> 私鉄屋雑記帳 甲信越地方の鉄道
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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

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信越の3セク3路線リレー
こちらの続きです。


長岡→直江津は信越線…ではなく、上越線に乗車し六日町へ。
今回はえちごツーデーパスを利用しているので、使い倒そうというわけですw



久しぶりのほくほく線。
相変わらずの高規格路線で、はくたかが廃止になってしまった今でも、俊足っぷりは変わりません。
はくたかの代わりに走り始めた「超快速」が気になっていましたが、1日1往復しかなく、今回は残念ながら時間が合いませんでした。


まもなく直江津。
見慣れない車両が、車窓に飛び込んできました。


E127系改めET127系
かつては新潟近郊の主だったE127系、今では弥彦線用の2編成を除いて、全てえちごトキめき鉄道に譲渡されてしまいました。
そうか、新潟駅で撮影していて何か足りない…と思っていたら、コイツが居なくなってしまったんですね(^-^;


見事に3セク車両だらけw
手前の北陸本…じゃなかった、日本海ひすいラインのET122系は、なんとディーゼルカーですよ!


跨線橋の窓に映るクルマたちも様変わりしてしまいました。
ちょうど去年の今ごろに来たばっかりなのに…私の知ってる直江津と違う(汗;


はくたかやトワイライトは消え、この長いホームも文字通り無用の長物に…。


直江津から妙高はねうまラインに乗って1駅、今回も春日山で駅撮りしました。
すると、まずはE653系の特急しらゆきが通過!
フレッシュだった彼も、今では第2の人生を歩む時代ですw


続いて115系による快速電車。
てっきり3セク化で115系は撤退したかと思いきや、新潟直通の快速で残っていたんですね。

この他にも面白い運用として、北越急行のHK100形(!)が一日一往復、新井まで乗り入れて来るようになりました。


ET127系の新旧混色4連
移管直後はJRマークの撤去など最小限の変更に留めていましたが、徐々に妙高山をイメージした新塗装へ変更されていて、クモハとクハで塗装が違うという編成も居るようです。


妙高高原行きは新塗装の2連でした。
さて、これに乗って長野方面へ進みましょう。


1年前は脇野田駅だった上越妙高駅。
さっき新井へ向かった115系が折り返してきました。


ロングシートに揺られること約50分で妙高高原に到着。
沿線はJR時代と変わらず美しい車窓でしたが、それだけにもともと新潟都市圏用に造られたE127系になってしまったのは残念ですね。
二本木駅到着前には、スイッチバックを解説するアナウンスが入るようになっていたりして、少しは観光利用も意識しているんでしょうけど…


妙高高原からはしなの鉄道に。
こちら側は移管前と同じ115系なので、乗ってしまえばあまり違和感はありません。


ふと思い立って、終点の長野ではなく北長野で下車。
側線では、EF64の重連が出発を待っていました。



T1!!

向かった先は長電の信濃吉田駅。
灰色HゴムなT1をバルブできないかなーと目論んでいたら、なんと運よく一発で当ててしまいました!
さらに、この後に乗った長野行きはT6という奇跡www

この日は長野でマルヨし、翌朝はクモユニの記事に繋がります。

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社線内で115系を撮る
昨年12月6日をもって定期運用から離脱した、八トタ所属の115系を使用した団体ツアー列車が3回に渡って設定されています。
1回目の今日は、豊田~河口湖間を一往復する「河口湖コース」が行われたので、最後にお気に入りだった富士急行線内で撮影してきました。



まずは、211化された富士急直通電車1453Mに乗車。
211系の河口湖表示、違和感ありまくりですw


三つ峠駅で下車。
定番のインカーブには同業者さんが集結していましたが、晴れると顔に日が当たらなくなるのでスルーして、その先の築堤でスタンバイしました。
ところが、段々と雲が湧き始めてしまい…



結果は薄曇りorz
せっかく順光ポイントを選んだのになぁ…


とは言え、続行のホリデー快速がドン曇りだったので、まだ運が良かった方だと思うことにします(-_-;


ちょんまげパンタを上げた6000系!


今朝の211系の折り返し。
ちょいちょい雲は途切れるんですが、何故か下りの河口湖行きが来るときだけ曇るというね…orz
先生ー!雲が僕に嫌がらせをしてきます(笑)


371系(!)の譲渡が決まり、いよいよ先が見えてきた2000系。


一方、再び371系と一緒に活躍することになった元RSEの8000系。
あさぎり号として共に活躍した善き親友が、今度は富士山の向こう側で同僚になるわけですから、まさに事実は小説よりも奇なりですねー。


富士登山電車の代走快速は、富士急リバイバルカラー!!
だったんですが、ここでも”下り列車は曇るの法則”を発動してしまいました。゜。゜(ノД`)゜。゜。
しかも背景は晴れているという最悪のパターン。
雪レフ効果で、それほど潰れなかったのは救いですが…。


