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三条イツキ

Author:三条イツキ
どこまでも続く田園風景の中を、のんびりと単行の古びた電車が、ゆらゆら車体を揺らしながら、釣り掛けの轟音を残して通り過ぎてゆく…
私鉄系旧型電車が好きな管理人が、国内の地方私鉄から海外の軽便鉄道まで、気の向くままに写真を撮り歩いては書き綴るブログです。
マイナー路線まっしぐら!!

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日本一の路線バスを走破する! #3

#2の続きです。
新宮駅近くでマルヨ、翌日は紀勢線に乗って寄り道しながら横浜へ戻りました。
「日本一の路線バス」がメインだった今回の旅、バスなんか興味ねぇよ!な皆様お待たせしました、ここからはがっつり鉄道ネタです(^-^;


乗車する特急南紀4号は9:13発なので、まだまだ時間があります。
本当は7:46発の八木新宮特急を新宮駅前で撮る予定でしたが、昨日の折り返しなので、どう転んでも新型車両…モチベーションが上がらず、駅裏の留置線を見物しに行きました。
そういえば、以前18きっぷで紀勢線を乗り潰ししたときに1度だけ新宮で降りたことがあるのですが、当時はここに381系や単色になる前の105系が停まっていましたねぇ。


暫くすると、一仕事を終えた313…じゃなかった、キハ25が側線に入って来ましたw
ほんとコイツ、架線下だと余計電車に見える…。


ヤタガラスのマークがカッコいい熊野交通
昨日、八木新宮特急に乗っているときにも本宮付近で見掛けました。
新宮を中心に運行している路線バスで、場所によっては路線が重複しているんですが、八木新宮特急は熊野交通のエリアに入ると通過運転しているので、お互いに棲み分けができています。



特急南紀4号。
空いているだろうと思いきや、時間帯が良いからか、そこそこの乗車率でした。


多気で途中下車。
ここまで約2時間、前回はキハ40の普通列車で3時間半かけて走破したことを思うと、やっぱり特急は速いですw



でもって多気で降りたのは、そのキハ40を撮影するため。
このとき既に紀勢線の多気以南からは撤退済みで、亀山~鳥羽間の一部の列車に残るのみとなっていました。
キハ85の南紀号とキハ11の鳥羽行き、そしてキハ25の留置車両が2本、田んぼのなかの小さな駅が一時だけ賑わいます。


続いて、快速みえに乗って鳥羽へ。
4両編成でしたが、途中の伊勢市で後ろ2両を切り離していました。



伊勢市駅のすぐ横には伊勢車両区が併設されていました。
実は私、参宮線に乗ったのは今回が初めてで、こんなホームのすぐそばに車庫があるとは知らず、そのまま鳥羽へ行く予定を急遽変更して、一旦ここで降りて撮影することにしました。
こじんまりとした好ましい非電化の車庫でしたが、残念ながら2016年3月に名古屋車両区へ統合され、現在は廃止となっているので、このとき撮影できたのは本当にタイミングがよかったです。


次はキハ40の普通列車に乗って鳥羽へ。
東海のクルマは、青いモケットに枕カバー付きなのがいいですねぇ♪


20分程で鳥羽に到着。


隣のホームには近鉄が誇る豪華特急しまかぜが!
帰りはコイツに乗りますよ。

それにしても参宮線…隣の近鉄が立派ということもあって、比べると明らかにショボいw
数年前に某和菓子メーカーの会長が「参宮線なんか廃止して駐車場にしちまえ!」と発言して波紋を呼んだことがありましたが、まあ近鉄と並んでいる伊勢市や鳥羽付近だけ見ていたら、その気持ちも分からなくはないです。
実際は全く並走しているわけではないので、途中からの乗車を考えれば、参宮線もなくてはならない存在なのですが。


参宮線の有名撮影地へ移動する為、近鉄に乗って一つ目の池の浦駅へ。
電車1両分もない小さな屋根に木造のベンチがあるだけの無人駅ですが、時刻表を見ると日中でも最低30分ヘッド、朝には近鉄名古屋や大阪上本町へ直通する急行が走っていたりして、さすが近鉄さんです。



