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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

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柵原の保存鉄道、再び
てっぱくに続き、博物館シリーズ第2弾!
と言いますか、お待たせしましたこちらの続きです(^-^;


岡山でマルヨし、翌朝(5月5日)は柵原へ。
遠い遠いと言いながら、今年もまた来てしまいましたw



今年は開園前に現地入りし、吉ヶ原9:30発の試運転から撮影開始。
本日の編成は、吉ヶ原方からキハ702+キハ303、待望の2連です!
去年のGWは終日キハ702の単行だったんですよねー。

そして、この小さな踏切を渡る何気ない写真も、1年前は絶対に撮れないカットでした。
何故かというと、


2014年11月2日に延伸した区間だからです!
以前は、踏切の手前にあった”柵原口”という臨時駅まででしたが、展示線が旧柵原駅方向へ約130m延長され、踏切を渡った先に新しく開業した「黄福柵原駅」まで、入線できるようになりました。


吉ヶ原へ戻る試運転列車。
さて本運転と何が違うでしょう!?正解は後ほどw


一旦車庫へ引き上げて、10:00発の一番列車まで小休止。



動態保存なので、今日は走っていない車両たちも、当然去年とは配置が異なっています。
前回は撮れなかったアングルで撮れたり、新たな発見があって、やっぱり”生きている”鉄道はいいなぁーと思いますね。


それにしても今日は、雲一つ無い絶好の撮影日和!
午前中は、順光になるキハ702側を撮りまくります。


公式ページの展示運転リポートによると、キハ303号が柵原方に連結されるのは、ジャンパ栓の具合の関係で稀なのだそうです。


吉ヶ原11:42発、黄福柵原行きに乗り鉄しましょう。
もちろん、前回は走っていなかったキハ303の方をチョイスw
このキハ303は昭和9年に国鉄キハ41071としてデビュー、動態としては国内最古の気動車です。
大宮の鉄道博物館に保存されているキハ41307と同型ですが、こちらは車内がロングシートになっています。


現役当時のものと思しき広告。
一体、何年前の夏でしょうかwww



黄福柵原駅の改札口には、平成3年4月1日改正の時刻表が。
末期の片上鉄道は、一日たったの3往復しか走っていなかったのですね。
ちなみに現在の展示運転も、基本は従来通り途中の”柵原口”で折り返す便がメインなので、黄福柵原まで運転される列車は、試運転を含めると同じ一日3往復だったりします(笑)


吉ヶ原駅にそっくりな三角屋根の駅舎。
これは片鉄の他の駅でも見られた、標準的なデザインなのだそうです。


昼休憩中に現れたクラシックカーたち!
キハと並べて即席の撮影会をされていたので、三条も混じって撮らせて頂きました。





午後はキハ303側を撮りまくり。
新駅が出来てダイヤが複雑になった為か、今年は臨時増発は行われず、ほぼ時刻表通りに運行されていました。


気が付けば、本日の展示運転も終了の時間に。
キハ702が切り離されて…


並びました!
営業運転時には必ず取り付けられているヘッドマークも外されて、まるで現役時代のようです。
というワケで、試運転と本運転の違いはマークの有無でしたw

最後、入庫まで見届けたいところですが、残念ながら津山行き最終バス(早ぇよw)の発車時間が迫って来たので、これにて退散しました。
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下津井電鉄#1 港町に眠る軽便鉄道


5月4日、朝に少しだけ琴電を撮影した後は、快速マリンライナーの客に。
瀬戸大橋を渡って最初の停車駅、児島で途中下車して、こんなところへ寄り道してみました。


1991年まで運行されていた下津井電鉄の下津井駅跡です。
下電は軌間762mmのナローゲージで、北勢線や内部・八王子線みたいな近代的な電車が走っていました。
今もホームの一部や車両などが、有志によって保存されています。


まず一番手前、児島方に止まっていたのは、鮮やかな赤いディーゼルカー、ホジ3号
1971年に廃止された井笠鉄道から、下電へとやって来ました。
下電の電化は1949年のことで、それよりも後に何故ディーゼルカー?という不思議なクルマなのですが、どうやら1972年に茶屋町~児島間が部分廃止となった際、資材運搬用として購入したようです。
しかし、実際にはエンジンが不調で殆ど使えなかったというオチ付き。

このホジ3号、雨ざらしの割に状態は良く見えますが…


反対側は窓ガラスが割れてしまったのか、こんな姿でした(汗;


