> 私鉄屋雑記帳 2011年10月
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

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琴電のイベントが相変わらず凄い。




「1075・1076号 LAST RUN!!」
http://www.kotoden.co.jp/publichtm/kotoden/event/retro2011/index7.htm

今日は、かの”うどん県”で1075編成のさよなら運転が行われたそうですが…定期列車を車交したり、臨時スジを引いたり、増結したり解放したり!相変わらず、朝から晩まで盛りだくさんのイベントだったようです。300+120+1075+1076ってwww
臨時電車の告知もダイヤグラムってあたりがコトデンらしくて素敵ですね。

いいなー行きたかったなー…。


というワケで、ここ最近またも車両の動きが激しくなってきたコトデン。遠く讃岐の地に思いを馳せて、今回は過去に撮り貯めた写真のなかから、いま旬のクルマたちをupしてみたいと思います。





まずは…琴平線へ転属した603、605編成!!

今年デビューした1300形1305、1307編成の玉突きなのですが、まさか600形を黄色化するとは…1200の琴平線転属が妥当だろうと予想していたら、良い意味で裏切られました(笑)





これで長尾線に残った600形は、601と613編成のたった2本だけに…。
長尾線に大型車!?マジかよ、白山バックで撮らなきゃ!という興奮も束の間、逆に小型車の方がレアになってしまいましたとさ。





小型車オンリーの時代は、ラッシュ時になると旧型の単行を増結した3連で運転していました。それが今では出来なくなってしまって、ちょっと扱い辛くなってきたのかもしれません…。
最近では、なるべくピーク時に600形が入らないよう運用が組まれていたようです。





ちなみにもう1編成の廃車候補は、なんと1070形ではなく1080形1089編成とのこと。
素人目には、ナゼ車齢の高い1070形を先に置き換えないのか…と思ってしまいますが、1080形と並行して置き換えることで部品を確保する狙いがあるのだそうです。
1300形以外何でも増結できてしまうコトデンでは、形式を統一するメリットもあまり無いんでしょうね。



そして600形とは逆に、今年に入ってから1215編成が琴平線→長尾線へと転属しました。
琴平線でデビューしたのが2005年だったので、琴平色を纏った期間は僅か6年足らず…。
特にカラーリング以外の差異は無いのですが、一応番号の上では琴平線=1200番台、長尾線=1250番台という区分がされていて、コイツだけ長尾色のクセに1200番台という微妙なポジションにwww
写真は京急から渡ってきたばかりの頃で、まだまだ足回りもピッカピカでした。

それにしてももう京急は700形も1000形も出尽くしてしまったし、800形は3M1ユニットなので琴電には向かないだろうし…これからは、一体全体ドコの会社から中古を仕入れてくるのか!?楽しみでしょうがないですねvv

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流鉄に”赤い電車”が復活。
八戸から帰って来た日、流鉄の甲種があったので夜行バスを降りてチョクで北朝霞へ…



おぉ…なんか遠鉄のクルマに見えるよ(笑)
これ、もうかれこれ1週間以上も前の出来事なんですねー、記事に全く新鮮味がないのはいつものことですスイマセン(汗;

今年の5月に引退した若葉号の代替として、新101系2両が流鉄へ渡りました。赤いデザインは、10年前に引退した1300系「あかぎ」号以来。
今回の譲渡でもって2連ワンマン車が一通り出揃うことから、このチャンスを逃すと今後数年間は(ヘタすると10年以上…?)車両の動きがないと思われ、何としてでも記録しておきたい列車でした。



途中で国鉄色!のDEに付替えて、馬橋支線へ入線する新101系。ここは電機もばんばん通っている区間ですが、馬橋駅構内の入換線が非電化なのだそうで。
気がつくと撮影地の跨線橋はテツで溢れ返っていました。DJネタとは言え、やっぱり東京は人が多いなぁ…と弘南へ行ってきたばかりで、余計そう思いますね(^-^;



振り返ると、怒涛の3色並びが実現していました!!