駅から10分ちょっとで到着~。
この付近では参宮線が入江をショートカットしていて、海の上を通っているんです♪
これで天気が良ければ完璧なのですが…(-_-;
まぁキハ40とキハ11鋼製車、どちらも今では引退してしまったので、よい記録にはなりました。


そして最後は鳥羽へ戻って「しまかぜ」に乗車!
これで名古屋に出て新幹線に乗り換え横浜へ帰りましたとさ、めでたしめでたし。

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高山線キハ40最終章
こちらの続きです。
那加駅近くの宿でマルヨ、翌朝は高山線を撮影しました。


今年3月のダイヤ改正でキハ11形が美濃太田区から撤退、代わりにキハ25、キハ75形が幅を利かせるようになりました。
キハ75には、こんな3両編成も…!!


キハ25の4連に乗って、隣の長森駅へ。


今回のお目当ては、ラッシュ時を中心に残っているキハ40系
ダイヤ改正以降キハ47形は消滅したものの、引き続きキハ40形と48形の約半数が美濃太田に残っており、平日朝には上り706D、1704Dの2本が、キハ40の3連で運用されています。
まずは706D。


続いて1704D。
この2本は続行で運転されていて短時間で効率よく撮れるだけでなく、現状3連を組むキハ40系は2本とも国鉄色もどきが1両含まれた状態で固定されているので、今なら必ず国鉄色風が付いてきます。
2月に坂祝で撮ったときもそうでしたが、高山方面へ行ってしまうと、なかなか帰って来なかったりして撮れなかったので、運用範囲が狭まった分、ダイヤ改正前よりも狙いやすくなりました。




そして、これも撮っておきたかった新旧交換。
しかしまぁキハ25は、キハ40と並ぶと余計に電車っぽく見えますねw

岐阜へ向かった3連2本は、ラッシュが落ち着くまで1時間ほど待機した後、回781Dとして6両まとめて美濃太田に回送されます。
というワケで、彼らが戻って来るまでは…



すぐ近くを並走する、名鉄各務原線で暇つぶし。


こちらもラッシュ時になると6連が現れます。


新品のステンレス車体に、パノラマSuperの足回り、そして架線柱は木製!
このチグハグ感が名鉄してますねー(笑)


ところで6連ですが、高田橋駅ではホームが4両分しかない為、名鉄の御家芸ドアカットが行われています。
さらに次の新加納駅もホームが4両分しかなく、しかも写真の様な4+2編成では車内の通り抜けもできないので、2つ手前の駅で車両を乗り移らないと物理的に降りられないという連鎖トラップまで発生してしまいますw
ホント、相変わらず名鉄さんは初見殺しですね。


でもってキハ40の6連回送。
各務原線で新那加へ移動して、JR那加駅の手前で撮ってみましたが…ちょっと目測を誤って、6両目が標識に掛ってしまいました…。
大人しく駅撮りすればよかったです、はい(-_-;

高山線の北部を含めると、そこそこ運用が残っているキハ40系ですが、これもキハ75、25の転用改造が終わるまでの暫定的な処置と言われています。
こんな過渡期の光景も、もうまもなく見納めになるでしょう。

消え行くJR東海の鋼製車
まだまだ続く九州ネタシリーズですが、ここで少し一休み。
2月20日から2日間、友人のクルマに同乗して名古屋周辺で撮り鉄してきたので、先にアップしたいと思います。


まずは美濃太田区のキハ40系列を撮りに、太多線の根本~小泉間へ。
太多線では、朝夕ラッシュ時のみキハ40系が入線します。


後追いですが、キハ11形の4連も撮影。
他のキハと比べて一回り小さいキハ11ですが、4両も繋がると迫力がありますね。

太多線では来月のダイヤ改正より全列車キハ25、75形化され、比較的新しいキハ11を含めて(!)、これまで走っていた全てのクルマが入れ替わる予定です。
武豊線の電化で気動車が余るにしても、さすが東海さん財力が違いますw


続いて今渡ダムへ移動したのですが、ド逆光につき大撃沈…(汗;
というワケで、順光な高山線の坂祝駅周辺で撮ることに。



6連回送!!

