> 私鉄屋雑記帳 北海道・東北地方の鉄道
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

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福島交通のクラシックスタイル!?
緊急開催決定!銀一色の7000系を撮ろう!

弘南電鉄ではラッピングをする前に、こんな企画をやっていたそうで。
急だったので行こうと思ったら時既に遅しでしたが、このラッピング前に帯を剥がした状態で走らせてしまう…というところで思い出したのが、同じく元東急7000系が活躍している東北の私鉄、福島交通です。
実は2013年5月のホンの数日間だけ、福島でも”クラシックスタイル”が、ひっそりと実現していました。
※以下、特記以外2013年5月25日撮影


はぃ、出オチですwww
福島交通の7000系は全て中間車からの改造車なので、必然的にこうなります(笑)


食パン電車ならぬ鉄板電車!?
この9000系顔、そもそも帯ありきでデザインされているので、のっぺりし過ぎて不気味ですねーw

最近は本家でも、かつての紺黄ツートンカラーをラッピングした1000系が走り始めました。
近い将来7700系が引退して、クラシックスタイルが出来る世代が居なくなってしまったら…懐かしの銀一色とか言って、こんな姿の1000系が現れるかもしれません。


銀一色が短期間だけになってしまう理由に、視認性が悪く安全上よろしくない、ということが弘南電鉄のブログにも挙げられていましたが、うん、確かに遠目に見え辛いですね。
これで冬場、雪の日なんかに走ったら…。


現在、この銀一色だった編成には「花ももフリーきっぷ」のラッピングが施されています。





福島交通は初めてだったので、まずは飯坂温泉まで乗り潰した後、適当に降りて撮り歩き。
沿線随一の撮影ポイント、花水坂~医王寺の鉄橋は残念ながら綺麗に撮れる側が逆光だったので、特徴あるディスクブレーキを入れて流してみました。



この小さな駅舎も、地方私鉄してて凄くいい感じですね。


福島から2つ先の美術館図書館前までは、JR、阿武隈急行と並走しているのも大きな特徴です。


タイミングが良ければ並ぶことも!
ちなみに写真の7109編成は非冷房なので、ところどころ窓が開いています。


7000系2連4本のうち、3本は床置式クーラーで冷房化されていますが、残りの2連1本と、朝ラッシュ時用の3連2本は非冷房のままです。


桜水車庫で休む3連。
全国各地の私鉄に渡った7000系ですが、中間のサハが残っているのは福島交通だけ!


桜水車庫といえば、こんな怪しげな車両も…。
こいつは、1991年の昇圧前まで活躍していた3000形サハ3017です。
福島交通の自社発注車で、1966年生まれ…あれ?ということは、7000系よりも若いんですね。
3000形はラッシュ時の増結用として作られたのですが、戦前生まれの雑多な旧型電車たちの中間に挟むという使われ方をしていたので、一時期の琴電のような超凸凹編成になっていたとかw


さらに、1980年にデビューした5300形というクルマも居ました。
昇圧により僅か11年(!)で栗原電鉄へ、ところが1995年にはディーゼルカーへ転換されてしまい、栗原電鉄→くりはら田園鉄道若柳駅の自転車置き場として余生を過ごすも、2007年に廃線、その後解体されてしまったという悲運の電車です。
一昔前は自社発注車が多く、独自のスタイルを確立していた福島交通、一癖も二癖もあるクルマたちばかりでネタは尽きませんw
もしその時代に生まれていたら、きっと通ったんだろうなぁ…。
※この写真のみ2005年12月25日撮影
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東豊線、怒涛の世代交代
市電の次は地下鉄へ。
東豊線7000形の置き換えが進んでいるということで、今のうちに記録しておこうと思ったのですが…



おや、思っていたよりも9000形率が高い気が…。


ポケモンのラッピングを纏った7000形も。
ざっと運用が一巡するまで粘ってみたところ、ほぼ半数が9000形でした。
あれ?9000って今年デビューしたばっかりだよな、と思いウィキペディア先生に伺うと、なんと毎月1~2本のペースで増備されているんですね(汗;
既に東豊線の全20編成中、10編成が9000形!そりゃあ運用入りしているクルマも半々程度になるわけです。


