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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
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かなりんに「がんばろう!東北」ヘッドマーク


海沿いの工業地帯でヘッドマーク…といえば、今月20日から神奈川臨海鉄道でも「がんばろう!東北」ヘッドマークがお目見えしました。
このマークは、被災地の復興に縁の下で支えてきた”かなりん”が東北各地の仲間(臨海鉄道)へエールを送るべく、国土交通省東北運輸局との協力で実現したそうです。
思えば、東北地方にはたくさんの臨海鉄道がありますね。こないだは十鉄のついでに八戸臨海へ行く予定でしたが、そんなこんなで行けず仕舞…工場萌え、臨鉄マニアを自負しておきながら、東北の臨海鉄道は未だに1ヶ所も行けてないです(^-^;



まずは定番、小島新田駅前の跨線橋から様子を伺うと…おぉ!さっそく居ますね。
ヘッドマークは塩浜機関区に在籍している機関車5台のうち、DD602とDD5516の2台に取り付けられています。どの運用に入るかは当日の運次第。
…というワケで、千鳥線のエチレン貨物から狙ってみたんですが、



そう簡単には当たらんですよ…orz

時刻表では単機ということになっている昼間の川崎貨物→千鳥町便、この日はコキ1両を引っさげて来ました。







入れ替えを撮りまくる!西群のヤードは列車が来るだけで絵になりますねー。
ただ、この日は市営埠頭の方にある穀物倉庫で火事を起こしたらしく、いつもの薬品臭にプラスで数メートル先が霞んで見える、という凄まじい環境が展開されていました…自転車漕いでて身の危険を感じるレベル(汗;
台湾御用達の巨大なマスク(カラーバリエーション多数)を買っておけばよかったwww



折り返し川崎貨物行きは、千鳥町名物の大踏切で一枚!

千鳥線は2006年から約2年間、定期列車の設定がありませんでした。三条が初めて千鳥線を訪れたのはちょうどその頃で、その後も何度か甲種を撮りに出向いたことがあるものの、純粋な貨物列車を撮ったのは今回が初です。
鉄道の貨物輸送が衰退するなか、この手の路線で定期の貨物列車が復活した!というのは、とても貴重なケースですね。

さて、次は浮島線へ行ってみます。今度こそヘッドマークを…



はぃ、ハズレ~orz

…ま、まぁ5台あるうちの2台だもんね。己の運の無さを呪いつつ、三度目の正直だよ!頼むよ!!と、一旦川崎貨物へ戻って機関車の様子を確認すると…DD5516がタキを繋げて出発の準備をしていました!



ようやっと撮影成功!!

いやーカッコイイですなぁ!赤いマークが、青い車体によく映えます。



返し便は殿町のカーブで。

最近は、JRのカマにも被災地応援ステッカーが貼られていたりしますが、かなりんのは先頭で、それもちゃんとした板になっていてファンとしても嬉しいですねvv
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神奈川臨海鉄道 | トラックバック:0 | コメント:3
[ 2011/07/29(金) 22:26 ]

和田岬線、今年で電化10周年!


武庫川線で旧型赤胴車を堪能したあとは、和田岬線にも行ってみました。
ここも総延長わずか2.7kmの小さな支線です。小さい…と言っても、武庫川線よりかは1km長いんですけどねw



まずは、兵庫駅の和田岬線のりばです。
和田岬線の駅は兵庫と和田岬の二つしかなく、隣の和田岬駅は無人なので、ここで集札が行われています。もし兵庫から和田岬まで乗った場合、普通に通過すれば1分も経たずに切符が手元から回収されてしまいますね(^-^;

でも、ナゼか改札口にバリケードが張ってありますが…??