気を取り直して、午後は田野倉へ移動。
大月行きの車内で、先に高速バスで河口湖入りしていた警笛さんと合流しました。


最後は”富士急行らしさ”を出す為に、あえてへろへろな木製架線柱が刺さる場所をチョイス。
三つ峠の付近では、去年まで木製だったものが次々とコンクリート製へ交換されていたので、ここももしや…と嫌な予感が過ったのですが、ご覧の通り無事に生き残っていました。


そして本チャン。
うーん、やっぱり木製架線柱と115系の組み合わせは堪りませんね!
ここのアングルは定期列車で走っていた頃に撮り損ねていたので、これで悔いなしです。


少し移動して、代走快速をもう一丁。
ようやっと太陽が本気を出して来ました。
…いまさらかよwww



〆は臙脂帯の5000系1000系で。
コイツ、朝からずっと大月の留置線で眠り続けていました。

孤軍奮闘するダイヤモンドカット #2 上田電鉄まるまどりーむ号
#1の続きです。


長野県は上田電鉄の7200系も、先月27日に7253編成が引退、残るは7255編成1本となっています。
上田電鉄では、2008年に東急1000系を譲り受けて7200系の置き換えを実施、ここ5年間は「まるまどりーむ号」となった7253、7255の2両編成2本という体制が続いていました。


大先輩の元祖「丸窓電車」モハ5250形と並ぶ7253編成。




まるまどりーむ化した当初は、コルゲートぎざぎざのステンレスカーにツートンカラーのラッピングだなんて邪道だ…!!
と思っていたのですが、これが塩田平の風景によく映えるし、ただのステンレスカーよりも引き締まって見えるから困ったものですw


7253編成は、沿線にある株式会社ミマキエンジニアリングという企業がラッピングを無償で施工したそうで、側面に「Mimaki」のロゴが入っているのが特徴でした。


車内もモハ5250を意識した木目調の内装と赤いモケットへ交換されています。
親会社の9000系も最近こんな感じの内装にリニューアルしたせいか、レトロというよりも、何だかお洒落な感じがしますね。
特徴の丸窓は、カッティングシートで再現されています。


現在、上田電鉄で唯一の7200系となっている7255編成と、1000系導入時に引退した帯無しクラシックスタイルな7254編成。
これまで2006年8月、2008年12月、2009年2月と計3回、上田を訪ねているんですが、相性が悪いのか毎回動いているのは7253編成ばかりで、7255編成はいつもクラの中でした。


千曲川を渡る7251編成。
スカ色のような帯を巻いたデザインが、上田電鉄が発足して以降の標準塗装となっていました。
シックで好ましい塗装でしたが、上田で見られたのは1000系導入までの4年程度と短命でしたね。
今も夜な夜な京急逗子線を走っているあいつは、撮影するにも難易度高し(^-^;


今のところ7253編成の代替車はありません。
もともと1000系を2連×4本導入したのに対して、7200系は2連×3本しか廃車にしなかったので、1本離脱したところで運用は賄えてしまうのですが、さよなら運転のときに取り付けられたヘッドマークには「新しい仲間と交代します」と書かれていた様です。
新しい仲間…実は、恩田に上田向けの1000系がストックされていて、新まるまどりーむ号としてツートンカラーでデビューするんじゃなかろうか!?なんて、妄想は膨らみますねw
長電8500系リバイバル編成を撮る
こちらの続きです。

クモヤ臨の復路を待つ間、長電へ寄り道してきました。
前回の記事に”北長野へ~”と書いた時点で、勘の良い読者の皆さんにはバレていたかもしれませんが(笑)


北長野駅から、長電の信濃吉田駅までは徒歩10分ほどの距離。
お互い交差している部分に駅は無く、東京で言うところの武蔵野台と白糸台のような位置関係ですが、ここの場合、一つ先の長野駅で乗り換えできてしまうので、普通に利用する分には徒歩連絡するメリットは殆どありません(^-^;


信濃吉田駅のすぐ東側にあるカーブで撮影。
すると、さっそく新塗装の「スノーモンキー」がやって来ました!
去年3月に訪ねた時は、旧塗装しか走っていなかったんですよねー。


続いて、1000系「ゆけむり」。
この辺りは複線区間で、ゆるやかな勾配、曲がりくねった線路、どことなく町田付近に似ているような気がします。



でた、T6www

コイツも1編成しか居なくてレアっちゃレアなのですが、今回のお目当てはタイトルの通り8500系のリバイバル編成です。
昨年10月に全検を出場したT1編成が、デビュー当時に近い姿になりました。

…え?
もともと赤帯を巻いていた8500系がリバイバル??

はい、実はT1編成…



前面が白ゴムになりました!!

ネタが地味過ぎて、テツの間でも全く話題になっていませんが、東急ファンにとっては一大事です。
細かい部分とは言え、これだけでもグッと昔っぽく見えませんか!