そのすぐ後ろには、クハ5号
前カゴ付きの典型的なガソリンカーという感じですが、もともとガソリンカーだったものを改造した、れっきとした電車です。
まぁ電車と言っても制御車ですから、大した改造でもない気もしますがw


そして辛うじて(笑)屋根の下に保存されているのは、末期まで活躍したモハ1001号と、悲運の名車メリーベル号こと2000形!
部分廃止以降、他の鉄道路線と一切接続していない陸の孤島と化していた下電が、瀬戸大橋の開業を機に観光路線へ転換しようと、1988年に社運を賭けてデビューしたのがメリーベル号でした。
とりあえずメルヘンチックにして、夢の国を目指しました!という、ありがちな感じのデザインですが、これをナローゲージでやってしまったところが最大のポイント。
もともとおもちゃっぽい電車だったので、これが意外と似合っているんですよね。
またメリーベル号に合わせて、児島駅は飾り物だらけの派手な駅舎にリニューアルされ、乗務員の制服も”キャスト”みたいな上下とも白いデザインのものへ変更されたそうです。
しかし思うように観光客を誘致することは出来ず、たった2年で夢は幻に…。


モハ2001+サハ2201+クハ2101の3両、フル編成で現存しています。
ただ実際には目論みがコケてしまったので、中間のサハを抜いた2両編成で走っていることの方が多かったそうです。
結局フル編成で活躍したのは、皮肉にも廃止間際のお名残りラッシュの時だったとか…。

ちなみに車体の側面に見えるルーバーは、床置式の冷房装置です。
メリーベル号は、ナローゲージとしては日本初、そして北勢線の冷房化改造が行われるまでは日本で唯一の冷房車でもありました。


反対側へまわってみると、モハ103+クハ24の姿も。
この2両は、引退したときフジカラーのラッピング車だったのですが、後に標準色へ塗り直されています。
過去に訪問された方の写真を見ていると、他の車両たちも割と頻繁に塗り替えや移動が行われているようですが、こんないつ崩落してしまうか分からない屋根の下では、落ち着いて作業もできないんじゃないかと余計な心配をしてしまいます(^-^;



下津井駅跡から遠くに瀬戸大橋が見えていたので、橋に向かって10分ほど歩いてみると、こんな風に一望できる場所へ辿り着きました!

下津井には児島駅からバスが毎時1本、きれいな等間隔で走っています。
1時間したら帰ろうかと思っていたのですが、この景色を見たら少しのんびりしたくなって、乗るバスを1本遅らせることにしました。


おまけ。
港で見つけた鉄道っぽいものw

#2に続きます。
岡山ボロキハ三連発 #3 「水島臨海鉄道」
#2の続きです。


岡山ボロキハ三連発、ラストの三発目は水島臨海鉄道
5月4日の津山機関庫の一般公開と、柵原の展示運転日が上手いこと重なりましたが、さらにその翌日には、こどもの日に合わせて水島のキハ20が4両編成で運転され、トントン拍子で掛け持ちできました。



4連は水島(最初の一便のみ三菱自工前発)~倉敷市間を3往復走るので、まずは市駅前の跨線橋から。
生憎の天気でしたが、大勢のテツが集まりました。
しかし、こどもの日に合わせて…と言っても、沿線で何かイベントがあるワケでもないようで、しかも渋いキハ20ですから、集まったのは(三条含め)大人の皆さんばかりです(笑)

いや、今も少年の心は忘れていませんよ…きっと!!


続いて球場前方面へ移動して、2往復目を撮影。
ここは早朝しか順光になりませんが、背景がすっきりしていて、おまけに雨宿りも出来るので、こんな日にはちょうど良い場所です。


折り返しは広角で。
やっぱり4両も繋がると迫力が違いますね。
これが水島臨海鉄道に在籍するキハ20の全てで、普段は平日のラッシュ時に2両編成で運転されていました。
基本的に色が混ざることは無く、水島色か国鉄色のどちらが走るかは運次第。
前回2009年に訪ねたときは水島色が動いていたので、次は国鉄色を!と意気込んでましたが…倉敷まで行ってハズレを引いたらアレだなーと渋ってまして。
そんなこんなで、今回ようやっと国鉄色の走行シーンを撮影出来ました(^-^;


