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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

2017年11月13日にブログのデザインを一新しましたー。
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17年ぶりの乗車
7月6日、運良く伊豆急100系の乗車ツアーに当選したので乗ってきました。



ツアーは伊豆急下田~片瀬白田間を1往復するもので、Aコース(11:00発)、Bコース(12:37発)、Cコース(15:43発)の計3回実施されました。
私は一番最後のCコースなので、まずは1往復目往路を稲梓で駅撮り。


復路は稲梓~蓮台寺のストレート。
伊豆急、こういう無難な写真が撮れる場所って意外に少ないんですよね。
ことこと単行の電車が田園風景のなかを走る姿は、まるでリゾートとは無縁の地味なローカル私鉄のよう。


2往復目往路。
ここ今年2月にも全く同じ構図で撮ってますが、マークが違うのでw


復路は、以前ロケハンしていて気になっていた蓮台寺~伊豆急下田で。


Cコースは乗車前に伊豆急下田での撮影会が含まれていて、側線に並ぶ車両を間近で撮影できました。
この構図なら敷地外からでも撮れますが、


真正面はツアーに参加しないと撮れません。
午後になり天気がさらに悪化してしまい横殴りの雨のなかの撮影でしたが、こんな天気なので…と、少々時間を延長して頂き、なんとか撮りたい写真を撮ることができました。


ホームに戻ってカメラを乾かしていると…「ありがとう平成」のマークを付けた8000系が入ってきました。


暫くすると側線から出てきて、


大勢のファンが待つ2番線に入線。


いよいよ車内へ!
2002年の「さよなら100系10両編成号」以来、なんと17年ぶりの乗車です。
あぁこの車内、この音…懐かしいなぁ。
家族旅行で伊豆へ行ったときに初めて乗った伊豆急100系、そのカッコよさと奥深さに惚れて夢中で追っかけたあの頃の記憶が蘇ります。


クモハ103には冷房がついていません。
屋根上に室外機のカバーがあるとおり、営業運転されていた頃にはついていたのですが、1両では作動しないため復活した際にカバーを残して撤去されました。
そんなわけで伊豆急さん、熱中症を危惧して凍らせたペットボトル入りの麦茶を用意して下さっていたのですが、今日は気温がかなり低く、扇風機の風が少し冷たく感じるほど。
開けても溶けるスピードが遅いので、なかなか飲めませんでしたwww


河津で11分停車。
今度は「令和」マークをつけた8000系と交換しました。


ふと乗務員室の方を見ると懐かしい方向板が。
この正面に掲出されていた方向板は、車体のラインと揃うようにデザインされていてお洒落ですよね。


伊豆急下田を出て33分、あっと言う間に片瀬白田へ到着しました。
欲を言えば伊東、いやいや熱海まで乗りたい!けれど、保安装置の問題から客扱いできるのは片瀬白田までなのです…。




もと来た道を戻って伊豆急下田着。
この整然と並ぶ青いモケットのボックスシートと大きな窓、私鉄車ながら、どことなく国鉄型の魂も感じるところが好きでした。


昭和36年から令和元年まで。


クモハ103は、この翌日(7月7日)のさよなら運転をもって二度目の引退を迎えました…。
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東海地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2019/07/12(金) 22:51 ]

ELかわね路号に乗る #2
#1の続きです。




復路は家山から団体さんが乗ってくるまでガラガラ。
一応、帰りも前の方で…とお願いしたので、指定は先頭のオハ35-435でしたが、3両の客車それぞれ乗り比べてみたり、写真撮るのに移動したりと超贅沢な乗り方をしてましたw


JNRロゴが光る扇風機。
蛍光灯の配置にも車両ごとに個性があり、オハ35-435は白熱灯のあった場所に丸管が設置されています。
オハ35-559の様に直管を並べると電気配線を引き直す必要があるので、この方が低コストなのだそうです。