これは全くノーマークだったので、驚きましたw
ラッシュを終えたキハたち、まとめて美濃太田へ返却するんですね。
塗装や系列こそ統一されているとはいえ、1両ずつ微妙に個体差のあるクルマを、じゃらじゃらっと繋いでいるところが気動車らしくて堪りません!


去年の12月1日から走り始めたキハ25形1000番台がやって来ました。
相変わらず313系そっくりで、架線が無いことに違和感を覚える始末(笑)
今回投入された1000番台は、正面の行先・種別表示が1つにまとめられていて、0番台以上に表情が寂しくなっています。



高山線のキハ11も動向が気になるところ。
城北線絡みの”名ばかり200番台”はどうするのでしょうかね…??


東海の国鉄型は、あまり大きな改造が加えられていないところが良いですね。
塗装もシンプルで、他の地域に比べてもオリジナルの美しさを良く保っていると思います。
10年ほど前、東海道線の東京口で113系が健在だった頃、東日本に混じって東海のクルマも乗り入れていたのですが、側面のJRロゴは控えめで小さく、車内は若草色の化粧板と青いモケットがオリジナルのままだったので、すぐに乗り入れ車両だと分かりました。
それだけに、車両の更新サイクルが早いのは残念でなりませんが、そんな儚いところもまた美しけり、ですね。


美濃太田車両区も覗いてみました。



見事にキハ40系だらけです。
過渡期ということで、欲を言えばキハ75や25と並んでいる姿を撮りたかったのですが、奥の方にキハ75が1本停まっているだけでした…。


そして美濃太田といえば最奥の放置保存車両群、通称「須田コレクション」ですが…なんと殆どの車両が、きれいさっぱり解体されてしまいました。゜。゜(ノД`)゜。゜。
2008年8月に訪ねた時は国鉄型の宝箱だったのに…。


向かって左側には、ビニールシートを被った車両が3両。
友人によると手前の2両は103系、奥の1両はキハ30系なのだそうで。
言われてみれば、確かにそれっぽいなぁ…という程度しか、外からでは判別付きません(^-^;


少し離れた場所にもう1両。
コイツはトキ900形という、戦時中の資材不足のなかで製造された無蓋車だそうです。
極限まで製造コストを下げて、なお且つ積載量を最大限まで増やす為に、側板は高く、足回りは3軸という奇妙な姿をしているので、ビニールシートを被っていてもすぐに特定できますねwww


一方、向かって右側のエリアには、キハ25形と引き換えに運用を離脱したと思しきキハが3両。


キハ48のみ、側扉の横に休車札が差さっていました。
JR東海では、2015年度を目処に管内の全ての鋼製車両を置き換える予定で、恐らく大量に発生する余剰車の留置場所を確保する為に”須田コレ”を片付けることになったのでしょう。
また一つ国鉄の記憶が消えてしまいました。


午後はEF64の重連を狙いに、中央西線へ繰り出してみました。
14時頃の多治見付近では上り(名古屋方面)1本、下り2本が立て続けにやって来るのですが、この日はどれもこれも更新色ばかりだわ、下りは順光にならないわで、結果はイマイチでした…。

こちらに続きます。
早春の信濃路へ #5 豊橋口の単車。


豊橋でマルヨし、再び飯田線です。
この日は衣浦臨海の重連をリベンジする予定だったのですが、単車に何時間も乗り続けたら愛着が湧いてしまいました(笑)
北部は2連か3連ばかりでしたし、単車の走行シーンも撮りたいなぁ…というワケで、豊橋に留まることに。タイトルの”信濃路”はドコへやらw



まずは豊橋から2つ目の下地駅で下車。
ここと豊川を挟んで対岸にある船町駅は、飯田線の普通ですら通過してしまう電車があったり、JRの駅なのに名鉄電車が通過したり、となかなかクセのある駅だったりします。
特にライバル会社の名鉄と共用…というのは長い歴史のいたずらで、何度見ても面白いですね。
首都圏で見られるような相互乗り入れとは違っていて、複線のうち上り線を名鉄が、下り線をJRが所有しているという、まさに呉越同舟の状態。

