いわきまでは11両編成なのですが、ここで7両切り離し、残りの4両が仙台まで走ります。



三条が乗ったのはこちら。
普通列車の原ノ町行きです。



富岡で小休止。
ED75牽引のコンテナ貨物とすれ違いました。



浪江でも交換待ち。
上野口で見慣れてしまっているせいか、4両編成のスーパーひたちは随分可愛らしく見えました(^-^;





E531から始まった常磐線の道中は、E501→415-1500と乗り継ぐにつれボロくなり、ついに上野から数えて4回目、原ノ町の乗り換えでは鋼製の417系に(笑)
夏休みの夕方、車内はガランとしていました。





車窓に大きな虹が!
カメラの記録した時刻と照らし合わせると、恐らく日立木付近でしょうか。
※ここからmnさんの虹男伝説が始まったというwww



山下駅の中線で折り返すE721系。
当時はデビューしたばかりのクルマで、なんだか車高が低くて不格好だなぁと感じましたが(^-^;
乗ってみると床が低い分だけ天井が高いので、なかなか快適だったりします。





一方、455系も最後の活躍をしていました。

***

ときは2007年8月20日。
「北海道&東日本パス」を使って、北へ向かう途中で撮った写真です。
まだ大甕以北は乗ったことが無かったので、東北本線ではなく常磐線経由を選んだのでした。
広野ー原ノ町、相馬ー亘理間が”あの日”以来、今も不通のままとなっています。

まさか津波が、原発が…。

何が怖いって、これらの写真を撮っていた当時を思い返してみて、まったく原発の存在など考えてもいなかったこと。
「ふくいち」は常磐線から数百メートルのところにあるので、きっと車窓から見えていたハズなのですが、まったく覚えていません。
それだけ意識していなかったんですね。
知らないということの恐ろしさを強く感じました。

既にup済みの写真も何枚かありますが、今日は震災から1年の節目ということで再掲してみました。
もう一度、あの時のように常磐線を乗り通せる日が来ることを願って…。


通りすがっただけなので、大した写真もないのですが、
Yahoo! JAPAN 東日本大震災 写真保存プロジェクト
こちらにも投稿しています。
もしブログをご覧の皆さんで、行ったことあるよ!写真持ってるよ!という方がいらっしゃれば、ゼヒご協力ください。



リニア式地下鉄が本牧線を走る!?
横浜市営地下鉄4号線の環状化(鶴見~日吉~中山~二俣川~戸塚~根岸~元町中華街)に向け、将来同線の一部に組み込まれる予定の神奈川臨海鉄道本牧線を先月26日からリニア式に変更、旅客化する社会実験が行われま(ry

…はぃ、妄想乙です。
リニア式地下鉄が本牧線を走ったことは事実なのですが、その正体は都営大江戸線12-600形の甲種でしたwww
横浜本牧駅の広大なコンテナヤードは、ときどき鉄道→陸路の中継地点としても使われていて、過去にはグリーンラインの甲種が走ったこともありました。
環状化の計画自体はマジなので、近い(?)将来、本牧付近をグリーンラインが走る日が本当に来るかもしれませんね。



さてさて、というワケで時間軸が前後して申し訳ないのですが、まずは2月25日のJR線内から。
ちょうど東急車輛のイベントが開場する前に東海道線を通過するダイヤだったので、掛け持ちされた方も多かったのではないでしょうか。
…というか、ぶっちゃけ三条的には掛け持ちできるからこそ行ったようなもんです(笑)



続いて翌朝26日の本牧線。
牽引機は、かなりん最後の旧塗装車DD5517号でした!
まともな撮影地といえばココぐらいしかないので、早朝にも関わらず多くのテツが集結していました(^-^;



一旦左側のヤードへ入ってから機回しをするので、



このポジションに居ると、もう一回こちらへ向かってくるところを撮れます。



今度は推進運転で右側のヤードへ。



コンテナヤードにはクレーン車が待機。
このあと一台ずつトレーラーに乗せて、搬入口がある木場車庫まで陸送されます。



大江戸線はリニア式…という以前に軌間が違うので、こんな仮台車を履いていました。
ちっちゃい車体に対して普通鉄道サイズの台車を履かせると、こうもバランス悪くなるのかw

ちなみに、16-200形の甲種は今回で2回目。
大江戸線には地上区間がないので、太陽の下で撮影できる貴重な機会だったりもするんですが、ホームドア設置による運用増に伴って2編成だけ増備するとのことで、これでまた暫くは動きがなくなるのではないでしょうか。
ホームドアが付いて、ますます撮り辛くなる大江戸線…。
馬込車庫のイベントに期待するしかありません(笑)


…で、このあとは本牧駅前からバスに乗って横浜へ、デヤの追っかけに向かいましたとさ。
余談ですが、最寄りの東横線某駅から「ワンデーオープンチケット」を買って本牧まで出向いたので、朝っぱら6時からフル活用でしたwww
あの切符、こどもの国線が乗れるんだから、みなとみらい線も使えたらなお良かったのだけど(^-^;


新型デヤの雪中行軍!
先週末は旧デヤのさよなら運転でもって沿線各地がフィーバーしましたが、その一方で新型デヤ7500系が今月28日に東急車輛を発ち、八王子へとやって来ました。
今日はその2日目、東急への搬入だったのですが…



はぃ、まさかの大雪で…!!

関東では、ここ数年で断トツの積雪量だったのではないでしょうか。
新型デヤ御一行様の屋根には、一夜分の雪がどっしりと積もっています(汗;





Y500も一緒に来ました(…というか、デヤのがおまけポジション?)
八王子まではY500+デヤ+Y500の10両編成だったそうですが、例によってハマ線には8両編成以上入線できない縛りがあるので2日間に分けて東急入りします。



こちらは翌日に運ばれる組…。



淵野辺にて。
この大雪のなか、なんとダイヤは奇跡的に平常どおり、甲種もほぼ定時で現れました。

が、その奇跡も長くは続かず。
このあと後続の電車で追っかけようとしたところ、なかなか電車が来ないんですね。
来た!と思ったら、まさかの快速が空気を読まずに颯爽と通過するという、久々のハマ線クオリティが身に染みました…orz
中途半端にダイヤが乱れた時のハマ線の使え無さは異常。



そんなこんなで、既に長津田へ辿り着いた時には授受線へ入っていました。

ここで、デヤ7500の素顔が明らかに!
走るんですシリーズから適当に部品を持って来ただろう…という風な側面に対して、ずいぶんと落ち着いた顔をしていますね。
なんだかアメリカの近郊列車で走っていそうな、切り妻!機能性重視!!(笑)
東急の正当進化版という感じで、もういっそ旅客車もこの顔にしちゃえよ!と思うほど、検測車のクセにイケメンですwww









東急線内のエスコート役はY000系でした。
旧デヤが牽引しないかな…と淡い期待を抱いていたんですが、さすがにさよなら運転をやってしまったので、それは無いですよねー(^-^;



でた!最強アイテムやかんwww



やかんの力でポイントを開通させ、撤収するDE10。



暫くするとデヤだけを引き出して、車庫の奥の方へと消えてゆきました。
Y500は雪のなか授受線に置いてけぼり…。

というワケで、新型デヤ搬入の様子でしたー。
ちなみに、本当は三岐の骨材列車を撮影するつもりで休みを取っていたんですが、今回ばかりは新型デヤの方を選んで正解でした。
ヘタしたら東名規制で帰って来れなくなってたところですよ…(^-^;