3往復目は球場前~西富井の築堤へ。
ここ、足場が非常に悪かったです。



最後の下りは、球場前から水島まで乗り鉄しました。
4両も繋いでいるからか、さよなら運転なのに車内は結構空いています。

ん?さよなら運転…??
既に5月12日からキハ37、38が走り始めることが決まっていましたから、自然とキハ20は引退なんだろうなーと思っていたんですが、そういえば今日は定期列車に増結しただけでヘッドマークは付いていませんし、公式に「引退」や「さよなら」という言葉を見かけませんでした。
これは引退まで残り1週間あるからなのか?
いや、ひょっとすると1両くらい保存する予定があるんじゃないか…??
なーんて勘ぐってしまったのですが、どうなんでしょうw


終点の水島へ着く前に「キハ20も残すところあと1週間になりました」というアナウンスが入りました。
うーん、やっぱり引退なのかなぁ…。


水島到着後は、自工前の奥にある車庫へと回送されて行きました。
どうせなら、ついでに自工前まで営業運転すればいいのにw

次の自工前行きは1時間半後!なので、水島駅から歩いて追っかけると…


4連を組んだまま、ヘッドライトを付けて停車中!!
関係者の方が撮影されていました。

こうして見るとキハ205とキハ203、同じ国鉄色でも色味がかなり違いますね。
どっちが本物に近いんだろう!?


こいつと比較するのが一番でしょうwww
どうやらキハ205の方が、普通の国鉄色よりも明るいみたいですね。
キハ203は、2002年に赤穂線のイベントで貸し出したときに塗り替えられたものなので、本家監修の下(?)色味を調合したのかもしれません。


ちなみに国鉄色に塗り替えられたキハ37-103は、キハ205と同じ明るい色味。
国鉄とは違う、塗り分けのRが角ばっているところも受け継いでいるので、これはもう「水島流の国鉄色」として、オリジナル塗装といっても差し支えないかとw


でも、ちゃんとオリジナル色もあるんですよ。
水島さん的には、新しく見えるよう頑張ったのかもしれませんが、何だか80年代の3セク転属車みたいで、逆にレトロな感じがするのは気のせいでしょうか。


入庫から1時間ほどして、編成を分割!
国鉄色の2連を動かして入換え、水島色のすぐ隣に並びました。



おや!?ファンサービスでしょうか、いつの間にかキハ204にサボが差さっていますよ。
行先が倉敷市、水島、三菱自工前の3種類しかないので、差し替えしなくてもいいように、下り側だけブックタイプになっているんですね。
すごく合理的w


奥にはキハ38の姿も。

キハ20の引退は残念ですが、久留里線からやって来た車両たちも決して新しいクルマではなく、しかも一気に3形式増えて、前よりも趣味的に面白くなっちゃいましたから、ちょっと複雑な気持ちだったりします(笑)

なおキハ37、38は、予定通り5月12日から営業運転を開始しました。
キハ30は、非冷房なので秋頃から走り始めるようです。
岡山ボロキハ三連発 #2 「柵原ふれあい鉱山公園」
#1の続きです。


津山駅からバスに揺られること30分、吉ヶ原駅前というバス停で下車。
こんな小さな山奥の町に、他のどの鉄道とも繋がっていない、孤立したローカル線の駅があります。



改札の向こう側には、ガラガラとアイドリングしながら発車を待つ、戦前生まれの気動車が…!?
もう日本全国探しても出会えないと思っていた、夢のような光景が広がっていました。


そのローカル線の正体は「柵原ふれあい鉱山公園」にある保存鉄道
1991年に一度廃止された同和鉱業片上鉄道のうち、公園内にある約300mの区間で、毎月1回の展示運転が行われています。
日本では珍しい、ボランティアによる動態の保存鉄道です。


乗車するには切符…ではなく一日会員証を買います。
ただのお客さんではなくて、保存会の一日会員になって乗客役をするんですね。
なんだか”会員”と言われると、みんなで一緒に盛り上げている感じがして、ワクワクしませんか!

しかしGW真っ只中だったので、午後から”乗客役”が増えすぎてしまい、ラッシュ時が再現され始めてしまいました(笑)


というワケで、まずは撮りの方へまわりました。


本来は30分ヘッドなんですが、この日は多客で臨時増発が行われていたので、何度も撮れます。
公園の施設を上手いこと隠してやれば、まるで現役のローカル線のようです。


やっぱり鉄道は走ってこそ!