超過密ダイヤな名古屋然り、駅を出ると単線になる岐阜然り…名鉄さんには、まともなターミナルが無いですな(^-^;



下地駅から徒歩30秒くらい…!?のお手軽撮影地、豊川橋梁へ。
平日の朝ラッシュ時のみ、単車を2本繋いで走る運用があるので、KE重連の代わりに119系の重連が撮影出来たワケですw

この撮影ポイントは晴れるとド逆光なのですが、単車×2が通過した後、いきなり晴れたり曇ったりと安定しない感じになってきたので、対岸の船町へ移動することにしました。
近くに徒歩で渡れる橋が無くって、たった1駅、距離にして数100メートルを電車で移動www



2コテの119系がやって来ました。
実はコレも平日朝限定の快速豊橋行きだったりするんですが、この角度からじゃあ分かりませんね…



単車×2が戻って来ました。



そして単車のお出ましーちっちゃいなぁwww



サイドビューも。
こんなですが、いっちょ前に車掌さんも乗っていてビックリ。
身延の123系(懐い!)がワンマンだったので、こやつも同じだろうと勝手に思い込んでましたw

ちなみに今回の改正から、豊橋口でもワンマン運転が始まっています。
単車が消えてしまったので2連でワンマン…ということになるのですが、すると後部車両のドアが締め切りになってしまうので、ちょっと厄介ですね。
慣れるまでは、締め切りドアから乗ろうor降りようとするお客さんが居るだろうな、と(^-^;





赤い電車たちが長く感じる…。
本数も平日の日中では、JRが毎時4本、名鉄が毎時6本くらいなので、名鉄の方が若干多めです。



車両も小さければホームも小さい!
船町はトミックスのミニホームセットを150倍にしたような駅です(笑)





続いて、牛久保で駅撮り。
辰野方は、前パンの組み合わせが堪りませんね!!

そして見事な走りっぷりです。
あと数日で引退してしまうのが勿体ない程なのですが、足回りに101系や485系の発生品を流用しているそうですし、見えないところでガタがきてるのかもしれません。
使い勝手が良さそうなので、えちぜんに渡って吊り掛け車を置き換え…とか、上信が導入予定の1M電車って、実は119を譲り受けるんじゃないか…とか、ついつい妄想してしまいます(なんと上信のは自社発注の新車だそうですよ!!!)



豊橋に着く直前、リバイバル編成がマークを付けたまま休んでいる姿が見えたので、車庫が見渡せる跨線橋へ行ってみました。
ダイヤ改正まで残り1週間を切ったこの日も、いつもと変わらず汚れを落とす。
最後の最後までしっかりと手入れされている119系たちです。


***


この後、ちょいと赤い電車の方へ寄り道したのですが、ここでは割愛して…
帰りしな東海道を上っていると、



浜松駅手前で大量の119系が車窓に映りました!!!

最後の日を待たずして、役目を終えたクルマたち。
何度か廃車回送が行われているというウワサは聞いていたのですが、これは予想以上にスゴいぞ!
これだけの数が疎開していたら、そりゃあ飯田線でカメラを構えていても、なかなか当たらないワケです(汗;



こんどは300系が車窓に!
1月に乗り納め、2月にマーク付きを自宅近くのポイントで撮り納めしたので、もう見ることも無いだろうと思っていたのですが、こういうのは狙わないと遭遇するもんですね。



最後は静岡発、東京行き普通列車で〆。
373系の東京乗り入れは”ながら臨時化”後もしぶとく残っていて、遠征に、帰省に、何度もお世話になった馴染の列車でしたが、これも3月の改正で廃止されてしまいました…。
早春の信濃路へ #4 飯田線を縦断する。
前日のうちに屋代→しな鉄→篠ノ井→中央と乗り継ぎ、伊那北でマルヨ。
この日はリバイバル塗装の119系E4編成による「ありがとう119系」号が走るので、初めて飯田線の北部区間へ足を踏み入れてみました。



119の運用を事前に調べておいたのですが、既に単行車が絡む運用を除き、尽く213or313に置き換えられてしまったようで…。
早朝の3連が貴重なチャンスだということが分かり、朝食を買いに行くついでに宿の近くで撮影してみました。



似たような構図ですが、こちらは茅野行きで幌が付いています。

このあと一旦宿へ戻って荷造りしていると、テレビに見覚えのある青い電車が…!