また廃車は必ずしも車齢順ではなく、94年の福住延伸時に製造された後期型は、ドアにラインカラーを配した、9000形まで続く近代的な装いになりましたが(ただし足回りは電機子チョッパのまま)、11月現在1編成4両しか残っていないそうです。
嘘だろ…まだ20年ちょっとしか走っていないのに…!!
※今回は後期型に遭遇できなかったので、上の写真は2012年10月25日に撮影したものです。


驚異的な速度で世代交代が進む東豊線。
代謝が早い首都圏の鉄道並み!?と言ったら、こちらは編成も短いので大袈裟かもしれませんが…ホームドア設置に向けて、来年度までに20編成80両全てが9000形へと置き換えられる予定とのことで、やはり驚きは隠せません。
次に札幌へ行くとしたら置き換えが完了した後になるでしょうから、福住まで乗り納めしました。


一昔前の車両には必ず付いていた札幌市章。
そういえば、6000形なんか側扉の1枚1枚に市章が描かれていて、くどい程でしたw


内装にも、今は亡き3000形や6000形の面影があって、懐かしい感じです。


札幌の地下鉄と言えば、この六角形の貫通路。
どことなくSFチックでカッコイイですよね。
防火の観点から仕方ないとは言え、9000形では貫通扉が付いたので、六角形ではなくなってしまいました…。


そして、この印刷タイプの路線図も7000形初期車が最後ではないでしょうか。
日焼けしてしまい、ドアの開閉方向が解読不能になってます(笑)



9000形も、ホームドアが付く前に撮っておきましょう。


最後に東西線を行く7000形!
東豊線の車両基地は東西線の西28丁目駅付近にあるので、大通の連絡線を経由して出入庫する回送列車が一日に数本設定されています。
これを撮る為に、予め7000形が車庫へ戻る運用に充当されているかどうかをチェックして、深夜、宿を抜け出して撮影しましたw
ループ化完成間近の札幌市電
北斗星の廃止以降、開放式B寝台車を連結している日本最後の夜行列車となってしまった、急行はまなす号。
しかし、それも今年度末まで。
最後にもう一度乗っておきたい!と思い立って、ダメ元で窓口へ向かうと、11月6日の青森行きをゲットできたので、一路、札幌へ飛びました。


で、せっかく札幌まで来てトンボ返りするだけでは勿体無いので、もうすぐループ化する市電を見物してきました。
まずは西4丁目へ。


仮設の乗り場は複線の片側を潰して設置されていますが、11月11日から試運転開始、12月20日に開業ということで、レール自体は既に繋がっています。


降車専用ホーム。
この電停の変貌ぶりも凄まじいのですが、何よりも驚いたのは、どの電車も方向幕が尽くLED化されていたこと!
そうか、ループ化で幕を作り直すくらいだったらLED化してしまえ、というワケですね。
しかしこのLED、シャッタースピードを下げても全然写らない…(汗;


旧型車の側面にあるサボは残っていました。
これもループ化後はどうなることやら。


ビル影なく光線状態の良い場所を…と探していたら、行き着いた先は、いつもの電車事業所前(笑)
M101号が走っているか真っ先に知りたかったということもありますが、結果は今回もハズレでした。
どうもM101とは相性が悪いようで、思えば最後に走っている姿を見たのは、もうかれこれ15年以上も前なんですよね…。


車庫には冬支度中のササラ電車も。
今年の札幌は暖かいようで、もう11月だと言うのに、この日の気温は10℃を軽く超えていて、東京と殆ど変わりませんでした。


ポラリス!!!
札幌にも、こんなモダンな路面電車が走る日が来ようとは…。


向こう側からもポラリスがやって来た!と思ったら、ちょうど入庫するところでした。


撮影していたのは正午頃でしたが、車庫へ出入りする電車を多く見かけました。
1系統しかない札幌市電では、こんな風に交差点を行き交うシーンって、ここでしか撮れないんですよね。


