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三条イツキ

Author:三条イツキ
気の向くままに鉄道写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
新型より旧型派、バスも好き、ときどき海外の鉄道にもお邪魔します。

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常陸の国へ渡った営団2000形たち

先日、営団2000形最後の生き残りだった銚子電鉄デハ1001号が引退し、形式消滅となりました。
そこで今回は懐かしの営団2000形ということで…2005年3月31日に廃線となった日立電鉄の写真をアップしたいと思います。
銀座線時代はゆとりなんで知りませんwww


日立電鉄は茨城県の鮎川~常北太田間18.1kmを結んでいました。
上野から常磐線で向かう場合、途中の大甕駅で接続していましたが、当時その手前には鹿島鉄道や茨城交通などの誘惑があり(笑)なかなか大甕まで足を伸ばせませんでしたねー。
2000年9月、湊線の帰りにちょろっと寄ったのが初めてで、その次は廃止2か月前の2005年1月に訪問したのが最後となりました。


2000年の方は日も暮れていて、まともな写真が無かったので…(汗;
今回アップするのは、日立電鉄メインで訪ねた2005年1月の写真です。





日立電鉄では全車が元営団2000形で統一されていて、総勢24両の一大勢力となっていました。
ただ晩年は大幅な減便が行われていたので、稼動できるクルマも限られていたようで、常北太田の広い構内には現役なのか廃車なのか分からないクルマたちが、たくさん転がっていました。

ちなみに銚電へ渡った2両は、日立電鉄の注文流れだったそうです。
そのおかげで10年以上も長生きしたわけですから、人生何が起こるかわかりませんw


常北太田駅は、水郡線の常陸太田駅から国道を挟んだ向かい側にありました。
駅舎は代行バスの待合室として廃線後も暫く使われていたようですが、今は解体されて現存しません。


駅舎内の雰囲気もなかなかのもの。
子供用ボタンに蓋が付いているタイプの券売機、懐かしいですねー。
初めて切符を買ったのは、いつどこだったかは忘れてしまいましたが、この蓋をパタンとやって買ったことだけは、今も鮮明に覚えています。


久慈浜駅に留置してあった幌付きの単行車両。
日立電鉄では片運転台の2000形、両運転台の3000形の2形式に分かれていました。
日中は単行、ラッシュ時には増結も行われていたのですが、末期は手間を省く為か終日2連で固定となってしまい、昼間はガラガラでした。



3000形の重連。
この2両は、廃止を前に旧型車両時代の塗装へ塗り替えられていました。
赤い新塗装は地方私鉄が無理に背伸びしている感じがしたので、このツートンカラーの方が沿線風景に合っていたように思います。


赤は退色も激しかったですしね…


ビール電車「呑電日立号」など、あまり走る機会が無かったようで、かなりみすぼらしい感じになっていました。
この赤い塗装、塗りたては鮮やかで美しいんですけどね。


2000形の車内。
今にして思えば、連結面の方も撮っておけば良かったなぁなんて思ったり(銚電のは両運転台だったので…(^-^;)


扇風機には営団マークが!



終点の鮎川では、すぐ隣を常磐線が走っていましたが、近くに駅はありませんでした。
この鮎川の場所がとても中途半端で、もう少し頑張って日立市の中心部まで乗り入れていたら、日立電鉄の状況も変わっていたかもしれません。
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日立電鉄 | トラックバック:0 | コメント:0
[ 2016/03/03(木) 20:01 ]


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