はぃ、運行時間外でしたwww

平日でも昼間の10~16時のあいだは一休みしています。なんと休日は1日2往復!!
そんな朝夕の通勤輸送だけに特化したマイナーな路線ですが、実は和田岬線と言うのは通称で、こんなんでも立派な山陽本線の一員だったりして侮れないです。





今月から電化10周年を記念したヘッドマークを付けて走っています。
”乗り”の方は、以前ジャンボフェリーに乗る前の時間潰しで往復したので(笑)今回は沿線での”撮り”に専念しました。夕方の便を撮影する場合、日の長い夏場でないと厳しいですね。

電化する前はキハ35が、もっと昔は旧型客車がプッシュプルで走っていたり、いつの時代もボロ→貴重なクルマが活躍している和田岬線。今では地味な103系も、あと10年くらいすれば貴重な生き残りとして注目を浴びるかもしれません(関東の人から見たら、もう既に十分貴重だよと言われそうですがwww)
JR西日本 | トラックバック:0 | コメント:3
[ 2011/07/26(火) 23:05 ]

最後の楽園、武庫川線
前回の記事で書いたとおり、身内に不幸があり実家へ帰っていたのですが、葬式や遺品整理も一段落したところで、少し気分転換に神戸の方へ行ってきましたー。



…というワケで、まずは久しぶりに阪神武庫川線へ。
阪神本線の武庫川から枝分れして武庫川団地前まで僅か4駅、総延長はたったの1.7kmしかない小さな小さな支線です。





武庫川線ではワンマン化…の他、色々改造されて最高速度45kmしか出せない専用の赤胴車、7890-7990形が活躍しています。ずいぶん寂しい姿ですが、かつて赤胴車の隠居先だった西大阪線が今や優等列車も走る立派な本線格に化けてしまったので、静かに余生を過ごせる場所というとココしかありません。
2000系も引退して、昔ながらのスタイルをした赤胴車はますます貴重な存在に…。



片開き扉の赤胴車、7861-7961形も!!
昼間は1編成が行ったり来たりを繰り返している武庫川線ですが、朝夕のラッシュ時にはもう1編成が運用に入るので、



こんな窮屈なところで待機しています。
右に分岐しているレールは本線との連絡線で、一度スイッチバックして武庫川線のホームへ入る構造になっています。狭い敷地に無理矢理レールを敷いた感じが堪らないですねwww
早朝や深夜に尼崎車庫から来る回送電車がここを利用するそうで…たった1.7kmですが、濃いぃ見どころ満載の武庫川線。これはゼヒ、沿線でマルヨしてでも見てみたい。

ちなみに、この写真は2008年撮影です。オーバークロスする本線には2000系の姿が!



先月末に引退した2000系は、尼崎の留置線に止まっていました(車内から撮影)
阪神では特にマークを付けたりイベントをしたりせず、ひっそりと引退するのが特徴ですね。



2000系の写真を…と思って探してみたら、こんなのしかありませんでした。次世代の赤胴車1000系と一緒に写っているので、貴重な記録と言えば記録ですが。
次世代の赤胴車…と書いてて思ったんですが、1000系を赤胴車と呼ぶには何か違和感がありますね。最近の急行系はオレンジっぽいし、コイツの場合ドアに色が入ってるから橙ドア車か!?



最近まで活躍した赤胴車といえば8701-8801-8901形というのも居ました。3801-3901形4連2本を6連1本へ組み替えたクルマで、8000番台の名乗っているクセに8000系とは特に関係がないという変わり種でした。
この組み換えで余った2両が、今も武庫川線を走っている7890-7990形だったりします。


***




改良工事中の阪神三宮駅。
久々に降りてみると、優雅な曲線を描いた年代モノの柱が目に飛び込んできました。以前は、天井やら壁やらを上から塞がれていたので、ほとんど表からでは見えなかったんですね。三宮駅の開業は昭和8年だそうで、改めて歴史を感じさせてくれました。
日本って、何でも近代的に見せようとハリボテを被せることがままあるんですが、こういう造形をもっと活かせないのかなー、なんて思ったりします…。今の方が断然カッコイイぞ!

ところで、この工事の進展に伴って今月23日で見納めとなったイベントがあります。それは…





ドアカット!

神戸近辺だと山陽電車の大塩が有名どころですが、三宮でも3番線に6連が入線した場合、降車ホーム側の1両だけ地味~にドアカットが行われてました。
1両…と言っても、ぶっちゃけドア1枚分足らないだけだったので、博物館動物園みたくホームをちょこっと延長すればドアカットしなくても済みそうなんですが(^-^;

阪神 | トラックバック:0 | コメント:3
[ 2011/07/25(月) 20:49 ]