ローカル放送のチャンネルだったようで、119系の引退を知らせるニュースが流れていたのでした。
偶然とは言え、今まさに撮りに行こうとしている電車が映るとは、テンションが上がりますvv



まずは超有名どころ、田切のΩカーブへ。
飯田線は蛇のようにグネグネと回り道をして走るのが特徴で、ときどき尋常じゃないような急カーブに出くわします。

暫く列車を待っていると、早朝に撮った3連が戻って来ました。



↑の地点から少し伊那福岡寄りへ移動すると、こんなカットも撮れます。
やって来たのはJR東の115系、いよいよ来年度から211で置き換える予定だそうで、コイツも先が見えて来ましたね…。



戻って213。
そろそろ側面に日が当らなくなってきたので、



本番は少し奥でシャッターを切りました。

調べてみると、このE4編成は2009年8月から約3年間、リバイバル塗装を纏っていたのですね。
あの長い長い飯田線で1編成を当てるのはギャンブルで、なかなか重い腰を上げられず、結局この日が最初で最後になってしまいました。
思えば119系自体も、随分前に辰野→岡谷で乗って以来だったりして…。
葬式鉄ですスイマセン(^-^;



折り返しはド逆光…。
北へ向かう列車は、どこもこんな感じだろうと割り切っていたのですが、このあと移動中に、ほぼ順光になるポイントを見つけてしまいました…これは悔しいorz
例によって飯田線はグネグネと向きが変わるので、工夫次第では上下列車とも順光で撮れそうです。



続いて伊那本郷へ。
ここもΩカーブになっていますが、高いところを走る田切とは逆に、近くの丘の上から俯瞰することが出来ます。



ここなら光線状態も良好!!

と、思いきや…



曇ったーorz

ちくしょう…山の天気は変わりやすい(汗;



さて、ここからは気を取り直して…どっぷりと乗り鉄です。
伊那本郷から豊橋まで、待ち時間を含め5時間30分、途中駅は(通過する下地、船町を除いて)60駅!!
以前友人たちが「ながら」で豊橋入り、飯田線を一日で走破したのを見て、いつか自分もやらねば…と思いつつ、なかなかやる機会が無くって、今回やっとこさ乗り潰すことが出来たという塩梅です。
まぁ伊那北で1泊しているので、若干(気持ち的な意味で)余裕のある走破ではありますが(^-^;

飯田で乗り継いだ天竜峡行きは、予め調べておいた運用通り119系の2連でした。







天竜峡駅。
伊那北駅もそうだったんですが、小ぢんまりとしたホームに構内踏切という造りは、さすが元私鉄。

ここから先、さらに豊橋まで約3時間の行程になりますが…

なんと、3番線で待機していた単行電車が、豊橋行きでしたwww
豊橋口を主な活躍場所としている単車にとって、この運用は最長なのではないでしょうか。
まぁ夜間の上りなので、普段ならトイレが付いていない以外、特にコレと言って問題は無いかと思われますが、この日は愛知県側へ帰る同業者さんでほぼ満席という(笑)



単車の顔は、銘板だらけ。

既に車内は満席なのですが、発車2分前には飯田からの列車の接続を受けます。
ところが、その飯田発→天竜峡行き列車が途中で倒木のため遅延してしまい…到着を待つことになったので、我らが単車号も20分ほど遅れて天竜峡を発車するというハプニングがありました。
しかし、そこはさすがツーマンの単行電車です。



長旅を終えて、豊橋に到着した単車号。
お客さん0の小駅では車掌氏の素早いドア開閉テクと、身軽な単行ならではの鬼加速で(笑)みるみるうちに遅れを回復し、なんと定刻通りに到着してしまいましたwww
とてもあと数日で引退してしまうとは思えない、見事な走りっぷりでした!