> 私鉄屋雑記帳 2010年11月
プロフィール

三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

ご意見、ご感想等々、管理人への連絡は下の「メールフォーム」からドウゾ…!!



最近の記事



最近のコメント



月別アーカイブ



カテゴリー

※ただいま整理中です※
カテゴリーに沿わない記事が引っかかるかもしれません…。



ブログ内検索



リンク集

このブログをリンクに追加する



その他いろいろ



アクセスカウンター



フラッグカウンター

free counters



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



RSSフィード



常総線にもイベント列車!
引き続き関東鉄道ネタ。
11月28日に常総線でキハ300を使ったイベント列車が走りました。

「秋満喫!キハ350形レトロ列車で行く撮影会を開催いたします!」
http://www.kantetsu.co.jp/news/101008_train_event/101008_train_event.html


ここ最近の常総線はTXの影響をモロに受け、列車の減便や減車でもって、旧型キハたちの出番は徐々に減りつつあります。特に国鉄から渡って来たキハ350は、朝ラッシュや花火大会の増発ダイヤでも1本動くか動かないか…というのが現状です。
しかし!今回のイベント列車は、そんなキハ350が休日の真っ昼間に走るばかりか、普段はまず入線することのない水海道以北、下館口へ顔を出す!!というワケで、行ってきました~。



今回も水海道駅で自転車を借りました。
すると、数年前に青いキハ350を追っかけたときと同じ銀色のママチャリ、水海道2号君が登場~。
久しぶり、今日もよろしくな。

まずは水海道を南下して車庫へ…



午後の撮影会に向けてスタンバイするキハたち!切妻顔のキハが整列すると圧巻ですねwww

ところで…水海道~下館では、キハ101か102のどちらかが一日一往復走ります。公式ページによると水木金および土休日ダイヤ=101、月火=102になっていますが、今回は101号が撮影会に駆り出されているので…



102号が出て来ましたー!!

今日はティッシュ箱君が代走ですwww



続いて、臨時列車も出庫!

関鉄標準塗装を纏ったキハ358+キハ3511ですね。イベントというと、事あるごとにリバイバルカラーの編成が抜擢されるので、標準塗装のは逆に有難かったり。
しかし…幕はナゼに試運転??

守谷への送り込み回送は車庫内の配線上、一旦スイッチバックする必要があるので、停車時間中に先回りして、



車庫南側の踏切から一枚。今度はフライングで臨時幕にwww
この時点では、まだ客扱いしてません(^-^;



中妻に停まる臨時列車。
送り込み回送が、予想よりも遅い時間にやってきたので、ここまでの移動時間が結構タイトに…仕方なく、こんな絵になってしまいました。
どう足掻いても下館行きは逆光になってしまうので、まぁいいか。



中妻~三妻。ティッシュ箱が帰ってきた!



1時間ほどして臨時列車も帰ってきました。
うーん、単線区間を行くキハ350は新鮮ですね。でもってスバラシイ光線状態…!!





もういっちょ、チャリで南下して水海道車庫へ!!
ちょうど撮影会が始まったばかりで、臨時列車を加えた4色4並びを見ることができましたー!ホント、国鉄キハ30って四角いなぁwww
この撮影会、もちろんツアー参加者以外は入場できないんで、外から望遠で撮らせていただきました…。実際に撮影会やってるのを目の当たりにすると、近くでも見たかったな…という気が湧いてこないでもないですが、でもそうすると単線区間を行くキハ350を沿線で撮れない(汗;
乗るか、撮るかの究極の2択は、テツをやってく上で永遠のテーマです。

ちなみに。沿線でご一緒させていただいた方によると、先着順だった今回の臨時列車は、予約開始から1日で完売してしまったそうで…どのみち参加するのは難しかったのかも(^-^;



一方、外野のキハたち。
公道からでも、車体に触れそうなくらい近くで見られるこのポジション、車庫の最奥なので基本的に普段あまり使わないクルマの置き場になっていて、ボロばっかりが寝てますvv
しかも数年前の写真と見比べても、殆どメンツが同じだったり…。すっかり錆きってしまって、暫く動いた形跡の無いクルマも。



キハ0と310。一見同じに見える子たちですが、こうして並ぶと両車の違いが一目瞭然!