十鉄、過渡期の記録から


こないだの三連休に行われた「とうてつ電車まつり」
十和田観光電鉄では釣り掛け電車2両と凸型の電機2両、木造貨車2両の計6両が動態保存されていますが、それら超骨董品たちが3日間走り回るという、三条的に今年一番のドストライクなイベント!だったんですが…さて、明日は朝一番の新幹線だぞ!!と早めに身支度をしていた丁度そのときに、祖母が亡くなったと実家から電話が入り、急きょ準備した旅行カバンはそのまま東北ではなく大阪へ連れて行くことになりましたとさorz
ばぁちゃん…つい先月帰った時は元気だったのに、な…(泣;;

今回の電車まつりは大盛況だったそうですし、この調子で第2弾を期待して待つことにしましょう。それか、いっそフォトランを申し込んで、自分好みの編成を仕立ててしまおうか…。





そんなワケで、今回は約9年前の2002年9月に撮った写真を引っ張り出してきましたー。
東急からステンレスカーが渡ってきて、旧型電車たちが引退した頃ですね。それまで在籍するクルマの全てが旧型電車、非冷房…オマケに10年以上も入れ変わりがない、というのは当時でも非常に珍しい存在で、谷汲線(2001年廃止)で旧型電車の魅力にどっぶりと浸かってしまった三条にとって、何としてでも置き換えられる前に訪ねたかった場所でした。





ノーシル・ヘッダーの美しい車体と前パン、吊り幌!!

東急からやってきた3000系は、車両ごとに個体差がありましたねー。
なかでも3811号は一番のお気に入りでしたvv



外見は古風な3000系ですが、車内は東急時代にリニューアルされていて明るい印象。





この日は旧十和田市駅の構内が一般解放されていたので、電車を間近で見ることができました。
既に当時から電車の発着はショッピングセンターとセットになった新駅へ移転していましたが、まだ旧駅も残されていて留置線として使われていました。年代モノの駅舎も十鉄の社屋(?)か何かで利用されていたようですが、既に廃墟同然。
今だったら建物の方ももっと写真に撮って記録してただろうなぁ…(^-^;



ED301。電車とお揃いの十鉄カラーですが、機関車のフォルムに合せてアレンジが加えられています。芸が細かい!
後ろにチラっと写っているED402とともに、今も動態保存されています。



クハ4406。
バス窓がずらっと並んだモハ3401の弟分ですが、微妙にデザインが違っていて若干野暮ったいw



モハ3809は3つある扉のうち十和田方の2枚だけ、窓が一回り小さくなっているのが特徴でした。
それから、連結面のクセにヘッドライトが付いていますよね。3000系のモハは全て両運転台に改造されているのですが、実は増設した側の運転席が半室構造になっていました。こちら側には乗務員扉も無いので、クハ3810か3802を増結すると遠目には2連で固定されているかのように見えるというワケです。
ちなみに運転室の無い側は、ごく普通のロングシートになっていたりします。増設運転台が先頭に出る単行運転のときに最前列でかぶり付くと、さぞ眺めが良いでしょうね~。残念ながら三条はイベントの日に行ったので、単行で走るシーンには出くわしませんでしたが…。
モハ3603が単行で走ればなぁー。今はブレーキの関係でダメなんでしたっけ?



でもって十鉄のクイーンといえば…モハ3401!!
均等のとれたスタイルと塗装が見事にマッチしていて、美しいですね~。デビューした昭和30年当時は、東北一のデラックス車両と言われたそうです。木造車ばかりの時代に突如現れた全金属製の車体は、さぞ輝いて見えたんだろうなぁー。そして都会の電車にも負けないクルマを世に送り出せるほど、当時は地方私鉄が元気だったんですね。
真っ先に営業運転から外れた3401でしたが、十鉄にとって特別な1台なのでしょう、今も大切に動態保存されています。

おや?3401のすぐ後ろには、何やらステンレスカーがポツンと1両だけで止まっていますが…??



魔 改 造 ! !