折り返し地点まで行ってみると、何やら作業が行われていて…


その先では、なんとを造っています!!
これは2015年春の開業を目指して建設中の、新美咲駅(仮称)です。
いくら車両が本物でも、行って帰って来るだけじゃあ、どうしても公園内の遊具という感じがしてしまうんですが、こうなれば立派な鉄道ですね。
新美咲駅は完成すると1面2線になるようで、柔軟な運用が組めそうです。


ちなみに、現在折り返している場所は「柵原」という臨時駅だそうで。
駅名板のやっつけ感www



観光用の保存鉄道でも、安全第一。
ちゃんとタブレット閉塞です。


踏切小屋もあります。
これは保存会の方の手造りだそうですよ!



工事に伴い、こんな軌陸両用トラックも出動~。
バラストを柵原口まで輸送していました。


お客さんが減って来たところで、いよいよお待ちかねの”乗り”です。



車内は床も壁も木製で、油の匂いが堪りません!
当たり前のように灰皿があるのも、時代を感じますね。


現役時代の路線図もあります。
なんだか本物のローカル線に乗っている気分ですが、片道300mなので、あっという間に折り返し地点へ着いてしまいます。
まだまだ乗りたい、油の匂いを嗅いでいたい(笑)ので、延伸開業が待ち遠しいです。



展示運転終了後、ヘッドマークの代わりに「鯉のぼり」が付きました。




今回走っていたキハ702号の他にも、元国鉄41000形のキハ303号、自社発注車のキハ312号、DD13-551号、客車3両、貨車2両が動態で保存されています。
どの車両が走るかは、その日の車両の気分次第とのこと。
例年、GWにはキハの併結や客レが運転されていたので期待していたのですが、今年は延伸工事の作業要員が必要だったため、キハ単行での運転となったようです。(ソースは公式ページの運転リポート)
またリベンジしたいですね。


帰り道で見掛けた、キハ311号の廃車体(バス車内から撮影)

帰りは公式ページの案内に従って、高下と新道穂崎でバスを乗り継いで岡山へ出ようとしたところ、高下から乗ったバスが途中で渋滞にはまって定刻より30分も遅刻!
予定していた岡山の表町バスターミナル行きはとっくに出た後で、次のバスまで1時間以上待つ羽目になってしまいました。
これが普通のバスなら仕方無いことですが、この高下からのバスは、2013年3月31日まで宇野バスが岡山へ直通で運行していたものを、採算が合わない便を新道穂崎で分断して、赤磐市広域路線バスが引き継いだという経緯があるので、ちょっと残念ですね。
いくらバスが好きな三条でも、こんなに時間がかかってしまうなら、次からはレンタカーを借りてしまおうか…と考えてしまいます。
前よりも乗り継ぎの手間が増えて、しかもちゃんと接続も取ってくれないんじゃあ、お客さんは減るばかりですよ。

というワケで、行楽シーズンに柵原へ行く場合は、津山を拠点にした方が無難です。

#3へ続く。

50000hit!!


調子に乗って、動画をもう一本upしてみました~。
去年、編集するだけ編集して放置していた広電のムービーです。他にも何本かあるんですが、一番絵的に面白いヤツを…ということで、十日市町での定点撮影を短くカットして詰め合わせ。



朝ラッシュだったので、これでもか!ってくらい電車が来ますwww



もと北九州市電の602号!現存しているのは、これ一台だけです。
広電には1両1形式のクルマも多くて、見ていて飽きませんね。



ただ、この1年で広電も少しずつ変化しています。
去年10月のダイヤ改正から殆どの系統で運転本数が減った他、宮島系統で活躍していた連結車、2000系が休車扱いとなってしまいました。これは老朽化に加え、2000系にICカード「PASPY」のカードリーダーが設置されてないことが原因だそうです。それに、単行のクルマを二つ繋いだ”連結車”は、他の”連接車”に比べて一回り小さく、扱いづらかったのかもしれません。

っと。広電の写真はupし出すとキリ無いんで(笑) 今回は、この辺で~。


***


でもってタイトルにもある通り…ふと左下のカウンターへ目をやると、なんとなんと!50000アクセスを突破していました~!!
ここのところ一日100件オーバーが当たり前になっていて、軽くビビってます。あ、こないだの京急ネタは例外でしょうけど(笑) 相も変わらずぐだぐだと、三条の趣味全開なマイナーネタに突っ走るブログですが、こんなにも見て頂いている方々が沢山いらっしゃると分かると、嬉しいやら恥かしいやら…(^-^;
これからもマイペースに更新を続けてゆくと思いますので、温かく見守ってやってくださいvv