撮影会のフィナーレを飾ったのはDD502の…ゲホゲホ、デモ走…ゲホゲホ!!ちょっと煙た過ぎくないですかwww



撮影会の後は、車庫から水海道駅までの送迎列車が運転されました。参加者の皆さんは水海道で解散、というスケジュールだったようです。



送迎列車の折り返し回送。
昼間は霞んで見えなかった筑波山ですが、夕方になると稜線がうっすら浮かんでいました。
スポンサーサイト
ついでにバスの方も古かったりする竜ヶ崎。


竜ヶ崎車庫の裏手には、関鉄バスの竜ヶ崎営業所も併設されています。
一見、そこそこ新しく見える角ばったクルマが多いんですが、さりげなく平成初期のいすゞが混じってたりして…気になるぞ!!

そんな営業所の片隅に、丸っこい好ましいスタイルをしたボロバスを発見。



おぉ!?



6E!!ちょうど出庫するシーンに出会えました。

その後も竜ヶ崎車庫でキハを撮りつつ、ちらちら営業所の方を覗くと…





お、6Eが戻ってきた…ん??コイツ、さっきのと違うぞ!?
このタイプ、もはや首都圏近郊では絶滅危惧種といって良いほど見かけなくなってしまいましたが、ここ竜ヶ崎では他にも仲間が数台居るようです。

ご近所さんの茨城交通もなかなかボロ車揃いでしたが、関鉄も負けてませんねvv



さらに、こんなのも…!!富士重工の7B、特定車でしょうか。これまた年代モノです。



左から路線バス、観光バス、気動車www 
ホント、線路のすぐそばまで営業所の駐車場になっているので、こうして仲良く肩を並べて休んでいたりします。

※この写真は2009年9月の撮影。



おまけ。水海道営業所で見かけた古めのいすゞ。恐らくコイツも富士重工の6Eとほぼ同世代のクルマですが、いすゞのボディは角張っていて、トシの割りに若く見えますね。
ちなみに水海道営業所も、常総線の車庫のすぐ近くにあります。

※この写真は2007年12月の撮影。
実は竜ヶ崎線の方が古かったりする関鉄。


今年は阪急や京阪など…大手私鉄が続々と100周年を迎えていますが、その一歩先ゆく110歳の誕生日を迎えた鉄道があります。

関東鉄道竜ヶ崎線

へぇ~関鉄さんってものすごく歴史のある鉄道会社だったんですね。さすが複線区間に高頻度運転を誇る、非電化私鉄最大手というだけのことはあるわ…ってそれ常総線だしwww
えぇっと。竜ヶ崎線というのは実質メインの常総線とは直接つながっていない飛び地で、常磐線の佐貫から分岐して竜ヶ崎までを結んでいます。途中駅は入地ただ一つ。交換設備も無く、普段は単行のキハ1本が行ったり来たり…なので、在籍しているクルマも予備を含めて3両だけ。
そんな超地味ぃな路線ですが、なんと歴史は常総線よりも古く、1900年に馬車鉄道として開通したそうです。当初から佐貫~竜ヶ崎4.5キロ、それ以来延伸や廃線はなく、110年間ずーっと変わることなく走り続けています。竜ヶ崎線、侮れません。





さて。そんなワケで、今月23日には100周年を記念したイベントが行われ、始発から竜ヶ崎13時着の便までをキハ2002+キハ532の2両編成で運転されました!
臨時列車は配線上走らせられないので、臨時増結というカタチにwww







今年の夏ごろから取り付けられたヘッドマーク。それぞれクルマによって絵柄の違う3種類が用意されています。



片開き扉にグロベンの重厚な旧型気動車+トリコロールカラーを纏った電車のような見た目の軽快気動車…この凸凹具合が最高ですvv



増結自体は朝のラッシュ時でも日常的に行われていますが、基本的にキハ2000同士。混結となると、キハ2000のどちらかが検査などでお休みしない限り、拝めない組み合わせです。



日中でも毎時2本は走る竜ヶ崎線。そこそこ本数が多いのと、ずーっと同じクルマが行ったり来たりしているので、いろんな角度から撮影できました。ついつい遊んでしまったり。
あともう少し欲を言えば…天気ですね。ちょうど増結している間だけ、小雨がぱらついてたという…確かに天気予報は午後から晴れって言ってたけれど。何も、そこだけ的中しなくてもorz



今回のために用意された竜ヶ崎線専用のフリーきっぷ。距離が短いとはいえ、安い!!