まだ整備中だった魔改造君、7200系でしたーw
帯が途中までしか貼られていません…いや、8000系(?)から発生品を持ってきて、そのまんま放置プレイしたと言う方が正しいかwww



そして現在の主力7700系。ちょうど出発式に合わせて十和田市で車交するため、旧駅から回送されて来たところです。これも行止まり式の棒線になってしまった今では、組むことができなくなってしまったダイヤですね。
現在、旧駅跡には新しいショッピングセンターが出来たそうです。グーグルマップを見た限り、当時の面影というと車止めの直前で不自然に曲がったレールくらいでしょうか…。



デビュー記念の特別仕様!?三沢方のみ、赤帯を剥がした姿で走りました。なんちゃって7000系。
あ、でもコイツ7700系なので足回りはVVVFなんですよ~。ワンハンドルマスコンで、もちろん冷房付き!VVVF車が私鉄へ譲渡されるケース自体が初めて、さらにこれまで吊り掛け式、非冷房のオンボロ電車しか走っていなかったところへ突如現れたワケで、この交代劇は衝撃的でしたね。



桜木町!!

ただ見てくれは7000系なので、七百に居たもう1編成も帯を剥がして遊ばれてましたwww





行き帰りに乗った特急はつかり号。
東北新幹線は盛岡止まり、IGRや青い森…なんて鉄道もまだありませんでした。十鉄を取り巻く環境も、この9年間で様変わりしてしまいましたね。

北海道・東北地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:2
[ 2011/07/24(日) 01:11 ]

がんばっぺ!茨城 (下)
さて車庫に止まっているキハたちを一通り撮り終えた後は、駅前からバスに乗って鹿島臨海鉄道の大洗駅を目指します。
と、その前に。茨交バスの営業所を覗いてみたら…



うぉ!?

見事に満員御礼!しかも揃いもそろって富士重の四角い車体が、身を寄せ合って待機していました。
以前訪れた時には6Eとかも何食わぬ顔で走っていたので、もしかしたら…と期待してたんですが、世の中そんなに甘くないです(^-^;



50系統、大洗経由茨大行きに乗り込みます。
それほど古くはない…といっても、三条の地元はノンステップやらハイブリットやらがワンサカ居る地域なので、2段窓、ステップ付きのクルマを見ると懐かしさを感じますね。
そして何よりも匂いがいい(また始まった)



那珂湊のロ-タリーを出てすぐのガソリンスタンドに給油中の仲間がいた。
なかなか街中のガソスタで給油する路線バスって見慣れないので、軽くシュールwww
茨交って、そこそこ大きなバス会社なんですが、専用の給油設備が無いんですかね…。というか、那珂湊所属のバスがみんなここで給油しているとしたら、相当なお得意様!



大きな橋を渡った先は…



海ー!!!

なんてことない生活路線なのですが、橋を渡ったり、海沿いを走ったり…と、とにかく景色が良いです。大洗の市街地は表の広い道ではなくて、路地裏のような狭~い旧道(?)を経由するのもポイント高い!

30分ほど揺られて「大洗駅入口」バス停に到着しました~。



そこらじゅう張り紙だらけの改札口。
鹿島臨海鉄道も暫く全線でストップしていたのですが、4月に入ってから徐々に復旧、最後まで残った新鉾田~大洋間も7月12日(今日…あ、日付変わったから昨日か;)から運行を再開して、4ヶ月ぶりに全線開通へと漕ぎ着けました。



鹿島臨海の主力、キハ6000形。
三セクの軽快気動車といってももう30年選手なので、なかなか年季が入ってきました。四角いハコのようなデザインは、なんとなく同世代の神岡鉄道と似た印象を受けますね。
さりげなく、足回りは改造前のキハ37(久留里線のアレ)とほぼ同じ、縦形エンジンを採用しているあたり侮れないですvv



側面には「全線開通」と「がんばっぺ!」のシールが貼ってありました。
がんばっぺ!茨城プロジェクトの詳細はこちら
みんなでGAMBA-PPE!を世界共通語に!



新鉾田駅から鹿島神宮方面を望む。
レールが光っているのは、左の留置線まで…。



鹿島臨海の代行バスは、ひたちなかのより一回り大きいマイクロバスでした。お客さんの入りも、こちらの方が多いのですが…見事に高校生しか居ない。
なんだかスクールバスに潜り込んでしまったみたいで、ちょっと居心地が悪かったりしました(笑)
そうか、みんな平成生まれか…昭和生まれの三条は確実におじさんカテゴリーだよ!同士は運ちゃんしか居ないですもの!!orz