右から営業中の青(青空)、牽引用として回送されてきた黄(なの花)、そして新入りの赤(あかぎ?)…信号ですかwww



流鉄線内は「なの花」牽引の4連!普段は、まず増結をしない会社なので混色重連は新鮮です。





黄「久しぶりだな!」

赤「兄さん!?」

黄「…はて、そのピンク色のステッカーは何だい、ブラザー?」


何故か女性専用車のステッカーを付けたまま流鉄へやってきた弟君www
行先や愛称表示も入っていないので、デビューまでは今しばらく時間がかかりそうです。
突然決行!みちのく東急電車巡り 番外編
帰りは八戸界隈をうろうろしてきたので、最後に番外編です。



長いホームにポツンと止まる2両編成の普通電車…。
またも新幹線の愚痴になって申し訳ないのですが、この並行在来線問題も頂けないですね。
新幹線のルートから外れ、JRの駅ですら無くなってしまった三沢の悲惨さたるや…特急が来なくなったばかりか、在籍する編成数も相当切り詰められていて、青い森鉄道に原則2連以上の電車は走っていません。



さきの震災で、種市から先は運休しているJR八戸線。サボの張り紙が痛々しいです…。

それにしても、三沢から八戸市街へ行こうとすると運賃がアホみたいに高い。市街地の最寄りが本八戸なので、青い森鉄道とJRの初乗りを両方払わされてしまうのが原因で、割高に感じるんですね。
ホント、3セク化は利用者にとって全くと言って良いほどメリットが無いですな。青い森鉄道の駅には「青い森鉄道に生まれ変わります、よろしくお願いします」なんて横断幕をそこらじゅうで見掛けたんですが、なんだかなぁ…「(運賃高くなるけど)よろしくね」って感じで、車体に描かれたモーリーの笑顔ですら腹黒く見える(笑)
そうか、お前はそういうキャラか。



今回は本八戸ではなくて、一つ手前の長苗代というところで下車しました。
この駅のすぐ右隣りを八戸臨海鉄道という貨物線が通っているんですが、残念ながらこの日は休日だったので運休です。
…と言っても、今回はこの八戸臨海がお目当てではありません。東京へ帰る夜行バスが十鉄の北里大学前駅か八戸駅発で選べたんですが、日が暮れるまで十鉄に居ても動いているのは1編成だけだし、あんな何も無いところで(失礼!)待っていても仕方がないので、八戸発のチケットを買いました。それで、夜まで適当に時間潰しができればいいなーというワケで、



まずは有名な撮影地、馬渕川橋梁へ。
八戸線は、今のところキハ40系列しか走っていませんが(あのリゾート列車はどうなったんだろう…?)更新の有無で、塗装が2種類あります。ちょうど写真の編成は前後で混在していて、顔の上半分が赤い先頭車が更新車です。
ただ、更新と言ってもエンジンを換装しただけで、未だに冷房すら付いていませんが(^-^;
今どき本州のJRで冷房化率0%の路線なんて、他にあるでしょうか…。

ところで、この馬渕川には八戸線に並行してもう1本、鉄道の橋が架かっています。それも鉄橋を渡りきる手前で約90度北側へカーブしているという、なかなか他所では見かけない造り。ちょうどキハの後ろでヘンな向きをしたトラス橋が写っていますね。
ちなみに八戸臨海は川を渡らないで北進するので、それとは別の路線です。





謎の支線を追っていくと、こんな広いヤードが出現します。ここ最近使われた形跡がないのに、設備はムダに立派…
それもそのハズ、実はこれ米軍の施設なんですね。ここから、あの三沢基地へ燃料を運んでいたそうです。今では南武線名物の米タンが、かつては”南部”でも走っていたというワケですwww