13時ちょうど。予定通り、2連→単行への減車が行われました。
折り返し時間はたったの5分しかないのに、一体全体どーやって減車するのか!?と思いきや、一旦キハ2002+キハ532を車庫へ引っ込めて、待機していたキハ2001をすぐに出庫させて折り返しに…というカラクリでした。さすがに5分では終わらず、数分遅れてしまったのはご愛嬌www





庫内で分割して、並べます。
このあと竜ヶ崎車庫の構内が開放され、キハ2002、キハ532を間近で見ることができました。



キハ2002。この子の特徴は、乗務員扉が片側にしか付いていないこと。竜ヶ崎線のホームは、竜ヶ崎方を向いて右側にしかないので、こちら側は必要ないんですねvv
お客さん用のドアは付いていますが…ちゃんとドアエンジンとか入ってるんだろうか(^-^;



キハ532。竜ヶ崎線唯一の旧型気動車…といっても昭和56年生まれなので、そこそこ新しいです。ただし足回りは国鉄キハ20の流用品だとか。常総線の0形に似ても似つかない雰囲気が売り。
普段は予備車扱いですが、週末の日中はファンサービス(?)で定期的に営業列車へ顔を出します。



キハ532は車内見学もできました。どことなーく京成系の香りがするのは気のせいか(笑)
新京成の800っぽいというかなんというか…でも。キハ532にも、竜ヶ崎線ならではの決定的な特徴があります。それは…



右ハンドル!!

日本のごく普通の鉄道車両は左側に運転台が付いていて、上から見ると前後の位置が点対称になりますが。例によって竜ヶ崎線にはホームが片側にしかないので、竜ヶ崎方の運転台は右側に付いてるんですね。



キハ532の車内から…こう、何気ないカットでも、普段1台のクルマが往復するだけの竜ヶ崎線では、なかなか撮れない視点だったりしますwww





竜ヶ崎車庫…というより小屋。牛舎のような、特徴的なカタチをしていて、遠目にもタダならぬオーラを放っています。近づいて見ると、これまたスゴいwww

全てが小ぢんまりとまとまっていて、模型みたいな竜ヶ崎線。
今回のイベントも、そんな小さな鉄道に相応しく(?)参加者もそれほど多くなく、のんびりとキハたちを眺めることができました。都心から1時間ちょっとというロケーションなのに、沿線で撮っていても、これほど同業者さんと会わないイベントも珍しいかと(笑)
…ただ少し残念だったのが、入地~竜ヶ崎間で撮影しているとき。住民から苦情が入ったとかで、関鉄の社員さんが見回りに来たことでした。どうもクルマで撮影にやってきた方の路駐が原因だったそうですが、社員さんが駆け付けたときには既に居らず…。
まぁ、普段はテツなんて殆ど見かけない路線ですもんね。沿線の方が吃驚するのも無理はないですが…まてまて。総延長4.5kmの竜ヶ崎線にクルマで来るってどういうこと!?いや、その…岩泉線の沿線で撮影したいとか、カホン峠でマイルトレインを撮りたいとかなら分かります。歩いて行けなんて言いません。というか、言えません。でも…竜ヶ崎線なら全然徒歩でもまわれるし(^-^; 頼むから乗ったげてください!!
せめて佐貫か竜ヶ崎からパークアンドライドで…
大津線感謝祭2010


どうしても会いに行きたかったクルマ、それは京津線の80形!!

相変わらずものっそ遅い事後報告なんですが、11月3日の「大津線感謝祭」に参加してきましたー。
錦織車庫には82号1両が保存されていて、毎年この時期に一般公開されています。関東に住んでいると、なかなか年に一回だけのイベントに参加するのは難しくて…。
今回は、たまたま実家に帰っていたことと、”はまかぜ”の撮影で同行していたmnさんから「あれ?行かないの~??」と誘われたので(笑)
実は、直前までイベントやるってこと自体を知らなかったり…3日って文化の日だったのか。



うぉぉかっちょえぇぇ!!この優雅な曲線、独特のヨーロピアンスタイルは、まず他では見られない独創的なデザインですよね。これが昭和30年代の作品だなんて、とてもとても…。