新金谷に到着。



”手動ドア”を開けてホームに降りると、向かい側には新聞を積んだ南海電車が!
こんな光景がナチュラルに展開する大鉄、令和どころか平成すら迎えていないのでは…。


新聞電車が発車した後、金谷方へ移動を開始。
推進運転で側線に入って、


客車を繋いだまま眠りにつきました。


相変わらずカオスな車両基地。
南海21003Fは検査中のようですが、



近鉄16002Fは倒木事故により廃車(?)と言われています。
捨てられて行く関西勢…。


先ほどの南海電車が金谷から戻って来ました。
以前は六角形の大きなヘッドマークを付けていましたが、イベントで南海時代のマークを付けるため台座を撤去して以来、丸型マークがデフォになりましたね。






大代川側線。
以前の怪しい廃車体は整理され、代わりに12、14系客車が押し込まれていました。
何やら新しい車庫のようなものも出来ていますが、どれもこれも中途半端な状態で造ってるんだか壊してるんだか。
もはや日本の中古車を買った東南アジアのどこかという雰囲気w
まぁ客車整備する前に、まずは機関車の修理が先ですよね…。


新金谷駅に戻ると7200系がいい位置に止まっていました。


金谷行きは16003Fでした。
全3編成いた16000系も16001Fは解体済み、16002Fは前述の通り大代川側線の分岐付近で放置、というわけで今や稼働車はこれ1本のみ。
幌枠も残っていて原型に近い16003Fには、少しでも長く活躍して欲しいですね。

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[ 2019/07/04(木) 23:04 ]

ELかわね路号に乗る #1
いても立ってもいられず、先日(6月26日)ELかわね路号キメてきましたw


まずは金谷から新金谷行きに乗車。
おや!?いつの間にか7204号車にも幌が付いて、編成の前後が入れ替わっていますね。
クラシックスタイル先頭は理想的な組成ですが、こうなると幌付き赤帯も見てみたくなりますなw


新金谷。
向かいのホームにE101が3両の旧客を従えて発車を待っていました!!
かわね路はC56-44号機の故障により、6月16日~7月5日まで電機で代走しています。
ここ最近の大井川鉄道は、電車の不足に伴う代走や臨時列車などで電機牽引の客レがちょいちょい実現していますが、かわね路号を電機が牽引するパターンは史上初ではないでしょうか。


SL急行料金は不要なのですが、座席指定が必要ということで一旦改札を出てプラザロコへ。
例の発車案内にも、ちゃんと「EL急行」の表示が。


本日の編成は、千頭方からオハフ33-469+オハ35-559+オハ35-435。
もちろん電機の音を堪能したいので「可能な限り前の方の席で」とお願いして、オハフ33-469に乗車www


オハフ33-469は昭和39年に近代化改造が行われたそうで、他の2両がニス塗りなのに対して、こちらはだいぶ今風な印象。





平日かつSLではないので車内はガラガラか…と思いきや団体さんと乗り合わせてしまい、発車の前から呑めや歌えや状態だったので、道中はほぼデッキにいました。
機関車のすぐ目の前、デッキじゅうに響き渡る釣りかけの音、ここは”特等席”ですねw


途中の家山では5分停車。
ドアをひょいと手で開けて(!)一旦下車してみると、構内踏切から良い感じに編成写真が撮れました。



1時間17分で終点の千頭に到着~。
もうね、楽し過ぎてあっという間でしたよ。




20分後、普通電車が到着すると入換が始まりました。
少しだけ後退して電機を切り離し、構内の渡り線を使い機回しを行い、金谷方に連結したら完了。
電機だと転車台イベントが発生しないので動きがシンプルです。



千頭方の最後尾はマーク無し!
今日は短編成だからか、取り外しできる簡易タイプのカバーが貫通路に取り付けられていました。
これが開放デッキだったら最高なのですが、さすがに現代ニッポンでそれは無理…と思っていたら、翌日は最後尾に試運転の客車が1両増結され、貫通路を開放したまま走ったそうです。




入換が終わったら、せっかく千頭まで来たので井川線も撮っておきましょう。
運よくリバイバル塗装のDD206号がやってきました。

#2に続きます。
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[ 2019/06/29(土) 23:43 ]