車窓に映る高架橋。
列車からの眺めも、広大な田んぼの上空を走っててすげぇーなぁと思うんですが…沿線から見ると、それこそ万里の長城みたい。



20分ほどで大洋駅に着きました。あまり大きな駅ではなく、普段は無人駅のようです。
いまの期間だけ、駅員さんが仮設のテントを張って常駐していました。



既に鹿島神宮行きが待機していますが、発車まで20分待ち…新鉾田もそうでしたが、代行バスとの接続が悪いこと悪いこと。大洗から鹿島神宮まで2時間ちょっとの道中に、合計で1時間近くも待ち時間が発生するんじゃあ、学生以外まず利用しないですよね…(汗;
徐行区間もあるので、平常時の所要時間と比較するのは野暮ですが、この待ち時間はもうちょっと何とかならなかったのかな…と感じました(もう復旧したので、今さら言ってもアレですが(^-^;)

というワケで、お客さんも殆ど乗ってないし、待ち時間を利用してキハ6000を観察しよう!の巻。



パッと見は新しい感じのするキハ6000ですが、海沿いを走るので結構疲れてます。
方向幕は上り下りとも無表示でした。大洋行きは入っていないにしても、ナゼ鹿島神宮行きも無表示…!?



でもって、このアイテムに感動www
パタン!てやると喫煙車になるんだろうなー、時代を感じます。



2つ扉+田の字窓+転クロ、という組み合わせは117系風味。
首都圏で転クロは珍しいですね。



ありきたりのネタですすいません…日本一を目指した結果がこれだよ!
駅配布のポケット時刻表にはあっさりと「公園前」になってて、長者のメンツ丸つぶれ(笑)

ちなみに、これを凌ぐ究極の「公園」は千葉の山万。



鹿島神宮に到着~!今回の後半戦は、がっつり乗り鉄ですね。
思えば鹿島臨海に乗ったのって、かれこれ10年ぶりだったり。今は亡き鹿島鉄道から鉾田入りしたときに水戸まで乗って以来、すっかりご無沙汰していました。なので新鉾田より南側は今回が初。
といっても新鉾田~大洋間は代行バスなので、厳密には”乗り残し”になってしまいましたが…いずれは鹿島臨港線の方にも行ってみたいですし、まぁまた再訪する口実が出来たということで。

鹿島臨海鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2011/07/13(水) 01:13 ]

がんばっぺ!茨城 (上)


明日で震災から4ヶ月…というのを見計らったかのように、今朝も揺れてガクブルなのですが(汗;
荒ぶる地底のプレートに怯えているだけでは何も始まりません。
というワケで昨日は、茨城県下でも特に大きな被害を受けた沿岸部の私鉄、ひたちなか海浜鉄道と鹿島臨海鉄道へ乗って、お布施してきました。がんばっぺ!





いつものように常磐線から降りて、お馴染のプレハブ小屋で一日券を買って、中間改札を抜けるとキハ3710-02がお客さんを待っていました。
ただ一つだけ…いつもと違うのは、その列車が平磯行きだということ。

震災後、暫く運転を休止していた湊線ですが、先月25日から那珂湊~中根間(1区間、1日2往復のみ!!)で再開したのを皮切りに、今月3日からは勝田~中根・那珂湊~平磯間も復活!残った末端部の3駅、平磯、磯崎、阿字ヶ浦の間では代行バスが運転されています。
それにしても中枢の那珂湊が津波から難を逃れたのは、不幸中の幸いですね…。



一日乗車券。通常版は800円なのですが、+200円の応援券付きを買うと硬券バージョンになります。
少しばかりですが、こういったカタチで貢献できればなぁ…というワケで応援券付きのを買ったら、シリアルナンバーが”223”!!こういうのちょっと嬉しいvv



中根で降りて、田んぼ沿いを歩いているとキハ37100-3がやって来ました。
普段なら新型ばかり…というのは残念賞なのですが、何だかんだで2年ぶりに訪れたひたちなか、実は新塗装もラッピングも撮影したのは今回が初!ということで、ハズレくじは無しです。
それに3710君なら、正面にも方向幕があるので「平磯」行なのがちゃんと分かりますしね。





盛土が崩れ、レールがグニャグニャに変形したという中根付近ですが、今ではご覧の通りです。
明るいグレーのバラストと立派に整備された軌道を見ていると、なんだか振り子式の特急でも走って来そうな雰囲気www



でもって、もっとも衝撃的なシーンがこちら…あの溜池がな゛、無くなってる!?