80形は97年に地下鉄東西線が開通するまで、京津線で活躍していたクルマでした。
当時は石山坂本線みたくホームの嵩上げが行われておらず、普通の路面電車のように低い安全島があるだけの”電停スタイル”だったそうです。それなのに京都と大津の都市間輸送という性格も持ち合わせていて、路面電車のクセに優等列車から逃げ切らなくちゃいけない某赤い電車みたいな高速ダイヤ、急勾配、急カーブ…もうむちゃくちゃ過酷な条件のもとで誕生した80形。このデザインは、そんな制約が生んだ機能美と言えるでしょう!

現在の京津線には、さらに地下鉄直通、ホームドア対応etc…とオプションパーツが追加されて、800形は1メートルあたりの値段が日本一高い電車なんて言われていますが。恐らく80形も十分お高い電車だったと思いますvv



こう、ステップの降りてくる電車というと福鉄を思い出してしまいますね。コイツは高床車と言っても普通の電車より背が低いようで、福鉄のほど威圧感はありません。





車内では、現役当時の映像や写真の展示を行っていました。うーん、東西線が開業仕立ての頃というのは、なんとなーく記憶にあるんですが、残念ながら京津線はサッパリ…この頃は、よく家族で京都へ出掛けていたので、東山あたりで見たor乗ったハズなんですけどね。
ちなみに82号の保存活動は、当日案内をされていた方に伺うと、京阪ではなくこちらのNPO法人が運営しているそうです。



現役時代は滅多に拝めなかったであろう連結面。もともと単行で生まれた82号ですが、後に82-81の2両固定に改造されています。

で。相方の81号も一応現存してたりしますが…



こんななってます(汗;

ひょー生首コワイヨー;; 制服を着て記念撮影!の背景役として余生を送る81号君でした…



他のメンツは、竜馬電車と赤&緑のラッピングを纏った600形、800形なんかが居ました。
ただ庫内だったり、奥の方で動いてたり…と、現役車目当てで行くと、ちょっと物足りないかもしれませんね。電車を間近で見られるのは、それはそれで良いんですが。
入口の一番目立つポジションに保線用のディーゼルが鎮座しているイベントというのも、なかなか他所では見かけないwww

結局、80形ばっかし撮ってましたvv



ヘッドマークたち!!

この後、物販ブースではヘッドマークのミニチュアマグネットを売っていたので、お買い上げ。
実物を見ると、ついつい買ってしまいますねwww



最後に。今回一番ツボったのが、この斬新すぎる顔ハメ。まず、顔を横90度に曲げないといけないという時点で相当クレイジーです。この体勢、結構しんどいぞ。それに、あの…こういうのってテツ絡みだと運転手さんとか、車掌さんってのが王道じゃないですか。何もわざわざ顔ハメで酔っ払いのサラリーマンになろうという発想は普通ない(笑)しかも網棚で寝てるし。どうやって登ったの。

これ「C寝台プロジェクト」という作品のひとつなんだそうです。”14.1km日本一細長い美術館”と題して、車内でも展示していたりします。とてもユーモア溢れる作品ばかりなので、興味のある方は、ぜひぜひググってみてくださいvv

秋の臨時列車、阪急編。


この秋、京阪のお隣も臨時列車で盛りだくさん!
嵐山の観光PRに熱心な阪急さんですが、特に紅葉シーズンのいま、嵐山&京都線内の増発はもちろん、神戸方面からの直通列車を走らせています。神宝線と京都線では、お互いの規格が微妙に異なってるので、通常は車両の行き来が無く、とてもレアなシーンが楽しめます。
ただし、どれも同じに見えることで定評のある阪急電車なので、車両を見分けられないとあまり面白くないかもしれませんがw



臨時列車の主役といえば、誰が何と言おうと阪急のクイーン6300系!彼女しか居ませんよね!!
今年の2月に特急仕業から引退しましたが、そのうち6350編成を8→6連へ縮めて臨時列車で活躍しています。嵐山線用の4連化した編成は、リニューアル改造を施されて随分印象が変わってしまいましたが、一方の6350編成は原型のまま。臨時列車と言っても年に数日しか走りませんし、走ったとしても基本的に一日一往復の快速特急だけ…たったそれだけの為に1編成残しておくと言うのは、ちょっとした動体保存の域ですね。
お隣の京阪でも、改番してまで古いほうの特急車を1編成まるまる残してたりして、関西私鉄の特急車に対する愛は異常www