ここの他にも本八戸から分岐する高架の廃線跡があったりして、八戸は廃墟、廃線跡マニアには堪らん街ですなぁvv







でもって八戸と言えば南部バス!
北海道遠征のついでに八戸営業所を訪れて、ずらりと並んだモノコックバス達に衝撃を受けたのも、かれこれ4年前の話。今回は、ラピアというショッピングセンターに併設されたバスターミナルで観察してみましたが、この間で随分置き換えが進んでしまったらしく、ノンステの多いこと多いこと…orz
モノコックは1台も現れず、今回見かけた中で一番の年代モノは、この中扉が引戸になっているタイプのキュービックバスでしょうか。それでも、他所の街ではなかなかお目にかかれない絶滅危惧種ですね。



ラピアで夕食をとった後、本八戸までバスで…と思ってたんですが、この10月1日から市内ならどこまで乗っても上限300円という社会実験を行っているそうで、それならばと八戸駅まで乗ってみることにしました。
日曜ダイヤは終車が早く、19時台の最終3本に狙いを定めてみたところ、2本目の19:42発でキュービックバスが登場!しかしコイツはちょっと新しい型のようで、行先表示がLEDになっていたり、内装も板貼りではない…でも次の終車がノンステだと余りにも悲しすぎるので、変な賭けをせずに大人しく乗りました(^-^;

ちなみにこちらのブログさんによると、今年2月の時点で稼働中のモノコックバスは八戸、五戸営業所に各2台、三戸営業所に1台のみとなっているようです。
全ての営業所からかき集めても、たったの5台しか居ないのか…いや、この時代に5台も残っているということは奇跡なんですよね。
突然決行!みちのく東急電車巡り #3


青森でマルヨして、翌朝は十和田観光電鉄へ。
今年7月のイベントは急用で行けず、その後暫くして悲しい知らせが舞い込んできて…さよならムードになる前に、少しでも早く再訪しておきたかった場所でした。



約10年ぶりに訪れた三沢駅は、相変わらず昭和で時が止まったかのような佇まいを保っていました。
変わったところと言えば、2台ある自動券売機のうち1台がタッチパネル式の新型になっていたことぐらい。



前回はデビューしたばかりだった7700系。
このハイテク電車も、10年経ってだいぶ馴染んできた…と思ったけど、やっぱり駅前の打鐘式踏切にVVVFの音色は浮いていますね(笑)

この春から土休日は朝方を除いて80分ヘッドに減便されてしまい、七百での交換が無くなったので、この1編成が行ったり来たりしています。



サボには電化60周年の文字が…
残念ながら61年目を迎えることはできません゜。゜(ノД`)゜。゜。





まずは車庫のある七百へ。
前から順にED402、モハ3603、モハ3401、トラ301、トラ302、5両の保存車両たちが出迎えてくれました。あまり走っていないからか、現役の頃よりもキレイな気がしますw

ここで十鉄の方に許可を頂いて、車庫内へお邪魔したところ…



クラの中には、銀色に輝くモハ7305の神々しい御姿が!!

銀一色に幌付き…これはヤバい美しい!
最近は運用数削減で7700系の3編成だけでも足りることから休車扱いだったと聞きますが、何やら整備の途中という感じでしたので、ひょっとすると今後この姿で運用に入ったり!?するのかも知れません。今後の動きに要注目です。

ところでこのクルマ、反対側は8000系と似ても似つかないヘンテコ顔をしていますが、



なんと渋谷行きwww

うっ…なんだろう、この妙な既視感というか、これはこれでアリなんじゃね?と思ってしまう感じ(笑)



ED301とモハ7204。



モハ7204は桜木町行きでした!