震災前は、こんな風景でした。
レールが盛土ごと流され、その隣の溜池も決壊してしまったんだとか。
自然の力って恐ろしいな…と、改めて感じますね。



せっかくなので、平磯から阿字ヶ浦まで代行バスにも乗ってみました。
小さなマイクロバスが駅3つ分を行ったり来たり。1台でやり繰りしているので、なかなかタイトです。



車窓からチラっと見えた湊線の復旧現場。
この辺りは特に揺れが激しかったのか、今も瓦屋根が落ちてブルーシートに覆われた家や、アスファルトの浮いた道路などを街のあちこちで見かけました。





阿字ヶ浦。
年季の入った駅舎はこれまで通りですが、構内へ一歩足を踏み入れるとホームが綺麗になっていてビックリ。震災で造り直ししたのかな?と思いきや、これは去年の12月からなんですね。
まさか完成から3ヶ月ちょっとして、暫く封印されることになろうとは…。





再び代行バスで平磯へ戻って、那珂湊へ。
車庫で休んでいるキハ達を見ると…しっかりと代行バスの表示が!
先月、那珂湊~中根で区間運転をやっていたときも特製のサボが取り付けられたそうです。





そして、首都圏色になったキハ203とご対面ー!つるっつるやぞ!!
とても廃車体とは思えない輝きを(主にデコから)放つその姿、つい最近まで車体の至る所から塗装は剥がれ、錆びも浮きまくっていたのがウソのよう…これはゼヒ鉄コレで再現したい。
側面にはキハ20-429という車番も書かれていますが、国鉄時代の番号でしょうか。



那珂湊駅の待合室には、被災した直後と復旧工事中の写真が展示してありました。
現場の生々しい傷跡から、3710君3重連による試運転、キハ37100-3+ホキの工臨などなど…貴重な記録を見ることができます。
湊線 | トラックバック:0 | コメント:4
[ 2011/07/10(日) 23:52 ]

房総の湘南色。


先日、幕張区の117編成が北長野送りになったそうなので…今年の5月初めに走った、湘南色の10連をupしたいと思います(もしかしなくても、撮るだけ撮ってupしそびれてたネタです^-^;)





長ぇぞ!!

東海道の15連には及びませんが、今どきのステンレスカーには無い重厚感が堪りません。コイツは”列車”って感じがしますね。



この奇跡の10連は廃車前の走行距離調整だったようで、6連方のS62編成は分割された直後に運用を離脱しました。
これまでにも何度か湘南色10連が発生しているのですが、所定209の運用をわざわざ代走、しかもゴールデンウイークの真っ只中に…というのは、軽く狙ったとしか思えんwww



元国府津電車区のクルマは、車内がほぼオリジナルなのも良いです。
堅実な造りをしたボックスシートに淡い緑色の落ち着いた化粧板、頭上には無駄にでっかいドアエンジンのハコ…あの中には一体何が入ってるのか気になって仕方がなかった、という幼いころの思い出。私鉄慣れした三条にとって、偶にしか乗らないJRは不思議がいっぱいでした(笑)



これは、また別の日。銚子電鉄へ行った帰りに、千葉駅で遭遇した湘南色+スカ色の10連です。
いま幕張区に残る113系は4連9本のみだそうで、もう113系だけで10連を組むこと自体できなくなってしまいました。房総半島のスカ色たちも、いよいよ最終章へ…
JR東日本 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2011/07/08(金) 00:26 ]

台湾で鉄路迷! #14 ~阿里山森林鉄路~
もう7月ですか。
2011年も半分が過ぎたのかーと思いつつ…何の脈絡も無いのですが、忘れないうちに台湾で鉄路迷!シリーズの続きをupします(^-^;



烏樹林から再びタクシーで新営まで戻ってきました。
ここから区間車に乗って3つ目の嘉義で下車して、本日2カ所目の”五分車”阿里山森林鉄路を訪ねます…が、正直これは賭けでした。乗り継ぎが上手くいくか…ということもありましたが、列車がちゃんと走っているかどうかという一番肝心な情報があやふやで、現地へ辿り着くまで気が気じゃなったですよ…(汗;



それだけに、阿里山鉄道のりばで鉄路迷さんを発見したときの安心感は半端無かったです(笑)