…2扉でノンストップ、という耀かしい時代が忘れられないんだろうなぁ。



快速特急、嵐山行き。
6300系ほどインパクトはないものの、種別、行き先とも臨時でしか見られない設定です。「直通特急」もそうですが、わざわざ臨時のためだけに幕を用意するのが、さすが阪急さん。



神戸方面からの直通一発目。今津線の宝塚発→嵐山行きの直通特急。
連絡線を経由するので、西宮北口は通過なのがミソですね。



神戸方面からの直通二発目。高速神戸発→嵐山行きの直通特急。
どちらも揃って7000系ですが、どうやら直通特急に使われる編成は毎回決まっているようです。
こうやって見比べてみると、神宝線のクルマって若干細身なんだなぁ~ってのが、改めて分かりますね。

…え?やっぱり同じに見えるって??





毎年恒例のもみじマーク。
でもよーく観察すると”AUTUMN 2010”の文字が小さく入ってたり…
使い回しじゃなかったのか!!

このあと嵐山線内は7000系に占領されたり、夕方には逆パターンで嵐山発の高速神戸行きや今津線経由宝塚行きが走ったりするんですが、午後はどうしても会いに行きたいクルマが居るので、早めに切り上げて大津へと移動しました。詳しくは次回の記事で。


***




ちなみに、嵐山線用へ改造された6300はこんな感じ。リニューアルしてから一度も乗ったことが無かったので、大津の帰りに寄り道してみました。
外見は、窓ガラスが大きくなったドアぐらいしか目立った変化は無いんですが、車内に入ると…



なんだこれwww

車内が新車並みに…!!見違えるようにきれいになりました。
というかこれ別形式だろ。三条の知ってる6300ではないぞ(笑)



夜の嵐山線…といえばここ、阪急電車が一番美しく見える場所。
2300の時代にも何度か訪れていますが、まさか2扉のクルマが日常的に走るようになろうとは…。



6300が嵐山線専用になるずーっと前からあったアイテム。
やっと夢(?)が実現したことになりますねwww
おけいはんに寄り道してみた。


京阪では、沿線のひらかたパークで行われている「ひらかた大菊人形」に合わせて、この秋ヘッドマークの掲出や臨時列車が運転されています。
新しいカラーリングも地味に浸透しつつあるし、旧塗装は今のうちに記録しておかなきゃ…というワケで、今回は実家へ帰る前と後の2日間に分けて、ちょちょっと寄り道してきました。何か曇ってるのが10月30日、ピーカンで側面に影落ちまくってるほうが11月4日の撮影ですvv



ヘッドマークは会期中の11月28日まで、京阪線10編成と、大津地区2編成、叡山電車1編成にも取り付けられています。大津地区は未だしも、叡山電車は1編成だけかよ!?捕まえ辛い…(^-^;

この「ひらかた大菊人形」、100年近く続いていた毎年恒例のイベントだったそうです。
菊人形館のまわりにプラスαで遊具を置いたのが、ひらかたパークの起源…ということで、菊人形は”ひらパー”の歴史そのもの。そんな一大イベントも2005年を最後に一旦途絶えていましたが、京阪の開業100周年を記念して今年限りの限定復活!ヘッドマークの柄も、かつて毎年開催されていた頃の復刻版なんだとか。
そういえば、小さく龍馬伝の文字が見えますね。菊人形には毎年テーマが決められていて、今年は龍馬伝なんだそうです。龍馬ゆかりの地巡りに便利な一日乗車券もセットで…なるほど、そういうことか(笑)ブームって凄いねwww







京阪線10編成…という割に、よくマーク付きを見かけた気が。複々線区間はもちろん、京都口でも小1時間粘れば、余程のことがない限りマーク付き編成を捕獲できます。
取り付けられている編成は、ナゼだか揃いも揃って旧塗装ばかり(これは偶然?)それもボロ率が高かったですね。7000や9000にマークを付けると、京阪のロゴが隠れてしまうという残念な見てくれになってしまうからでしょうかwww
この2形式は、極力避けられているような気がしてならない(笑)