西武カラー805Fを撮る
こちらの続きです。
宿を出ると、快晴だった昨日とは打って変わって小雨が降っていました…(;´д`)
しかし昼頃から回復するという予報を信じて、まずは三岐鉄道へ。



大矢知駅近くの踏切でスタンバイしていると、さっそくセメント列車が入ってきました。
先頭のカマは、大きな窓と乗務員扉が電車用のものに交換されているのが特徴のED456号です。


でもって西武カラーの805F!
一応、去年の暮れに近鉄富田で偶然撮れたっちゃ撮れたのですが、駅撮りで影落ちも酷く、ちゃんとした編成写真も押さえておきたかったんですよね。
ここは交換設備の有効長が貨物列車用に長く取られていて、編成こそ短いものの、まるで西武のどこか複線の区間を走っているように見えていい感じです。


折り返し西藤原行き。
あまり時間がないので、後追いになってしまいますが大矢知~平津間の俯瞰ポイントで撮影。



お!?こいつは西藤原方のクハが元西武N101系な851Fではないですか。
2012年11月に発生した踏切事故で廃車となってしまったクハ1851号の代替として、部品取り用だった元西武N101系のクハ1238号を整備して復旧させた異端編成です。
西武701系とN101系、ぱっと見の印象は似ているのですが、こうして混ざると全然違いますね。
少しでも凹凸をなくそうと、クハ1238は雨どい部分をグレーに塗る(751系は車体と同じ黄色)という涙ぐましい努力をしていますw


さらに暁学園前駅近くのカーブへ移動。
やっと晴れてくれました!!


振り返ってもう一枚。
この日805Fは終日運用だったのですが、とりあえず晴れカットが撮れたので四日市に戻ることにしました。

こちらの記事に続きます。
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[ 2019/02/20(水) 20:42 ]

三重県は実質都内
記事が前後してしまいますが、去年の暮れに養老鉄道への譲渡に向けて改造中だった東急7700系7903Fが、近鉄塩浜駅のホームから見える位置に留置されているという情報を見つけて、実家へ帰る途中に寄り道してきました。
帰省ラッシュもピークを迎えた12月30日、超満員の新幹線を名古屋で降りて近鉄に乗り換え、急行で塩浜へ向かっていると…。



!?


近鉄富田で西武カラーの805Fが停まっていたので、慌てて下車w
富田に着く直前、あーそういえば805Fまだ撮ってなかったなぁー、偶然停まってたりしないかなぁー…なんて考えていたら、本当に停まっていたという…。
5月に運用を下調べして行ったら車両不具合で差し替えられちゃいましたし、こういうのは狙わない方が当たるんですよね(^-^;


いい感じに順光だったので、少し残って駅撮りすることにしました。


三岐101系と近鉄2800系。
この3線区間は西と東の昭和な通勤電車が当たり前のように並走していて、まるで鉄道模型のようですね。


2800系、見た目は昭和テイストですが、これでもL/Cカーだったりしますw


なぜか前パンだけ下枠交差式な2800系。
調べてみると、2800系のうち2種類のパンタが混在している編成は、この2802F(AX02編成)のみだそうです。
近鉄は本当に沼ですな…。


5200系。
これが一番オーソドックスな名古屋線の急行という感じ。


新塗装Aceと伊勢志摩ライナー。
いよいよ汎用特急の旧塗装車も残り僅かですな…。


続行でアーバンライナーplusも通過。


1010系。
現在は名古屋線系統でしか走っていない形式ですが、もともと京都生まれなので車体幅が広いのが特徴です。

さて、そろそろ本題の塩浜へ移動しましょう。


おお、本当に東急7700系が停まってますよ。
西武に東急に…もはや三重県は実質都内なのでは?www



東急マークが撤去されていたり、スカートが付いていたりと細かい変化はあるものの…なんだか、よくできたCGを見ているみたい。


あと転落防止幌が近鉄式のイライラ棒タイプ(笑)に交換されていました。
その後7903Fは、年明け1月4日の終電後にモト94、96牽引で養老鉄道入りしたそうです。
デビューが待ち遠しいですね。
東海地方の鉄道 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2019/02/15(金) 22:56 ]

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