十鉄といい、弘南といい、東北の皆さんは桜木町が好きですねvv
どちらかと言えば「渋谷」の方が全国区のような気がするんですが、あの今や懐かしの”桜木町コール”って、もしかしてコチラでも有名なのでしょうか…そりゃ無いかwww
そういえば弘南では、ステージイベントで津軽三味線の演奏に出ていた地元の高校生たちが「やっべぇ、渋谷だってよ!アツいなぁ!!」なんて、ちょっと憧れの眼差しで6000系の表示を眺めていたのが印象的でした。



昼寝中の3番編成…。
コイツと運用に入っている1番、残りの2番は恐らく十和田市で留置でしょう。



少し柳沢方へ歩くと、良さげなアウトカーブを見つけたので一枚。
この辺りの下を新幹線が突き抜けていたりしますが、地上からは全く分からないですね(^-^;





柳沢~大曲の跨線橋俯瞰も行ってみたかったんですが、古牧温泉の紅葉がキレイだったので三沢へ戻って来ました。
ホント、土休日ダイヤは本数が少なくて、撮影地選びに悩みますね…。

来年3月の廃止が決定した十鉄ですが、あまり同業者さんも見かけず、まだまだ普段通りといった様子でした。日曜日はお客さんが少ないということは減便されたダイヤが物語っていますが、実際に乗ってみると大曲や柳沢と言った小さな駅からのお客さんも居て、あと半年したら本当に無くなってしまうんだろか…と疑問に感じたのが正直なところです。
新幹線の開通が、十鉄に追い打ちを掛けたといわれています。駅名こそ「七戸十和田」と名乗っていますが、新幹線は十和田を素通りして七戸に単独の駅を構えてしまいました。その七戸は、かつて南部縦貫鉄道の終着駅があったところ。鉄道が消えてしまう十和田と、鉄道が復活した七戸では明暗が分かれたかのように見えますが、結局は青森や仙台、さらには東京といった都会への道が便利になっただけで、どちらも自分たち地域の繋がりは希薄になっているんですね。
何か大切なものを、新幹線と引き換えに失っているような気がしてなりません。
突然決行!みちのく東急電車巡り #2
午後は、お待ちかねの臨時列車。大沢→大鰐→大沢→弘前→大沢と、津軽大沢を起点に大鰐線を合計1往復しました。動いている姿も撮りたいのですが、なんと言っても1台車1モーター方式という特殊な車両だけに乗って体感したい!
大鰐→中央弘前の便では、津軽大沢で20分ほど停車時間があります。
そこで、最初の大鰐行きを沿線のどこかで撮り、その返しを津軽大沢から近い場所で撮影、急いで駅へ移動して中央弘前まで1往復乗るというプランで攻めることにしました。

まずは大鰐行きの「沿線のどこかで撮る」ですが、これはもう定番の”あの”陸橋しかありません。大鰐線と言えば、



ここ!

JRをオーバークロスするヘロヘロのコンクリート橋。これでも2007年に3ヶ月ほど運休させてリフレッシュ工事が行われたんですが…見事にJRの部分だけ掛け替えて、あとは放置。
崩落すると恐いから、ウチの上のとこだけでも補修してくれ!って頼まれたんだろうか(笑)



雄叫びのような甲高い走行音を響かせて、6000系登場~!!
ウワサには聞いていましたが、姿が見える前から6000だ!って分かるほど、モノ凄く特徴的な音がしますね。しかも大音量。釣り掛けよりも洗練された音色だけれど、他の同世代の高性能電車とは明らかに異質です。

でもって、次の「津軽大沢から近い場所」というのも、朝のロケハンで良い場所を見つけました。





例のコンクリート橋から1駅先、距離にして1キロちょっとで、津軽大沢からも至近と言うロケーションです。徒歩で移動出来たので、乗る予定だった7000系も撮ることが出来ました。



大鰐方の運番が39(さんきゅー)!!