10月9日~11月14日、土日祝日の朝方に淀屋橋→樟葉で2本運転された臨時急行。ちょうど運転日の朝、横浜から夜行バスで大阪入りしたので、ついでに撮ってきました。
クルマは7連のなかからランダムで選ばれるようですが、この日はどちらも旧塗装のボロ!オマケに第1便は吊り幌のアイツでしたvv

…が、残念ながらお客さんの入りはイマイチな感じ。ぶっちゃけ7連は必要ない気がする(^-^;
一応ひらかたパーク、関西圏の遊園地ではUSJの次ぐ優等生なんだそうで…!?混むときは電車も混むらしいです。遊園地といえば宝塚ファミリーランドかエキスポランドな三条にとって、ひらパーなんて、なんか森に住んでそうな妖精っぽいイメージキャラクターとThe Boon(これで”ざぶ~ん”と読ませるvv)とかいう素晴らしいネーミングのプールくらいしか思い浮かばないんですけどね。ひらパー、ナメてました。
ちなみに宝塚ファミリーランドとエキスポランドは、もうこの世に存在しません(泣;;



それにしても新塗装、だいぶ増えましたね~。感覚的には新旧の割合が逆転したかなーという感じ。もちろん片寄りはあるでしょうけど。
ずいぶんイメージは変わりましたが、塗り分けのラインとか緑系の色は同じなので、どのクルマも違和感無く似合っていますね。うん、やっぱり吊り幌のコイツが素敵過ぎる…!! ←そればっかwww





”緑の電車”による快速急行。普段、快急といえば新3000系のお仕事ですが、ラッシュ時や検査の関係で他の形式が走ることもあるそうです。
撮影した2日間とも、真昼間から9000系が代走していました。



京阪特急60周年を迎えた今年、一足先に8000系(3000から編入した子を除く)の塗り替えが完了しました。
この夏には、記念のヘッドマークも取り付けられて…1編成だけ残っていた旧塗装が入場するまでの数日間限定!旧塗装+記念ヘッドマークの組み合わせ、というイベントも発生したようですvv



さんぜ…ぢゃなかった、8000系の30番台にも遭遇しました。コイツの塗装は昔のままですね。きっと最後まで残すんだろうなぁ…



2008年10月の中之島線開通から走り始めた枚方市行きの特急。枚方市で出町柳行きの快急に接続させるので、京橋を出たら次が終点というシロモノ(逆も然り)
京都へ行かない、3扉、ロングシート…こんなの京阪特急なんて認めてやるもんか!!(^-^;

滑り込みで…#2


3Dは、新井駅南側の神子川橋梁で!「朝来虹大橋」という名の、真新しい道路から俯瞰です。
キハ181といえば、カッコイイのが屋根の厳ついラジエイター。床下はエンジンがぎっしり詰まっているので、屋根の上に置くしかなかったんだとか…。この部分を写したくて、ついつい俯瞰ポイントを選んでしまいますvv

でもって虹大橋で撮影したあと、てくてく新井駅へ戻っていると…



なんとホンモノのが!!またもmnさんの”虹男”っぷりを発揮。これで何度目だwww
三条一人で遠征に行っても、虹なんて一度も見られた試が無いのに…。



ちょ、このラッピング、キハにも居たのかよwww

ちょうど新井駅に着くと、寺前行きがやって来ました。そろそろ高校生の帰宅ラッシュなのか、後ろにタラコ色のキハ40を引っさげています。



一瞬、リバイバルの類かなーと思ったんですが。そういえば西のキハって、件の単色化の一環でキハはタラコ色がデフォルトになるんでしたっけ…。
…はッ!ということは、いずれキハ41もタラコ色に!?