ポラリスのカッコよさは異常。




ラッピング車だらけな札幌市電ですが、暫く待っていると標準塗装車が連続して来ました!
辛うじて3300形だけは幕のままです。
また8500系シリーズは足回りも更新されていて、以前の変調音を慌ただしく繰り返す、いかにも黎明期という感じのVVVF音から、静かで特徴の無い音になってしまいました…。


さて次のポラリスに乗って、すすきのへ向かいましょう。


西4丁目と同様、仮設ホームになっているすすきの電停。
こちらは従来の電停から交差点を挟んで1ブロック西側へ移設されていて、


新しいすすきの電停は、こんなことになっていました!
通常の2面2線にプラスして、屋根の無い降車用ホーム(?)を備えた小さな中線まで設置されていますよ…。
これ、一体どういう使い方をするんでしょうね。


仮設電停を駐車場の上から俯瞰してみました。
ちょうどやって来たのは幕車の3300形、そう、この緑色の蛍光灯も札幌市電の特徴でしたが…。


新設区間では、レールを歩道側に寄せたサイドリザベーション方式が採用されています。
欧米のLRTではよく見かける設計で、これなら歩道からひょいと乗れて便利です。


新設される狸小路電停も超オシャレ!
遂に札幌の市電もここまで来たか、という感じですね。

ただ札幌の電停って、雪が道路側へ落ちるように曲線状の屋根になっているのが標準仕様なので、こんな平べったい屋根で冬場は大丈夫なのかと余計な心配をしてしまいますw
砂漠の国からの贈り物

岩手開発鉄道の後は、今年4月3日に一部復旧したばかりの三陸鉄道南リアス線へ乗ってみることにしました。


なんだかとっても派手な三鉄盛駅。
駅舎内にも所狭しとキャラクターやグッズ、ポスターが散りばめられていて圧倒されてしまいます(笑)
隣に並んで建っているJRの駅舎がさっぱりしたデザインなので、JRがチェーンのカフェならば、三鉄は地元の喫茶店という感じ。

ちなみに自転車の貸出も、こちらで受付けています。


復旧したのは、盛~吉浜まで21.6kmの区間のみ。
その先は今も寸断されたままで、運賃表も寂しいことに…。


でもって、三条が買った切符は即席往復券www
自転車を返す時に、窓口で吉浜まで往復したい旨伝えると「それじゃあ券売機で盛→吉浜を2枚買ってください」とのことで?
すると、そのうちの1枚に「かえり」のスタンプを押して、往復切符に大変身!


16時15分発吉浜行き。
一部復旧に合わせて導入された新型車両36-700形です。
鮮やかなトリコロールカラーはそのまま受け継いでいますが、車体には何やら見慣れないマークが…



実は、日本から遠く離れた砂漠の国クウェートから石油を無償で頂いたので、それを売ったお金で、この新型車両を買ったんですね。
クウェートは世界有数の石油輸出国、自国の得意分野を活かして復興支援とは、何とも粋なことではありませんか!

南リアス線では現在、震災当日に運用中で奇跡的に被害を受けなかった36-100形1両を合わせた、計4両が活躍しています。


がたごと進むよクウェート号。

車内は盛を発車した時点で、地元の学生さんと旅行者風の方、そして同業者さんで、まずまずの乗車率。
ボックスには必ず1人座っている状態でした。


吉浜の一つ手前、三陸で5分ほど停車。

南リアス線は1編成が行ったり来たりしているだけですから、列車の交換はありません。
終点まであとちょっと!というところで、一体何の為の停車時間かと言うと…



タブレット!!

