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| 真紅の古豪 京急1000形 #3 |


京急1000形を語る上で欠かせない存在、1071F。何がスゴイってこの車両、京急で44年間活躍した超ご長寿編成だったんですね。1961年生まれの1071FはCグループに属していましたが、なかには冷房改造すらされずに消えていった同僚がいるにも関らず、分散冷房車が消える最後の最後まで生き残り、友の会主催のさよなら貸切運転にも抜擢された伝説的車両です(^-^; 2両で使いやすかったことと、この編成だけに車体修繕が行われたことが長寿の秘訣だったのでしょう。ホント、末期でも朝の12連B快特に増結して爆走したり、日中の普通運用で突然現れたりと、神出鬼没なジイ様でした(笑) 特に運良く品川寄りの先頭に増結された日にゃ…白幕+幌付き!!の勇姿が拝めマス!

稀に後期車混在の変則6連で普通運用に入ることも。この組み合わせだと、梅屋敷対策で川崎以北には入れませんが…(^-^;

で、ですねぇ…この1071F、他の編成と比べてちょっと違った点があります。まず車体から屋根にかけてRが少し強く全体的に丸っぽいこと、それから連結面の雨どいが埋め込みでは無く、外に出っ張っていました。この少しゴツい感じが堪りませんねぇ(^-^) 琴電へ渡った1000形では見られないので、Cグループだけの特徴だったのかもしれません。 それから音を聞くと、CP音が1000形独特の"掃除機音"ではないんですね。「ドドドド...」という、一昔前の私鉄電車で聞ける古風な音をたてます。モーターも他の編成とは一世代古い東洋製を積んでおり、独特の唸りとのハーモニーが絶妙でした。

イベントで新1000形と並らぶ1071F。懐かしの「通勤快特」幕です(^-^) ちなみに番号の若い1071-1072、新1000形と車号がかなりニアミスしてまして、1071Fが廃車となった2005年の翌年には新1071号が誕生していたりします。で、次にまさかのステンre…いや何でもないです(汗; ------ ところで…明日から8月、いよいよ夏休みに突入しました。んで、以前から気になっていた琴電315号さよならイベントの詳細が発表されました。なんと琴平線で運転っすよ!しかも編成は315単行での回送から315+300+120!!315+300+23まで!!! 23号って、つい最近志度線から転属したばかりじゃあないですか。まさに夢の組み合わせが、最後の最後で実現するワケです!…毎度、旧型ファン垂涎のイベントを企画する琴電、マジで行くっきゃない!!
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| 惜別 コトデン30形 |

ふぅ…ここんとこテストだのレポートだので久々の更新ですね。 もぅパソコンで文章を鬱のが打つでしてwwww ←壊れ気味 まだ一段落してないんですが、ちょぃと気晴らしに(?)こないだ引退して、今頃は解体され始めているであろう(寂;;、琴電30形の在りし日の写真を今までに撮り溜めた中からUPしたいと思います。


春日川駅近くに、ちょっと道端軌道風味なトコを発見。06年3月28日の撮影なんですが…なんとこの日、30形に乗っていたら"雹"(ヒョウ)が降ってきましたよ(汗; おかげでガラスはバチバチ音を立てて、空転しまくりな30形。貴重な体験でした。朝は晴れてたんですけどね。結局、夕方には嵐が去って夕焼けも見えましたが、この日の夜はフェリーで大阪へ帰る予定だったので欠航しないかヒヤヒヤしたという思い出の一枚だったりします(^-^;

30形といえば、この特大サイズの窓!! つい1年前の今頃、志度線や長尾線には実に10両以上の旧型車両が残っていました。戦前生まれが当たり前、なかには大正時代の車両まで混ざっていた…私が琴電を撮影し始めた頃には、日中の運用はほぼ冷房車で賄えるようになっていて、もう少し早く讃岐に来ていれば…と、名古屋市営から大量の新型車両が流れ込んでくる前の写真を雑誌で見ては後悔していました。んでもラッシュ時になれば、冷房車に増結したり、旧型車2両が手を繋いで讃岐平野を走り回る!!今思えば、贅沢な悩みだったのかもしれませんねぇ。 さぁ、夏の315号さよなら運転には絶対行くぞっっ!!(^-^)
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| 真紅の古豪 京急1000形 #2 |


1000形の最強アイテム、幌付き!!コイツが12連快特の先頭に立った時のカッコ良さと言ったら…もぅ堪らんですね(*^-^*) これぞ正統派電車!といった面構えです。 ところが京急の場合、浅草線に直通する4+4編成以外は幌を使っておらず、例え併結しても幌は折りたたんだまま運行されていました。っつーワケで使わない幌は撤去してしまい、今では件の4+4編成もバラされてしまったので、もう貫禄ある幌付き1000形を見ることはできません…(T-T) ちなみにラッシュ時の12連で4+4+2+2だった場合、4+4は幌で繋がっていても、4+4と2と2の間は通り抜けできなかったりします(^-^;

懐かしの分散クーラーを積んだ初期車の…なんと4連の特急っ!? ぢゃあなくて12連の特急三崎口行のうち、後4両を神奈川新町で切り離した直後の写真です(^-^; ん?そんなら何故「川崎」幕なのか??…実は新町の下りホームは8連までなんですね。だから下り12連特急の場合、客扱いは川崎まで。川崎〜新町間の後4両は回送としてぶら下がっている、というワケです。

羽田空港〜北総系統の急行に入る1000形。現在は8両編成が2本にまで減ってしまって、乗り入れ先ではすっかり見かけなくなってしまいましたねぇ(泣;;