う゛…それはそれで見てみたいような、見たくないような…。



4D。まだ薄っすらと虹が残っていたので、思いっきりアンダーで撮影…してみたものの、薄すぎて見えない(^-^;
こういう自然現象が相手の被写体は難しいですね。昔、雷の撮影に挑戦してみたことを思い出した…。



ミラーの中を駆け抜ける4D。
このあとキハ41に乗り込んで、和田山へ。





和田山。ホームに降り立つと、広大な空き地のなかにポツンと佇む、古風な機関庫と給水塔が目に入ります。
山陰本線と播但線が乗り入れる、そこそこ大きな規模の駅なんですが、構内がだだっ広くて何も無いので、寂れた印象は拭えません。
駅前もなぁー、せめてコンビニの一つでもあればなぁー(汗;



北近畿。福知山を中心にビッグエックス!!なんてカッチョイイ名前も付いている特急列車たち。名前は奇抜なクセに、まだまだクルマの方は国鉄色も残っていたりします…が。こちらも、2011年春から287系とかいう、例によって真っ白い炊飯器一族による置き換えが始まるんだとか(-_-; 撮るなら今が旬!ですね。



福知山行きは、あの戸袋窓が2連チャンで並んでいるアイツでした。まだ生き残ってたんだwww
このあたりの普通電車、かつてはサンパチ君(※113系3800番台)の天下だったところを、2008年の夏ごろ、一気に223へと置き換えられたので、このエセ湘南色のヘンタイ(笑)もサンパチとともに引退したもんだと思ってましたが(^-^;
さすがに、ちゃんとしたクーラーの付いた比較的新しい方のヘンタイでしたけどね。



さっきのキハ41+40が帰ってきました。
エセ湘南色とタラコ色。国鉄ワールドのようで何かが違う…というのが、西らしい風景ですね。



夜の6Dは駅撮りで。和田山から福知山線経由で帰ってくると、ちょうど6Dが到着する数分前に大阪へ着きました。
真新しい11番のりばから眺めたキハ181の「はまかぜ」…ふと夜空を見上げると、ホームは完成間近の大きなガラスドームで覆われていることに気がつきます。変わり行く大阪駅、過渡期の風景ですね。

そうそう。この日、11月1日は、偶然にもホーム”上”の跨線橋が暫定開業した日でした。まだ駅ビル自体が完成していないので改札口なんかは動いておらず、本当に跨線橋としてしか機能していませんでしたが。慣れ親しんだ大阪駅の姿は、ホームの下に改札があるというのが当たり前だったので、何だかホームから上る感覚は、まるで別の駅に来てしまったかのような気がして、不思議で仕方ないです。

***







キハ181、夜の風景。
日付が前後してしまって申し訳ないんですが、上の3枚は姫路でマルヨする前に撮った、前日の5Dと6Dです。



国鉄色時代の写真を…と思って探してみたら、こんなのしかなかったorz
最後尾だけ国鉄色。まぁ、これはこれで過渡期のレアな光景ではあるけれど(^-^;

小学校時代に、大阪駅で何時間も粘って撮りまくった記憶があるんですが、あのときのネガはどこへ行ったのか…。



定番の餘部鉄橋と「はまかぜ」も、工事が本格化する前に記録していました。
ここも橋の架け替えで、ずいぶんと印象が変わりました。思えば新橋梁とキハ181の組み合わせって、1年も無かったんだなぁ…と。


駅のチラシによると、臨時の「カニカニはまかぜ」は来年1月8日から新型車両になる、という但し書きがあります。定期列車から撤退したものの、もう暫くはキハ181の活躍が見られそうですね。

滑り込みで… #1


今月7日より「はまかぜ」の時刻表からグリーン車マークが消えました。
これは、長らく陰陽連絡特急に従事してきたキハ181が、オールモノクラスの新型気動車キハ189に置き換えられた為。その強力なエンジンを遺憾なく発揮することのできる「はまかぜ」は、キハ181最後の砦だったのですが…。

置き換えまで残り1週間に迫った11月1日、実家へ帰るついでに「はまかぜ」を一日追ってみました。



まず朝イチの2Dを撮影するため、前日のうちに姫路入り→朝の播但線で、溝口~福崎の俯瞰ポイントへ移動しました。
播但線、随分前に和田山から姫路まで乗った以来で、明るい時間帯の乗車は今回が初めて。電化区間は赤い103系のイメージですが…なんか派手なの来たwww



播但線といえば、この色。
寺前以南の普通列車は、朝から晩まで103系オンリーの世界…だと思っていた播但線ですが、早朝には221も見かけてビックリ…!!



2D。この日は、雲がぷかぷか浮かぶ空模様でしたが、列車が来る直前に陽が差しました!!