阿里山鉄道は、台鉄ホームの端に設けられた切欠きホームから発着しています。このちょこんと佇んでいる感じ、地方私鉄してますねー。
中間改札も無く、車内で切符を買うようなスタイルでもなさそうなので、車掌さんに切符売り場はどこか訪ねたら「隣の北門駅で買って」
…というワケで、そのまま車内へ。



台糖の五分車を体験したあとということもあって、めちゃ近代的に見える車内www
冷房はもちろん、各車両ごとにトイレの設備まであります。



暫くすると車庫が見えてきました。
構内は広々としていますが、その殆どが荒れ放題で、ここ最近使われた形跡がありません。

…それもそのハズ。嘉義から阿里山へ至る嘉義線のうち、中腹の区間は2008年の台風で被災して以来寸断されたままになっていて、今も直通する列車が運行されていないんですね。山頂付近では、バスで訪れた観光客向けに列車を走らせていますが、一方で残された麓の区間は目立った観光スポットも無く、日本で売られているガイドブックではさっぱり省かれているか、例え載っていたとしても情報がまちまちだったりしました。頼みの綱のインターネットも、ここ数年で阿里山鉄道の経営者がころころ変わってしまったので公式ページが機能しておらず…orz
冒頭で列車が走っているかどうか分からない…というのは、そういうことだったんです。



廃車体置き場と化した北門車庫のなかで、数少ない動けそうな機関車を発見。手前にはピットもありますね。
そういえば、山頂で働いている機関車や客車たちの点検とか、どうしてるんだろう…。



北門では数分の停車時間があるので、一旦下車して切符をGET!
嘉義は台鉄のを間借りしている感じでしたが、ここはちゃんと自前の駅舎があって、駅員さんが切符を売っています。近くに車庫もあるし、なんだか銚電の銚子と仲ノ町の関係みたいですねwww





阿里山を登る…といっても、麓の区間は至って平坦。長閑な風景が広がっています。





北門から30分ほど走って、終点の竹崎に着きました。麓の列車はココまで。



竹崎駅の時刻表。休日に1日2往復だけ運転されています。
民国99年12月25日開始…ということは、少なくとも2010年12月25日から麓の区間が復活していたことになりますね。

ちなみに阿里山方面への接続は全く考慮されておらず、代行バスのようなものもありません。
というか、嘉義~竹崎で完結する一種の観光アトラクションで、端っから阿里山へ行くことは目的としていないようです。五分車ブームに乗っかって、被災を免れた区間だけでも列車を走らせてみっか!という感じ。
なので、ここまで乗ってきたお客さんも、全員が折り返しの列車でとんぼ返りします。



それで客車4両というのは、ちょっと過剰気味な気もしますが…(^-^;



ヘッドライト付きの怪しい貨車たち。なんだかコトデンのデカ君っぽいwww
阿里山鉄道では山へ登る”上行”列車の場合、機関車が客車を押すカタチになるんですが、そのとき先頭の客車には監視員が乗って後ろの機関車へ合図を送っています(合図を送るだけで機関車の制御はできないのがミソ(^-^;)
恐らく貨物列車のシステムもそれと同じで、赤いハコの部分は監視室でしょう。ということは、このデカもどきが先頭に立って山を登るのか…やっべ、萌える(笑)



阿里山方は、こんなデルタ線になっています。支線が分岐しているワケではなく、このデルタ線を使って機関車や客車、貨車の向きを変えていたようです。竹崎から本格的な山岳区間へと突入するので、かつては補機を付けたり、機関車の交換が行われていたのかもしれません。
きっと、ここから先が面白いんだろうな…。



車体には「阿里山⇔嘉義」の文字が入ったまま…早期復旧を願いたいですね、と締めくくりたいところなのですが、なんと三条が訪れた1ヶ月後に山頂付近の神木線で脱線事故が発生してしまい、復旧どころか嘉義~竹崎間を含めた全線で運休という状態が今も続いていますorz
日本では原発の話題で持ち切りだったことや、日本人が乗っていなかったこともあって、あまり大きくは報道されていなかったんですが、倒壊した木に乗り上げて脱線→鉄橋から客車が転落する大惨事だったそうで…阿里山、加油!!
台湾 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2011/07/05(火) 23:30 ]


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