すぐさま撤収して、津軽大沢へ。



車内は走る展示室!
6000って、走行音が大きい割に意外と乗り心地は良いんですね。
構造が特殊なので部品調達に難があるのでしょうが、それほど草臥れた感じもしません。





15分ほどで中央弘前に到着~。あっという間です。
この折り返し津軽大沢行きが、本日最後の臨時列車。そして、お客さんを乗せて走るのも今回が最後だと言われているのですが、あくまでも鉄道の日とトレインキャスト1周年を記念した臨時列車という装いで、特にそういったアナウンスはありませんでした。
弘南さんは数年前に”さよなら運転”と銘打ってイベントをやった後、あっさりと検査を通しちゃった前科があるので(笑)今回もそうだと良いなーという淡い期待もあったりしますが、果たして…(^-^;



お隣の方が粋なことをされていたので、便乗して1枚撮らせて頂きましたwww



さて、津軽大沢に戻ってきました。
ここまで全く気付かなかったんですが、大鰐方が先頭のときは急行灯も付いていたんですねー。凛々しい!



急行灯を輝かせたまま、車庫線へ入れ替えて…



入庫!お疲れ様でした。

「鉄道の日」の翌日に当たるこの日は、大宮や海老名でもイベントが行われていたようです。
規制だらけで人だらけのJRや大手に比べ、弘南の臨時列車は座席が軽く埋まる程度の乗車率で、のんびりと6000系の走りを堪能できましたし、会場でも時間帯によっては誰一人カメラを向けていないときもあったので、6000へ近づいて撮るのも余裕。とても今回で引退してしまう(可能性がある)とは思えないほど、終始まったりとしていたのが印象的でした。
これだから、地方私鉄のイベントは多少遠くても参加したくなるんです(笑)





今回買った「大黒様きっぷ」という一日乗車券は鰐線と石線の両方乗れるので、帰りしなに黒石の方も一往復してきました。
原型顔で揃えてある大鰐線に対して、こちらは先頭化改造車や、ドアガラスがHゴム支持になっている編成も居たりとバリエーションが楽しめます。
ちなみに帯の色ですが、大鰐線=赤、黒石線=青が多いというだけで、特に区別されているワケではないようです。まぁ、お互い路線が独立しているので乗り間違える心配もないですしね(^-^;
突然決行!みちのく東急電車巡り #1
弘南鉄道の6000系が、今月15日に行われる鉄道の日イベントでもって実質引退というウワサを聞いて、急遽弘前まで遠征して来ました。
6000系は予備車になってからも愛好家グループが何度か貸切列車を走らせていて、広く参加者を募っていたので一度は乗っておきたいな、と前々から思っていたのですがなかなか参加できず…
この日は鹿島臨海の神栖へ行くつもりで休みを死守していましたが、もう二度と乗れないとなれば何が何でも弘南へ行くっきゃない!というワケで、最後の最後で滑り込みです(汗;





大鰐線はJR弘前から徒歩20分ほど離れた中央弘前という駅から発着しています。新宿から乗った夜行バスは当然JR側に着くので、朝っぱらから良い運動になりますねwww
”中央”と名乗るクセに商店街の路地裏のような、ちょっと見つけにくい場所にあって、なかなか怪しいムードが漂っています。



7000系の車内。弘南鉄道は日本で唯一冷房車が1両も無い地方私鉄で、新しい感じのコイツでも冷房は付いていません。
銚子のアレは一応冷房車ですよね使ってないけど(笑)



ほぼ東急時代の姿を保っているなかで、目立つのがこのリンゴ吊革
ハート型はレア。



弘南鉄道は初めて乗ったので、ロケハンも兼ねて終点の大鰐まで乗り潰し。



イベントが始まる頃を見計らって津軽大沢へ。



メインの6000は…なんと前面の帯を外して、なんちゃって東急仕様になっていました!
うーん、実にシンプルなデザインですねー。設計当時はアメリカの地下鉄を意識していたのか、何だかニューヨークで走っていても違和感無さそうw

行先表示は2編成前後で数分おきに変更され、かなりのバリエーションがあるので、以下ピックアップしてお送りします。



まずは…って、いきなり元町・中華街www
コイツが東横線を走っていた頃は、まだみなとみらい線はおろかランドマークタワーも着工すらしていませんでしたが、どうやらあちらの世界では大井町線へ転属されず、そのまま今も東横線で活躍しているようです(冗談)



続いて、二子玉川と快速千年行き。
武蔵野貨物線が旅客化して東横線が直通することになり…ってスイマセン、ネタがローカル過ぎますね(笑)



逆サイドは急行渋谷行きになっていました。



そして…出ました、定番の桜木町!!