1灯ライトを輝かせ、地下空間に響き渡るCP音…浅草線の薄暗ぁ〜いホームと相まって、地上とは違った独特の趣があります(^-^)今どき、片開き2段窓の通勤電車が乗り入れる地下鉄ってもの珍しいですよねぇ。 ところで写真の1000形、よ〜く見ると何かヘンですよね?実は、普段なら絶対に乗り入れない当時6連だった1298Fが馬込車庫のイベントで展示された為、西馬込に回送で入線した時のもの。ちなみに、この1298号と反対側の1291号は、つい最近高松に渡った1300形1303Fだったりします。 -----今更ですが、こっそりカウンターを付けてみました。相変わらずマイナー路線まっしぐら、管理人が好きなものを好きだと叫んでる、そんなジャンルが偏りまくったブログではありますが、果して何人の方々に見ていただいているのか?ちょいと気になりまして(^-^;
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| 真紅の古豪 京急1000形 #1 |
実に車齢70年以上、晩年は1編成だけが生き残った奇跡の名車が、遂に今週末をもってその歴史に終止符を打つ…う〜ん最後にもう一度乗りたいぞ、琴電30形!!高松なら、新宿から夜行バスに乗れば往復で1万5千円ほど。バイトに明け暮れていた頃の資金がまだ残ってるので(^-^;行きたい!行きたいんですよ!!翌週がテスト期間で無ければ…(泣;;日曜の夜に高松からバス乗って、新宿着いたら小田急で大学へ直行。バスん中で勉強すれば徹夜したようなもんさぁ〜♪って考えたけど絶対に爆睡してしまうのでムリです(-_-; さり気なく日付が車番の語呂合わせになってたりするんですが、よりによって夏休みの直前とか、学生にはちとキツい時期ですね…あぁ、讃岐は遠い… んで30形の置き換え用として、数年ぶりに京急1000形が高松に渡ったんですが、今までとは違って集中冷房の後期型、琴電での形式は新たに1300形となりました。京急1000形で230形を置き換える…実に30年前の光景が讃岐の地で再び繰り広がられるワケです。ちなみに1303編成は琴電初の昭和50年代生の電車なんですね。まぁ見た目が古臭いですけど…(笑)

んっ!?昭和50年代製の1000形が琴電へ行く=本家の京急1000形は危機的な状況に!?…っつーワケで今回は京急1000形特集ー!!東急8000と同じく、あれだけ大量に居たのも過去の姿…となる前に、できる限り記録したいですねぇ。今ならまだラッシュ時のオール1000形12連快特も辛うじて見ることができますよ〜(^-^)


特に朝のB快特は1000形の独擅場。元々通勤快特だった運用で、金沢文庫から特急→快特に化けます。写真は2年前の撮影ですが、今でもB快特を何本か狙えば1000形が12連でやってきます!

ずらりと並んだパンタグラフ6基!12両オールMの超ド迫力!!そのまま12連で折り返す回送も見逃せません!よ〜く見ると、今は亡き1000形初期車(分散冷房車)が中間にサンドイッチされてます。初期車が健在だった頃、B快特は増結に入る確率の高い運用でした。何度か狙って撮りに行きましたが…増結位置がランダムで、なかなか初期車が先頭に出ないんですよね〜(^-^;

12連ではないんですが、かつてなんと1000形がA快特に入る運用がありました(Aは京急線内の快特。基本的に2100形が入ります)1000形は浅草線直通用に出来てますからSH快特に入るのが当たり前。ところがこの69A、かなりの"クセモノ"で、羽田空港→蒲田スイッチバック→久里浜という実は超変則的なA快特だったんですね(笑)日中は羽田空港〜北総線方面を往復して夕方になると、この快特で久里浜へ入庫していましたが、北総への1000形乗り入れが消滅したとのことなので、このレアな運用も今は別形式が担当していることでしょう…。
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| 東急の主力、8000系677両の今 #4 |

このブログにしては恐ろしい更新ペースで早くも4回目突入な8000系特集、銀一色に歌舞伎、今週末のリバイバル急行…と来たら、やっぱり赤帯でしょう。私の場合、8000系といえばこの塗装を真っ先に思い出します。そして8000系赤帯=桜木町のイメージが強いですねぇ…

地上時代の反町駅を通過する8000系急行。ホント、この時はイヤと言うほど8000系が走っていましたね(^-^; しかし英字表記の無いシンプルなLEDの編成には、みなとみらい線関連の幕が入っておらず、桜木町廃止と共に引退しました…


桜木町廃止、みなとみらい線への乗り入れ、各地で地下&高架化が行われ気が付けば目黒線と並んで複々線になっていた…そんな東横線激動の時代を走り抜けた8000系。 リバイバル急行で沿線を大いに賑わせた8039Fが赤帯を解いて2年、今回紹介した東横の赤帯車はこの時点で既に消滅したカラーリングですが、大井町線では今でも地味ぃ〜に1編成、しかもトップナンバーが赤帯のまま活躍しております!恐らくイベント第2弾ではコイツが起用されることで間違いないでしょう(^-^)
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ちなみにリバイバル急行2日目の日曜は、午前中の回送と元町行だけ撮影に行ったんですが、やっぱり方向幕が前後で入れ替わっていたり、ヘッドマーク(回送用のさよならマーク)の柄が微妙に違っていたり、さらには運用番号表示が元に戻っていたり(30日は8039側だけ、ちゃっかり昔のサボ式になってました)…と、相変わらず芸が細かい!(^-^)
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