溝口にて。ラッシュ時の直後、まだ増結2+2の4連。
ラッピングは、何種類かバリエーションがあるようで…さっきのと色違いですね。



1Dが来る前に、先行列車で電化区間からおさらば!
途中、気動車へ乗り換える寺前では、播但線で活躍しているクルマたちが留置線にずらっと肩を並べて休んでいました。左から、但馬名物のヘンテコ顔キハ、新車並みに改造されたスーパー103系、そしてごく普通のキハ…電車と気動車、姿もカタチも違いますが、ちゃんと塗装が揃っていて好感が持てますね。この塗装好きだなぁ~vv



新井で下車。駅近くの踏切から1Dを撮影しました。
何の変哲も無い、山間の小さな交換駅だけれど…このどっしり落ち着いた雰囲気が、キハ181に良く似合いますね。



ヘンテコ顔のキハ。名前はキハ41系2000番台といいます。もともと片運転台だったキハ47を両運化、コストを下げたかったのか、増設した運転台はこんな顔になりました。この反対側は、ごく普通のキハ40顔をしています。
近くを走っていたサンパチ君(113系3800番台)に通じるコンセプトですが、出オチ感のあるサンパチ君に対して、キハ41は一見まとも(?)に見えるものの、後からじわじわ来るwww

…さて、駅前には何も無い新井ですが、駅から北に向かって15分ほど歩くと、ちょっとしたショッピングセンターがあります。ちょうど昼時だったので食料調達に行った帰り道、ふとmnさんが川の向こう側に”電車らしきもの”を発見しました。どーせ遊具か何かだろうと思いつつ、でもやっぱり気になって(笑)近づいてみたところ…



!?










明神電車でしたー!!

延鉱山から子畑の間を結んでいたから明神電車。こんなちっちゃな鉱山鉄道が1980年代まで現役だったことや、運賃が1円という強烈なインパクト(笑)から、”一円電車”の名で知られていました。
大昔は新井駅から神子畑までの下部軌道線もあったそうですが、最近まで残っていた区間は代行手段のない山奥の上部軌道だったはず。という曖昧な記憶しかなく、保存車両ももっと駅から遠いところにある…と勝手に思い込んでただけにビックリしました(^-^;
場所は新井駅から北へ1kmほど、国道312号線沿いにある道の駅の向かいにあります。保存車両は良く整備されていて、車内を見学することもできるので、撮影のついでにゼヒどうぞ…!!

ちなみに明延では年に1回、動態保存車の運転会も行われていて、今年は10月24日だったそうです。うーんニアミス…といっても、まず明延まで行くのが大変だよね(汗;

多摩川線の黄色い電車


”春”編成のデビューから季節は一廻り…する、その前に。黄色い電車、最後の1編成が今月9日をもって一足先に引退しました。



3日からヘッドマークを付けて走っていたのですが、この土日は学校の文化祭で店を開いたりして休みが無く、気が付けば最終日になってしまいました(^-^;
人生最後の文化祭だもんね。仲間にアクセサリー職人が居るので、卒制の宣伝を兼ねたゼミ主催の物販とか過去に無いことをやってみたりして。新しい歴史を作ってきましたwww





さて、そんなワケで。今朝は南多摩→徒歩連絡→是政で多摩川線入りして、まずは有名ポイントで押さえました。
マーク付きの101は、一日中、是政~武蔵境の間を行ったり来たりしているので、沿線のテツは分散していて終始まったり。ただ、野川の切り通しポイントは、沿線に植わっている木々の影が車体に伸びてこない正午頃で、なおかつ側面に陽の当たるベストな条件はホンの一時しかなく、このタイミングを見計らって(?)イチゴ橋の上には大勢のテツが集結しましたがwww





小ぶりのヘッドマーク。「ありがとう」「さよなら」前後で違ったメッセージが入っています。

***



ブラックフェイスでない旧101系。窓際に大きな種別プレートを引っ下げて、新宿線や池袋線を走っていたのがついこないだのようですね。いつの間にか本線から追われ、他の路線から離れた孤島、多摩川線で最後の活躍をしていましたが、そんな隠居生活も長くは続かず。この春から、季節が変わるごとに一編成、また一編成と数を減らして行き、気が付くとたった1編成が孤軍奮闘していたのでした…。