折り返しは信濃吉田~桐原のストレートで。
時刻表を辿ると、また信州中野から戻って来るようなので、駅前の東急ストアで涼みつつ(笑)、時間を見計らってさっきのカーブへ移動しました。


まずはスノーモンキー。
どう足掻いても、秀逸過ぎたオリジナル塗装を越えることはできませんが、この新塗装はなかなかイケてます。
というかJR残留組が悲惨なことに(ry


T6も戻って来ました。
見ていて気が付いたのですが、T6って長野方(デハ8516)だけタネ車が軽量タイプなんですね。
側板と屋根の継ぎ目に丸みがある分、表情にも若干違いが出ています。


そしてT1!
いやぁこれぞ昭和の東京急行、まさにいぶし銀ですなぁ~。
T6の続行ということもあって、余計に渋く見えます(笑)
そして撮り始めはイマイチだった光線も、2時間が経過してド順光申し分なし!!です。
あとは邪魔な某狩ゲーのマスクを外して、「すずかけ台」や「青山一丁目」幕を表示すれば完璧なのですが、残念ながら長野へ渡った8500系は全てLED化済み。
マスクは掲載期間が今月31日までなので、それを過ぎれば外れるとして、LEDは…

本家に倣って、きっと今後グレードアップするんですよね(チラッ


現代に生きる頚城鉄道

こちらの続きです。
直江津駅からバスで約30分、百間町というところにある「くびき野レールパーク」へ行ってきました。



くびき野レールパークは、かつて新黒井~浦川原を結んでいた軽便鉄道、頸城鉄道の百間町車庫を改装した博物館です。
乗り場を兼ねた車庫の中に、頸城鉄道で活躍した車両、8両が動態で保存されています。

当初、この日の午後は”アホ”で一躍有名になった(?)某専用線を撮影する予定だったのですが、なんとなく出発前にネットを徘徊していたところ、くびき野レールパークのサイトに辿り着き、しかもたまたま月イチの運転日と重なっていたことが判明!
運命を感じて、急遽予定を変更したのでした。


実は保存車両たちの一部は、廃止後33年間、なんと行方不明になっていたそうです。
遠く六甲山中(!)で人知れず眠っていたところを発掘され、2006年に奇跡の里帰りを果たしました。


SL「コッペル」号。
こいつは西武山口線へ渡って活躍した後、頚城へ戻って来たとのこと。


この日は、1番ホームがディーゼル機関車DC92牽引の客レ、2番ホームがディーゼルカーのホジ3で、交互に運転されていました。
乗車の際には募金を忘れずに!


とにかく暑いのと、昼間は光の向きがあまりよろしくないので、まずは乗り鉄です。
13:30、2番ホーム発のDC92+ト5+ハ6に乗車しました。
クーラーなんて文明の利器は当然付いていませんが、無蓋貨車のトに乗れば、風を受けて多少は涼しい…

気がするだけでした(^-^;


続いて14時発、ホジ3に乗車。
発車の前に、室内灯を点灯させて「実は吊革の支柱がハート型になっているんですよ」と運転手さん。
それを聞いて思い出したのが、ヒカリエ号のハートが刻まれた手すり。
80年以上も前の車両ですが、こういう遊び心って今も昔も変わらないんですね。


かぶりつきの特等席を確保!
ホジ3は、3枚とも窓のサイズが違う面白い顔をしていますが、そのうち向かって右側の窓2枚が半室構造の運転席、残りの1枚は客室になっています。


車庫へ戻って来ると…おや!?


ニフ1を増結して3両編成に!!
ちょうどバスツアーの団体さんが到着したので、それに合わせたのでしょうか。


軌道の全長は100メートルほど。
車庫線は浦川原方で本線と合流するようになっているので、まず出庫すると浦川原方の終点まで走って、一番手前にある本線へ転線、本線を2往復して再び転線して、車庫へ戻って来ます。


ニフ1は、この1セットを終えるとすぐに切り離されました。


30分後、今度はホジ3が白煙を上げて出庫!
やっぱり鉄道は走ってナンボですね。



ホジ3の場合は、本線を1往復だけして車庫に戻って来ます。
エンド交換が面倒だからでしょうかねw(客レの場合は推進運転なので)


”頚城”の頭文字「K」を丸で囲った社紋。
これは現在、路線バスを運行している頚城自動車にも受け継がれていて、地元では今も「マルケーバス」と呼ばれていたりします。




ラストは、DC92+ト5+ハ6の客レで〆。
この15:30発が最終便の予定でしたが、さらに16時発の臨時便をホジ3で運転するとのこと。
でももういい加減暑さにやられそうなので、切り上げることにしました。

こちらの記事に続きます。

※一部、写真と文章が抜けたまま記事を公開していました、スイマセンm(_ _)m
8月5日20時頃に修正を加えました。