6006号には運用番号表示も復活!
急行サボを付けているときは50番台、大井町線の幕では100番台を表示するなど、細かいところまで忠実に再現されていました。



ちゃんと側面にも急行サボが!
このサイドビュー、無数のコルゲートが如何にもステンレス黎明期の作品という感じでカッコイイですね。



6000の車内では、写真展や鉄道部品の展示が行われていました。
午後の臨時列車では当然撤去するもの…かと思いきや、飾ったまま走らせていてビックリw



こちらの吊革はリンゴ化されていません。
しかも「東横お好み食堂」東横店の8階って、今はイベントスペースだったような…こないだ北海道フェアをやっていたのが8階だったハズ。



ウサギに食われる整理券発行機の図。
会場では「ラッセル君」というゆるキャラが練り歩いていましたが、こやつは新ジャンル”怖かわいい”系キャラですなwww







ついつい6000系の方に目が行ってしまいますが、ラッセル車のED221+キ105やホキ、青帯の7000系も展示されていました。
首都圏の車扱貨物2011 #3 ~さよなら東亜石油専用線~
今回は、先月末で過去帳入りしてしまった東亜石油専用線をupします。
現役の車扱貨物をリストアップ…と言いながらスイマセン、ネタを準備しておきながら廃線までに間に合いませんでした(泣;;



東亜石油専用線は、鶴見線の昭和駅手前から分岐していた500メートルほどの専用線で、1日に最大6往復運転されていました。
この手の路線としては本数も多く手軽に撮影できるスポットだったんですが、既に今年3月のダイヤ改正から廃止を見越した臨時列車化が行われていたようです。



雑草をかき分けながら、ゆーっくりと通過するタキ。
夏場は特に凄まじく、レール面が光っていることに気が付かなければ、廃線跡と見紛う程ですね(笑)
ちなみに浜川崎から推進運転でタキを押し込んでいた為、機関車の顔がこちら側を向くことはありません。



でもって一番の見せ場はここ!
鶴見線から分岐してすぐのところに、県道を渡る大きな踏切がありました。
千鳥町のそれとは違い、ちゃんと遮断機があってデンジャラス度は少し低いのですが、扇町へ通じる道がこの県道一本だけなので交通量も多く(しかもその大半がでっかいタンクローリー)通過シーンは見応え充分vv



専用線内では、こんな黄色いスイッチャーも活躍していました。
コイツ普段は工場のなかで引きこもっているんですが、タキを入れ替えるときに一旦敷地外へ出る必要があるので、タイミングさえ合えば公道から撮影できることも。タキの両数が多ければ多いほど、手前まで来てくれます!





今回の廃止で、浜川崎駅の貨物取扱も無くなってしまいました。
もう残りの貨物列車は浜川崎駅を素通りするだけ。タキがたくさん止まっている風景も過去のものに…。



倉賀野から浜川崎へ向かう4047レ。数ヶ月前、何気なくカメラを構えていたらEF64の原色釜がやって来ました。
このスジは、10月以降も行先を川崎貨物へ変更して健在です。


セキ6000を台鉄っぽくする。
久々の模型ネタです。
先週は毎年恒例の日比谷公園へ行ったあと、mnさんのお誘いで某模型店主催のバーゲンイベントへ参加して来ました。