単線で1列車しか入れない三陸~吉浜間では、暫定的に「指導式」と呼ばれる閉塞方式を使っているようです。
この受け渡しを三陸でやるので、停車時間が長めに設定されているというワケです。


盛から約40分で吉浜に到着!
今はここが終点…といっても、駅名標には既に休止中の隣駅が書いてあったりします。


列車から見た吉浜の街並み。
遠く海の方、標高の低い場所が尽く更地になっていたのでゾッとしたのですが、そこにはもともと住居はありませんでした。
昔々、明治三陸地震の津波で甚大な被害が出た吉浜では、村を再建するときに、少しでも安全な丘の上へと移住させたそうです。
今から100年以上も前の教訓が、吉浜の人々を守ったんですね。


17時9分発で折り返し。
この時間に盛へ行く人も居ないだろう…と思っていたら、地元の方が1人乗って来ました。


ふと山側の車窓へ目をやると、建設が進む復興道路の橋脚が見えました。
狭く複雑に入り組んだリアスの街を結ぶ、希望の橋です。


海に近く、特に被害が大きかったという甫嶺駅付近。
真新しいレールが続いているのを見ると、これはもう復旧ではなく新線と言って良いほど…。

2014年4月、南リアス線は釜石まで全線”開通”する予定です。
函館市電、今日で開業100周年!


今日で開業100年を迎えた函館市電!
この週末は電車の大増発、ハイカラ號やササラ電車、530号が走り回るなど、ビッグイベントが目白押しのようです。
というワケで今回は、去年の10月に室蘭界隈で711系を撮った後、函館をうろうろした時の写真をアップしたいと思います。
ぶっちゃけこういう機会がないと、なかなかアップするタイミングがないw



まずは「函館ハイカラ號」こと39号を。
コイツの凄いところは、そんじょそこらのレトロ調電車とは違って、レプリカではないこと!
明治43年に成宗電気軌道でデビュー、大正7年に函館へ、その後はササラ電車として余生を送っていたところを平成4年に旅客車両へ復元したもので、生まれてから今日まで103年間ずっと走り続けているということになりますから、ただ者ではありません。

ハイカラ號の運行期間は毎年4月中旬から10月末まで、三条が訪れた時はシーズンぎりぎりでした。


ダイヤは午前と午後に分かれていて、昼間は駒場車庫で1時間ほど小休止します。
運転手さんの制服も、電車に合わせて”ハイカラ仕様”ですね。


車庫に止まっていた車両たち。
置き換えや車体更新が進んで、1両1形式になってしまっている800形812号や500形530号は、残念ながらお休みでした。


新しい車体に、800形の足回りを組み合わせて生まれた8000形。
なので、見てくれは箱型の近代的な”軽快電車”そのものですが、釣り掛け、非冷房です(笑)


十字街の操車塔と。
同じ8000形でも更新時期によってバラエティがあって、コイツはライトが角型ですね。



函館駅前の某宿に泊ったところ、一日乗車券が付いてくるプラン(!)というのがあり、これをフル活用して湯の川まで乗ってみました。
すると帰りに現れたのは、またもや新しい車体に800形の足回りを組み合わせて生まれた…低床車8100形!!
釣り掛け駆動のまま、車体の中央部分のみ低床化したトンでもない珍車でして、1両改造しただけで後が続きませんでした。
とても意欲作なのですが、どんなに頑張っても旧型電車の台車が出っ張るので、車内にノンステップバス以上の段差が出来てしまい、狭いわ危ないわで不評なのだそうな(^-^;
ウィキペに「ひな壇」なんて書かれていますが、実際に乗ってみて納得ですwww


ちゃんとした低床車も走っていますが、この「らっくる号」も1編成のみ。



800形と似たような車体をもつ、バス窓の旧型車710形。
現在9両在籍しているそうで、この日も何台か走っている姿を見かけました。


こちらはVVVF響く正真正銘の新型車両、2000形。
トップナンバーの2001号は2段窓ですが、


2002号では1段降下式で、よりスマートなデザインに。
この他、同じ見た目で冷房付きバージョンの3000形も居ます。


…ところで、物覚えの悪い三条が(笑)なぜ開業100周年の日を覚えていたかと言うと、


駒場車庫で買った、卓上カレンダーのおかげでしたー。
※イーゼルは別売りです、お近くのダ○ソーでお買い求めくださいwww