そこで定価の半値以下で投げ売りされていた、中古のセキ6000を2箱購入~。
これをどうするのかと言うと…



台鉄の”煤斗車”風に改造しますwww






はい、こんななりましたー。
改造と言っても、黄帯と所属表記を消しただけで作業途中の写真もクソもありません。ものの20分くらいあれば出来上がり!
よーく目を凝らせばセキや厚狭駅常備というレタリングが読めちゃったり、全体のサイズも一回り小さかったりするんですが、あくまでも雰囲気重視です(^-^;
実車の標記類も日本の国鉄フォントと一緒なので、遠目には違和感がありません。





台湾型の機関車を持っていないので、姿カタチの似たユニオンパシフィックのSD7が牽引している風に仕立ててみました(笑)
こんど台湾へ行ったら、機関車買わなきゃな…。

セキのカプラーは、前の持ち主さんがKATOの自連型へ交換していて、アーノルドカプラーのSD7では牽引できませんが、逆に台湾型とは互換性があります。



ちなみに日比谷公園では阪急3000の鉄コレを買いました。
京阪、大交はmnさんの戦利品ですw





GMの阪急電車と比較~。やっぱりGM製は一回り大きいですね。真正面から見ると神宝線と京都線か!?っていうくらいwww
…ただ、不思議なことに車体長は鉄コレの方が長いんですよ。

相変わらず値段の割にクオリティが高い鉄コレですが、やや残念なのが側面の窓サイズ。鉄コレの方は窓の天地方向が若干大きいのか、窓と屋根との間が浅く見えますね。
そう考えると、GMは古い製品にも関わらず良くまとまっています。さすが2000から8000系列まで、殆どのバリエーションが作れてしまう魔法のキットです(笑)
首都圏の車扱貨物2011 #2 ~消えゆくワムハチ~


安中貨物とは対照的に、いよいよ先が見えてきたのがワムによる紙輸送です。



富士、吉原、春日井にある製紙工場から東京、大阪へ出荷しています。ちょうど1年程前に新潟の焼島がコンテナ化されたので、これが今では日本で唯一のワム。そして、天下の東海道をほぼ全区間走破する最後の車扱貨物です。



日によってコキが混ざることも。
しかも、この日は相模(貨)で後ろのコキを全て切り離してしまって、



しょぼい(汗;

せっかくの0番台なのに、これじゃあ入換か小運転みたいだな…



かと思えば、こ~んなに長い日もあるんですよ。
ダダダダダダン!!タンタン!タンタン!タンタン!タンタン!…と、山の上まで響く2軸独特のジョイント音が素敵です。



でもってワムと言えば岳南鉄道!社線内ではED402、403と戦前生まれの入換え専用機ED501が活躍、貴重な突放作業も健在です。

写真は、今は亡き”茶ワム”が写っているとおり数年前のもの。
ED403も撮影した当時は赤+クリーム色へ塗り変えられた直後でしたが、最近になって茶+クリーム色へまた衣替えしたようで、この赤いデザインは短命に終わってしまいました。



岳南鉄道随一の撮影地、左富士を行く重連+ワム…この構図だと右富士ですけどねwww
2009年12月に行われたイベントでの一コマです。





吉原での入れ替え作業。
ここの構内はいつもワムで賑わっていますが、こうした風景ももうすぐ見納めに…。



富士ニュースという地方紙によると、JR貨物が「今年度限りで貨物輸送の休止したいんだけど」と岳南へ打診したそうです。沼津、吉原、富士で分散している貨物の取り扱いを、沼津~片浜間に建設が予定されている新しい貨物ターミナルへ集約してコスト削減を狙っているのだとか…ワムのコンテナ化は以前からウワサがあったものの、なんと岳南の貨物輸送自体がワムもろとも無くなってしまう可能性が出てきてしまいました(汗;
貨物輸送へ大きく依存している岳南側はもちろん休止の撤回を求めているようですが、いずれにしてもワムの老朽化は避けられず、来年の春には大きな変化がありそうです。